34話 再び一層へ!
むせ返るような森の香り。
ダンジョンの一層は、樹高七・八メートルに及ぶ森林地帯だ。道なき道を行くというほど険しくはないが、それでも視界が十分と言うにはほど遠い。
なので、斥候のシロさんを先頭に、カナさん、ボク、ベティさん、ハルちゃんという順に隊列を組み、バックアタックに警戒しながら進んでいく。
今回のパーティ構成は、前衛がハルちゃんとカナさんの二人。どちらもアタッカーなので、攻撃される前に倒しきるという戦法をとる事になる。接敵された場合はハルちゃんにはなるべく後衛を守ってもらいつつ、遊撃手のカナさんが敵の各個撃破を狙っていく。
索敵の要であるシロさんは、メイン武器を弓に持ち替えたので後衛に下がってもらった。中衛のままで近接戦闘もやりたいって言ってたけど、マッチメイクする人が戦闘で手一杯になるのは非常にマズイ。
最後にボクら魔法職の分担だけど、今後の事も考えてボクがメインヒーラーという扱いになった。ベティさんの方がヒーラーとしての技量は上なんだけどね。彼女にはキャスター兼サブヒーラーという立ち位置をお願いしている。
そして、後衛は遠隔攻撃のみとし、接近された敵には手出し禁止とした。連携が未熟なボクらでは友軍誤射が怖すぎるのだ。
「なんだかワクワクしますわ」
「ボクらもまだ二回目だから同じ気持ちだよ。でも、無理しないでね」
「ええ」
ベティさんは少し興奮気味に上気している。体に半分だけ流れるエルフの血が何かを想起させるのだろうか、彼女は初めての森に興味津々のご様子。
実年齢ではボクより大分年上だけど、精神は肉体に大きく影響を受けるって先生も言っていたっけ。外見年齢よりもさらに幼い感じにキョロキョロと辺りを見回しては小さな声で歓声を漏らしていた。
本人は忘れている様だけど、彼女は今日、実習クエストに加えキャスターの講義も受けてきた。彼女の魔力残量にはボクも気をつけておかなくちゃ。
ボクらはマップに従い一直線に転移ゲートを目指していく。公開されているマップが使えるのは三〇層まで。その後は自分達でマッピングするか、冒険者同士で相互補完する必要があるのだそうだ。
そんなことを考えていると、シロさんが静かに手を上げて警戒を促した。
「レッサーベアが三匹、まだ気づかれてないな」
「後衛で先制するね、その後は宜しくっ」
小声で各自のターゲットを確認すると直ぐに行動に移していく。
魔法はイメージ。ボクは手の中に魔力球を生み出すと、それが凍結するイメージを込めていく。ぶっつけ本番だけど、思いついた事をどんどん試してみよう。
そして、ボクの手には冷気を纏った魔力球が、ベティさんの傍には風の精霊が、それぞれ開戦の合図を固唾を呑んで待ち構える……。
シロさんの弓が狙いを定め、キリキリと音を上げてしなる。そして、ビィンッと鋭い弦音が響いたのを合図に、ボクらも一斉に魔法を解き放った!
一層においては最上位種であるレッサーベア。だけど、そいつは眉間に矢が突き立つまで敵対する存在に気づくことはなかった。いや、そんな状態に至ってさえ何が起きたのか理解していなかった様にも見える。好戦的な種族で有りながらも、索敵能力は皆無に等しく、致命的な程知能が低いからだ。
中央の一体が崩れ落ちるのと同時に、左の一体にボクの魔法が触れて弾けた。その瞬間ダイヤモンドダストのように水蒸気が煌めき、レッサーベアの後ろ足に白く霜が降りた。奴の血肉は凍り付き、もはや役に立たなくなった事だろう
想像とは違う結果になったけど、それでも動きを封じるにはこれで十分。
そして、残りの一体には空気の刃が襲いかかり、首元が大きく裂けて鮮血が吹き出していた。初めての戦闘、学んだばかりの精霊魔法だというのに、キッチリと使いこなしてくる辺り、ベティさんの魔法センスはやはり凄い。
一連の先制攻撃で既に大勢は決していたけど、とどめを刺すべく近接の二人が飛び出だした。
接敵が早かったのはカナさんの方だ。魔力による身体強化で脚力の底上げをしているらしく、そのスピードは先日の大熊戦よりも一段ギアを上げていた。
そして足を止める事無く拳を振り抜くと、即座に敵の間合いから離脱する。事前に首を裂かれていたレッサーベアは、その一撃に耐えるられるはずもなく、衝撃で首がもげてしまった。
そして最後の一人――――ハルちゃんが凍結した敵の背後へと躍り出る!
