30話 錬金術師ギルド
自主練を終えた後、ボクは職人町へと来ていた。日はまだ十分に高いが、大分西側へと傾いてきている。
「相変わらず高い壁だなぁ……」
高さ七・八メートルほどある高い壁を見上げ、ポツリと感想を漏らす。
コレのせいで北側の建物は完全に日陰になっているのだけど。まぁ、町工場みたいな場所だし、日照権なんて些細な事なんだろう。自宅も兼ねた建物も多そうだけど、こんな集積率の高い一帯に住むくらいだ、きっとワイヤー並の神経が形成されているに違いない。だって、路上に渡された洗濯紐を見上げると、女性物の下着も堂々と干されているし……。
「よしっ、行くぞっ!」
ボクは自分に活を入れると、壁に開けられた大きなゲートをくぐった。だけど、そのまま直進しようにも直ぐに車両用の大きな門扉が立ち塞がってしまう。歩行者はソレを迂回して中へ入っていくという、少々面倒な構造をしていた。
ここへ来るのもこれで三度目になるな。
一度目はウサ耳少女を助けようと壁の穴をくぐった時。二度目はヒーラーになる意思を再確認した時。そして今回……。
三度訪れたこの施設の名前を『錬金術師ギルド』という。正確にはギルド本部とそれに関連する施設群だけど。
壁の内側に広がる空間には、まるで立体パズルの様に、配管や貯蔵タンクなど、様々な建造物がギュウギュウに詰め込まれていた。
『工場萌え』なんていう単語を聞いたことがあるけど、人力主体の機構はどこかノスタルジックな印象を感じさせる。電子機器溢れる世界の出身だというのに、何世代も前の技術体系に惹かれてしまうのは何故なんだろうな……。
そんな機構の数々により、壁の内側は様々な音で満ち溢れていた。どうやら周囲の高い壁は防音壁の役目を果たしていたらしい。
ドカァァァァ――――――ン!
「うわっ!?」
突然轟音が響き渡り、慌てて耳に指をねじ込む。音の発生源を見やると、左奥の方の屋根が宙を舞っていた。
吹き飛んだ破片が壁で跳ね返り、パラパラと落ちていく……。な、なるほど。どうやらあの壁は防音以外にも効果を発揮しているらしい。
ギルドに常駐しているのか、治療術士のローブを着た人達が駆けていったけど「また、三号加圧炉?」「あそこに居るのってドールだけよね? 私達必要ないかも」とか言ってる。下位術士のボクが手伝えるような事はなさそうだな。
…………まぁ、念のため、自分にプロテクションは掛けておこう。
さて、今日用があるのはギルド本部だ。
施設群を背に先頭に建つその建物は、この街では珍しい石造りの建造物。正確に切り出された石材を、幾何学的な模様を描きながら積み重ね、技術や独創性のアピールに終始したデザインとなっていた。
ここへ来たのは他でもない、ジョブメダルの外し方を相談する為だ。
修練場を訪れた際、エルさんに助言を求めたのだけど、彼も専門ではないからとココの事を教えてくれたのだ。魔道具は錬金術の産物。ならば、その総本山ならきっと良い知恵が見つかるだろうって。
このまま外せなかったら、あの子になんて言って謝れば良いのか分からない。ボクは冒険証を握りしめ、ギルド本部へと踏み出した。
「何としても外し方を見つけなくちゃ……」
だけど、ボクが建物にたどり着くよりも早く、突如としてドアが開け放たれた。
中から現れたのは、ティーカップ&ソーサーを手に優雅にたたずむ男性。顔に刻まれた皺から、老年に近い年齢であることが見て取れた。白い御髪には赤いメッシュが入れられ、その年齢の男性にはあるまじき、原色バリバリの衣服を着こなしていた。
「如何かな? この様に人を感知して自動で開閉する扉だ。例え両手が塞がっていようと、足で扉を開くなどという無粋な真似から解放される。控えめに言ってマーベラスと思わんか?」
「師匠。勝手に改造したら、またマスターに怒られますよ?」
「ジョーシュよ、革新を恐れる老害など捨て置――――ブヘェッ!」
内開きに開かれた扉が、自慢の言葉通りに自動で閉まり、そのカラフルなオッサンが、ボクの足下まで弾き飛ばされてきた。危ない仕様だなぁ……。
咄嗟に脚を開いて、脛に激突するのを避けたはいいけど、そのおかげで丁度ボクの真下にその男が潜り込む形になってしまった。ボクの足の間で仰向けに転がった男は、あろうことか実に不満そうに舌打ちを漏した。
「少女よっ! スカートを穿いていないのは減点だな」
どうやら彼は、ラッキースケベが起きなかった事が不服らしい。だが生憎とボクはまだスカートを穿く気はないのだ。
それはまぁいいとして。このオッサン、ボクの下に潜り込んだまま、ちっとも退こうとしないんだけど……。空になったティーカップをすすりながら見上げてくるし。対するボクは蔑むような目でソレを見下ろしている……。
コレは踏んでくれとでも言っているのだろうか……?
