33話 魔法少女ベティ
この街の人達は必ず何かしらのリングを腕にはめている。
ボクら冒険者の場合には『冒険証』がそれに当たるわけだけど、それ以外の人達がはめている物は『市民証』と言うらしい。
以前にベティさんからトレード要請を受けた事があるけど、機能にほとんど違いは無いのだそうだ。ジョブメダルをはめるスロットが無い事と、ダンジョンへの入場資格が無い事。あとはランクが存在しない程度らしい。
彼女が冒険者へ転向するにあたり、まずはソレを交換する事にした。
ただ、彼女は元々この街の住人で生活基盤もある。だからチュートリアルはパスして、直ぐに修練場で適性を調べることになった。
その結果は――――。
「キャスタークラスの『精霊使い』……ですの?」
ベティさんがヒーラー適正でなはなかった事に、ボクはちょっぴりホッとしていた。ヒーラーになろうと頑張ってきたのに、被りで転向する事になったら悲しいし……。でもそれはベティさんも同じ事。
「ベティさんはキャスターでも大丈夫?」
「ええ、問題ありませんわ。治療術士の鍛錬をしていた理由は話しましたわよね? あちらはもっと長期の目標ですし、ジョブ自体に固執していた訳ではありませんもの」
彼女が一番拘っていたのは心許せる人との時間だった。自惚れかもしれないけど、今の彼女はボクと一緒に居る時間を凄く大切にしてくれている。病院勤務の先生と比べたら会いやすいっていうのも大きな要因だろうけど。
「ありがとう」
「でも、そうですわね……。申し訳ないと思ってくれるようでしたら、何か一つわがままを言ってしまおうかしら?」
「う~ん……。ボクにできる事なら……」
「フフフ、冗談ですわ」
クスクスと笑う笑顔には無理や遠慮する素振りは見えない。ボクらの都合で苦しめる事にならずに済んで、ホッと胸をなで下ろした。
「それにしても、ジョブとの相性が凄いね……」
既にジョブについての言及がある通り、彼女には並々ならぬ適正を秘めたジョブが見つかったのだ。彼女の獲得した特能は『融和』と『触媒』。
前者は精霊との相性を高めてくれる物で、後者は精霊の引き起こす現象を強化してくれる物らしい。
「特能二個って……、チート乙!」
「マジかよ……特能無ぇの俺だけじゃん!」
「いや、ボクのはバグみたいな物だから……」
シロさんの勘定にはボクも入っているみたいだけど、効果が不明なんだよねコレ。表示はブロックノイズのままだし。いつか読める様になるんだろうか?
まぁ、ボクの件はいいや。今日はベティさんが最優先だからね。
早速『精霊使い』の事を教えてもらおうと思ったのだけど、生憎と修練場には指導出来る人が居ないのだそうだ。
そこで二手に分かれ、ボクとベティさんはキャスター養成所へ、残りはギルドでクエストの受注をしてきてもらう事になった。
あと彼女の付き添いついでに、ボクもキャスターの講義を受けてくるつもり。
ヒーラーの魔法だけだとパーティ行動中に出来る事が限られるから、攻撃魔法も覚えておきたいんだよね。前に火の玉は使ったけど、アレはちゃんと習ったものじゃないし……。
キャスター養成所は街の最北端、そのすこし東寄りに在る。攻撃魔法を扱う為か、不測の事態で市街地に被害が出ないように配慮されているのだそうだ。
受付でジョブメダルの購入と講義の申請を行うと、早速訓練場へと通された。そこは周囲をぐるりと半円形の校舎で囲われていて、訓練場から見える壁には窓が一切無い。三階建ての校舎は防護壁の役目も果たしているのだろう。
「ボクは隣で基礎魔法の講義を受けて来ますね」
「『精霊使い』とは別々ですのね……」
基本的にキャスターはみんな基礎魔法から始まり、その後は各属性に特化したり『付呪士』などのジョブに分化していく。だけど召喚系の魔法は、純粋に自分の魔力を使う魔法とは異なる為、系統樹が別になるのだそうだ。
「ボクも同じ訓練場に居ますから、一緒に頑張りましょう!」
「ええ」
ベティさんは講師の待つ場所へたどり着くまでに、何度も振り返って手を振ってきた。初めて会った時にツンツンしてた子は、双子の別人なんじゃ無いかと思う程の変わり様だ。まぁ、可愛いけどさ。
講義を受けながら、時折彼女の様子を伺ってみると、黄緑色の小さな光が彼女の周りを飛び回っていた。きっとアレが精霊なんだろう。
さて、ボクも講義に集中しないと……。
ボクの方の講義もなかなか衝撃的な内容だった。聞いて驚くなかれ、キャスターが最初に覚えるスキルはなんとっ!
『魔法キャンセル』でした。
といっても、敵の魔法を無効化するスキルじゃないよ? 自分の魔法を「やっぱり、やめた」って取り消すスキルだっ!
なので魔力球を生み出しては消失させるって練習を、ひたすら繰り返してました。いや、大切なスキルだとは思うよ。だって、火球を作り出した時なんか、今までは炸裂させないと魔法を消せなかったかったんだから。それは分かるんだけどさ……。
すご~~く地味! 地味すぎるっ!
