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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第二章
30/88

29話 伝説の英雄様

 何だろう……、ギルドの中が妙に騒がしい。


 事件でも起きたのか、職員達がマスタールームへ頻繁に出入りしている。


 だけど、今日の騒がしさの原因はソレだけではないようだ。周りの会話に耳を傾けてみると、誰かを噂する声が聞こえてくる。


「なぁ、アレってマーロウじゃないか?」

「マジ!? もう半年はダンジョンに籠もりっぱなしって聞いたぜ?」

「すげぇ、伝説の魔剣士かよ……」



 ――――伝説の魔剣士!?


 そんなパワーワードを聞いたら、ボクの男の子がキュンキュン反応するじゃないか! カナさんに「ちょっと見てくる」と断りを入れ、遠巻きに眺める人ごみの中へともぐりこんだ。衆人の視線を追ってみると、それは黒いマントを身に纏いフードを目深に被った人物へと行き着いた。


 背はカナさんと同等か少し小さい位だろうか。その人物が受付の女性と話す際に、マントの下から濃紺の篭手に包まれた左腕がのぞいた。


「うわっ! 紫だよカナさん、最高ランク!」

「わーぉ!」


 いつの間にかボクの背後に陣取っていたカナさんも、感嘆の声を上げた。


 ボクがコレまでに出会った人物を思い返すと。ハーシャさんたち指導員で緑色。修練場の責任者であるエルさんで青色のランクだ。


 先日見たハーシャさん達の実力はボク達の度肝を抜くレベルだった。そこから二段階上って、一体どれだけの強さを秘めているのだろう……。


 英雄の来訪が伝わったのか、オルシバさんもマスタールームから姿を現して対応していた。笑顔で握手を交わす二人は旧世界の報道でも見られたような、パフォーマンス色の強い印象を受けた。きっと普通に親交は有るのだろう。だけど、衆目を意識した過剰な演技が鼻につき、わざとらしい物に感じてしまった。


 ボクはちょっぴり興味が湧いたので、近くの人に質問してみた。


「あの……、紫ランクって何人居るんですか?」

「今は彼一人だよ。一年前にはタクロウって英雄も居たが、消息不明らしい」

「タクロウか、確か二年前に女連れで現れて、裸一貫でのし上がったんだよな」

「異常な出世スピードだったな、やっぱ英雄に成る人間は何かが違うぜ」


 裸一貫でのし上がった女連れ……か。タクロウっていう名前も現地人ぽくないし、間違いなく転移者なんだろう。消息不明ってのは、ダンジョンをクリアして元の世界に戻ったってことかな。


 しかし、今の紫ランクはあの人だけなのか……。紛れもなく英雄だな。


「出世スピードといえば、お前さんらも既に黄色相当って聞いたぞ?」

「なにっ!? 登録からまだ一週間も経ってないだろ、未来の英雄候補か!」


 あれ? なんかボクらの話題に飛び火した?


「い、いえ、ボクらはたまたまギルドに貢献出来ただけで。運ですよ運!」


 これは別に謙遜なんかじゃない。だって、ボクらはまともな戦闘を一回しか経験していないのだから。


 ただ、予想外に大熊の事件が知られていたらしく、周りが少しザワつき始めてしまった。面倒事は御免と、悪目立ちする前に適当に誤魔化して人だかりから距離を取る事にした。身に余る評価っていうのも考え物かもしれない。


 しかし、この騒ぎだと、オルシバさんと話すのは難しそうだな……。


「メダルの外し方を聞きたかったけど、邪魔になりそうだね」

「ん~、エルさんに聞いたら、何か分かるんじゃない?」

「おぉ~、それだっ!」


 深窓の令息のごとく、優しげに微笑む青年の姿が目に浮かんだ。


 困った事があればとりあえずギルドかなって思ってたけど、彼なら何か道を示してくれそうな気がする。


 代案に賛同し、ギルドを離れようと踵を返した時、偶然オルシバさんと目が合った。軽く会釈をして立ち去ろうとしたのだけど、オルシバさんはボクを指さして英雄様に何やら伝えていた。


 足を止めて様子をうかがっていると、目深に被ったフードの奥から、英雄様の視線を感じた。というか……、なんかこっちに向かって来てないか?


 英雄様はガシャリと鎧を鳴らしてボクの前に立つと、両手でフードを脱ぎさった。その正体は英雄という単語とは縁遠い、優しげな印象の少年だった。線の細い体躯に漆黒の髪。だけど、燃えるような深紅の瞳には底知れぬ力強さを感じる。


「君が小兎族の少女を助けてくれたそうだね。私もあの子とは少々縁があってね、礼を言わせて貰うよ、ありがとう。私はマーロウという」


 彼は右手を差し出し、優しげな笑顔で友好を求めてきた。突然の事で、ボクの視線は彼の顔と手を何度も往復してしまう。


「え? あの……?」


 ボクはこの人の事を今日知ったばかり。だから別に、彼に対する特別な印象なんて持ち合わせていなかった。


 だけど今、ギルド中の人々がボクに注目している。それだけで彼がどれ程人々に羨望され、認知されているのか……それを察するには十分だった。


 そんな彼が自ら手を差し出す行為、それがどれ程異例な事か。


 状況を飲み込んでいく内に、ボクの鼓動は激しくなり、脚が震え始めてしまう。口の中はカラカラに乾くくせに、手にはジットリと汗が滲み出てきた。


 ボクの戸惑いは、いったいどれだけ続いたのだろうか。その間、彼は差し出した手を下げる事もなく待ち続けてくれた。


 ボクは慌てて服で手を拭うと、恐る恐る彼の手に触れる。



 ――――あ、あれ? 握手って片手で受けると失礼なんだっけ?


