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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第一章
23/88

23話 ある日、森の中

 シロさんの苦無が大熊の尻を捉えた。


 だけど、びっしりと生えた剛毛や体のサイズに対して刃渡りが短すぎる。辛うじて皮膚を裂き、肉に食い込んだけど、奴にとってはダメージとは言えないレベルの刺激でしかないだろう。


 それでも大熊の注意を引くには十分だった。振り返る大熊めがけて再度苦無が放たれ、今度は左肩を穿つ。


 『一層において最強、自分こそが王である』そんな風にでも思っているのだろうか。


 己に不遜を働く者が現れ大熊の怒りが膨れ上がった。いや、怒りだけでは無い。筋肉が盛り上がり、全身の毛が逆立っている。確実に先程より一回り大きい。


 自らの力を鼓舞するように大きな咆哮を上げると、その暴力的な音響が木々に木霊し、葉をビリビリと振るわせる。


 怒りが大熊の意識を塗りつぶし、新たな獲物へ食らい付かんとその顎門(あぎと)が開かれる。そして、血と唾液に塗れた少女の体がズルリとこぼれ落ちた。


 初めはのそりとした動き……。しかしそれは徐々にスピードを増し、シロさんの登る木へと突撃していく。


 ズシーンという重い音が響き、幹がまるで竹のように大きくしなった。だが木に竹のような柔軟性などは無く、まるで引きちぎられるかの様に根元から破断して地面に倒れた。


「うぉ~、ヤッベェ~な……」


 シロさんは一瞬早く隣の木へと飛び移り難を逃れていたけど、もしそのまま樹上に残っていたなら地面にたたき落とされていただろう。大熊は頭を巡らせシロさんを探している。チャンスだ!


 僕は手の中の火球を大熊へと解き放つ!


 火球は赤い軌跡を描きながら、死角から大熊に突き刺さった。瞬間、ゴォォッという音を立て大きな火柱が立ち上る!


「うぁ熱っちぃ~~~!?」

「あ、やば……」


 僕の巻き起こした炎が危うくシロさんまで巻き込みかけた。ぶっつけ本番の魔法は危険か……威力や効果範囲が分からないものを安易に使うべきではなかったかもしれない。


 炎は大熊の上半身を飲み込むと、脂ぎった剛毛を焼き、皮膚を焦がしていく。さすがの大熊も焼かれる苦痛に堪らず地面を転げ廻っていた。


 ほとんど自己流の一発だったけど、自分の攻撃が通用した事で達成感が込み上がってくる。だけど、湿り気を帯びた森の土や草は、体に纏わり付く炎をあっさりとかき消してしまった……。


