26話 先生からのお願い
「ごめんなさい!」
いよいよもって、ボクらは食堂のお騒がせ者として定着しつつある。
ほら、あそこの冒険者とか、またアイツらかって目で見てるよ。そろそろブラックリストに入れられてしまうかもしれない。気をつけよう……。
まぁ、そんなわけで、今日食堂を沈黙させたのはハルちゃんの謝罪だった。
「すぐに性格を変えるのは無理だけど、私もみんなみたいに頑張るから。これからもお願いします!」
「ボクからもお願いしますっ」
頭を下げるボクらに面を喰らって、顔を見合わせるシロ・カナの二人。
「俺は別に気にしてないぞ。合わねぇもんは仕方ねぇとしか思わないしな」
「それより、ハルが一晩で吹っ切れた方が気になる。ユウ何したの?」
「ばっ……馬鹿カナ! 男が一晩で変わるっつったらよ……聞くなよ!」
「「そんな事はしてないです!」」
そもそもボクらはまだ物理的にそういう事が出来ない体だって分かってるくせに。
「それで私、剣士になろうと思うの。タンクはまだ無理だけど、カナちゃんと二人でアタッカーやってもいいかな?」
ハルちゃんは答えを伺うように、みんなの顔を見回す。でも、どの顔にもに異論は無かった。レンジャー二人の構成よりはずっとバランスも良いだろう。
「ってことは、ハルはもう弓使わねぇの?」
「多分……。持ち替える余裕があるなら使うかもしれないけど」
「ならさ、あの弓俺にくれない?」
「いいけど、シロさん弓使って大丈夫なの?」
シロさんは修練場での乳打ちが強烈すぎて、遠隔武器は投擲系を選択した経緯があるのだ。
「大熊戦で苦無が微妙だったからな……。ってか、ハーシャさんの攻撃が凄すぎて弓使いたくなっちまった。乳打ちは防具着けてんだから大丈夫だろ」
ハーシャさんの矢は軌道にしろ威力にしろ、アレはもはや魔法と呼べる物だった。あんな物を目の当たりにしたら、誰だって魅了されても不思議じゃないよ。
「やっぱり、実戦を経験してみないと分からない事って多いんだね」
「だな。今直ぐにでも講義を受けたい気分だぜ」
「借金生活も脱出したし、アタシもスキル覚えまくるよ!」
昨日のクエストで得られた経験は、本当に貴重なものだった。
ソレを踏まえて決定したボクらの方針は、初級のスキルを最優先で獲得する事、なるべくパーティクエストを受けて経験を積む事となった。
楽観視は出来ないけど、当面はお金の心配をせずに済むのは大きい。女将さんも期間内は初心者料金で泊まっていいって言ってくれてるしね。
「それじゃ、私は部屋で少し休んできます。徹夜しちゃったから……」
「俺は弓持って修練場いってくるわ。養成所休みだからな」
「んじゃ、アタシも――――」
軽めの朝食を終えたボクらは、思い思いの休養日を過ごす事となった。
「――――だが、どうしてこうなったし!?」
カナさんは疑問形で不満を漏らしている。別に何も疑問に思う事なんて無いはずなんだけどな。
そんな訳で、ボクはカナさんの付き添いで病院へと来ていた。
昨日の負傷者の中では軽傷だったとはいえ、ギルドの不手際の所為で負った傷だ。彼らとしては、間違いなく完治したという病院のお墨付きが欲しいのだろう。
案内された診察室は、机や棚など調度品が木製である事を除いて、前の世界の物とそれほど違和感はなかった。室内には黒い革張りの丸椅子が置かれ、ベッドの周りには白いカーテンが掛けられている。ただ、記録媒体が基本的に紙なので、カルテなどの書類で書棚がびっしりと埋まっていた。
「話を通しておくから、怪我の経過を診て貰いなさいって言われたでしょ」
「大丈夫っ! もう痛くないし」
「ソレを判断するのはお医者さ……ヒーラーです!」
「ユウが、オカン化してきた」
「どうせ養成所は休みなんだから、しっかり治しておこうよ」
