17話 食堂のお騒がせ者
ベティさんと別れた後、僕はレンジャー養成所で双剣の講義を受けた。
メインがヒーラーという事に変わりは無い。だけど全く動けない後衛なんてただの的だし、撤退する場面でまともに走れなかったら僕だけじゃ無くパーティ全体が危険になる。
この体は筋力的にかなり貧弱だ。だから自衛の為にも肉体面の鍛錬をした方が良いかなって思ったのだ。単純に体を動かしたかったって理由もあるけどね。
そちらの講義が終わっても宿に戻るには早かったので、僕は二日ぶりにギルドに立ち寄ってみることにした。今僕達に出来そうなクエストは……っと。
買い物、留守番、子守……。雑用クエストはスキルが必要ない割には報酬が良いけど、僕らの目的はダンジョン攻略だ。こういうのは受けてもあまり意味が無いかな。
「やぁ、ヒーラーになったんだね。可愛い娘に治療されたら、それだけでおじさんは元気がみなぎるよ」
このギルドの最高責任者にして、幼児のような愛らしさを漂わせる犬耳壮年オルシバさんだ。この容姿でおじさんと言われてもね……。世の中年男性から嫉妬されますよ?
「新米ヒーラーさんなら、この辺りがお勧めかな」
小柄な彼は魔力球を作って器用に操ると、手の届かぬ貼り紙の前へと誘導した。なんか蛍みたい。
「『出張介護』『スパルタ実習の活力係』『苗の発芽支援』ですか」
「活力魔法だけで行けるからね、魔力量次第でそこそこ稼げると思うよ」
たしかにこれは良い。特に『スパルタ』はなかなかの高額だ。その分、涸れるほど魔力を搾り取られるんだろうな……。まぁ、魔力量に関してはミーシェル先生も褒めてくれたし、やってみても良いかもしれない。
「そうだ。僕達ダンジョン攻略を目指してるんですけど、ダンジョンへの入場はどうしたらいいですか?」
「冒険者なら誰でもダンジョンに入れるよ。入り口で冒険証を見せるだけでOKさ。ダンジョン内でのクエストは、そうだねぇ……」
背伸びしているけど、高いところの張り紙が見辛そうだ。しかし、いちいち仕草がかわいらしい。
「うわっと!? ユウキちゃん!?」
彼の体は僕の細腕でも苦も無く持ち上がった。腕に腰掛けた柔らかいお尻、モフモフの尻尾が揺れる度に毛並みが素肌に触れてこそばゆい。驚いて犬耳がぴょこぴょこ動いてるし、小柄な獣人種は可愛いなぁ。
「フフフッ。小狼族に生まれた役得かな?」
「僕もモフモフできて嬉しいです」
二人して笑い合うと、オルシバさんは初級用のダンジョンクエストを指し示してくれた。
「この街はダンジョンの資源で成り立っているからね、狩猟や採集のクエストが常設されているんだ」
アレとか、アレとかと彼は小さな手で順に指していく。紹介されたクエストは全て灰色、駆け出しの僕らでも受けられる等級だった。
「報酬はそれほど高くは無いけど、実戦の感覚を掴むには悪くないと思うよ」
「週末に挑戦してみることにします。みんな講義ばかりでウズウズしてたから」
「うん、楽しみに待ってるよ」
オルシバさんは別れ際にウサ耳少女の様子を教えてくれた。だけど、病状の回復や捜査の進展はまだ無いのだそうだ。笑顔で手を振るオルシバさんに礼を言い、僕は帰路についた。
世界は少しずつ茜色に染まり始めてゆく。
僕は夕飯までの間、宿の裏手で双剣の復習をする事にした。やっぱり体を動かすのは気持ちが良い。
そうそう、コレも体の変化の一つとして気づいたのだけど、柔軟性が凄く向上していたのだ。男の頃も多少は柔軟していたけど、この体になってからは股割までできる様になっていた。脚を一八〇度近く開いたまま体がペタッと床についてしまったのだ。
得意げになって部屋で披露したら、ハルちゃんも出来たっていうね……。たぶん神様製の体はみんなそうなんだろう。
双剣を鞘に収めると、汗を拭い体のほてりを冷ます。ボーッと休憩するのも退屈なので、オルシバさんのやっていた魔力操作を真似て遊んでみた。右へ、左へゆらゆら動かしてみたり。三個ほどに増やしてお手玉みたいにくるくる回してみたり。意外と楽しいかも。