 所々体毛を失い、赤黒く焼けた皮膚を覗かせていたが、正直期待したダメージにはほど遠い結果だった。キャスターとしての修練を積んでいない自分では、コレが限界か。


 炎が治まると今度は僕に対して敵視を向けてくる。


 だけど、ソレは油断だ――――、自分から意識が外れた一瞬の隙を突き、シロさんの苦無が大熊の左目を深々と抉った。


 会心の成果だ! 大熊も唸るように悲鳴を上げ、顔をかばうように痛みを堪えている。


「っハッ! 俺のこと忘れてんじゃねぇぞ!」


 何度も出鼻をくじかれ、思うように動けない大熊は苛ついていた。奴の意識は僕とシロさんに全て注がれている。


 そして、奴の意識外に居た最後の一人が大熊へと向かって宙を舞った。


(いかずち)……」


 ボソリと呟くとカナさんの右拳が青白い雷光で覆われる。そして落下の勢いを加えた渾身の一撃が、大熊の頭頂部へと打ち下ろされた。


 まるでスタンガンを当てられた様に大熊の体が硬直すると、続けざまにその脇腹へと魔力で輝く左拳をねじ込んだ。


 付呪と格闘のハイブリッド、魔闘士とでも呼ぶスタイルだった。


 体格差を物ともしない一撃に、大熊の体が大きくズレる。


 カナさんはさらに追い打ちを掛けようと体重を移したが、残った右目でギロリと睨み付けられ、慌ててその場を飛び退き、樹上へと逃れた。



 不意を突いて叩き込んだ僕らの最大火力。


 それなりのダメージは通ったけど、それでも倒しきるには至らなかった……。敵に戦力がばれていないという、最大のアドバンテージはもう無い。



 ――――ここからは正面きっての純粋な戦闘だ。


 大熊が力任せに腕を振り回す度、爪先がごっそりと幹をえぐり取っていく。 そんな物を体に受ければどうなるか……。


 それでも、敏捷性で勝る二人は大熊の攻撃を掻い潜り、細かくダメージを蓄積していく。だけど、回避出来ているとはいえ、たった一発貰っただけで致命傷になりかねない攻撃。


 そんな恐怖心に耐えてながら懐に飛び込むという、極度の緊張状態が普段以上に二人の体力を削っていく。シロさんもカナさんも既に息が上がり始めていた。


「ハァッ! ハァッ!」

「シロさん! 戻って! 体力なら回復できる! あとプロテクションの更新も!」


 僕の呼びかけに応え、すかさずカナさんが前に出た。シロさんの回復の時間を稼ごうとタイマンに持ち込んだのだ。


 スピードでは大熊を圧倒するカナさんだけど、ワンパンで状況がひっくり返る状況なのだ。そんな奴を前にして足を止めて打ち合うなど気が気じゃ無いだろう。


「助かるっ、ユウ急いでくれ!」


 僕の所へ戻ってきたシロさんに急いで【活力】を注いでいく。

 だけど焦るな! ヒーラーの魔法は適量が命! 落ち着けっ!


 シロさんも、必死に呼吸を整えていく……。


「シロさん、OK!」

「おうっ! カナ、交代だ!」


 カナさんが大きく横に飛ぶと、シロさんが大熊の右目を狙い苦無を飛ばす。


 だが丸太のような右腕で遮られ、思い通りには行かなかった。シロさんは既に四本の苦無を投げている。残りは二本だ。


 シロさんではカナさんの様に打ち合う事はとても出来ない。カナさんの回復を急いで早く戦線に復帰して貰わなくては!



 だけど、どうやら僕は彼女を侮っていたらしい。


 シロさんの戦闘センスはズバ抜けていた。木を盾にして、直接の対峙を避けながら双剣で小さく傷を増やしていく。身軽さを活かし、時に樹上へと跳び上がり、藪に隠れて視線を切っては死角から一撃を入れていく。


 僕がシロさんの戦いに見とれていると、カナさんが木陰を縫って戻ってきた。


「ユウ、プロテクション助かる。便利だね!」

「え!? 念のために保険で掛けてるけど、無駄になってるって思ってた」

「飛び散った木片が何度か目に入りかけた。アレは危なかった」


 そんな効果は全く想定していなかった。だけど、知らず知らずの内にヒーラーとして役に立てていたのか。


「カナさん、OK!」

「んっ! 行ってくる!」


 カナさんを見送った僕は、手近な木へとよじ登った。


 回復を終えた僕に出来る事はほとんどない。戦況を見極め、隙があれば二人の邪魔にならない程度の火球をぶつけるだけ。



 だけど、終始優位に事を進める僕らに、徐々に勝利の天秤が傾きつつあった。


 じわり、じわり、と削りの効果が出ているのか、大熊がとうとう音を上げ、少しずつ後退を始めたのだ。もう一息で倒せるかもと微かに欲が顔を覗かせたが、直ぐにソレが目的じゃ無いと自分に言い聞かせた。


 僕らの勝利条件はアイツを倒す事じゃない、追い払って少女を救出できるのならそれでいいのだ。


 三方を囲まれた大熊は、僕の方に退路を定めて突進してくる。


 一番戦力の薄い場所だ、当然の選択だろう。僕は急いで木を下りると、熊の逃走を邪魔しない様に進行方向と直角に距離をとった。


 カナさんと、シロさんはダメ押しで熊を追い立てていく。


 大熊の方も必死だった。邪魔者を払うように腕を振り回し、近くの木々をなぎ倒していく。コレだけダメージを与えているというのに、一撃で木をなぎ倒す膂力(りょりょく)には呆れるしか無い。



 だが運悪く、その内の一本が僕の方へと倒れ込んできた。


「うわっ!?」


 転げるように横へ飛び退いたが、声に反応した大熊と目が合ってしまった。


 嫌な予感…………。


 僕にだけでも仕返しをと思ったのか、大熊は猛然とこちらに突進してきた! 


 慌てて起き上がろうするも、マントが倒木に引っかかり、仰向けに倒れてしまった。


「ぐっ!?」


 マントの留め具を外して体勢を整えたけど、既に回避は間に合いそうにない。僕の視界には間近に迫った大熊の姿――――と、ソレを上回る速度で猛追するカナさんの姿が映った。


 咄嗟に追いすがったカナさんは、再び大熊へとスタン攻撃を打ち込んだ!


