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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第二章
26/88

25話 二人の朝

※二章からユウキの一人称を『僕』→『ボク』のカタカナ表記に変更しました。

 ボクは一人きりの朝を迎えていた。


 いや……、朝と言うには少し語弊があるかもしれない。

 窓の外はまだ闇が濃く、鳥達の鳴き声も聞こえてこないのだから。


 だけど、今日ばかりは眠りについても、直ぐに目が覚めてしまうのだ。そんな浅い眠りのせいか体が少し気だるい。


「ハルちゃん帰って来なかったな……」


 ボクはベッドの上で膝を抱え、顔を埋めた。

 目を閉じると昨日の出来事が浮かんでくる……。


 採集クエスト中に規格外の大熊が現れ、二人組のパーティが壊滅。両者とも瀕死の重傷を負ってしまった。その際ハルちゃんは恐怖で身がすくみ、動けなくなってしまったのだ。


 臆病さは身を守る上で大切な物だとも聞く。一概に悪いとは言えないだろう。だけど、ボクらは『彼女』(ハルちゃん)をその場に残し、大熊を追うことを決断した。その結果、少女を救出することが出来てしまった(・・・・・・・)


 ボクらだって少女を見捨てるべきか、自分達の命と天秤に掛けたのだ。『彼女』を責めるつもりなんてさらさら無い。


 しかし結果的に『彼女』は戦いもせず、成果だけをかっ攫う形になってしまった。それが『彼女』をどれほど苛んだことか……。涙を流して飛び出した『彼女』の姿が、ボクの脳裏に焼き付いて離れなかった。



 ボクは冒険証を指で擦り、マップを呼び出す。


「ハルちゃん、まだ修練場に居るんだ……」


 どうするのが正解なんだろう。自分で答えを見つけるまで待つべき?

 でも『彼女』の為を思って放っておくなんて、何もしない為の言い訳なんじゃないだろうか。


 じゃあ『彼女』に寄り添って、一緒に答えを考えるべき?

 でも、ボクだって一人になりたい時はある。そこに押しかけるのは『彼女』の迷惑になるんじゃないか?


 それに、ボクの考えを伝えるって事は、それを『彼女』に押しつける事にならないだろうか。果たしてそれは『彼女』の為になるのだろうか。


 ボクはいつもの様に優柔不断になるばかりで、身動きが取れなくなっていく。

 誰か答えを教えてくたら良いのに……。



「分かんないよ……」


 ハルちゃんの辛そうな顔を思い出すと胸が苦しい。一人でジッとしていると、想いが膨れ上がって弾けそうになる。


 例え独りよがりと言われようとも、ボクは『彼女』の力になりたかった。思考が枝葉の様に迷走していても、ボクの根っこある願望だけは驚くほど明確だった。



 ――――だったら立ち止まっていてどうする!


 もしも『彼女』が拒否したなら、その時はそれに従えばいいじゃないか。今は走り出してしまえばいい、やってみればいい。


 結局、ボクは人任せのズルい人間なのかもしれない。だけど何もせずに立ち止まる事だけはもう止めたい、変わりたい!


 だから、自分の意思で一歩を踏み出すんだ!



 ボクはベッドから飛び降りると、急いで身支度を整えていく。慌ただしく動く度に髪が乱れ、体に纏わり付いてきた。それがいちいちボクの心をかき乱す。


「もう……急いでるのに!」


 ボクは髪を乱暴にまとめると、リボンで縛り上げた。そして、鏡で確認する間も惜しんで部屋を飛び出す。


 外はようやく稜線が白み始め、朝焼けが煙っていた。

 宿と修練場とを隔てる職人町。その入り組んだ迷路も、今となっては道順を覚えてしまっていた。


 ボクは最短距離を全速力で駆け抜ける。まだ如何ほども走っていないというのに、息は上がり心臓が引きつれそうになってしまう。ホント、貧弱な体が恨めしい……。


 もつれそうになる脚で迷路を駆け抜けると、硬い物が打ち合わされる音が響いてきた。


 他に誰も居ない修練場……。そこにたった一人で案山子(かかし)に挑む少年の姿があった。木剣が奏でる甲高い音が、瑞々しい朝の空気を震わせる。


 それは己を痛めつけようと我武者羅(がむしゃら)に打ち込んでいる様に見えた。


 だけど、癇癪とは少し違う……。


 ボクも元は男だからだろうか。ただどうしようもなく、そうするしかない時がある事を理解していた。理屈とか精神論とかそんなの関係無く、ただ体に叩き込むしかない時が……。


