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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第一章
22/88

22話 駆け出し冒険者の決断

 予想外の、そしてあまりに突発的な出来事で、僕らは呆然と事態を見ている事しか出来なかった。


 目に映っていたはずなのに、何が起こっているのか頭が理解できていなかったのだ。


「はっ!? きゅ……救難信号! ハルちゃんっ!」

「え? 救難? どうするんだっけ!?」


 ダメか、パニックからまだ立ち直っていない。


「シロさん! カナさんお願い!」

「お、おうっ!」


 オルシバさんから受けた説明の一つ。緊急時に冒険証から発信できる救助要請の機能だ。それをみんなに託し、僕は打ち捨てられた少年の元へ走った。



 これは……酷い…………。


 息はあるものの、お腹から胸元にかけて深々と抉られている。ガードした腕も折れ曲がり骨が肉を突き破っていた。正直、この状態を見て嘔吐せずに済んだのが不思議な程だった。


 出血は見る間に花畑を赤く染めていく。このままでは長く持たない……


 初めての人間相手の実践。だけど、怖がっている時間も、迷っている余裕も無い! 僕は傷口を覆うように魔力を纏わせ、魔法による【止血】を施していく。


 この魔法の指導をしてくれた先生は、こちらのペースなどお構いなしのスパルタで不満もあったけど、今この時ばかりはソレに感謝するしか無かった。僕の処置は成功し、湧き水の様に溢れ出ていた血がピタリと止まっていた。


 だがそこまでだった……。治療術士として未熟な僕は傷口を癒やす魔法をまだ習得していないのだ。


 それでも失血死だけはコレで回避できる。こうして魔法を掛け続け救助が来るまでの延命措置をする事だけが、今僕に出来るたった一つの事だった。


「ユウ! 三人とも救難信号は出したぞ! そいつは何とかなりそうか?」

「分からない! 僕にはまだ【止血】しか出来ないんだ」


 自分で言っていて悔しくなる。こんなザマでヒーラーなんて言えるのか!?


「ならポーションで――――」

「ダメッ!」


 鞄から薬瓶を取り出そうとするシロさんを僕は止めた。


「ポーションは強制的に傷を癒やしちゃうんだ、体の組織がどう繋がっているかとか関係無しに! こんな内臓がズタズタに引き裂かれた状態で使ったら、あちこちで癒着が起こっちゃう!」


 それに、雑菌や異物を体内へ巻き込んでしまったり、融通が利かない部分もあると教えられた。だからとにかく【止血】の維持をしろと釘を刺されている。


 僕とシロさんは少年を前に歯がみするしか無かった……。



「ねぇ、シロウ。 女の子……追った方が良いよね? ねぇっ!」


 普段冷静なカナさんが狼狽えている。


「しかしよぉ。あの大熊……俺達で何とかできるのか?」

「居場所だけでも掴んでおかないと、マズくない!?」

「そうだけどよ……」


 連れ去ったという事は、巣穴に持ち帰って食うつもりなのだろう。巣穴が分かれば、救助に来た人に伝える事も出来る。それに、少女が食いつかれたのは肩だった。今ならまだ生きている可能性だって十分あると思う。


 だけど、僕はこの少年から離れられない。講義の時も【止血】をやめた瞬間出血が再開してしまった。僕はこの場で彼に寄り添い続けるしか無いのだ。



 『実はアレね、プロテクションの応用なのよ』


 自分に出来る事を必死に考え続けた頭が、記憶の片隅からいつか聞いた言葉を拾い上げてきた。


 それはいつだったかベティさんが言った言葉。止血魔法とプロテクションは同種の魔法であると。


 プロテクションを習得した今なら止血効果の継続も可能ということか!?


 僕は【止血】しながら、魔力を継続供給する為の皮膜を形成し、魔力を補填していく。ぶっつけ本番だけど、上手くいってくれっ!


 僕は恐る恐る魔力の供給をストップした………… が、少年の傷口を包む保護膜は維持されていた。


「出来た…………」


 【止血】の保護膜はプロテクションに比べれば微弱な強度で機能する。数度プロテクションを使用した感触から判断すると、いま込めた魔力量ならおそらく一時間近く効果を維持できるだろう。


 魔法の成功に安堵し、思わず尻餅をついてしまった。

 しかしこれで手が空いた。別の選択肢を選べるけど……。


「みんな、どうする!? 出来るなら僕も女の子を助けたい!」

「俺だって助けてぇよ、でもギルマスの言い付けも俺は正しいって思ってる」


 限界を見誤らない事、生き延びる事。それが冒険において一番大切だとオルシバさんに諭された。


 ウサ耳少女を助た時にエルさんに言われた言葉もそうだ。一人の犠牲で済むはずが、無駄に犠牲者を増やす結果になっていたかもしれないと。果たして、僕らの力量で対処が可能な事態なのかどうか……。


 シロさんの性格なら、真っ先に助けに行こうとしてもおかしくない。それでも今はリーダーとして、全員のリスクを天秤に掛けて計算している。その結果身動きがとれなくなっているのだ。他の誰かの意思が働けば、きっと彼女は一気にそちらに傾くだろう。


「アタシは行くよ!」

「私は……」


 カナさんは今にも一人で飛び出しそうだ。ハルちゃんの方は震えてへたり込んでいる。僕の気持ちは、僅かな迷いも無く決まっていた。


 そして、時間が経つほど女の子の命が危ない……それなら!