 だけど一度動き出した巨体は止まらなかった。硬直してバランスを崩した大熊が僕めがけて転がってくる! この勢いでこの質量に押しつぶされたら間違いなく圧死だろう。


 もう間に合わない! そう思った瞬間カナさんがの踏み込みが一段加速し、すんでの所で僕の体を抱えて飛び退った。


 僕らはあちこち地面に体を打ち付け、縺れ合う様に転がった。



 九死に一生を得た――――なんて思ったのはフラグだったのだろうか……。


 先に転倒していた大熊の方が、起き上がるのもまた一歩早かったのだ。


 体勢の整わないこちらをチャンスと見たのか、カナさんが立ち上がり向き直った時には大熊の巨体が眼前に迫っていた。


 奴は体を起こしながらしゃくり上げるように腕を振り上げる! カナさんは少しでも衝撃を逃がすべく、体を両腕でガードしながら全力で後ろへと跳んだ!



 僕の脳裏に少年剣士を襲った悲劇がよみがえる。これと同じ攻撃で刻まれたあの凄惨な傷跡が!


 目の前で展開される光景が不思議なほどスローに見える……。


 僕はゆっくりと宙を舞うカナさんの体に向けて手を伸ばすと、無我夢中で魔力を注ぎ込んだ!



 ――――ほんの一瞬だけで良い。


「鋼鉄の堅さにっ!」


 イメージがそのまま口を突いて迸っていた。持続時間ゼロ、その場限りの最大出力のプロテクションだ!


 大熊の一撃はカナさんのガードを弾き飛ばし、胸元を覆う革の防具を容易く引き裂いた。だが、少年のように血しぶきが舞う事だけは無かった。


 しかし、衝撃を完全に受け流す事は出来なかったらしく、弾き飛ばされたカナさんは大木に叩き付けられ、そのまま動かなくなってしまった。


 確かな手応えに満足したのか、大熊は腕を振り上げたままの姿勢でニタリと笑った気がした。そして足下で腰を抜かす僕を見下ろすと、持ち上がったままの右腕を振り下ろす体勢へと整える。


 全体重を乗せた打ち下ろしの一撃が来る!


 例え全力のプロテクションをしたところで、外傷は防げても衝撃までは吸収できない、内臓破裂でおそらくは即死……。 回避出来る体勢でも無い。


 注意を引こうと放たれたシロさんの苦無が、大熊は背中に突き刺さった。 だが大熊はソレを意に介する事もなく、無情に腕を振り下ろす!




 ――――あぁ、詰みだ……。


 でも最後の瞬間て、意外と冷静な物なんだな……。





 死を覚悟したその時、野太い雄叫びが響き渡った。


「んぬぁぁ! シールドチャァァァ――――――ジ!」


 ズングリムックリな鋼鉄の塊がもの凄い勢いで飛来し、大熊の巨体が目の前からかき消えた。



 メキッ! バキバキッ!


 そんな破砕音を響かせながら大熊の巨体が木々をなぎ倒して吹っ飛んでいく。


「ハーシャ! ここじゃぁ! 追撃を!」

「言われずとも承知しているっ!」


 声の主が光に包まれた矢を解き放つと、ソレは衝撃波を巻き起こしながら木々の隙間を縫うように蛇行し、矢の一撃とは思えぬ破壊力を大熊にもたらした。


 目の前に突然現れた小柄な鉄塊。よく見れば、それはフルプレートを纏った髭面男だった。


 見覚えがある……、確か修練場で近接訓練を担当したドワーフだ。もう一人の弓を構えた女性もまた修練場で世話になったエルフだ。


「ユウキだったな! 待たせて済まんな!」


 そう言うと、彼は大きな手でワシッと僕の頭を掴んだ。多分、彼の中では優しく頭を撫でたつもりだったのだろう。


「む、向こう! 女の子、倒れて! 熊に噛みつかれてっ!」


 急いで説明しなくてはと焦るあまり、僕の頭は全く要領を得なかった。それでも必死に紡いだ言葉が、この単語の羅列……。


「ああ、任せておけ、私のメインジョブはヒーラーだからな! ガンド、そこの少年を泉まで運んでやってくれ、負傷した少女は私が連れていく!」


 言うが早いかハーシャさんは、負傷した少女の元へと駆けていった。


 突然現れた熟練の二人、あっさりと倒された大熊。正直まだ事態の急変に頭がついていけてなかった。



「助かった……のか……?」


 張り詰めていた緊張が途切れ、僕は足腰に力が入らなくなってしまった。僕達はガンドと呼ばれたドワーフに先導され、泉に残したハルちゃんと合流を果たす。たしか、以前聞いた彼の名前は、ガンドルフだったかな。


