37話 告白
明日の予定が決まったら連絡すると伝え、ボクらはベティさんと別れた。
しかし、別れ際の彼女もなかなか大変で「それじゃ、また明日」と別れを切り出す度にボクの手をギュッと握っては、新たな話題を切り出してくるのだ。結局、本当にサヨナラとなるまでに、五回は「また明日」と別れを切り出した気がする。
そして宿へ戻ると、いつものように夕食を交えながらの報告会が始まった。
――――はずなんだけど、何この話題?
「だ・か・ら! ユウとハルは元の世界でどこまで行ってたんだよ!」
「どこまでって……ずっと幼馴染みの関係だったし」
「恋愛感情は一切無し?」
「それは……」
ベティさんの猛アタックに触発されたのか、今日のシロ・カナコンビは追求が激しかった。ボクとハルちゃんは互いに助けを求めて顔を見合わせるも、その度に目が合って赤くなってしまった。
「はいはい、犬も食わねぇよ」
それは夫婦喧嘩……。
「ハル、強気に行かないと。他の奴にユウ取られるよ?」
「そんな事言われても……」
本人を目の前にしてこんな会話をされても、凄く困るんだけど……。
そんなボクの困惑を余所に、カナさんはハルちゃんの煮え切らない態度に嘆息すると、意外な人物を例に挙げてきた。
「例えば……アタシとか」
「「えっ!?」」
思わず二人してカナさんを凝視してしまった。そんな言葉を吐き出した彼は、テーブルに肘を突き、ぶっきらぼうな顔を返してくる。まさか、冗談……だよね?
「でも、シロさんとカナさんて、前の世界から恋人同士でしょ?」
「うん、でも――――」
と、彼は身を乗り出し、衝撃的な真実を伝えてきた。
「この世界、重婚も同性婚も合法。つまり、アタシがシロウとユウ、二人を娶っても問題ない」
――――マジで!?
彼らもこの世界に来てボクとは違う人脈を築いている。そんな人達との会話の中で、そういう話題にも踏み込んだのだろう。彼らは元々恋人同士、その発展系について当然意識していたはずだから。
「ユウはアタシを助けてくれた。そんな相手に好意を持つのは当然。それでもハルのが先約だし、遠慮はする。でもベティに渡すなら、アタシも参戦するから」
慌ててシロさんを見たけど「俺はユウと三人でも良いぞ」とか言ってるし。この人達の感性なら、こういう答えが飛び出してもおかしくない気もする……。
「嘘でしょ? 本気?」
問いただしてみたけど、答えは返して貰えなかった。
「こっちの生活も落ち着いてきたしな。自分達の関係を一度よく考えてみても良いんじゃね?」
「「う……」」
結局、そこで今日の報告会は打ち切りとなった。ボクとハルちゃんはカナさんの宣言を受け、少し重くなった空気に背中を押されるように食堂を後にした。
二人を焚き付けた後、シロウとカナタは直ぐに隣の部屋へ戻るのも気が引けて、食堂で時間を潰していた。
「……なぁカナ。本気?」
「ん~、四分の一くらい?」
「そうか……。でもな、元の世界に戻ったらどうするよ。あっちだと色々問題あるぞ? それになぁ、アイツが良い奴なのは分かってるが、男二人でお前を取り合うのは……な」
シロウは友情と愛情の板挟みで難しい顔をしている。彼女も本来ならば、にべもなく断るだろう。それを恋人の望みだからと検討する姿に、カナタはユウキ達には見せる事のない熱の込もった瞳で悪戯っぽく笑みを作った。
「戻らない選択肢もあるし。……そしたらシロウ、こっちに残ってくれる?」
「聞かなくても分かってんだろ?」
「フフ、アタシうぬぼれても良いんだね。ありがと……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
部屋に戻ったボクは、お風呂場へと逃げ込んでしまった。
戻って直ぐは二人してベッドに腰を掛けていたのだけど、お互いに一言も言葉を発する事が出来なかったのだ。勇気が出なかったって訳じゃない。
頭の中では色々な考えが目まぐるしく駆け巡り、何から話したら良いのか全く整理が付かなかったのだ。だからコレはただの時間稼ぎ。
ボクは髪を洗うでもなく、滝行の様にシャワーを浴びていた。そして、自分の気持ちを見つめ直そうと、自分自身に問い掛ける。
――――ボクはハルちゃんの事が好き?