裏庭で遊んでいる僕に気がついたのか、ハルちゃんが二階の窓から声を掛けてきた。
「ユウ君、そろそろご飯に行く?」
「あ、ハルちゃんおかえり。今行くよ」
一度部屋へ戻り武器や荷物を片付けると、みんなそろって食堂へと向かった。そして恒例の報告会が始まる。
「あれは、実習クエストじゃねぇ……間違いなく農作業だ!」
「畑を耕して、その後ずっと薪割りだったよ、私まだ手がプルプルしてる……」
みんな随分とお疲れのようだ。こっそり【診察】してみたけど、僕らの状態は相変わらずのマダラ模様。黄緑色でいつもより色が薄い気がする。濃淡が疲労状態を表しているのだろうか。
しかし、今日ばかりは彼らの嘆きが実に心地良い。何故なら今日の僕は彼らにとって救世主となれる予感があるのだ。
「僕は先生の許可が下りて、活力魔法を使いまくってきたよ。それでね……」
僕は一呼吸溜めると、みんなの顔を見渡して胸を張った。
「疲労だけなら回復出来ると思うけど、みんな試してみる?」
「マジか!? 頼むわ!」
「ユウ君! 私もお願い~!」
よほど農作業クエストが堪えたのか、ハルちゃん達は座っていた椅子を跳ね飛ばす勢いで食いついてきた。テーブルに手を突いて身を乗り出してくるもんだから、僕は危うく椅子ごと後ろにひっくり返りそうになったよ。
「いや、まだ駆け出しだからさ、怖かったり体調がおかしくなったら直ぐに言ってね。あと念のため確認だけど怪我や病気はしてないよね? 下手をすると出血が酷くなったりするからさ」
「ああ、昨日鼻血治そうとしてぶっ倒れたんだっけ? 俺は大丈夫だ」
「ファッ!?」
僕が勢いよく振り向くと、同じスピードでハルちゃんの顔が逸らされた。
昨夜はかなり騒がしくしたと思うし、隣の部屋にも間違いなく聞こえていただろう。だからシロさん達にも何かあったと感づかれても仕方が無い。
だけど朝食の時にはそんな話題など出てこなかった。となれば情報源は一つ。僕以外に、いや僕以上に知っているのはハルちゃんだけだ。
ハルちゃんも僕と同じくコミュニケーション能力は低い。この二人にかかったら隠し事などあっという間に丸裸にされてしまうだろう。
「違うのユウ君! これは……モガッ!?」
カナさんがすかさずハルちゃんの口をふさいだ。背後をとるまでの流れが恐ろしくキレッキレだった。この人、格闘家スキルを容赦なく悪用している……。
「ユウのちっぱい、アタシも見たかったな~。一人で楽しむなんてずるいな~」
「ム~!」
「そうだぞ、ユウの介護なら俺を呼べよ。今は女同士なんだから俺が丁寧に拭いてやるのに」
カナさんが頬ずりするように顔を寄せ、ハルちゃんを責め立てている。とってもBでLな絵面だ。男性への免疫が無いハルちゃんは顔を赤くしてプルプルしていた。
「それで? シロウが聞いた話を詳しく!」
「ベッドにタオルを敷いて……ゴニョゴニョ……」
「ほーほー、先端を摘まむように? それから?」
「嘘……ハルちゃんが、そんな事!?」
「ムム~~!?」
僕が気を失っている間のハルちゃんの行動が赤裸々に暴露されていく! あの大人しいハルちゃんが、そんな悪戯めいた事を……
「脚を持ち上げて……ゴニョゴニョ……」
「下のお毛々を念入りに? ハル大胆!」
「ムムム~~~~!」
「そんな、ハルちゃんが下の…… ってあれ?」
いや、僕が聞き入ってどうするんだよ! あの時何があったのかは気になるけど、最優先なのはこんな場所で僕の痴態が暴露されることを阻止する事じゃないか! シロさん達を止めないと!
「二人ともストッ――――」
「ムガッ! 私そんな事やってない! それに、ユウ君毛なんて生えてないじゃない!」
「あ゛―――――――っ!」
賑やかだった食堂が一瞬にしてフリーズしました!
純粋な力勝負なら僕らの中でハルちゃんが最強。無理矢理カナさんの拘束を解くと、開口一番とんでもないことを口走ってくれやがりました!
「マジか!? 『鮮血の魔女』改め『不毛の魔女』爆誕だなおい!」
そして、僕は新たな二つ名を襲名してしまった!