 シロさんに肩を借りる僕を見て、ハルちゃんが動転していたけど、腰が抜けただけだと説明され安心していた。


 僕っていつもカッコ悪いところを見られてる気がする……。


 ガンドさんは負傷した少年の隣にカナさんを横たえると、何やら自分のコンソールを操作していた。


「念のため確認だが、要救助者はこれで全員か?」


 ここに来てようやく彼らが僕達の救助要請に応えて現れたのだと気がついた。いや、考えてみれば当たり前なんだけど、頭が真っ白になるとこんなにも思考力が落ちるんだな……。


「ありがとうございました、助かりました」

「うむ。しかし、アレを相手するのは避けるべきだったな」


 僕らだって出来る事なら避けたかった。それでも、少女の命とリスクを天秤に掛けた末に絞り出した決断だったのだ。


「僕らが受けられるクエストだったので、まさかあんな奴が一層にいるなんて思ってもみませんでした」

「ふむ、問題はそれだな。ワシもあんなのが湧いておるなど聞いとらん。通常、一層で出現するレベルではないからな。状況を説明してもらえるか?」


 大熊が茂みから現れ少年をなぎ倒した事。巣穴だけでも確認しようと追ったけど、少女を救うには交戦するしかないと判断して戦った事を説明した。


「そうか……。まだ予断は許さんが、お前達のおかげで死者を出さずに済むかもしれんな、良くやったな。だが少々無茶が過ぎるぞ! 自分たちが駆け出しだという事をきちんと自覚せんか!」

「まったくだ! 我々が間に合ったのも運が良かっただけだぞ!?」


 声に振り返ると、応急処置を終えたハーシャさんが少女を担いで戻ってきた。そして少女を横たえると、即座にカナさんの状態を診察し応急処置を始める。


「カナタは脳震盪に軽い内出血か、アレの攻撃を受けたにしては軽傷だな」


 僕も横からカナさんの状態を【診察】した。


「肺ですか? 胸の奥の色が黄色になってる……肩も痛めてるみたい」

「むっ? あぁ、その通りだ。お前はヒーラーになったのだな……という事は重体の少年を処置したのはお前か?」


 ハーシャさんの視線の先には腹から胸に掛けて大きく抉られた少年の姿があった。


「僕にはまだ【止血】しか出来ないので、ヒーラーとはとても言えませんが」

「何を言う! お前が【止血】していなければこの少年はとうに死んでいたぞ。紛れもなく、お前の治療のたまものだ。しかし継続魔法などもう教わったのか?」

「クエストの予定があったので、先にプロテクションを教わったんです、それで【止血】に応用できるかなと」

「ほう…………」


 ハーシャさんは感心した様に僕の顔を眺めてきた。


「ところで、男の子に掛けてある魔法ってどんな魔法なんですか?」


 ハーシャさんはここまで少年剣士を放置していたけど、それは既に魔法を掛けてあったからだ。少年は僕の【止血】を解除され、全身がぼんやりと発光する新しい魔法が付与されていた。


「端的に言えば生命維持の複合魔法だな。止血もその一つ、増血に活力、痛覚の緩和に殺菌、体温維持に……他にも諸々とな。まだ別の要救助者が居る状況だったからな、治療は後回しにさせてもらった」

「うわぁ……、聞いているだけで、頭が痛くなりそうな魔法……」

「なに、そのうちお前も出来るようになるさ」

「そうだと良いんだけど……」

「なるさ! 私はそう確信している」


 ハーシャさんがカナさんの応急処置を終える頃、数人の職員が担架を担いでやってきた。負傷者を担架に乗せると、僕らも彼らと一緒に戻る事になった。


「ユウキ」


 名前を呼ばれて振り返ると、ハーシャさんが二センチほどの赤黒い石を僕に手渡してきた。


「魔石?」

「大熊のな。私達は最後に美味しいところを攫ったにすぎん。そいつの所有権はお前達にある」


 僕らがそれまでに倒した、モンスターの魔石は小さなおはじき程度。それに比べたらこの魔石は何倍も大きく色も付いていた。


「お前達、それだけの強敵を相手に良く戦ったな」

「「はい……」」


 褒められて嬉しかった。だけどそんな一言で片付けられるほど単純な物でも無かった。ねじ伏せていた恐怖、助かった安堵、仲間を守れた達成感、このクエストで経験したことを挙げだしたらレポートが書けるだけの分量になるだろう。


 膨大な想いが津波のように押し寄せ僕らの心を揺さぶってくる。そんなごちゃ混ぜの激しい情動に押し流され、僕とシロさんはポロポロと涙をこぼしていた。


 こうして、僕らの初めての死闘は幕を閉じた……。

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