レッサーベアは立ち上がっても精々一メートルちょっと。対するハルちゃんは一八〇センチ程の身長に武器の刃渡りも加えて、彼我のリーチの差は圧倒的。身動きの取れぬレッサーベアなど、もはや案山子も同然だった。
それでも『彼女』の性格を考えると、本当に打ち込む事が出来るのか分からない……。だからボクは心の中で何度も何度も「頑張れ!」と応援しながらハルちゃんを見守った。
高々と振り上げられた肉厚の白刃。その切っ先が迷いで僅かに震える……。
だけど、それも僅かの事だった。力を取り戻したショートソードは、渾身の想いを込めて振り下ろされる!
刃はレッサーベアの右肩から左脇腹に抜け、脊柱ごとその命を断ち切った。
三匹のレッサーベアは、もう動かない……。ボクの【診察】でも、生命の光が完全に失われている事がハッキリと分かった。
戦闘の終了を確認するとハルちゃんは「プハー」と緊張の糸を解き、その場に尻餅をついてしまった。
「やったぁぁ――――――っ!」
ボクはダンジョン内である事も忘れて大声を上げ、ハルちゃんに駆け寄った。
だって、我慢なんて出来るわけがないじゃないか! ボクは泣きながら飛び出したハルちゃんを見た。手が血まみれになるほど木剣を振り続けたハルちゃんを見た。『彼女』がどれ程の想いを込めて剣をとったのかボクは知っていたから。
無力化された敵を一方的に切り伏せたにしては酷く憔悴した様子で、ハルちゃんはボクに笑顔を返してくれた。ボクに続いて皆も一斉に集まってくる。
「やったよ……、ユウ君……」
「ハル、ぐっじょぶ!」
――――人の事なのに嬉しくて堪らない。
さっきの一太刀は『彼女』が自分に打ち勝とうと踏み出した一歩だった。そこに込められた苦悩と覚悟。ボクはそれに共感し、目に涙が滲んでしまった。
だめだ、ウズウズして衝動を止められそうにない。ボクは感極まってハルちゃんに抱きついてしまった。
「うぇぇぇ~~、良かったぁ~~……。ハルちゃん、頑張ったね~~っ」
「ちょ、ユウ君! 鼻水っ」
おかしいな、ボクには抱きつき癖なんて無かったはずなんだけど。
でも、こうしていると凄く安心するし、『彼女』にも安心してもらいたいって気持ちが溢れてくる。そんなボクの気持ちに少しでも共感してもらいたいって衝動が湧いてきて、それがボクの行動を支配してしまった。
ハルちゃんはボクに抱きつかれたまま、カナさんとハイタッチしている。『彼女』達の行動も、なんだか少し男の子っぽくなったかも。
みんながハルちゃんの成長を喜ぶ中、シロさんだけは冷静に周囲の警戒を続けていてくれた。だけど、彼女の表情もどこか嬉しそうだ。
「一体何事ですの!?」
一人だけ状況について行けず、ベティさんが困惑している。
ハルちゃんは少し迷う素振りを見せたけど、覚悟を固めベティさんにポツリと吐露し始めた。
「私、怖がってみんなに迷惑を掛けてたから。今日初めて剣士として戦えたの」
「意外ですわね。そんなに逞しい体付きですのに……」
ハルちゃんは少し悲しそうな顔をすると、ボクらを見渡した。
『彼女』が何を確認したのかは言わなくても分かる。ベティさんはもうボクらの仲間だし、知ってもらった方が良いだろう。ボクも先生に話しちゃったしね。
「この体になったのは六日前なの……」
「この体になった?」
「それまでは私、女だったの」
ベティさんは目をパチクリと瞬かせている。そりゃ、突然こんな事言われても意味が分からないよね。ハルちゃんに続いてボクは補足した。
「神様――――みたいな人に、ボクらは体を作り変えられちゃったんだ。だから、心と体の不一致に随分と振り回されちゃって……」
「ハルもそれで苦しんでた訳」
「突拍子も無い話ですが、皆さんの『その状態』はそういう事情でしたのね……。皆さん人称や口調に違和感があった事にも納得がいきましたわ」
