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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第一章
19/88

19話 先生と膜のトレーニング!

 明日は週末、みんなでクエストを受ける日だ。


 中庭のベンチに座り、お弁当のバゲットサンドを取り出す。ボーッと包みを剥がしながら自分の現状に悶々としていた。


 僕が今できるのは、【診察】と【活力】と付きっきりの【止血】だけ。なんだろう、この牛歩レベル……。


「これでヒーラーって言えるのかなぁ……」


 あむっ! と仏頂面で弁当を頬張りながらこの後の予定を思案する。


「とりあえず、次の講義がどんな内容なのか聞いてみようかな……」

「あら~? ユウちゃん、帰ってなかったの?」


 研究棟へ戻るミーシェル先生が声を掛けてきた。彼女は年甲斐も無く――――と言うと怒られそうだが、弾む様なステップで僕の座るベンチまでやってくると、満面の笑みで僕に耳打ちした。


「ベティちゃんのおっぱいは揉んだ?」

「揉んでませんっ!」


 あら残念とだけ一言。先生はいつもニコニコ顔で、本気と冗談の判断が難しい時がある。正直、欲望に負けそうだったけど、僕は頑張りましたよ!


 先生は隣に腰掛けると目を閉じて黙考している。わざわざ座るって事は何か話があるのだろうか。僕は弁当の残りを口に詰め込むと、飲み物で胃に流し込んだ。


「ユウちゃんはベティちゃんのこと好き?」

「ゴフッ! エホッ! やば……気管に……」


 先生はそっち方面の人なのだろうか。まぁ、僕の意識は男だし、そういう関係もやぶさかでは無いけど……。


「もちろん、恋の方じゃなくて、お気に入りって意味の好きでいいわよ?」

「そういう事なら。まだ出会ったばかりですけど、一緒にいて楽しいし、好きですよ?」


 僕の答えに満足したのか、先生はいつも以上にニコニコしていた。でも、やっぱり何か迷うように思案を続け、逐一僕の表情を探るように言葉を紡いでくる。そんな途切れ途切れのテンポの悪い会話だった。


「ユウちゃんはハーフエルフって知ってる?」

「ヒトとエルフの混血ですか?」

「そう、エルフ程ではないけど長寿で最盛期の肉体を長く保てる種族なの。二次成長が始まる歳まではヒトと同じスピードで成長するのだけど、そこからは極端に体の変化が遅くなっていくの。そして肉体のピークを迎えると成長も老化も止まってしまう」


 不老長寿――――古今東西誰もが羨望し、ソレを求めた寓話の類いには枚挙に暇が無い。


「羨ましい特性ですね」

「そうね、私もお肌の曲がり角を意識したら羨ましくなっちゃうわ」


 先生は頬に手を当て乙女のように目をパチパチとさせて見つめてくる。けど、直ぐ外しちゃったか~、という感じで表情が曇ってしまった。


「ベティちゃんね、私と幼馴染みなの」

「はい」

「あら、少しは驚くかと思っていたわ」


 何となくだけど、二人の遣り取りを見ていたら、先生と生徒というよりも別の関係に見えていたから。たとえば家族とか、あるいは友人とか。立場上のものでは無く何らかの形で近しい関係なのだと感じていた。


「あの子ね、自分を置いて周りのみんなが大人になっていくって、ずっと焦燥感に苛まれていたの。そして今はズレてしまった時間との付き合い方を恐る恐る手探りしてる」

「それが幼馴染みを『先生』って呼ぶ理由……ですか?」


 先生はコクンと頷く。自分の容姿が周りに与える印象を考慮して彼女が提案したのだと。


「心と体の相互作用ってね、意外と強いのよ。だから年を重ねていてもベティちゃんの心は見た目通りの精神年齢に近いわ。完全に成長を遂げてしまえば落ち着くのかもしれないけど、今はまだ凄く揺れている時期なの」


 先生は目を伏せ、記憶に残る彼女との思い出をたぐりながら続けていく。


「仲良くなってもいつかはズレが出てきてしまう。そんなことを繰り返していく内にベティちゃんは人との関わりを避けるようになってしまったの。今ではまともに付き合いがあるのは私ぐらいかしら。それがもう四年は続いていたのかしらね」


 『貴方とはレベルが違いますのよ』と言い放った彼女。僕はあの時マウントを取りに来たとしか思わなかった。あの時の彼女は、仲良くなることを恐れて、自分の中に踏み込まれる事を防ごうと、必死に防波堤を築いていたのかもしれない。


「だから、ユウちゃんがあの子と仲良くなってくれたことが本当に嬉しいの。いずれ、あの子にとって辛い思い出になってしまうかもしれない。それでも自分なりの答えを見つけて、心に折り合いをつけられるようになって欲しいの」


 先生は僕の手を取り、今まで見せたことのない真剣な顔を僕に向けてくる。そして「これからもあの子と友達でいて欲しいと」頼むのだ……。


 過保護な親の心境なのかもしれない。下手したら逆効果になりかねない大博打の一手だと思う。だけど……。


「先生。実は僕、友達が少ないんです。悩んで、迷って、そして結局最初の一歩を踏み出せない。だから人と仲良くなる切っ掛けが作れない。そんな自分が嫌いで変えたかったんです」


