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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第一章
18/88

18話 回復魔法という物

 今日僕がジョブ養成所に着いたのは、受付開始から三〇分以上過ぎた頃だったろうか。既に人もまばらなその空間に見覚えのある背中が一つ。艶やかな金髪から少し尖った耳が顔を覗かせている。昨日一緒にクエストを受けた少女だった。


「ごきげんよう、ユウキさん。今日も実習クエストを受けるのかしら?」

「おはようございます、ベティさん。講義の後に受けるつもりです」

「そう、では私も少し待つ事にしますわ」


 ――――ってことは、一緒にやろうって事だよね?


「講義が終わったら声をかけますね。また一緒にやりましょうか」

「べ、別に一緒で無くとも良いのだけど。こうして会ったのに知らんぷりというのは私の主義ではありませんの!」


 頬を染めてプリプリしてる。


「あら、この子が朝から待っていた子?」


 だが通りかかった職員さんにポロリと暴露されて、表情が凍り付いてしまった。だけどソレも僅かの事、瞬時に解凍され茹で上がるように顔が紅潮していく。


「ちちち、違いますわ! 私はここで今日の予定を思案していただけで、待ってなどいませんわ!」


 そこからのベティさんの慌てっぷりは実に見物だった。彼女は本来お嬢様然とした淑やかな振る舞いを見せる女の子なのだ。それがもう、ジェスチャーの嵐。両手をパタパタさせたり、身を乗り出して無実を主張したり。赤くなった耳までぴょこぴょこ動いている。


「ベティさんて、可愛いですね」

「ですよね」

「――――――っ!」


 彼女はさらに何か言い訳しようとしたが、絶対に逆効果になると悟り頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。耳まで真っ赤になった少女に僕と職員さんはホッコリとしてしまった。


 この日は残念ながらミーシェル先生の枠が空いていなかったので、別の講師の人にお願いする事になった。その人は研究メインの人らしく、開口一番に生命倫理に関する議論をする気は無いと釘を刺されてしまった。研究ともなれば、そういう話題で人とぶつかる事も多いのだろう。


 講義では病巣を移植するラットを使って止血魔法を教わった。止血と聞くと傷口を癒やして塞ぐように思えるが、実際には魔法の皮膜で傷口に蓋をし、純粋に出血のみを止める魔法だった。傷口に透明なシートを貼り付ける様な物と考えると分かり易いだろうか。


 凄くテンポの速い先生で、一〇匹程のラットを相手に引っ切りなしに止血をさせられた。その上「膜が傷口から離れすぎ」だの、「膜が堅い」だの、とにかくいろんな指摘が矢継ぎ早に飛んでくるのだ。


 しかし、習っておいてなんだけど、この止血魔法って役に立つのだろうか。何せ術者が付きっきりで魔法をかけ続けなくてはいけないのだ。魔法をやめたら即出血再開……。ね、微妙でしょう?


 その辺りを一応突っ込んでみたのだけど、初級の内は自分の手に余る負傷者の生命を維持し、高位の術士に引き渡すまでの時間稼ぎが出来れば良いと言われた。


 なんともスッキリしない……。だけど、講習内容に入っているのだ。きっとこれも必要な技術なのだろう。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「――――ですから、【止血】はプロテクションの応用技術なのですわ」

