25話 二人の朝
※二章からユウキの一人称を『僕』→『ボク』のカタカナ表記に変更しました。
ボクは一人きりの朝を迎えていた。
いや……、朝と言うには少し語弊があるかもしれない。
窓の外はまだ闇が濃く、鳥達の鳴き声も聞こえてこないのだから。
だけど、今日ばかりは眠りについても、直ぐに目が覚めてしまうのだ。そんな浅い眠りのせいか体が少し気だるい。
「ハルちゃん帰って来なかったな……」
ボクはベッドの上で膝を抱え、顔を埋めた。
目を閉じると昨日の出来事が浮かんでくる……。
採集クエスト中に規格外の大熊が現れ、二人組のパーティが壊滅。両者とも瀕死の重傷を負ってしまった。その際ハルちゃんは恐怖で身がすくみ、動けなくなってしまったのだ。
臆病さは身を守る上で大切な物だとも聞く。一概に悪いとは言えないだろう。だけど、ボクらは『彼女』をその場に残し、大熊を追うことを決断した。その結果、少女を救出することが出来てしまった。
ボクらだって少女を見捨てるべきか、自分達の命と天秤に掛けたのだ。『彼女』を責めるつもりなんてさらさら無い。
しかし結果的に『彼女』は戦いもせず、成果だけをかっ攫う形になってしまった。それが『彼女』をどれほど苛んだことか……。涙を流して飛び出した『彼女』の姿が、ボクの脳裏に焼き付いて離れなかった。
ボクは冒険証を指で擦り、マップを呼び出す。
「ハルちゃん、まだ修練場に居るんだ……」
どうするのが正解なんだろう。自分で答えを見つけるまで待つべき?
でも『彼女』の為を思って放っておくなんて、何もしない為の言い訳なんじゃないだろうか。
じゃあ『彼女』に寄り添って、一緒に答えを考えるべき?
でも、ボクだって一人になりたい時はある。そこに押しかけるのは『彼女』の迷惑になるんじゃないか?
それに、ボクの考えを伝えるって事は、それを『彼女』に押しつける事にならないだろうか。果たしてそれは『彼女』の為になるのだろうか。
ボクはいつもの様に優柔不断になるばかりで、身動きが取れなくなっていく。
誰か答えを教えてくたら良いのに……。
「分かんないよ……」
ハルちゃんの辛そうな顔を思い出すと胸が苦しい。一人でジッとしていると、想いが膨れ上がって弾けそうになる。
例え独りよがりと言われようとも、ボクは『彼女』の力になりたかった。思考が枝葉の様に迷走していても、ボクの根っこある願望だけは驚くほど明確だった。
――――だったら立ち止まっていてどうする!
もしも『彼女』が拒否したなら、その時はそれに従えばいいじゃないか。今は走り出してしまえばいい、やってみればいい。
結局、ボクは人任せのズルい人間なのかもしれない。だけど何もせずに立ち止まる事だけはもう止めたい、変わりたい!
だから、自分の意思で一歩を踏み出すんだ!
ボクはベッドから飛び降りると、急いで身支度を整えていく。慌ただしく動く度に髪が乱れ、体に纏わり付いてきた。それがいちいちボクの心をかき乱す。
「もう……急いでるのに!」
ボクは髪を乱暴にまとめると、リボンで縛り上げた。そして、鏡で確認する間も惜しんで部屋を飛び出す。
外はようやく稜線が白み始め、朝焼けが煙っていた。
宿と修練場とを隔てる職人町。その入り組んだ迷路も、今となっては道順を覚えてしまっていた。
ボクは最短距離を全速力で駆け抜ける。まだ如何ほども走っていないというのに、息は上がり心臓が引きつれそうになってしまう。ホント、貧弱な体が恨めしい……。
もつれそうになる脚で迷路を駆け抜けると、硬い物が打ち合わされる音が響いてきた。
他に誰も居ない修練場……。そこにたった一人で案山子に挑む少年の姿があった。木剣が奏でる甲高い音が、瑞々しい朝の空気を震わせる。
それは己を痛めつけようと我武者羅に打ち込んでいる様に見えた。
だけど、癇癪とは少し違う……。
ボクも元は男だからだろうか。ただどうしようもなく、そうするしかない時がある事を理解していた。理屈とか精神論とかそんなの関係無く、ただ体に叩き込むしかない時が……。
勢いのままに来てしまったけど、結局ボクは『彼女』に掛ける言葉を見つけられなかった。能動的に行動を起こしたつもりでも、ボクの本質は簡単には変わってくれないらしい。
だから結局、ボクはハルちゃんが気づいてくれるのを、小狡く待ってしまった。
「ハァ……ハァ……、ユウ……君!?」
「……おはよう、ハルちゃん」
『彼女』は荒い息を整えながら、驚いた顔でボクを見つめてくる。
「どうして、ここが?」
「ごめん。ちょっとズル……しちゃった」
ボクは冒険証を胸元に掲げ、カンニングを白状した。
「あ……。フフフ、嘘でも別の答えが良かったかな。ユウ君、正直過ぎだよ」
「ごめん……」