 勢いのままに来てしまったけど、結局ボクは『彼女』に掛ける言葉を見つけられなかった。能動的に行動を起こしたつもりでも、ボクの本質は簡単には変わってくれないらしい。


 だから結局、ボクはハルちゃんが気づいてくれるのを、小狡く待ってしまった。


「ハァ……ハァ……、ユウ……君!?」

「……おはよう、ハルちゃん」


 『彼女』は荒い息を整えながら、驚いた顔でボクを見つめてくる。


「どうして、ここが?」

「ごめん。ちょっとズル……しちゃった」


 ボクは冒険証を胸元に掲げ、カンニングを白状した。


「あ……。フフフ、嘘でも別の答えが良かったかな。ユウ君、正直過ぎだよ」

「ごめん……」


 パーティモード中はメンバーの位置情報をマップに表示する機能がある。ボクらはダンジョンから戻った後、それを解除していなかったのだ。


 ボクはハルちゃんに歩み寄ると、木剣に手を添えた。柄を握り続けたハルちゃんの右手は、筋肉が硬直し、上手く握り手を解くことができない……。


 ボクは『彼女』の指を一本一本解いてその手を緩めていく。


 一体どれだけの時間、木剣を振り続けていたのだろう。開いた手のひらは血豆が潰れ、木剣の柄が赤く滲んでいた……。


 その痛々しさに当てられて、ボクの目の方が潤んでくる。



「まだ傷を治す魔法は教わってないんだ。だから手が痛んだらゴメンね」


 そう断りを入れ、疲れ切った幼馴染みの体に【活力】を注いでいく。


「つっ……!」


 『彼女』が僅かに顔をしかめた。やはり【活力】注ぐと潰れた血豆がじくじくと痛むらしい。


 ボクは初級ポーションを取り出すと、ハルちゃんの手に注いでいく。ポーションを使うのはこれが初めてだったけど、血はすぐに滲まなくなった。


 ボク、ヒーラーなのに……、なんでポーションなんか使ってるんだろう。情け無い話、ボクはその効果に少し嫉妬していた。


 残った血を手ぬぐいで綺麗に拭い去ると、その手を取って再び『彼女』に魔法を掛けてゆく。


「ハルちゃん、昨日はごめんね……」

「二……三……もう四回目だよ」


 ハルちゃんは空を仰ぎ、空いた手で指折り何かを数えていた。


「何の回数?」

「ユウ君がゴメンて言った回数。私の方がゴメンなんだよ? 取っちゃダメ」

「ごめん……」


 ボクは顔を伏せ、指摘されてもなお謝罪の言葉が口をついてしまった。ハルちゃんは仕方が無いなぁ、という感じで呆れている。


「ユウ君らしいね。姿は全然違うのに、君がユウ君だってハッキリ分かる」

「うん、ボクも……」


 その一言を最後に、ボクらの間には沈黙が訪れた。それでも、不思議と相手の気持ちが(つまび)らかに伝わってくる気がする……。


 魔法はとっくに掛け終えていたのに、ボクはハルちゃんの手を握りしめたまま、その空気に浸っていた。だけど、一度意識してしまうと気恥ずかしさがどんどんこみ上げてくる。


 ボクは照れ隠しをするように、他愛のない話題を切り出した。


「飲み物やお弁当を持ってくれば良かったね。急いでて忘れちゃった」

「あ……。そういえば私、昨日の夜ご飯食べてなかったね……」


 一心不乱に剣を振り続けていて、お腹の具合に気がついていなかったらしい。


「でも、ユウ君ホントに慌ててたんだね。髪、バサバサだよ?」

「う……、鏡見ずに来ちゃったから……、そんなに酷い?」


 ハルちゃんはボクの髪を解くと、手ぐしで髪を梳き始めた。ボクの髪や首筋が『彼女』の指先を感じる度に鼓動が穏やかになっていく。


 女の子同士で髪を弄り合う所を見た事が有るけど、お遊び感覚なのだと思っていた。あれって驚くほど落ち着く物なんだな……。それとも、相手がハルちゃんだからなのかな?


 髪の流れが整うと、横髪を撫でるように後ろへと流し、緩やかにまとめていく。最後にリボンで結い上げてハーフアップが完成した。


「はい、出来上がりっ! うん……ユウ君可愛いよ」

「ありがとう。でも『可愛い』ってのは、男としてはちょっと恥ずかしいよ」


 少しずつ日が昇り、湿り気を帯びた朝の空気が乾き始める。修練場に落ちる影も徐々に短くなってきた。


 ハルちゃんは陽射し中へと歩み出すと、一晩中打ち続けた案山子を撫でつけた。ソレは『彼女』の激情を一心に受け続け、悲壮なほど形を歪めている……。


「男の体になったせいなのかな。体を動かしていたら、モヤモヤした気持ちが少し楽になった気がする」

「あはは、男ってそういう所あるもんね」


 ハルちゃんはボクの方へと振り返ると、どこか吹っ切れたような顔で笑った。


「来てくれてありがとう。一番はきっとユウ君のおかげだよ」


 トクン、とボクの心臓が大きく跳ねた。体温が少しだけ高くなった気がしたのは、差し込み始めた朝日のせいだろうか……。


「私もみんなみたいに変われる様に頑張るね!」

「うん、ボクも負けないから!」


 ボクもハルちゃんの待つ陽射しの中へと踏み入ると、『彼女』の手を握った。


「朝ご飯食べに戻ろっか」

「うん、私もうお腹ペコペコだよ」


 歩幅が全然違うボクらだけど、同じ速度で並んで歩いて行く。「今日の朝ご飯は何だろう」なんて他愛も無く笑いながら。




 二人が立ち去ると、事務所のドアが静かに開き、エルフの男が顔を覗かせた。修練場の責任者、エルノーラントだ。


「愛や恋に勝るアドバイス無し、ですかねぇ」


 道に迷う若人に付き合い、事務所で一夜を明かす羽目になったというのに、その男の顔はどこか嬉しそうに微笑んでいた。


 口を付ける事無く冷めてしまった二つのカップを手にしたまま。

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