16話 揉み合い、そして……
そして僕らは患者を取り合うように活力魔法を掛けていく。
だけど、いきなり一人目の患者さんから「なんだか落ち着かない」というクレームが入り、二人とも頭を小突かれてしまった。
ちょっとムキになって彼女と張り合っていたけど、仕事は仕事。クエスト自体はちゃんと協力して進めましたよ。
状況が変わったのは二回目のクエストが始まって二〇分を過ぎた辺りだった。ベティさんの治療時間が目に見えて延びてきたのだ。そして四〇分を過ぎた辺りで、とうとう朦朧とするように尻餅をついてしまった。
「この辺りが限界ね。ドクターストップよ」
「まだ、やれますわ……!」
へたり込みながらも駄々をこねる様子に、先生はやれやれといった感じで嘆息した。
「ユウちゃんはまだ余裕有りそうね、新人さんなのに大した魔力量だわ」
ベティさんが床を睨み付けて悔しそうにしている。張り合ってはいたけど、なんだか当てつけになってしまった気がする。罪悪感が湧いてきてどうにも居心地が悪い……。
「折角だからユウちゃんには魔力欠乏症への対処も覚えてもらうわね。ベティちゃんはそこのベッドに座っ――――」
「そんなは必要ありませんわ!」
「もう、いつまでも意固地にならないの! 後輩を困らせてどうするのよ!」
「む……ぐっ…………」
ベティさんは苦虫を噛みつぶすように表情をゆがませる。強すぎるプライドがそうさせるのだろうか。
「分かりましたわっ! お好きなようになさいな!」
彼女は涙のにじんだ目で僕を見やると、吐き捨てるように承諾した。
なんだろう、生徒の癇癪をたしなめると言うよりも……。なんだか先生まで少しムキになっているし。
結局、先生の一喝で彼女は渋々折れた訳だけど、ベッドの縁に腰を掛ける動作はもの凄く嫌々だった。
「まったく……、なんで私だけいつまでも小さいままなんですの!? 毎日鍛錬しても魔力は伸びないし、こんな癇癪まで起こして、これじゃホントに子供ですわ!」
声を抑えて毒づいていたけど、僕の耳には届いてしまった。詳しい事情は分からないけど、彼女もままならない物を何とかしようと努力し続け、そのせいで荒れているのだという事が何となく分かった。きっと僕が彼女のデリケートな部分を刺激してしまったのだろう。
「それじゃ、ユウキちゃんベティちゃんの胸に手を当ててくれる?」
「はいっ」
僕は遠慮がちに彼女の胸に両手を押し当てた。やっぱり僕と同じくらいかな。張りの強さで押し返される所も似てる。それにしても、服越しとはいえ女性の胸に触れるのはまだ抵抗があるなぁ。
「あなた……、これはわざとなのかしら? それとも天然なのかしら?」
「えっ? 何が?」
顔を赤くしてベティさんの顔を見ると、彼女もまた照れているような、怒っているような、そんな微妙な顔をしている。ミーシェル先生も普段の笑顔とは違って、笑いを堪えるように口元がむずむずしているし。
「プフッ! ユウキちゃん、魔力の源泉は心臓でしょう? 胸といっても乳房を掴む必要は無いわよ?」
「うひゃぁ! ご、ごめんなさいっ!」
――――そりゃそうだ! なのに、自分の中の男の子回路が『胸』イコール『おっぱい』と無意識に変換してしまったのだ。
「基本は活力魔法と同じよ。患者の魔法抵抗力を緩和したら今度は、魔力そのものを彼女に届けてあげてね」
改めてベティさんの胸元に右手を添えると、ゆっくり魔力を注ぎ込んでいく。魔力の枯渇した彼女の体に、僕の魔力が染み渡っていく。顔つきも憔悴した物から元の勝ち気な表情へと戻っていった。
「は~い、そこまで! 分かっていると思うけど、ベティちゃんはもう魔法を使っちゃダメよ? その理由は何度も言ったわよね?」
「分かってますわ。人の魔力で代替した状態では魔力が干渉し合って危険ですもの。それに、体が魔力を正常に生み出せない状態では、受け取った魔力が抜けてしまったら、また倒れてしまいますわ。もう耳にタコができましてよ!」
「それだけ何度も同じ失敗をしたという事でしょう? 本当に反省しているのかしら~?」
ミーシェル先生の笑顔の圧力が発揮され、ベティさんがどんどん小さくなっていく。
「今日は限界を知ってもらう良い機会と思って特別に許可しましたが、本当なら自分の状態を見極めてクエストを控えるべきだったのよ?」
「分かってますわよ……」
ベティさんは僕の方を一瞥すると、深く溜息をついた。
聞こえてしまった彼女のつぶやき。魔力量の少なさを克服しようと、クエストで酷使して特訓していたらしい。だけど、思うように成果が出ていない所に、ポッと出の新人が易々と乗り越えていくのを見て、心中が穏やかではなかったのだろう。まぁ、最初から挑発されてた気もするけど。
結局一人でカラ回って自滅してしまい、彼女の中では妬みと自己嫌悪がせめぎ合っているようだった。
その後は終了時間まで先生が【診察】僕が【活力】を担当して業務を完了した。
「は~い、二人ともお疲れ様。報酬は受付で受け取ってね」
「ありがとうございました!」
「…………」
ミーシェル先生はベティさんの様子を気に掛けていたけど、それ以上は言葉を掛けることはせずに業務に戻っていった。