 僕の独白を先生はどう感じているのだろうか。表情が少し不安な物へと変わっている。


 別に頼まれる必要なんて無いのだ。だって彼女はもう僕の中の大切な人の一人になっているのだから。彼女との遣り取りが楽しかったのもそう。僕が自分の殻を少しだけ破る切っ掛けをくれたのも彼女だ。


「それなのに、折角仲良くなれた友達を簡単に手放したりすると思いますか?」


 先生にとって幼馴染みの不安定な在り方が心のしこりになっていたのだろう。僕の答えを聞いた途端、僕をきつく抱きしめてかすれる声で「ありがとう」とささやいた。


 友達を思いやる気持ちに共感し、僕の心は穏やかに満たされていた。



 ――――だけど豊満な肉体に長々と抱擁されていると、僕の中の男の子が徐々に刺激されて落ち着かなくなってくる。僕は逃れるように体を離すと質問で誤魔化した。


「あの、僕が次に受ける講義ってどんな内容ですか?」

「習ったのは【止血】までだったかしら? それなら次は【殺菌】ね」


 う~ん……地味なところが続くなぁ……。


 でも、一つずつ段階を踏む必要がある事は僕も理解している。それだけ回復魔法は危険だという事だ。笑い話で済んだからいいけど、鼻血の治療で倒れた事は記憶に新しい。その後の恥ずかしい記憶も含めて、僕は身に染みていた。


「何事も焦っては駄目よ?」

「それは分かっているつもりです。でも、明日初めてダンジョンに行くんですけど、今の僕ではヒーラーとして役に立てる気がしなくて……」


 ミーシェル先生は口元に手を当て、少し思案していた。


「そうねぇ……、今日はまだ時間有るのかしら?」

「はい」

「じゃあ~、付いていらっしゃい」


 先生と連れ立って受付に戻ると、職員さんが驚いて聞き返してきた。


「プロテクションですか!? そんなに飛ばしちゃって大丈夫なんですか?」

「良いとは言えないわね、でも生徒に合わせて調整するのも指導者の務めよ」


 回復魔法に飛び級は無い。そんな自分にとって防御魔法というのは今一番ありがたい魔法かもしれない。


「ただし、これは初級の内容じゃないの。だから応援価格にはできないのよね。銀貨五〇枚になっちゃうけど、受けてみる?」



 ――――銀貨五〇枚!?


