41話 ギルドを翻弄する影
発情騒ぎも無事に終息。
みんなは平静を取り戻し、それぞれの養成所へと散っていった。
ボクは相談がてら受講してきたので、今度は諸々の雑務を引き受け、一人で街へと繰り出す。
用事の一つはこの魔道具店だ。中央商店街からは少し奥まった所にある個人経営のお店。こぢんまりとした商店ではあるが、客のニーズにマッチした過不足のない品揃えで、商人としての嗅覚の鋭さを感じさせる。店内には小さなカウンターキッチンが併設されており、喫茶に興じることも出来るらしい。そこでは落ち着いた雰囲気のナイスミドルがグラスを磨いていた。
渋い……。ボクもあんな年の取り方が出来たらいいな、何て思ってしまう。
中央通りにはもっと大きな魔道具店もあるのだけど、そちらよりも全体的にお得な価格設定になっていた。
実はこのお店、錬金ギルドで知り合ったジョーシュ君のご実家なのだ。ボクは少し安価で商品が買えるし、彼にとっては顧客が増えるということで、利害の一致をみたというわけ。
ボクの注文を受け、狸っぽい尻尾を生やした小柄な少女が、ショーケースの中からナイフを一振り取り出した。煌びやかな装飾を施された一品だが、柄を入れても20センチに満たない小さなサイズ。
倒したモンスターを即座に魔石化する『ジュエルナイフ』という魔道具だ。先日のダンジョン探索の反省から、パーティ共用のアイテムとして購入する事が決定したのだ。毎回魔石化を待つ時間が勿体なかったからね。
「こちらの商品で宜しいですかぁ~」
ちょっと舌っ足らずな甘い声。仕草も体全体を使った大きなアクションで実に可愛らしい。眼福耳福。僕は口元を綻ばせ、注文に間違いがない事を伝えた。
相変わらず小柄な獣人種の年齢は分かりづらいけど、働いているって事はそれなりの年齢なのだろう。獣人種はベースになる動物の種類に関わらず早熟で、その後はピークの肉体を長い間維持出来るのだそうだ。でも、寿命はヒト族より少し短いらしい。
「息子の紹介だからぁ~、二万七千フランにおまけね~」
「わぁ、1割引き? ありがとうござ…………え、息子!?」
聞き間違いかな? なんだかとても違和感を覚える単語が聞こえた気がした。
発言の主はボクの腰にも満たないチンマリとした少女。その子は誰が見ても無邪気という感想を抱きそうな顔で笑っている。どう見ても幼女にしか見えないその子が人妻!?
「はい、ジョーシュは私達の一人息子です。良ければこちらもお土産にどうぞ」
狸娘さんの言葉を肯定しつつ、ナイスミドルの方もプチシューの入った紙袋をボクにサービスしてくれた。
「私達って……ご両親なんですか!?」
「「はい」」
えぇ~~!? 身長差一メートルぐらいあるんだけど……、この体格差って大丈夫なの? 驚愕のあまり、二人を交互に見比べてしまった。
ボクの内なる疑問に感づいたのか、ご主人は小柄な妻を抱え上げると、二人は仲睦まじく顔を寄せ合っていた。
「愛は~、種族を越えるのよぉ~」
そう言って、奥さんは臆する事もなく、僕の目の前でキスの嵐をお見舞いしていた。夫婦の秘め事をのぞき見している様で、とても居心地の悪い……。
「えっと、あの……。ご馳走様でした……」
ボクはあまりのラブパワーに圧倒され、支払いを済ませると逃げ帰るように店を出た。
「是非、また来て下さいね」
店先まで見送ってくれた二人を振り返り、ボクは壊れた人形のように何度もお辞儀をすると、再び脱兎と化す。あの様子だと、遠くない未来にジョーシュ君の弟か妹が誕生するかもしれない。
ベティさんだってヒトとエルフのハーフなんだよな。考えてみれば当然の事だけど、それってつまり親は異種族婚だったわけで。ああやって愛し合ったり、実際に赤ん坊を授かれるって事が、この時になってようやく理解できた気がする。
