20話 自覚が足りない?
場所を中庭に移し、早速火球との格闘を始める!
ヒーラー以外の魔法は何日ぶりだろうか。
僕は火球を作ってから外側を包もうとしたが、これは無駄に魔力を消費するし皮膜による隔絶がやり辛かった。魔力を生成してから内側の性質を変化させる方が理にかなっているらしい。
分厚い膜で覆えるようになってくると、それがちゃんと待機状態として機能しているか双剣でつついてチェックしてみた。
そして膜の厚みを徐々に薄くしていき、意図的に穴を開けてみたり、膜にイメージを込めてみたり。夢中になって試行錯誤を繰り返していった。
どれだけ実験を繰り返したのか分からないが、先生が見せてくれたアルコールランプのような炎を作り出せた時には、空は夕焼けを通り越して藍色に変わり始めていた。
「で~きたぁ~!」
嬉しさのあまり、つい大きな声を上げてしまった。そのせいで明かりの点った窓から何人もの人に覗き込まれてしまった。
「ユウちゃ~ん、いらっしゃ~い!」
僕が恥ずかしさで身を縮めていると、講義室の窓からミーシェル先生が手を振って呼びかけてきた。僕は急いで講義室へ向かうと先生が既にスライムを用意して待っていてくれた。
「ゆっくりと一つずつ手順を確認しながらやってみなさいな」
僕はシャーレに向き合うと深呼吸して気持ちを落ち着けた。
スライムに手をかざし、表面を僕の魔力で覆っていく。そして表面は魔力のまま皮膜化し、とどめた魔力に革の固さのイメージを込める。最後に皮膜の厚さ、密度を微調整しジワリと魔力が染み出る様に調整する。
「できた……と思います……」
「はいっ、自分の手で試してみなさいな」
僕は先生の手からメスを受け取ると、恐る恐る表面を滑らせた。
先生に比べれば少し深く傷が付いてしまったけど、ゼリーに比べれば遙かに堅い手応えを実現していた!
「やった! やったぁ~!」
「習得おめでと~!」
感極まって先生と手をつないでピョンピョン跳ねまくってしまった。こんなにも達成感を感じたのはいつ以来だろう。
「水を差す訳じゃ無いけど、まだスタート地点ですからね? 持続時間や強度、何度も何度も使って最適なバランスで使えるように練習する事!」
「はいっ!」
先生には遅いから病院に泊まっていきなさいと言われたけど、僕はもう興奮が抑えられないでいた。みんなに一刻も早く報告したいって気持ちでいっぱいだったのだ。
僕は何度も何度も先生にお礼を言うと、居ても立っても居られず駆けだした。
凄いぞ! レベルなんて制度は無いと言われた世界だけど、コレは間違いなくレベルアップだ!
僕の頭の中ではレベルアップのファンファーレが響いて鳴り止まない。というか、もう鼻歌になってダダ漏れになっていた。
辺りは既に暗くなり、家族団らんで夕食を囲む時間帯。夜空の星々や、窓から漏れる明かりを頼りに道を歩く。端から見れば銀髪の少女が鼻歌交じりに大手を振ってスキップする姿は、さぞかし微笑ましい物だっただろう。などと考えながら僕は宿への道を急いだ。
「たっだいま~!」
満面の笑みで戻った僕を待ち受けていたのは、まるで般若のごとき顔だった。それはもう、鼻息が目に見える程の。
――――ハルちゃんてこんな表情出来たんだ……。
昨晩の赤裸々な一件も有り、僕らは部屋まで夕食を運んでテーブルを囲んだ。
無言…………。
カチャカチャと食器の音だけを響かせながら食事が進む。グゥ~と、腹の虫が抗議するが、僕はお預けの真っ最中だ。
「ユウ、女の子の自覚無さ過ぎ!」
「そうだよユウ君! 誘拐されたかと心配したんだからね!?」
「いや、僕男だから…………ヒィッ!」
キッ、っとハルちゃんに睨まれ、体が勝手に背筋を伸ばして肩をすぼめた。
普段のオドオドとした雰囲気はどこへやら。男姿でのマジ切れは、危うく二度目のお漏らしを誘発しかけた。
ハルちゃんは僕を椅子ごと持ち上げると、そのまま姿見の前へと運んだ。
「コレのどこが男なのかな?」
「中身……」
借りてきた猫か、はたまたお人形さんか。鏡に映るのは背筋をピンと伸ばし、行儀良く膝に手を突く銀髪の少女。自分で表するのは少し恥ずかしいけど、傍目に見て美少女と言っても過言では無いと思う。
「へぇ――――中身ねぇ? カナちゃん、ちゃんと付いているか、脱がせて『中身』を確認してみよっか」
「マカセロ!」
うわぁ! カナさんがめっちゃ嬉しそう親指立ててる!