さすがにそれだけで終わるのも寂しいので、続けて講義を受けてみたんだけど。その内容は【魔力操作】、その次は【魔力充填】だった……。
前者の方は、暇つぶしにやっていた魔力球を動かす遊びと同じ事。後者は物に魔力を込める事だった。というわけで、ヒーラーとしてやって来たことや、我流でやっていた事の復習になってしまったんだ。無駄とはいわないけど、新しい何かを覚えたって気がしない。
カリキュラム通りにやった方が良いと思ってたけど、欲しい技術だけつまみ食いする形の方が良かったかもしれないな。
ってことで、ベティさんの方の講義もまだ終わっていないようだし、自分に出来る技能を見せて、講師の人に相談してみる事にした。
「なるほど、実戦で火魔法を使用したら、味方まで巻き込みかけたと?」
「そのせいで連携が取りづらくて……」
「そうですね、でしたらコレなんていかがですか?」
そう言うと彼は足下の小石を拾いボクの手にちょこんと乗せてきた。受け取ってはみたけど……、何の変哲も無いただの石ころです。投げろって事?
「ヒントは今の講義の応用です」
「…………あっ!」
ボクは小石に魔力を込めると、手のひらから少し浮かせてみせた。
「こういう事ですか?」
「ええ、お見事です」
彼は無言で一〇メートルほど先の的を指差した。
魔力操作ならコレまで何度もやって来た。ボクは黒い金属製の的を見据えると、石に纏わせた魔力を充実させていく。
心の中で「行けっ!」と念じた瞬間、手の中から勢いよく小石が飛び出した。ソレは放物線を描くことなく一直線に飛翔し、甲高い音を響かせて砕け散った。
弾丸とまでは行かないけど、スリングショット並みの威力は期待出来るかも。
「コレだけでも十分に味方のサポートになると思いますよ。それでは、本日はこの辺りに致しましょうか」
「ありがとうございましたっ」
物思いにふけっていたボクは、慌ててお辞儀して講師を見送った。
魔法は魔力を媒介にしてイメージを実現する物。ヒーラーとは違い、キャスターなら多少の無茶をしても問題が無い。なら、発想次第でかなり応用が利きくかも。今日のダンジョンで実験してみよう。
そして、ボクが顔を持ち上げると、目の前に黄緑色に光る小さな女の子が浮かんでいた。
「わっ、何!? 妖精?」
「シルフですわ」
講義を終えたベティさんが、いつの間にか傍に戻ってきていた。
シルフって確か風の精霊の名前だっけ。
その精霊は薄らと透ける細身の体に、蝶のような羽、ベビードールのような衣を纏った姿をしていた。優雅に舞う様は、まるでフワフワと舞い散る花びらのようだ。
「へぇ~。この子が……」
「精霊は普通、力を貸してくれるだけですのに、姿まで現してくれるのは珍しいと褒められましたわ。これも特能のおかげかしらね」
シルフはボクが伸ばした指先に軽く口づけをすると、ベティさんの下へと帰って行った。そして、挨拶をするように飛び回ると、スーッと消えてしまった。
精霊と戯れる美少女……。すごく絵になる光景だった。
キャスターとしての最低限の知識を得たところで、ボクらは真っ直ぐにダンジョンへと向かった。
相変わらず縁日のような賑やかさを見せるダンジョン前広場。みんなはゲート近くの休憩所で、甘味を食べながら待っていた。
「それじゃ、今日の目標の確認な」
シロさんは今朝打ち合わせた内容を一つ一つ挙げていった。その時ベティさんは居なかったからね、きちんと伝えておかなくちゃ。
今回の目標を要約すると、本格的な攻略に備えてダンジョンの仕様を体験してみようというモノだった。
世界樹ダンジョンは階層構造になっているけど、物理的に階段で結ばれているわけじゃ無い。階層ごとの決まった位置に転移ゲートが有り、ソレを使って次の階層へ転移していく仕組みなのだそうだ。
そんな重要拠点ともなれば、ガーディアン的な存在が配置されているわけで。それがフロアボスと呼ばれるその階層最強のボスモンスターだ。
改装移動の仕様は、単純に転移ゲートに乗れば移動できるという訳ではないらしい。フロアボスの撃破がゲートの起動キーとなるらしく、戦闘を回避して次の層へ進むという手段は執れないのだそうだ。
力を示して一層ずつ踏破していくしかないって訳だね。
ちなみに、パーティ内に起動キーを持つ人が一人でも居れば、ゲートの使用は可能なのだそうだ。極端な話、ダンジョンを踏破済みの人が居れば、初挑戦の新人を最上層まで転送する事だって出来てしまうらしい。
とまぁ「らしい」とか「だそうだ」とか、これらの情報は全部伝聞なんだよね。『知っている』のと『経験したことがある』の差は凄く大きい。だから、その差を埋めようってわけ。
「まずは一層のフロアボスを倒すんですよね?」
「そそ。転送ゲートを使って階層移動を試してみようぜって話」
「その後は、一層に戻ってクエストの消化だね」
「前回は大熊のせいで中断したからな、そして何よりも!」
と気合いを入れると、シロさんは手にした弓を高々と掲げて見せた。
「俺達の新しいスタイルと、新しい仲間のお披露目だ!」