「プロテクションって防御魔法的なアレですか?」


 講義が終わり、僕はベティさんとクエストを始めていた。追い立てられるように学んだ【止血】の愚痴をちょっぴりこぼしたら、こんな話題が出てきたのだ。


「ええ、出血部分だけを覆う極小の防御結界という感じですわね」

「おぉー! なんだかコロンブスの卵っぽい!」

「コロンブス?」

「あ、発想の逆転、みたいな感じです」


 治療術士って細々とした手順があって正直大変。だけど、パズル的な面白さというか、時々ハッとする気づきの瞬間があるのが楽しい。


 ベティさんとの会話も自然と盛り上がり、時間の経過を忘れてしまっていた。


「そろそろ時間ですね。二人ともお疲れ様でした」

「「ありがとうございました」」


 さて、どうしよう……。僕はベティさんの調子をチラリとのぞき見た。彼女はそれだけで察したのか僕の機先を制してくる。


「もちろん私も続けてやりますわよ? 今日の私は絶好調ですの!」


 確かに昨日のような疲労感は見られない。それどころか興奮して気力がみなぎっているようにすら感じる。【診察】結果でも体調は良さそうだ、もう一枠なら大丈夫だろう。


「魔法は精神状態に影響されやすいと言いますけど、本当ですのね……」


 楽しいときほど集中できたり疲れを感じないのと同じ様な物かな。あ、でも疲れに気づかずに無理することもあるか……。


「辛くなったら僕が【活力】担当しますから、無理しないでくださいね」

「――――ッ! た、頼りにしてますわよ!」


 何故だろう。特におかしな事なんて言っていないはずなのに、ベティさんの顔が赤く染まっていく。口の中でゴニョゴニョと微妙に非難めいた事を呟いた後、照れ隠しするように「何でもありませんわ!」ってそっぽを向いてしまった。


 不調になったら倒れる前に言って欲しかっただけなのだけど。女の体になっても女心は分からないなぁ……。


 僕達は待機所に戻り友好を深めていると、聞き慣れたのんびり声が聞こえてきた。


「あら~? 二人とも今日も受けに来てくれたのね」


 二枠目はミーシェル先生の回診に付いて回るらしい。先生はベティさんの調子を入念に観察していたが、無事クエスト続行の許可が下りた。


「それじゃ~、行きましょうか」

「「はいっ!」」


 僕らは顔を見合わせると、こっそりハイタッチした。


 実際、今日のベティさんの表情は明るく無理が無い。最初は少し不安げだった先生も彼女の様子に安心したようだ。


「はい、そこま――――」

「はいっ! 完了ですっ!」


 ふっふっふ……、遂にやった!


 驚いた顔を向けるベティさんに、ドヤッっと親指を立る。僕はベティさんのストップがかかる直前に活力供給を停止した。そう、初めて【診察】と治療を最後まで併用できたのだ。


「や、やりますわね。でも調子に乗っては駄目ですわよ?」


 ベティさんはぶっきらぼうに釘を刺すけど、直ぐにその顔がほころんで嬉しそうな笑顔を向けてくる。僕の成長を自分の事のように喜んでくれているようだ。


「は~い、ベティ先輩!」


 だから、僕も負けないくらい全力の笑顔でお返しだ。


「貴方たち、昨日の今日で随分と仲が良くなったのね。驚きだわ」

「あら先生。私達はもう胸を揉み合う仲ですのよ!」

「ちょっ! ベティさん!」


 浮かれているのか胸を張ってとんでもない事を口走ってます! それじゃ友達通り越してユリユリな人じゃないですか!


 三人の間には笑い声が絶えず、うっかり先生まで注意されてしまったけど、その後も僕達は笑顔でクエストをこなしていった。




 消毒や甘い薬品の臭いなど、病院には独特な匂いが有るものだ。回復魔法で治療が行われるこの世界でも例外ではないらしく、錬金術による薬品と併用して治療を行う現場を何度か見た事がある。


 今日僕らが廻っているのは特別病棟だ。こちらは一般の治療棟と違い、難病を抱えた患者や重傷患者など、比較的症状が重く入院が長期化している患者達が集められている。それだけに使われる薬品の種類や量も増えてくるのだろうか、今日はいつもより匂いが鼻についた。