それが何だか凄く衝撃的だった。生命の神秘に驚いているのか、種族の壁を越えた彼らの想いに圧倒されているのか、実際の所は分からないけど。ただただ凄いという感想がボクの中で生まれていた。
予想外の事に戸惑ったけど、気を取り直してもう一件の用事も済ませてしまおう。
冒険者ギルドの入り口をくぐると、今日も何だか騒がしい。条件反射なのだろうか、その喧騒から先日遭遇した英雄様を連想してしまった。
今日は一人きりだし、出来れば出くわしたくない……。あの人のボクを見る目、何だか怖いんだもん。
人陰に隠れて周囲を探ってみたけど、あの黒いマントの男は見当たらない。ホッと安堵の息を漏らすと、受付カウンターへと駆け寄った。
「すみませ~ん、クエストの相談を――――」
「ごめんなさいっ。今日の窓口対応はあちらの一カ所でお願いしてますっ」
あらら……。
ギルドには受付窓口が四カ所あるのだけど、それを三つも閉鎖するなんていったい何事だろう。指示された右端の窓口を見ると、二〇人程の行列が出来ている。あれじゃ、窓口で相談なんかしてたら邪魔になるな……。
「仕方がない、クエストボードで探すか……」
お目当てのクエストは低層の討伐クエスト。昨日のダンジョン探索では、一・二層の敵があまりにも弱すぎて戦闘訓練にならなかったのだ。そこで、適正狩り場を探すべく、到達階層を伸ばす事が今日の目標。
道中を素通りするのもなんなので、討伐クエストを幾つか受けておこうってわけ。とりあえず五層までのクエストでいいかな?
ボクらは特例として黄色ランクまで受注可能だけど、張り紙を見渡してみても黄色ランクは五〇層以降の物ばかりだ。赤色でも大体二〇層以降。必然的に灰色の依頼しか受けられないって事になる。そうなると――――……。
「有った。三層の『ワイルドドッグ』と五層の『フォレストラット』か、ペナルティは無いみたいだし、八層のクエも受けておこうかな……」
ついでに冒険証の転写機能を使って、一〇層までの狩猟対象と生息場所を記録していった。こうやって使っていると、冒険証ってモバイル端末って感じだよな。
こんな仕様の魔道具があるならパソコンみたいな魔道具があっても良さそうな気がするけど、その辺りは結構アナログだったりする。分野ごとに技術水準のばらつきがあって変な感じだ。
冒険証を操作をしていると、冒険者達がテーブル席で噂話に興じる声が聞こえてきた。昼間っからエールを煽るとは、なかなか良いご身分だ。
「――――なぁ、聞いたか? ギルドに賊が入ったってよ……」
「はぁ? 何処のバカだ。報復が怖くねぇのか?」
「小兎族のガキだったって噂だぜ」
賊って……泥棒? それで、今日はこんなに騒がしいのか……。
「いやぁ~、そんな噂が立ってるなんて、僕も初耳だなぁ~。ちなみに噂の出所はどこだい?」
いつからそこに居たのか、オルシバさんがヒョコッとテーブルに顎を載せ、彼らを覗き込んでいた。
「げぇっ、マスター!? いや、俺達も小耳に挟んだだけで……」
「うんうん、そうだよね、そうだろうね~。根も葉もない噂に踊らされないよう気をつけなくちゃね~」
噂好きの冒険者達は犬耳壮年に釘を刺され、エールを半分以上も残したまま退散していった。無人になってしまったテーブルを、ギルドマスターが自ら後片付けしている。手伝うか……。
「オルシバさん、こんにちは」
「はーい、みんなのアイドル、ギルドマスターのオルシ……」
彼は愛嬌たっぷりにクルリと振り返ると、眩しい程の営業スマイルを作りだす。だけど、ボクを認識した瞬間、その小さな体を強ばらせてしまった。
「あ~……いやぁ、こんにちは。ユウキちゃん」
ボクはテーブルの上の食器とジョッキを集めながら、彼を労った。
「賊ですか、それで今日はドタバタしてたんですね」