「あぁ、お嬢さん。その人、踏まれると喜ぶので相手しなくていいですよ」
お弟子さんと思しき少年が、改造された扉を外しながらボクに注意喚起してきた。危ない……、うっかりご褒美を提供するところだった。
「チッ……、ジョーシュめ余計な事を……」
笑いをとりたかったのか、それともただの性癖か。ソレは分からないけど、彼はさも残念そうに立ち上がると、服に付いた埃を払った。
「して、少女よ。我が錬金ギルドへ何用かな?」
「えっ? 貴方がギルドマスターなんですか!?」
経緯はどうあれ、組織のトップと面識が出来るのならラッキーかも。ボクは驚きと共に、喜々として相談事を口に仕掛けた。
「違いますよ。大物ぶってますけど、師匠はヒラの錬金術師です。あ、僕はジョーシュ。師匠はパストールって言います」
ジョーシュと名乗ったお弟子さんは、ボクよりも少し小柄で、少しぽっちゃりとした丸眼鏡の少年だ。彼はボクの勘違いをさらりと訂正しつつ、師匠の紹介も交えてきた。
ボクは勘違いで開いた口はそのままに、ぽかーんと間抜け顔を晒してしまった。喜びから一転して突き落とされたその落差に、ほんの二三会話しただけにしては、えらく疲労感を感じてしまう。
ボクはジト目で二人を眺めながら、この二人と関わりを持つのは止そうと決意した。凄くトラブルメーカーっぽい匂いがするもん……。ここはスルーしてさっさとギルドに駆け込もう。
「えっと、じゃぁボクはこれで……」
「あぁ、役職はありませんが、こう見えて師匠は魔道具の第一人者です」
その言葉に、踏み出しかけたボクの足は、いとも容易く止められてしまった。立ち止まり、振り返ったボクを見て、釣れたと判断したのだろう。お弟子さんは強かにボクを絡め取りに来た。
「冒険者の貴方が、錬金術を学びに来た訳ではないのでしょう? 貴方の問題解決にはきっと師匠が適任です」
「ジョーシュ、我をのけ者にして話を進めるでない!」
確かに、ボクは魔道具に詳しい人を求めてきたけど。果たしてこの二人でいいのだろうか……?
そんなボクの葛藤など、彼の目には筒抜けだったに違いない。だから、ボクが彼の意図しない答えを返してしまう前に、交渉をたたみ掛けてきた。
「お客様のお名前を伺っても?」
「…………ユウキ……です」
結局ボクは彼の策謀にはまり、易々と押しきられてしまった。
そういえば、正常な判断をさせる間を与えないのが、詐欺の常套手段とか聞いた事があるな……。
一見すれば裏表の無さそうな彼の笑顔。この笑顔の裏には何が潜んでいるんだろうか。