カナさんは診察室に入ってからも駄々をこねている。気持ちは分かるけどね。身体に異常を感じないのに病院で拘束されるのって退屈だしさ。
「若いからって無茶はダメよ? さぁ、上半身は脱いでね~」
診察している先生もボクの意見に賛同している。
しかし、この世界の常識って大らかというか無頓着というか……。付き添いのボクが居る前で、カナさんの診察が始まってしまった。患者のプライバシーとか大丈夫なのかな? それとも、ボクは家族扱いって事なんだろうか。
「というか、先生はいつ休んでるんですか? 今日、日曜日ですよ?」
「病院に泊まっちゃう事が多いから、こういう時に駆り出されちゃうのよね」
カナさんと向かい合うその先生は、癖のある短めの茶髪に豊満な胸、大人の色香を漂わせながらもニコニコ顔は絶やさない。そんなボクのメンター、ミーシェル先生その人だ。
「ユウのメンターなの? 巨乳美人じゃん!」
「まぁ、お上手ね」
「前に遅くまで特訓してた理由、アタシ分かっちゃった……」
「でも残念。ユウちゃんは小さいおっぱいの方が好きなのよね」
「誤解ですっ!」
別にボクは貧乳が好きってわけじゃない。たまたま不幸な……いや、幸運な? 出来事があっただけなのだ。ぶっちゃけるなら、シロさんや先生のように大きくて柔らかい方が……。
「あら、ベティちゃんとあんなに乳繰り合ってたのに……」
「先生! 詳しく!」
「ユウちゃんと同じくらいの背格好の子でね――――」
「そ、そんな事より、カナさんを診察して下さいよっ」
出会ってはいけない二人が出会ってしまったのか!? 雲行きが怪しくなってきたので、ボクはすかさず話題を修正した。
「んもぉ~、折角可愛い男の子と話してるのに、ユウちゃんせっかちね」
ボクの中で『母性あふれる優しいお姉さん』という先生のイメージが崩れていく。こういう一面もある人だったのか。
「肩に少し炎症が残ってるわね、伸びた靱帯は魔法で元に戻ってるけど、すこし固く締まりすぎてるから、違和感はそのせいかもしれないわ。ぶつけた頭部には微小出血も見られないし、他の内出血も痛めた組織はきちんと治癒してるわ」
という診断結果だった。って事で、消炎や靱帯の調整など、先生がささっと処置し、最後に何故かボクが【活力】を注入する事になって治療完了となった。
「昨日、酷い怪我をした子が二人運ばれてきたけど、あなたも同じ攻撃を受けたのよね? 初クエストって聞いていたけど、よくこれだけで済んだわね……」
「それはユウのおかげ。でも、内臓潰れるかと思ったけど」
先生が説明を求めるように、ボクに視線を寄越してきた。
「攻撃の瞬間、堅さ全振りのプロテクションを掛けたんです。先生がカリキュラムを調整して教えてくれたおかげで役に立てました」
ボクが感謝を込めてお辞儀をすると、顔がバフッと柔らかい何かに包まれた。椅子から立ち上がった先生が、胸でボクを受け止めたのだ。先生はそのままガッチリとホールドすると、いい子いい子と頭を撫でてくる。
「何を言っているの。会得したのはあなたの努力、機転を利かせたのもあなたの功績。それに止血で男の子の命まで救ったって聞いたわよ? 先生鼻が高いわ」
褒められて嬉しいのだけど、顔が胸の谷間にがっしりと埋め込まれていて、ボクはそれどころでは無かった。
「先生、そのままだとユウ、鼻血出るよ?」
「あら、ごめんなさい」
止めるのがあと後数秒遅れていたら、先生の白と青色のローブに赤色まで加わっていただろう。
しかし、おっぱいホールドからは解放されたものの、先生はボクの顔を両手で挟み込み、ジッと覗き込んでくる。
「えっと……、先生?」
時折カナさんの方にも視線を投げかけ、なにやら葛藤しているようだった。
「あのね、言い辛い事かもしれないけど、二人に教えて欲しい事があるの……」