 病室を順に巡り、三階へ上がった最初の一室。横引きの扉を開け、ミーシェル先生の後に続いて病室に入った瞬間。


 全身の筋肉が硬直した


 入り口の陰に潜んだ赤く輝く双眸。その瞳から放たれた視線に僕の瞳が射貫かれた。


 殺気、なのだろうか。その男が纏う空気が周囲の空間を陽炎のように揺らしている。


 射竦める様な視線。魔法的や魔眼といった物だったのかもしれない。僕の体は呼吸の仕方すら忘れてしまっていた。スーッと視界が暗くなり、膝が砕ける。


 突然、抱き留めるように肩をぽんと叩かれて我に返った。


「ぷはぁっ……せ、先生!?」

「この子達は私の助手です。それぐらいにしてあげて下さい」

「失礼。職務上の手を抜けぬ故、ご容赦頂きたい」

「い~え、お仕事ご苦労様です」


 金縛りが解けた瞬間、全身から噴き出すように汗が滲み出た。何秒息を止めていたのだろうか。窒息した体が酸素を求めて呼吸を急かしてくる。振り返るとベティさんも尻餅をつき青い顔で呼吸を荒げていた。


 男は視線を外すと、再びドア陰に腰を掛けた。手にした刀は鞘に収められてはいるが、いつでも抜ける姿勢である事が素人目にも分かる。病院でこの物々しい気配は、一体何事なのだろう……


「では、診せて頂きますね」


 先生は患者に掛けられた布団を足下までめくると、青い患者衣を(はだ)けさせていく。


 まだ震えの残る脚で先生の横に並ぶと、僕は息をのんだ。数日前、僕の目の前で起きた惨劇の被害者、ウサ耳の少女がそこに横たわっていた。


「この子、あの時の!?」


 思わずこぼれた言葉に男が反応した。衣擦れの音すら立てずに鯉口を切って僕に迫る!


 先生が間に割り込み男を牽制しなければ、あるいは僕の首が飛んでいたかもしれない。


「もう、(はや)りすぎですよ! 銀髪の子はこの子を助けた子です」

「君がキルマスの言っていた娘か、それは済まない事をした」

「い、いえ……」


 そう返事はしたものの、僕は腰を抜かし、だらしなく脚を広げて尻餅をついていた。そうか、この男がオルシバさんのつけた護衛か……。


 凄腕というのは嫌と言うほど分かったけど、なにも治療術士まで威圧する必要はないだろうに……。僕は危うく二度目のお漏らしを経験するところだった。


 僕が腰を抜かした殺気をいつも通りの笑顔で切り抜けるあたり、ミーシェル先生もただの病院専属の術士とは違うのかもしれない。


 先生の横につき僕も診察の様子を眺める。


 あの時、少女の左脚は大腿から切断されていた。痛々しい傷跡は残っているものの、今ではきちんと接合され、五体がそろっていた。他にも腕や胸元など、目をそらしたくなるような無残な傷跡が無数に刻まれている……。


 少女の状態を目の当たりにして、僕は「何故?」という疑問が湧き出て止まらなかった。


「ミーシェル先生。どうして魔法で全部治さないんですか?」

「そう思っちゃうわよね、ベティちゃんお願いしてもいい?」


 先生から指名を受け、ベティさんが代わりに答えてくれた。


「そもそも、回復魔法とは自然の摂理に反した物ですのよ」

「それだと何だか回復魔法が悪い物の様に聞こえますけど……」

「ある意味ではその通りですわ。自らの体に備わった力で治癒する方が自然ですもの。ですので、回復魔法は最小限に留め、肉体の治る力をサポートするのが治療術士の理想ですわ」


 何となく分かるけど、でも自然治癒だって悪い方向に働くことはある。自分の免疫機能で自分の肉体がむしばまれるなんて話は以前の世界でも耳にした症状だ。


 だから肉体の神秘万歳と、諸手を挙げて賛美する気にはなれない。まして、回復魔法を学んでいる身としては唾つけておけば治る的な話は悲しい気分になる。


「でも、大怪我とか魔法じゃないと間に合わないよね?」

「ええ、致命の傷を癒やして命をつなぐ事。それがヒーラーとして私達が担うもう一つの回復魔法のあり方ですわね」


 なんだか回復魔法をディスる流れで不安になったけど、ヒーラーとしての役割はやっぱりそこだよね。


「ですが、無理矢理治癒を加速させるのですから、体にとって害悪になる改変が起こる事がありますの」

「例えば、癌とかね」


 診察を終えた先生がベティさんの説明を引き継いだ。先生は少女の患者衣を元通りに整えながら話を続けた。


「確かに、魔法で完全回復させる事は出来るわよ。でも戦闘中の様な緊急時でも無い限りはお勧めしないわ。それにね、そんなに簡単に治してしまえるならこんな大きな病院が在るのはおかしいと思わない?」