「ハルちゃんはここで男の子を守って! 僕達は大熊を追って巣穴の位置を探る! ただし交戦は避けて救助を待つ事! それでどう!?」

「「分かった!」」


 僕らの内、三人の気持ちは既に固まっていたのだ。パーティで行動しているという意識が、ギリギリの所でストッパーになっていたけど、それぞれの意思が確認できた今、もう歯止めは利かなかった。


 言うが早いか、僕らは大熊が消えた藪の中へと飛び込んでいく! 後ろからハルちゃんが呼ぶ声がしたけど、ごめん! 今は行くよ!


 先導は二人に任せ、僕も念のため救難信号を設定しておいた。


 踏みしめられた草、折れた枝、滴り落ちた血の痕跡。シロさんは今持っている技術や知識を総動員し、大熊を追っていく。


 途中、何度かレッサーベアの襲撃に遭ったが、苛つくカナさんの一撃で瞬く間に肉塊へと姿を変えていた。



 そして…………僕らは大熊に追いついた。


 僕らなど歯牙にも掛けず帰路についた大熊だ。その足取りはノシノシと実に悠然としたした速度で歩を進めている。


 少女がまだ生きているのかは分からないけど、最初に噛みつかれたままの状態で気を失っている。


「ねぇ! アタシ、レッサーなら一発だし、十分倒せるんじゃ無い?」

「戦力分析とか出来ねぇし! わっかんねぇよ!」

「僕はギリギリまで救助を待つ方が良いと思う」


 成果よりもリスクを最小限にする事を優先するべきだ。その考えでいくなら少女を見捨てるのが最善なのだけど、感情がそれを許してくれなかった。


「巣穴に他の熊が居たらどうする!?」

「あ……、それは……」


 状況をどう判断して良いのか、僕らには圧倒的に知識と経験が不足している。だけど考えなくちゃいけない。今僕らの行動によって、少なくとも一人の命の結末が変わってしまう。


 考えろ……今僕らが持っている情報。


 大熊が腹を空かせていたのならその場で食い散らかしていたかもしれない。猫のように安心出来るところに持ち去ってから食べる習性なのだろうか? だが、それなら藪に隠れさえすれば問題ない筈だろう……。やはり巣穴まで持ち帰る可能性が高いか。


 僕らが受けたクエストは個体数が増えたレッサーベアの討伐。ダンジョンのモンスターは基本的には湧き出るように自然発生するらしい。だけど普通の生物と同じく、つがいになって増える例もあるのだそうだ。


 となれば大熊は巣穴の子熊や仲間へ餌を届けようとしている可能性が高いのではないか? 巣穴に戻れば少女の命は無い。そして多数の熊に囲まれては状況がさらに悪化する。そうなれば確実に僕らの手には負えない。


 では、奴一体だけなら何とかなるのか?


 大熊は一撃で少年剣士の防御を粉砕し、致命傷を与える程の腕力がある。彼と違いこちらには駆け出し装備とはいえ、防具に加えプロテクションがある。多少はましとはいえそれでも一撃食らっただけで重傷は免れられないだろう。


 対するこちらの戦力は、三対一の人数差、いや実質二対一に近いか。それでも、火力だけなら一層の敵には過剰な威力だった。そして、今なら先手を打てる。初撃で十分なダメージを与えられたなら、或いは……。


 そして、僕らの手にある選択肢。少女を見捨てて巣穴を探り、上位の冒険者に託すか、今ココで少女を助けられる可能性に賭けるか。


 そんな選択肢をあげてはみたけど、僕は不思議と何の迷いも無かった。


 普段、優柔不断で決断する事が苦手だっていうのに、今は自分のとるべき選択肢しか見えなかった。


「分かった、やろう!」


 だから僕は二人にどうするか尋ねるよりも先に、決断を口にしていた。


「初手はシロさんの苦無、何とか女の子から熊を放して。熊から離れたら僕も攻撃する。最初の一発は任せて!」

「おうっ!」

「カナさんは僕の後に隙を見つけて全力の一撃をお願い! 一発当てたら引いてね!」


 僕は二人にプロテクションを掛けると、三方に散開し樹上に待機した。


 自分がコレまで学んだ中で出来る事。先手を打てる今だからこそ全力でやれる一撃。


 僕は一度に絞れる限りの魔力を右手に集中すると、それを炎へと変えた。 直径三〇センチほどの火球、世界と隔絶する皮膜に覆われ、発動の瞬間を待つ魔法として形を成していた。プロテクションを習得する過程で副次的に得たキャスターの技術だ。


 皆の準備が整った事を確認すると、苦無が音も無く放たれた。

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