その状態……か。ヒーラーの知識があれば、ボクらが普通じゃない事は一目瞭然。だから、ベティさんもボクらの状態には初めから気がついていたのだろう。
まぁ、ヒーラーでなくとも、ボクらの異質さに気づいていた人は意外と多いのかもしれない。ボクらより前に来た異世界人から知識を得ていた人もいるだろうし。たぶん、オルシバさんやエルさんあたりは、知っているんじゃないかな。
「あら? で、で、では、ユウキさん、貴方まさか男性ですの!?」
これまでのベティさんとの付き合いを思い出すと少し申し訳なく思うけど、ボクはその問いに頷いた。
「で、では……コレは偽物!?」
と、いつかの様に胸をワシっと掴まれた。そのまま真贋を確かめる様に散々揉まれたけど、今回ばかりはと甘んじてその行為を受け入れた。
でも、ベティさん混乱しているな……。正確には『元男』なんだけど。
ボクは疑問に答える様に上着を脱いで、胸をさらけ出した。
「一応……本物です」
「ちょっ! 貴方何てことを!」
ベティさんはボクが肌を晒した事に驚いて、慌てて隠そうとしてくれた。だけど、この場にいるのは『元女』と『元は男だけど今は女』という、全員女性経験がある特殊な状況なのだ。だから問題はないと彼女に説明した。
「何だかややこしいですわね……」
「体は普通の女の子と同じだって、ミーシェル先生も言ってました。でも心の方は……その、男なんです。ごめんね……」
ボクの告白を聞きながら、ベティさんは再びボクの胸を弄りだした。
擦ったり、揉んだり、摘まんだり……。先生のは凄く事務的に研究対象として触れていたけど、ベティさんのは何だか触り方がちょっとエッチっぽくて……。好奇心からなのは分かるけど、さすがに変な気分になってしまう。
「あの……ベティさん、もういいですか?」
ボクが視線を逸らして顔を染めていると、ベティさんも自分が何をしているのか認識したようで、耳まで真っ赤になってしまった。
「ご、ごめんなさい! 私ったら何てはしたない真似を……」
「いえ、ボクの方もちゃんと説明しなくちゃって思ったから……」
そしたら、何を思ったのかベティさんまで服を脱ぎ始めてしまった。
「ちょ、ストップ! ベティさんは脱がなくていいからっ!」
「人にあんな事しておいて、自分はお咎めなしなんて許されませんわ!」
「ベティさんは普通の女の子なんだから、自分を大事にしないとダメですっ!」
相変わらずこういう時のベティさんは凄く頑固。筋を通すまで曲げようとしないのだ。埒が空かないので、せめて別の機会にして欲しいと約束してその場は収まった。だけど、五回ぐらい「絶対ですわよ!」って念を押されてしまった。
う~ん、ベティさんて実は女の子好きなのではなかろうか……。
「事情は理解しましたわ。言い辛い秘密でしたでしょうに……」
「ベティさんはもう親友で仲間だからね。隠し事は無しかなって」
「わ、私だってユウキさんだから……、男とか女とか関係ありませんわ」
そこで何かに気がついたように、ベティさんは頬を染めると言葉を続けた。
「で、でも、元は男性と言う事でしたら、親友と言うよりも……こここ、恋人の方が良いかしらね?」
彼女は両頬に手を当て、乙女モード全開になっている。
その様子にボクも身だしなみを整えながら照れていると、後ろからハルちゃんとカナさんに抱きしめられてしまった。
「それはちょっと早いです!」
「意外とユウの競争率は高い!」
「ん? あれ、俺余ったのか? じゃあ、俺もユウ狙いにエントリーするわ」
え? なにこれ、どういう状況!?
そんな冗談交じりの遣り取りをしていたら、レッサーベアの死骸はとっくに魔石へと変わっていた。