 確かに、回復魔法が万能で楽々完治できるなら、入院する施設などいらない。通院、即退院という流れ作業になるだろう。


「あなたは魔力容量が大きいから、そう思わないかもしれないけど、高度な回復魔法ほど魔力消費は大きいの。常駐する治癒術士だけでは患者全てを癒やすには全然足りないのよ」

「だから、私たちに回復補助のクエストが出されるというわけですわね」


 でも先生が言っているのは社会システム上の問題点だ。一個人として特定の誰かを治す分には問題がないはずだ。


 しかし『癌』か……。


「癌は回復魔法では治せないんですか?」

「出来るか出来ないかで言えば、治せるわよ」

「なら、特に問題はないんじゃ……」

「だけど、いずれイタチごっこが始まるの。治しても治しても直ぐに再発して最後には手に負えなくなってしまうわ」

「そんな……」

「だから、私達は自然治癒可能な範囲を意識して回復魔法を使う必要があるの。その為に医学の知識を学び、魔法を最小限で済ませる経験を積むことが大切という訳ね」

「回復魔法がどういう物か……、よく分かりました」


 調子に乗ってホイホイ回復していたら、ヒーラーのせいで仲間の寿命を縮めることもあるという事か……。


「でもね、今の回復魔法だってまだまだ発展途上の技術よ。いずれはどんな怪我さえ治してしまえる究極の回復魔法だって生まれてくるかもしれない。だから、貴方たちの頑張りに、私は期待しているわ」


 先生は手をパンと鳴らして、重くなりかけた空気を打ち払った。


「さぁ~、ここからはあなた達のお仕事よ。活力魔法は自分の治る力を促進してくれるの、だから安心して掛けてあげてね」

「「はいっ!」」


 僕の目で診る少女の状態は薄い黄色だった。体を治すために体力をどんどん消費しているのだろう。振り返って先生やベティさんの顔を見ると、二人とも何も言わずに頷いた。どうやら僕に任せてくれるらしい。


 僕は少女が早く元気になりますようにと願いを込めて、ゆっくりと魔力を注いでいった。


 僕は護衛の男性に「彼女の事をお願いします」と、頭を下げると病室を後にした。


 そして、ほど無くして僕らの実習クエストは終了時間を迎える。


「は~い、二人ともお疲れ様~」

「フ、フフフ! どうですの!? ちゃんとやり通しましたわよ!」

「ベティさん格好いい!」


 だけど彼女の足下はちょっとフラついていた。


「予想外だったけど、二人は良いペアに成りそうね~」

「当然ですわ! 私達もう親友ですものっ」


 しかし、ベティさんの中で僕の印象が妙に良い……。そんなに好感度を稼げるイベントなんて有っただろうか。親友とか言われるのは嬉しいけど、ちょっと面はゆいな……


「フフフ、親友さんの介護はユウちゃんにお願いしようかしらね」

「それじゃ、魔力供給しますね」

「よ、よろしくお願いしますわ……」


 そう言って彼女は両手で胸をガードした。


「も、もぉ~っ、胸揉んだりなんてしませんよっ!」

「い、嫌という訳ではありませんのよ? 親友ですものね。胸くらい別に……」


 ちょっ、どうして胸元をはだけようとしているんですか!?

 なんで艶っぽい目で僕を見るんですか!?


「そうそう、ユウちゃん。別におっぱいからでも魔力供給は出来るわよ。そこの病室は空いてるから、ゆっくり(・・・・)供給してあげると良いわ」


 先生までそういう方向に持って行かないでくださいっ!




 ――――だけど、この後ベティさんは少し膨れて帰っていった。


 心臓に近ければ良いなら、背中からでも行けるよね? って言ってしまったのだ。治療行為としては正しい姿だったと思う、でも……。


 あぁ、僕のヘタレ! バカっ!

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