ついでに、カナさんの中で僕の面白動物度がギュンギュン上がっていく。興奮しまくりで尻尾を振る犬みたいに、今にも僕に飛びついてきそうだ。
食堂を出て行く冒険者達がチラチラと僕の方を見ていた気がするが、そっぽを向いてスルーを決め込むことにした。忘れよう……。
僕達はそそくさと食堂を後にし、四人で部屋に集まった。僕は気持ちを切り替え、みんなに活力魔法を掛けながら、ギルドで話した内容を伝えた。
「食料調達か。戦闘訓練はやりたいし、そのクエやってみるか」
「それまでは養成所で基礎鍛錬ですか?」
「アタシもそれで良いよー」
そんな感じで、あっさりと週末の予定が決まった。ちなみに暦も元の世界と同じく七つの曜日で一週間が形成されていて、今日は木曜日にあたる。つまり、明後日がパーティクエストに挑む日だ。
「はいっ、治療終わり!」
「サンキュー! スゲー楽になったよ。回復魔法良いな!」
シロさんは肩をぐるぐる回しながら体の調子を確認している。僕も自分の成果を褒められてちょっと嬉しい。
「回復魔法ってさ『ヒール!』って唱えたら傷が治っちまうイメージだったけど、全然違うんだな」
「僕もそう思ってた。実際には医療行為に近いかもね。修練場で知識が必要って言われた意味が分かったよ」
「魔法系も覚えて損は無いって言ってたけど、俺パスっ! そういうの合わないわ。自分の回復用にはポーションでも買うよ」
「はぁ~、またお金が飛んじゃいますね」
預金残高を眺めてハルちゃんが溜息を漏らす。剣士装備に加えて弓も買っている為、出費はハルちゃんが一番多い。始めたばかりの初級クエストでは焼け石に水で借金は全然減らないのだ……。
「焦っても仕方ない、ハルはちゃんと前進してるから大丈夫!」
さりげなくカナさんがフォローしていた。弄られたりもするけど、二人ともこういう所にもしっかり気が回るんだよな。
その後も雑談が続き、シロさん達が部屋へ帰った時には八時近かった。
僕はムスッとした顔でハルちゃんのベッドをポンポンと叩く! ここに座りなさいと無言の圧を送ったつもりだ。そして僕も向かい合うように自分のベッドの上に正座した。
「ユウ君、怒ってる?」
「僕だって怒りますっ!」
何をって? うっかりシロさんに話した事とか、大声で僕の股間事情を暴露した事とか……。
「僕は男だからいいけど。普通、女の子があんな事になったら大問題だよ!?」
「ユウ君も今は女の子……」
「中身は男なのっ!」
バンバン! と自分のベッドを叩いて抗議する!
「ごめんなさい……」
「分かってくれれば良いけどさ」
しょぼくれるハルちゃんを見ていると「今日は怒ってやる!」って意気込んだ気持ちがどんどん萎んでいく。僕ってチョロいのかなぁ……
「でも、ユウ君。あの二人に口で勝てる?」
「それは…………無理です」
何せ僕自身が彼らに誘導されて、お漏らしを暴露した過去がある訳だし……。
「「はぁ~~~」」
溜息のタイミングがピタリと合うのは、幼馴染みとして過ごした年月の賜物だろうか。吐息の余韻がそのまま沈黙に移り変わってゆく。
「あの……さ。僕の体……見たんだよね?」
「うん、ごめん……」
「今は男の子になった訳だけど。その、僕の体見て興奮した?」
――――って何を聞いているんだ僕は!?
「それは……、私、中身女だから……。ユウ君は男の子の裸で興奮しちゃう?」
「全然しない、と思う。この体になってからは見てないけどさ」
「私も同じだと思う。女として生きてきたから、どうしても同性に見えちゃう」
「やっぱり、そうだよね」
ホッとしたような、残念なような。自分の心の立ち位置が自分でもよく分からなくなってくる。ハルちゃんとは恋仲になる事を望んでいるけど、女の子として愛されたいのかって話になるとそうは思えない訳で。
「でも他の女の子のを、あんな風に見たの初めてだったから、ソレはドキドキしたかも……」
「あ、あんな風!?」
食いつかれると思っていなかったのか、ハルちゃんは少しドギマギしながら答えてしまう。こういう所が対人スキル不足なんだろうなと、人の振りを見て自分も痛感してしまった。
「え? えっと……、今の下着って、人に穿かせる時はオムツみたいにお尻の下に敷くでしょ? それでお尻を持ち上げたら目の前でユウ君の脚がガバッと開いちゃって……中の方まで……ごめん……」
「ノォォ――――――!」
自分でもまだ見たこと無いのに、そんな領域をハルちゃんの目の前に展開してしまったなんてっ!
「お願いします、忘れてください……」
「努力します……」
娯楽の少ないこの世界は少し退屈な時もあるけれど、長い時間を潰す為に些細な事で笑い合い、とりとめも無く言葉を交わすしかなかった。ハルちゃんと距離を縮められたことを考えれば、そんな世界も悪くは無いかと思ってしまう。
そして今日は鼻血を出す事もなく、無事にお風呂を乗り切ることが出来た。そんな事も僕らの間のちょっとした話題の一つ。それを報告したらハルちゃんに拍手されてしまったり……。
なんだか不思議な遣り取りをしながら、異世界生活三日目の夜も平穏無事に暮れていくのだった。