「え? うそ、さすがに冗談だよね!?」
「ユウ君には冗談に見える?」
口角は上がっているけど笑っていない、マジな奴ですコレ!
ハルちゃんに両手首を握られ万歳姿となった僕に、両手の指をワキワキと動かしながらカナさんが迫る。そして、僕は両の脇腹を、涙がちょちょぎれる程くすぐられてしまった。
「んにゃ~! ヤメッ! ヒィー、クフッ ギャハハハハ」
「どうかな? 中身が女の私でも中身が男のユウ君を簡単に押さえ付けられちゃったよ?」
「わかっ……ンフッ……分かりましたぁっ…………イヒィ――――」
ハルちゃんの表情が真顔に戻ると、カナさんも即座に僕を解放してくれた。
僕の体は刺激に対して過剰なまでの反応を示し、横隔膜がまだ痙攣している。涙目になりながら震える呼吸で息を整えていると。ハルちゃんに真正面から覗き込まれた。
「しかもココは異世界なの! 倫理観や治安だってどれだけ違うか分からないの!」
「う……うん……」
「心が男の子なのは私もよく分かってるよ。だけど周りからどんな姿に見えるのか、それは忘れないで」
「ごめんなさい……」
――――僕の心は男のままだ。
だから男に対してときめく事も、逆に過剰な忌避感を持ってもいない。女の身であれば警戒すべき所も、僕にはその発想がすっぽり抜け落ちていた。
ハルちゃん達にしてみればそれが凄く危うく見えてしまうのだろう。別に女として生きろ言っている訳じゃ無い、身に合った立ち回りだけは知っておけという事だった。
「シロさんも何か言ってあげてください!」
「えっ? 俺っ!?」
聞こえないフリをして黙々夕食を食べていたが、突然話を振られ焦っている。どうやら自分に飛び火する事を恐れて静かにしていた様だ。
「ハル、シロウも全然ダメ。窓全開のまま素っ裸で涼む奴だし、この間もパンツ一丁でこっちの部屋に来ようとした」
「元男子っ! そこに座りなさいっ!」
「「はい……」」
二人のお説教が終わる頃には夕食がすっかり冷めていた。残念ながら、この世界に電子レンジは無いのだ。
その後は、明日の出発時間だけ確認をとり、今日は早めのお開きとなった。
湯船に浸かって疲れを癒やすと、僕達はベッドに潜り込み枕元の明かりを点して眠りにつくまでの間お喋りをした。
「――――でね、そのベティって子、ちょっと耳が尖っててね、話を聞いたらハーフエルフなんだって。赤いドレスとかすごくお嬢様チックでさ~」
「……ユウ君、こっちの世界でもう友達出来たんだ」
「うん、その子すっごいツンデレなの。それでね、魔法の腕は凄いんだけど持久力が無いらしくて――――」
「ごめんユウ君。明日早いし、私もクエストで疲れてるから、今日はもう……」
「あ、うん。僕こそゴメン、気が利かなかったね。じゃあ、お休みハルちゃん」
僕は枕元の明かりを消して、肩まで布団にくるまった。
大きな成果を得て気持ちが高ぶっていたのだろう。一日中魔法の特訓をした僕も相当疲労が溜まっていたらしく、無自覚だった疲労が眠気へと急激に変わっていく。外で鳴く虫の声に誘われるように、僕は眠りの世界へと落ちていった。
カーテンの隙間から月明かりが差し込む暗い室内。虫の声と小さな寝息の合唱に紛れてポツリとつぶやきが零れ出た。
「心は男の子……、なんだよね」