わざわざ改まって何だろう。今の先生の顔は普段のニコニコ顔では無い。真剣な眼差しでボク達を見据えている。
「貴方たちの体って、一体どうなっているの?」
ボクは質問の意味が理解できなかった。
特に怪我なんてしていないし、カナさんの容態は先生自身が【診察】したばかりだ。どうと言われても、健康だとしか答えようが無いのだけど……。
ボクが不思議そうに首をかしげるので、先生は補足してきた。
「自分達の体を【診察】した事はあるんでしょう?」
――――あ、そういう事か……。
ボクの【診察】では人の健康状態が色として見える。通常それは単色かグラデーションで表現されるのだけど、ボクら転移者だけは例外で、マダラ状に色が抜け落ちたり、明暗が変化したり、まるでホログラムのように揺らいで見えるのだ。
この体はこの世界に来る時に神様によって加工された物。その為、ボクらはこの状態を、入れ物と中身が馴染んでいない状態だと結論づけていた。
「最近、貴方たちの症例とよく似たパターンに出会ったの。知っていれば対応できる事もあったかもしれないと思ってね……」
ボクはカナさんと顔を見合わせた。どうしよう、異世界の人間って伝えても良い物なんだろうか。
「別にいいんじゃない? アタシ達が最初って訳でもないし」
そういえばそうか。毎年ボクらみたいな人間がやって来るって、オルシバさんも言ってたっけ。神様がいつからこの世界へ人を送り込んでいるのかは知らないけど、ソレはきっと今後も続いていくのだろう。それはつまり、異世界人はこの世界にとって、もはや当たり前の存在という事になる。
とはいえ、ボクにとってこの告白はもの凄く勇気がいる……。
故意にそうしたつもりは無いのだけど、ベティさんの体に触れてしまった事もある訳で。女の外見を利用して不埒な真似を働いたとか、騙したと思われるのが怖い。
だからボクはひたすら逡巡する事しか出来なかった……。
「他言はしないわ、私の中で留めると誓います。ダメかしら?」
ボクの葛藤を先生も重く受け止めてくれたようだ。
コレまでボクの状態を知りながらも聞かなかったのは、事情を慮ってくれていたのだろう。それでも聞いてきたという事は、先生にとって知る必要性が生じたという事。
先生がいい加減な事をする人じゃない事は、ボクもよく知っているし恩もある。だから、ボクは身を切る想いで決心し、自分達の身の上を話した。
「ボク達……、別の世界からこの街に来たんです。その時に本来の体とは全く別の形に作り替えられてしまって。正確な事は分からないけど、新しい体が精神や魂と馴染んでいない状態なんじゃないかとボクらは思ってます」
先生は俄には信じられないという顔で、ボクの話を聞いている。そりゃ、こんな突拍子もない話、信じろっていわれても無理だろう。
「身長や、体重が変化したという事かしら?」
「変形じゃなくて変質? アタシは元々は女だし」
「ボクは、元は…………」
「……男の子?」
言いよどむボクの代わりに、言えなかった単語を先生が口にした。ボクは苦渋の表情で頷く。
先生は真剣な表情でボクらを見つめたまま考え込んでいる。きっと頭の中では目まぐるしく検証しているのだろう。
「……見せて貰っても良いかしら?」
「何をですか?」
「ユウちゃんの体」
ボクは数秒間、完全にフリーズした。
きっと、思考が加速した先生とでは体感時間が恐ろしく乖離していたのだろう。先生は少し痺れを切らしたように言葉を繰り返した。
「ユウちゃんの体を調べさせて欲しいの」
「体って……、脱ぐんですか!?」
「そう、全部!」
「全……えぇぇ~~!?」
先生の表情は紛れもなく真剣なものだった。治療術士として、研究者として、彼女は純粋に知識を渇望していた。