考えるまでもない、初めから答えなんて出ている。その為に異世界に来たと言っても過言ではないなのだから。それなのに、未だにこの手の話題が進展していないのは、予想外の性転換や、冒険者生活で余裕が無かったから。
ソレは事実だけど、言い訳でしかない事もボクは自覚していた。「好きだ」と伝えるだけなら数秒もあれば事足りるのだから。そんな時間が無いほどの過密スケジュールなんてあり得ない。
決断や行動を先延ばしにする理由として利用しているだけ。それはつまりボクの心の弱さの表れ。これじゃ以前のボクの二の舞だ。また同じ事を繰り返している。そんな事をやっていたら以前の様に言えない空気ができあがって、また身動きが取れなくなってしまう。
そんなのは嫌だ…………。
だけど、こんな形でいいのかな? 尻を叩かれたから仕方なくだなんて……。
ううん、それこそ関係ない! なんだよ……ボクはまた言い訳を探そうとしたのか!?
どんな切っ掛けでもいいじゃないか。いま背中を押してくれる状況があるのなら、それに乗っかってしまえば良い。
ウジウジ迷ってた頃のボクはカッコ良かったのか? 誇らしい姿だったのか? 違うだろ? そんな自分を変えたかったんだろ?
今日のハルちゃんを思い出してみろ。『彼女』は自分の不甲斐なさを悔やみ、剣士に転向し、そして確かな一歩を踏み出した。
『彼女』はここへ来てからずっと変わろうとしている。ならボクも負けてちゃダメだ!
シャワーを止め、水のしたたる頬を叩いて気合いを入れる。
「よしっ!」
部屋着に着替えると、ハルちゃんと向き合ってベッドに正座した。
ハルちゃんも自分を見つめ直しながら、ボクが出てくるのを待っていたのだろう。だって『彼女』の瞳には、先程よりも力強さが宿っていたから……。そして、ボクの準備が整うのを黙って待ってくれている。
沈黙が重い……。でも、ここで挫けたらこれまでのボクと何も変わらない!
「「あのっ!」」
タイミングが被り、顔を見合わせてしまう。だけど、そこで止まらなかったのはハルちゃんの方だった。
「あのね、ユウ君! 私……ずっと――――」
「待って!」
勇んで言葉を続けようとするハルちゃんを、ボクは遮った。『彼女』は凄く悲しそうな顔をしたけど、でもコレだけは譲っちゃいけない事なんだ。
「ごめん、でもボクから言わなくちゃいけない事だから。前の世界で、ボクはずっと勇気が出せずに逃げてばかりだった……。『ユウキ』って名前負けだったよね……。だから今、ずっと想ってきた事を言います」
目の前の『彼女』に今まで言えなかった言葉を。男として思い続けたこの気持ちを、真っ直ぐに届けたい。
「ずっと……、子供の頃からハルちゃんの事が大好きです!」
――――ようやく……言えた……。
ずっと心に抱えたままの十数年。風習に頼って異世界にまでやって来て、その上さらに、人に尻を叩かれなければ言えなかったヘタレな自分。
それでも、やっと……やっと、踏み出せた。
気持ちをさらけ出した恥ずかしさで、顔が真っ赤になっていくのが分かる。同時に、もう取り返しが付かないという恐怖が容赦なく襲いかかってきた……。
言ってしまった以上、ボクらの関係はこの瞬間から変わってしまう。それが良い方向に転がるのか、それとも……。
『彼女』が好意的に想ってくれているのは、さすがにボクにだって分かる。
だけど、物事に絶対なんて物は存在しないし、温度差という物が必ずある。ボクの伝えた気持ちが、彼女の望む関係よりも重いと感じる物だったなら、その時は幼馴染みとしての付き合いすら破綻してしまうかもしれない。
どんな結果が訪れるのか、その未来の決定権はもう彼女に委ねてしまった。だから、ボクは覚悟を決めて『彼女』の返事を待つ事しかできない……。
「うん……、嬉しい……。私もユウ君の事、ずっと大好きだったよ」
ようやく伝えられたボクの想い、それに返された『彼女』の想い、その言葉に自然と涙が頬を伝っていた。ボクは嬉しかった……。想いが報われた事に、告白を決心出来た自分の成長に。
でも……ほんの些細な事かもしれないけど、『彼女』の言葉は過去形だったのだた。ただの言葉尻だと切り捨ててしまえばいい、そう思おうとしたんだ。
だけど……。
「でも、私は……迷ってるの」
その後にどんな言葉が続くのか、恐ろしくて耳を塞いでしまいたかった。でも、それじゃ今までのボクと変わらない。どんな答えでも受け止めなくちゃ!
