38話 その日が来た……
一夜が明け、ボクは宿の裏庭で体を動かしていた。
ヒュッ! シュッ!
体の調子が頗る良い。短剣が風を薙ぐ度に、いつもより鋭い音色を響かせる。ヒーラーにキャスター、そして双剣……。いつかエルさんに言われた言葉が、ちょっぴり身に染みていた。
ええ、器用貧乏まっしぐらです。
まぁ、短剣を振り回しているのは、近接職になりたいからって訳じゃないけどね。ヒーラーでも自衛の為にはある程度動けた方が良い。だから、体力作りの一環として体を動かしているのだ。ヒーラーが倒れるって事は、パーティの崩壊を意味するからね。
一応そんな理由がある事は間違いない。でも、ぶっちゃけると、今は単に気を紛らわしているだけだったりする。
朝はいつも、ボクの方が同居人よりも早く目を覚ます。だから、初めは彼の寝顔を眺めながら、幸せな気分に浸っていた。頬杖をついて覗き込む僕の顔は、さぞかしだらしなく緩んでいたに違いない。
だけど、そんな幸せモードは直ぐに破綻してしまったんだ……。そうしたらもう、ボクはハルちゃんが眠る部屋に居続ける事は出来なかった。
だってさ……、何もしていないと不意に浮かんでくるんだもん。
『現在進行形で、君の事が大好だよ』
昨夜、自分の口から飛び出したあのフレーズが無限にリフレイン!
う゛ぬ゛ぁぁぁぁぁ~~~~!
文字に書き起こすときっとこんな感じだ。ボクは心の中で奇声を上げながら、頭を抱えて地面をのたうち回る。やばい、恥ずか死ぬっ!
あの時はその場の勢いというか、空気に酔っていたというか……。
ボクの人生を紐解いても、あんな台詞が自分のボキャブラリーに存在していたことが不思議で仕方が無い。一歩間違えば、一生消えない黒歴史となってボクを苛み続けただろう。
だからもう、ハルちゃんにどんな顔で会ったらいいのか全然分からないのだ!
「ハァ……ハァ……」
気がつけば、部活の朝練なんて目じゃないくらいハードな運動になってしまった……。汗が引くまでの間、木陰で魔力操作でもして時間を潰すか。
フラフラと宙を舞う青白い球体。二個、三個と徐々に数を増やしていく。その忠実な下部達は、ボクの指揮に従いクルクルとダンスを舞い続ける。
昨夜の事を思い返すと、身悶えするほど恥ずかしい。だけど、想いを伝えた事自体に後悔はない。アレは間違いなくボクの本心だったのだから。
そうだよ、何も恥じる事何て無い。ハルちゃんの前でも自信を持って堂々としていればいいんだよ。こうやって背筋を伸ばして、口をU字に持ち上げて……。
そんな風に、ハルちゃんと対峙する姿勢や表情をシミュレートしていく。
「うんうん、こんな感じに堂々と……」
ボクはそうやって自分に言い聞かせるように、声に出して呟いてみる。
堂々と……、堂々と…………。
――――――無理だぁぁぁ!
世の恋人達はみんな、こんな苦悶を乗り越えてきたのか!? リアリィー!? それだけで尊敬ですよっ! マジ、リスペクトですよっ!
あぁ~ん、もうっ! ダメだ! とても平常心ではいられない。昨日のアレは完全にボクのキャパを越えている。
そんな気恥ずかしさに苛まれ、ボクの心は制御不能に陥っていた。きっとその所為なのだろう。ボクは新たな魔力球を生み出す際、魔力の制御に失敗してしまったのだ。
いや……、正確には加減する事を完全に失念していた。感情が噴き出すままに魔力を注ぎ込んでしまった球体は、浮ついたボクの心を冷やすのに十分なだけの驚きをもたらした。
「何……コレ…………?」
ボクの目の前には、手の中に収まりきらない程の魔力球が浮かんでいた。その直径は約六〇センチ。これまでの最大径を遙かに超える大きさだった。
少なくとも昨日までの限界は三〇センチ程度。それがいきなり直径にして二倍の大きさが出てくるだなんて……。
深呼吸をして気持ちを落ち着けると、作ってしまった魔力球を一旦消去した。
【魔法キャンセル】……地味なスキルだけど、キャスターの講義を受けておいて本当に良かった。こんなモノを炸裂させたら、ご近所迷惑どころの騒ぎでは無かっただろう。
心を静める為に鼻から深く息を吸い、口からゆっくりと吐き出す。そして、もう一度全力で魔力を振り絞ってみた。基本を思い出し、魔力を心臓から腕へと伝え、手のひらの延長へと注ぎ込んでいく。
両手を伸ばした先には、やはり六〇センチ超の魔力球が出来上がっていた。
一体何が……、体に異常でも来したのだろうか?