 今日の実習クエストで手に入った報酬は銀貨三枚だ。コレまでの借金と今後発生する費用、そして現状の収入を考えると正直頭が痛い。


 でも回復役として役に立てない僕には喉から手が出るほど欲しい魔法だ! 葛藤に次ぐ葛藤……。しかめっ面になりながらも僕は言葉を絞り出した。


「~~~~っ、お願いしますっ!」



 戦闘用の魔法という事で屋外や、体育館のような施設でやるのかと思ったのだけど、場所はいつもの講義室、そしていつものスライムだった。


「それじゃ、メスを入れて最初の固さを覚えておいてね」


 渡されたメスで表面をなぞると、抵抗もなくスッと切れ込みが入った。やはり見た目通りゼリーレベルの固さだ。


 先生はスライムの傷を癒やし、もう一手間加えて別の魔法を施す。そして表面が淡く発光すると、直ぐに元に戻った。


「は~い、もう一度メスを入れてみてくれる?」


 同じ力加減でなぞると、今度は軽くひっかき傷が入った程度だった。


「違いは感じられたかしら?」

「こんなに変わるんですか!?」


 プルプルと震えるゼリー状の物体からは、まるで金属をなぞったような感触が伝わってきた。


「分かり易くする為に強めに掛けたからね、その代わりもうプヨプヨに戻ってるわよ」


 先生の言葉を確認する様にもう一度メスを滑らせてみると、確かに最初と同じように刃が通った。


「プロテクションは強度と持続時間がトレードオフなの。だから魔力量次第で性能が大きく変わってくるわ。その点、あなたと相性の良い魔法かもしれないわね」


 この魔法が使えればみんなを守れる、役に立てる! そんな想いが如実に顔に出ていたのだろう、ミーシェル先生の表情も一段と綻んでいた。


「それじゃ実践ね、一つずつ工程をクリアしていきましょう」

「はい!」

「まずは魔力を表面全体に纏わせるの。魔法抵抗力の時にやったわね? 覆ったら止血の要領で膜に強度を持たせるの。今度は外からの侵入を阻むイメージよ」


 イメージに反応して魔力が皮膜に変わった瞬間、表面が微かに発光した。


「出来ました」

「それじゃ~、試してみて」


 僕はメスから伝わってくる感触に落胆を隠せなかった。スライムは魔法を掛ける前と何ら変わらない柔らかさだったのだ。


 先生はスライムを治療しながら今日も問答を始める。


「あなたは一足飛びに来ちゃってるからね、何が違うと思う?」

「分からないです……、イメージの強さですか?」

「それもあると思うわ、初めてで自分なりのプロテクションのイメージがまだ無いものね。もう一度やってみましょうか。なるべく固くイメージしてね」


 なるべく固くってどれぐらい? ダイヤ? うん、ダイヤぐらい硬く! そう念じながら僕はスライムの表面を魔力で覆っていく。


「う~ん、それは間違いね。自分で分かるかしら?」


 スライムの表面に纏わせた僕の魔力が瞬時に蒸発している感じがする……。僕は魔法をかけながら頷いた


「魔力がイメージを叶えようとしているのだけど、要求に届く前に力を使い果たしているの、もう少し固さのイメージを落としてみなさいな」


 もう少し柔らかく…… 鉄? 木? 革?

 固さのイメージを落としていくと、スライムの表面に魔力が留まり始めた。


「そのまま魔法を続けていてね。それじゃ、刺してみるわよ」


 先生がメスを垂直に突き立てると、ほんの少し刃先が入った所で止まった。


 先生はそこからさらに力を加えているけど、押される圧力でスライムが変形するものの、それ以上刃が入ってく事はなかった。


「はい、魔法を止めて」


 僕が魔力供給を止めた瞬間、刃がプツッとスライムの中に飲み込まれた。


「あ……」

「少し分かってきたかしら? 貴方の魔法もプロテクションとして一応機能しているわ。だけど」

「持続しない……?」

「【止血】を習った時もそうだったでしょ? 治療術士はまず治す事を優先して教わるから戦闘での運用を想定した物は後回しになるの。そして、その最たる物が魔法効果を維持する技術。交戦中に付きっきりの治療なんてできないものね」


 先生は「そうね~」と思案すると。


「キャスターの講習を受けた事はあるかしら? 魔法の概念的な部分はキャスターの領分だから」

「修練所で少しだけ。確か、魔力は薪で、魔法は薪に火を付ける行為って……」

「なら、おさらいね」


 先生は手の中に小さな魔力球を作って見せた。


「魔力は燃料、体から外に出しても場所が移動しただけ。多少の消費や揮発はあるけど、変質する事無く自分の管理下にあるエネルギーよ」


 次の瞬間、魔力球が炎に変わり一瞬で燃え尽きた。


「魔法はその魔力を媒介にして自分のイメージを実現する行為。そして魔法として世界に干渉した瞬間、自分の管理下を離れ世界の現象として発現する。攻撃か回復かの違いはあるけど、これが今まであなたが使っていた魔法ね」


 僕は先生の言葉に頷く。今の現象と同じように、僕の魔法はいつも即時発動して即時消滅している。


「そして、コレがプロテクションで使う魔法の使い方」


 先生は先ほどと同じ大きさの魔力球を生み出すと、上端にだけ火を付けた。徐々に魔力球が小さくなっていくが、小さな火は消える事無くチロチロと揺れ続けていた。


 僕も真似して一部を燃やしてみたけど、一瞬火が点っただけで魔力球は燃え残ってしまった。


 何度となく繰り返すが結果は同じ、最後にはうっかり全体を消失させてしまった。眉根を寄せて自分の手の中を見つめるが、解決策が思いつかない……。


「考えてみて。世界に干渉した瞬間に魔法は現象として発現するのよね? なら、魔法として完成しているけど、世界に干渉しなかったとしたら?」


 ミーシェル先生はもう一度小さな火の玉を作り出すと中空に留めた。もう魔力は供給していないと言うように両手を顔の横でヒラヒラさせている。僕の魔法の使い方ならならば、とっくに消失していなければ説明が付かない。だというのに先生の火の玉は目の前に浮いたままだ。これはつまり……。


「待機状態の……魔法になる?」

「正~解!」


 そう言うと先生は手にしたメモ用紙を火球に引っ付ける。その瞬間、ポッ! と火球が弾け、メモ用紙に火が点った。


 頭の中で何かがパーッと輝くような感じがした。つまり、コレが修練場で火球を的に届かせた秘訣! 僕は頭の中に浮かんだ解答を逃がさぬように言葉にしていく。


「魔力は自分の管理下のエネルギー、体の外に出ても消えない……、魔法は世界に干渉した瞬間に現象となって消失する……。魔法を……魔力の膜で包み込む?」

「良く出来ました~!」


 パチパチパチと先生が満面の笑みで拍手する。


「それが出来れば継続魔法も可能になるわ」

「一気に消費しないように、魔力供給を絞りつつ魔法を発現させる……?」

「飲み込みが早くて嬉しいわ。もっとも、分かったからってすぐに出来るとは限らないけどね。継続魔法の習得と魔力配分を覚えれば、あなたのプロテクションは完成するわ」


 先生は最後にもう一度パンッと手を打ち鳴らすと講義の終了が伝えられた。


「しばらくは膜を作る練習と、その厚みや性質をコントロールする練習をしてみなさいな、後でまた見てあげるから」

「はいっ!」


 僕は先生に勢いよくお辞儀をすると講義室を飛び出した。

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