「ユウ君が『男』として『女』の私を好きでいてくれて嬉しい。でも今は私が男でユウ君が女で……。それに、ユウ君の心は今も男なんだよね?」
「うん……」
今後どうなるのかは分からないけど、ボクはまだ女になって一週間と経っていない。そんなボクの心は紛れもなく『男』だと断言できる。
ボクが先に想いを伝えるべきだと思ったのも、旧世界から持ち続けた想いに男としてケジメを付けたかったからだ。だけど、今では二人とも性別が入れ替わってしまった。
「女でも男の人の想いを受け止めるのは勇気がいるのに、元が男の子のユウ君ならなおさら覚悟がいると思う。それに、あんな可愛い子に言い寄られたら、私じゃ勝てないよ……」
『彼女』の抱える気持ちと、思うようにならない情況。それに心を引き裂かれるように、『彼女』は悲痛に顔をゆがませる。
「元の世界に戻れば元の関係に戻れる。でも、その前にユウ君の心を全部ベティちゃんに盗られちゃったら……。そうなったら、二人で元の世界に帰る事は出来ないかもしれない」
内に渦巻く不安を吐露しながら、『彼女』はとうとう堪えきれずに大粒の涙をこぼしてしまった。
「だったら、私は男として今のユウ君を振り向かせたらいいの? それとも、元の世界に戻るまで他の子なんて見ないでってお願いすればいいの? ねぇ、ユウ君。私どうしたら良いのか、もう分からないよ……」
『彼女』が男になってしまった事で踏み出せずにいた所に、ベティさんという存在が現れてしまった。そして旧世界と違ってタブーの緩い環境。さらに、ボクの心の有り様を考えれば、女の身であっても女の子を愛してしまうかもしれない。『彼女』はそんな恐怖を覚えてしまったのだ……。
今までボク達が抱き続けた『好き』という感情が、今後も今まで通り変わらぬ『好き』でいられる保証など何処にも無いと、そう気づいてしまったのだ……。
「うん……、今すぐ男を好きになれって言われても絶対に無理だと思う」
「そう……だよね……」
ボクの答えに『彼女』は力なく肩を落とした。
「でもさ、ボク達には選択肢があるんだよね? 今の体のままこの世界で生きるか、それとも元の世界に戻って元の性別に戻るか……」
「うん……」
「変な話だけど、ボクらは男でもあり女でもある、そんな量子みたいな曖昧な状態なんだと思う。それなら、ボク達の関係を男とか女で決めなくても良いんじゃないかな」
思い返してみれば、さっきボクがしたのは『男』のボクが『女』の彼女を好きだったという、過去を告白したにすぎなかった。言ってみれば、僕の気持ちの一部分だけだったようにも思う。
それなら、ボクは言い直さなくちゃいけない。ボクは深呼吸すると、もう一度告白する為に断りを入れた。
「改めて言うね……」
女に変わってもずっと持ち続けている気持ちを。今だからこそ感じているこの気持ちを――――。
「ボクが好きなのは『女の子のハルちゃん』だけじゃなないよ。ボクの心の在り方を思いやって、こんな風に一歩引いてくれたハルちゃんが好き。今も一生懸命自分を変えようと頑張ってるハルちゃんが好き。こんな風に弱気なハルちゃんも、守ってあげたいって思っちゃうくらい僕は大好き!」
一気に捲し立てた所為で息苦しさを覚え、ボクはもう一度大きく息を吸い込んだ。
「ハルちゃんの言う通り、この世界にいる間にボクが女として振る舞う事が出来るかは分からないよ……。それは少し待って欲しいって思う。それでも、ボクはハルちゃんの事が好きだよ、どんな姿でもね」
ボクの一連の言葉を聞いて、ハルちゃんが固まっている。でも次第に、その目には涙が滲んできた。胸元をギュッと握り締めながら、そこにつっかえてしまった大きな気持ちを、何とか絞りだそうと必死になっている。
きっとそこにはボクの望む答えが詰まっているのだろう。だからボクは、照れながらも少し悪戯っぽく「もう一回言う?」と彼の顔を覗き込み、真っ直ぐに瞳を見つめた。
「ボクは、現在進行形で、君の事が大好だよっ」
彼の目から涙が溢れ、大粒の雫が止めどなくこぼれ落ちていく。
「うん……、私もユウ君の事が好き! 昔も、これからも、ずっと大好きっ!」