そう思って自分の体を【診察】してみても、健康体を示す緑色が見えるばかりで、何処にも問題なんて見当たらなかった……。
アレか? 昔読んだ漫画で、覚悟を決めた瞬間、主人公が覚醒するって展開を読んだ事がある。昨日の告白で、ボクは精神的に一皮むけて成長したとか……?
だけど、落ち着いて考えれば答えは明白だった。
ただ、それが紛れもなく正常な証であった為、正解が目の前に有りながらも、ボクはそれが原因と気づく事が出来なかったのだ。『正常』であるって事がボクにとっては『異常事態』だったのだから。
この世界に降り立ってから昨日まで、ボク達の状態はずっとマダラ模様だった。それはこの世界の誰とも違う『異常な状態』。
それが他の人と同じ緑色に変わっていた。それはつまり、とうとう体が馴染んだって事なのだろう。
すると、他のみんなも……。
そんな予感に突き動かされ、ボクは慌てて宿の二階へと駆け上がった。昨日までとはちがう感覚の所為で、何度となく躓きそうになりながら。
ボクはノックする事も忘れて、部屋の扉を開け放つ。
「ハルちゃん! 起きてる!?」
呼びかけてみたものの、ベッドで寝ていたはずの幼馴染みは姿を消していた。
「あれ、食堂? それともシロさん達の部屋?」
急いで取って返そうとすると、弱々しい声が聞こえてきた。
「ユウ……君?」
弾かれるように声の出所を探すと、ハルちゃんがバスルームから顔を覗かせていた。
その彼を【診察】してみると、やはり綺麗な緑色。どうやらハルちゃんも体が馴染んだらしい。というか、何だかスパーキングって感じで妙にみなぎっている。
「ユウ君……どうしよう……どうしたらたらいい!?」
「どうしたの!? 怪我っ!?」
ボクが慌てて駆け寄ると、彼は真っ赤になって顔の半分程まで扉の陰に隠れてしまった。
「昨日、お風呂に入らず寝ちゃったから、シャワーを浴びようと思たの。そうしたら……戻らないの……」
「戻らないって、シャワーでも壊れたの?」
彼は何かを言おうと口を開くけど、その度に躊躇し、金魚のように口をパクパクとさせている。何が彼をそうさせるのか、ボクにはその原因を察する事が出来なかったけど、彼がもの凄く苦悩し、葛藤している事だけは痛いほど分かった。
だけど、その事態は彼の手に余るモノだったらしく、身を切る想いでボクに救いを求めてきた。
「大っきくなって戻らないのっ!」
「大っきくって、何が?」
一瞬意味が分からず、キョトンとして聞き返してしまった。
ハルちゃんの方も、まさか聞き返されるなんて思っていなかったらしく、表情が絶望の色に染まってしまった。そして目尻に涙を溜め、悲壮感を感じるほど真っ赤になると、再びその口が開かれる。
「お……男の子の……アレっ!」
ボクは口を開いたまま絶句してしまった。アレって、アレの事?
ボクらの体は性差の激しい部分ほど、神経回路の接続に不調をきたしていた。体が馴染めばその部分もちゃんと機能するようなるだろうと、みんなも予測していた。そして、遂にソレが目を覚ましてしまったという訳だ……。
「あ、あの……えっと。それは……」
ボクは男同士ですら猥談の類いが苦手だった。それなのに、告白したばかりの人を相手にどうしろと……。男女の肉体的なアレコレは、もっと先の話にしようって決めたばかりなのに。
「ユウ君……助けて……」
「あうぅぅ~……」