 元学生のボクではそんな社会常識なんてまだ知らない。というか、そもそも異世界なんだから、ボクらの世界の常識なんて関係ないか。左手も添える方が丁寧っぽいかな……?


「え、えっと、ユウキです。でも、ボクが助けたなんてとても……」

「謙遜しなくていい。君の行動の結果、助かった命がある。それは十分に感謝に値する事だ」

「は、はいっ」


 ボクの中で緊張感が少しずつ高揚感へとすり替わっていく。


 英雄――――これほど男心をくすぐる称号はそうはないない。それを体現した人物が目の前に居て、その人物と自分が握手している。コレに興奮せずして何にするというのか。


 あぁ、いつかはボクも英雄と呼ばれるような男になりたい……。そんな渇望が、恋にも似た憧れを抱かせる。


 でも、いつまでも彼の手を独占し続ける訳にもいかず、ボクは名残惜しげに手を離した。


 だけど、二度目の握手のチャンスは、思いも掛けないほど直ぐに訪れた。



 いや、これは握手とは言わないか……。

 下ろそうとしたボクの左手を、彼の右手が素早く捕まえたのだ。


「えっと、あの?」

「あぁ、済まない。女性の手を強引に取るなど失礼だったね」


 非礼を詫びながらも、僕の顔などチラリとも見もしない。行為を改めるつもりは欠片もないという事らしい。そんな彼の視線は、射貫くようにボクの左手首に注がれていた。


「珍しいメダルだね……。オリジナルジョブを目指す者なんて久しく見ていないが、君はなかなかのチャレンジャーの様だ」

「オリジナル? い、いえ、コレは違うんです……。興味本位ではめたら取れなくなって……。それで外し方を聞――――っ!?」

「ほう……」


 ボクの左手を握る手が、痛いくらいに力を増した。


「ならば、手首を切り落とすか……。いや、違うなこれは絡まって…………」

「え……切り……?」


 声のトーンを落として発せられた猟奇的なワード。ボクは思わずビクリとして手を引っ込めようとした。だけど、彼の右手がそうはさせてくれなかった。


 彼の目は未だ逸らされる事はなく、非力な力で綱引きを続けるボクの手首をじっと見つめていた。おそらくは、このウサ耳少女のメダルを……。


 彼はあの子と縁があると言っていた。このメダルについて何かを知っているに違いない。そして、どうやら執着さえしているように見える。


 英雄様は残る左手もボクの手首へと伸ばしてきた……。まさか、本気でボクの手首を狙ってるんじゃないよね……!?



「やぁ英雄さん。アタシも握手、いいかな?」


 だが英雄様の手が触れる前に、カナさんがその手を握り返し、行く手を阻んだ。彼がカナさんの申し出に返事を返すまでの数秒間……。その()にはいったいどんな感情が込められていたのだろうか。


「……ああ、もちろんだとも。君の名は?」

「カナタ」


 ボクの横で交わされた二人の握手。多分、カナさんは相当力を込めて握り込んでいたと思う。だけど英雄様は涼しい顔でソレを受け止めていた。


「君たちは新気鋭のパーティと聞いている。今後の成長を祈っているよ」

「あざーっす」


 カナさんは英雄様の激励を適当に受け流すと、ボクの肩を引き寄せて強引にその場から引き剥がした。


「それじゃ、またねっ、英雄さん」


 ボクはカナさんに手を引かれ、衆目の中を駆け抜けていく。振り返ると手を差し出した姿勢のまま、英雄様が立ち尽くしていた。


 手をつないだままの姿勢はすこし走りづらかったけど、一歩前を走るカナさんの背中をボクは一心に追いかけていた。


「あははは! ユウ、どうしよう! アタシ英雄様に喧嘩売っちゃった!」

「大丈夫だよ、仮にも英雄なんだから、きっと気にしてないよ」

「でも、悪い気はしない! ドキドキしてるっ!」



 さっきのギルドでの一幕。


 立場が逆だったなら、ボクやシロさんも同じ事をしたかもしれない。いや、そういう気持ちがあったとしても、ボクにその行動が起こせたかどうか……。


 悔しいけど、カッコイイって思ってしまった。


 物怖じすることなく立ち向かえるカナさんに、自分に無い物を見いだして憧れを感じてしまった。ソレと同時に守られて、手を引かれている事にも少しドキドキしている……。


 ボクらの中で何かがゆっくりと変わり始めているのかもしれない。


 昂ぶった気持ちはボクらの足を速め、修練場までの道のりをあっという間に走りきってしまった。


 遠く、射場で弓を引く赤毛の少女を認めると、ボクらは声を張り上げる。


「やっほー、シロー!」

「シロさ~ん!」

「よぉ~、お前らも自主練か~?」


 その後、仮眠を終えたハルちゃんまで合流し、ボクらはみんなでワイワイと騒ぎながら汗を流す事となった。


 今日は休養日にする予定だったのにね。

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