パーティモード中はメンバーの位置情報をマップに表示する機能がある。ボクらはダンジョンから戻った後、それを解除していなかったのだ。
ボクはハルちゃんに歩み寄ると、木剣に手を添えた。柄を握り続けたハルちゃんの右手は、筋肉が硬直し、上手く握り手を解くことができない……。
ボクは『彼女』の指を一本一本解いてその手を緩めていく。
一体どれだけの時間、木剣を振り続けていたのだろう。開いた手のひらは血豆が潰れ、木剣の柄が赤く滲んでいた……。
その痛々しさに当てられて、ボクの目の方が潤んでくる。
「まだ傷を治す魔法は教わってないんだ。だから手が痛んだらゴメンね」
そう断りを入れ、疲れ切った幼馴染みの体に【活力】を注いでいく。
「つっ……!」
『彼女』が僅かに顔をしかめた。やはり【活力】注ぐと潰れた血豆がじくじくと痛むらしい。
ボクは初級ポーションを取り出すと、ハルちゃんの手に注いでいく。ポーションを使うのはこれが初めてだったけど、血はすぐに滲まなくなった。
ボク、ヒーラーなのに……、なんでポーションなんか使ってるんだろう。情け無い話、ボクはその効果に少し嫉妬していた。
残った血を手ぬぐいで綺麗に拭い去ると、その手を取って再び『彼女』に魔法を掛けてゆく。
「ハルちゃん、昨日はごめんね……」
「二……三……もう四回目だよ」
ハルちゃんは空を仰ぎ、空いた手で指折り何かを数えていた。
「何の回数?」
「ユウ君がゴメンて言った回数。私の方がゴメンなんだよ? 取っちゃダメ」
「ごめん……」
ボクは顔を伏せ、指摘されてもなお謝罪の言葉が口をついてしまった。ハルちゃんは仕方が無いなぁ、という感じで呆れている。
「ユウ君らしいね。姿は全然違うのに、君がユウ君だってハッキリ分かる」
「うん、ボクも……」
その一言を最後に、ボクらの間には沈黙が訪れた。それでも、不思議と相手の気持ちが詳らかに伝わってくる気がする……。
魔法はとっくに掛け終えていたのに、ボクはハルちゃんの手を握りしめたまま、その空気に浸っていた。だけど、一度意識してしまうと気恥ずかしさがどんどんこみ上げてくる。
ボクは照れ隠しをするように、他愛のない話題を切り出した。
「飲み物やお弁当を持ってくれば良かったね。急いでて忘れちゃった」
「あ……。そういえば私、昨日の夜ご飯食べてなかったね……」
一心不乱に剣を振り続けていて、お腹の具合に気がついていなかったらしい。
「でも、ユウ君ホントに慌ててたんだね。髪、バサバサだよ?」
「う……、鏡見ずに来ちゃったから……、そんなに酷い?」
ハルちゃんはボクの髪を解くと、手ぐしで髪を梳き始めた。ボクの髪や首筋が『彼女』の指先を感じる度に鼓動が穏やかになっていく。
女の子同士で髪を弄り合う所を見た事が有るけど、お遊び感覚なのだと思っていた。あれって驚くほど落ち着く物なんだな……。それとも、相手がハルちゃんだからなのかな?
髪の流れが整うと、横髪を撫でるように後ろへと流し、緩やかにまとめていく。最後にリボンで結い上げてハーフアップが完成した。
「はい、出来上がりっ! うん……ユウ君可愛いよ」
「ありがとう。でも『可愛い』ってのは、男としてはちょっと恥ずかしいよ」
少しずつ日が昇り、湿り気を帯びた朝の空気が乾き始める。修練場に落ちる影も徐々に短くなってきた。
ハルちゃんは陽射し中へと歩み出すと、一晩中打ち続けた案山子を撫でつけた。ソレは『彼女』の激情を一心に受け続け、悲壮なほど形を歪めている……。
「男の体になったせいなのかな。体を動かしていたら、モヤモヤした気持ちが少し楽になった気がする」
「あはは、男ってそういう所あるもんね」
ハルちゃんはボクの方へと振り返ると、どこか吹っ切れたような顔で笑った。
「来てくれてありがとう。一番はきっとユウ君のおかげだよ」
トクン、とボクの心臓が大きく跳ねた。体温が少しだけ高くなった気がしたのは、差し込み始めた朝日のせいだろうか……。
「私もみんなみたいに変われる様に頑張るね!」
「うん、ボクも負けないから!」
ボクもハルちゃんの待つ陽射しの中へと踏み入ると、『彼女』の手を握った。
「朝ご飯食べに戻ろっか」
「うん、私もうお腹ペコペコだよ」
歩幅が全然違うボクらだけど、同じ速度で並んで歩いて行く。「今日の朝ご飯は何だろう」なんて他愛も無く笑いながら。
二人が立ち去ると、事務所のドアが静かに開き、エルフの男が顔を覗かせた。修練場の責任者、エルノーラントだ。
「愛や恋に勝るアドバイス無し、ですかねぇ」
道に迷う若人に付き合い、事務所で一夜を明かす羽目になったというのに、その男の顔はどこか嬉しそうに微笑んでいた。
口を付ける事無く冷めてしまった二つのカップを手にしたまま。