「いやいや、近所の子供が拾得物の保管所に迷い込んじゃってね。それを勘違いされたみたいで、おじさん達も困っているのさ。ハハハ」
だけど、彼の誤魔化しを無にするように、秘書のお姉さんが書類を持って報告に現れた。
「マスター、リストの照合が終わりました。物品は全て無事――――」
「あぁ――――、報告は後で聞くから! ほら、ハウス! ハウス!」
オルシバさんは慌てて、お姉さんを下がらせていた。
彼の身長的に仕方が無いけど、いい大人が女性のお尻を押すのはどうかと……。カワイイは正義って事か。
「ハァ~……。こうも後手後手だと、体面なんて気にしてられないか」
オルシバさんは疲れたサラリーマンのように項垂れて、力なく頭を振った。ソレで気持ちを切り替えられたのか、何かを決心してこちらへと振り向く。
「ユウキちゃん、君のクエストリストを見せてもらえないかな?」
別に隠したい情報でもないので、ボクは冒険証を操作してリストを表示してみせた。
基本的に即日終了するクエストしか受けていないので、ボクのリストに残ったクエストは二つだけ。一つは空間拡張バッグのモニター契約。もう一つは未だに完了報告が出来ていない、ウサ耳少女の救助依頼だ。
「履歴を表示しますか?」
「いや、この無題の方を見せてくれるかな」
リストをタップすると、以前見た内容と同じ『助けて』というテキストと一緒にマップが表示された。オルシバさんは顎に手を当ててソレを眺めている。
「ユウキちゃん、後で少し時間を貰えないかな?」
「えっと、この後ダンジョンを攻略する約束が……」
「戻ってからで構わないよ。ボクの方もプランを練らないといけないからね」
「それなら……」
「換金所で待っていてくれれば、こちらから出向くよ」
「はい、わかりました」
手間を取らせる分融通を利かせてくれたのか、オルシバさんが討伐クエストの手続きをしてくれた。だけど、窓口に出来上がった長蛇の列を見るとちょっとモニョモニョとする。特別扱いは何かと角も立つし……。
一通りの遣り取りが終わると「それじゃまた後で」と別れの挨拶を残し、彼は早速何かの手配を開始した。錬金術士ギルドがどうとか、人員の手配がどうとか。きっと、後で説明してもらえるのだろう。
ボクはギルドを出ると、ダンジョン前の休憩所でみんなを待つ事にした。
昨日、みんながボクとベティさんを待っていたお店だ。調理場はきちんとした建物になっていたけど、飲食スペースはオープンテラス形式。簡素な木製のテーブルと椅子、それに深緑の大きな日傘だけというシンプルな物だった。
だけど、提供されているスイーツは、こんな簡易施設で提供されているとは思えないほど美味しかった。
カップに入れて焼かれたスフレは、フワフワの生地にクリームがトッピングされ、すごく甘いのにくどさを感じない。セットの紅茶がスーッと口の中をリセットしてくれるから、次の一口がまた新鮮な甘さを感じて手が止まらなくなってしまう。女の子はお砂糖とスパイスと何かで出来ているっていうのはホントかも。
商店街には本店が在って、そちらはもう少しメニューが多いらしい。今度の休みにハルちゃんと一緒に食べに行こうかな。
そうしてゆっくりと甘味を堪能していると、一人また一人と仲間達が集まってきた。最後にシロさんが到着して、パーティが勢揃い。テーブルを囲む人数は六人に膨れ上がっていた。
どことなくピリピリとした空気が漂う。
カナさんなんて凄く不機嫌そうにスフレを口に放り込んでいるし……。ボクも正直落ち着かない。
だって、いつの間にか後ろの席にその人物が座っていたのだ。他の席が幾つも空いているっていうのに……。
「あのぉ……マーロウさん、何か用ですか?」
ボクの苦手な英雄様は、キザっぽく椅子に腰掛けながらアイスティーをすすっていた。
「なぁに、君たちにクエストの依頼をしようと思ってね」