そして受付で報告してクエスト完了! 実働時間二時間、治療人数は二三人、クエスト二回分の報酬は三三〇フランだった。ちょうど昼食付きの宿屋代三日分になる金額だ。といっても、応援価格での話だけど。
チュートリアルの報酬はご祝儀みたいな物だったから、これが自分で稼いだ初めての報酬ってことになる。預金残高は相変わらずのマイナスだけど、履歴に記入された初めてのプラス表記に口元がニマニマとしてくる。
帰り支度をしていると、気だるそうに椅子に腰掛けるベティさんが目に入った。彼女はチラリとこちらを見たけど、直ぐに視線を逸らしてしまった。魔力欠乏症がどれくらい辛いものなのかは分からないけど、彼女がまだ本調子でないことだけは分かる。
「あの……ベティさん、無理させてしまってごめんなさい」
「何故貴方が謝りますの? あれは全部私の自業自得、ほんと自分が嫌になりますわ」
「でも、その切っ掛けになったのも僕だから」
「あなた本当に変わってますわね。私、初めから貴方のことを邪険にしてましたのよ? 私の事など気にせずさっさと帰ってしまえばいいものを、わざわざ声を掛けに来るなんて物好きもいいところですわね。何故ですの?」
拒絶する態度をとり続けたのに、未だに自分につきまとう僕が不思議だったらしい。ツンケンとしながらも彼女は今、僕の方に真っ直ぐ向き直ってくれている。
「何故って言われても困るけど、心配が半分で、楽しかったのが半分かな?」
「それは、喧嘩を売っていらっしゃるのかしら? 私を負かしてさぞかしご満悦なことでしょうねっ」
「そうじゃなくて! 僕、あまり友達が居ないんです」
僕の答えに彼女はパチパチと目をしばたかせた。
「話が飛躍してますわよ? 意味が分かりませんわ」
「だから今日みたいに張り合った経験もほとんどなくて。だから喧嘩っぽくなっちゃったけど、それでも楽しいって感じる部分もあったから」
「それは……まぁ、分からなくもないですわね」
「それに…………」
僕は自分の意気地のなさや優柔不断さが嫌いだった。結局自分の力ではどうにも出来ずに悩んだりもしたし、誰かに当たってしまいたくなる気持ちもあった。
僕の場合は異世界転移という切っ掛けを貰うことが出来たけど。彼女も僕と同じように八方塞がりになって、どうしようもなく尖るしかなかったのではないかと。
この所、自分の変化に苦しむハルちゃんを見ていた事も理由の一つになるかもしれない。だから何だか放っておけなかったのだ。
「すごく、辛そうに見えたから」
「魔力が枯渇したら辛いに決まってますわ」
「そこじゃなくて……その……」
だめだ、シロさんやカナさんならもっと的確に言えるのかな。気持ちを届ける言葉が上手く出てこない。だから、僕は彼女の目を真っ直ぐ見つめる事しか出来なかった。そして、それに根負けしたのはベティさんの方だった。
「はぁ……本当に、嫌になりますわ……」
彼女は一度目を逸らしてボソリと零すと、姿勢を正し少し赤くなった顔で再び僕と目を合わせてきた。
「ユウキさん、今日はごめんなさい。それから魔力供給、助かりましたわ。その……ありがとう……」
「僕の方こそごめんなさい、それとありがとうです!」
嬉しくなって思わず笑顔がこぼれてしまった。彼女との間に出来てしまったわだかまりを少しは解きほぐすことができたみたいだ。ベティさんも僕につられたのか、少し照れながらも笑顔を返してくれた。ソレを見て僕はますます笑顔になる、そんな笑顔の連鎖反応。
これは僕にとって大きな一歩かもしれない。今までの僕はこんな風に積極的に話が出来た事なんてなかったから。少しは社交性が育ってくれたのかな?
「いけない、忘れるところでしたわ!」
彼女は自分のコンソールを操作すると、トレード要請をしてきた。その内容は僕への銀貨二枚の譲渡。最後まで続けられなかったのに報酬を受け取るのは、彼女の矜恃が許さない、という事だろうか。
「そ、そんなの受け取れないですよ!」
「魔力欠乏症の治療代とでも思って受け取りなさいな」
「それを言ったら、僕の練習台になってくれた事でチャラですよ!」
「一度差し出した物を引き下げるなんて出来ませんわ! さぁっ!」
これを受け取ったら僕だって男が廃るって奴だよ! だけど、頑固さはどうやら互角らしい。二人共引き下がろうとせず、何とかして相手をやり込めようと必死だった。くそっ、何かいい攻め手はないものか……。
「じゃぁ! そのお金はおっぱい揉ませてもらったお礼ってことで!」
実際、心が男の僕にとっては間違いなくご褒美でした。僕が触れた人生で二回目のおっぱい、僕とよく似た小ぶりで張りのある感触を思い出した。あぁ、もちろん自分の胸はカウントしてませんよ。
ザワッっと受付がざわめいた気がした
「なっ!? 何て事を言うのかしらこの子は! まるで体を売ったみたいではありませんか!」
ベティさんは胸を両手で隠して真っ赤になる。やばっ、言われてみればそういう事になるじゃないか。勢い任せに出た言葉とはいえ、凄く失礼な発言だった。
「ごめ、そんなつもりじゃ――――はわぁっ!?」
慌てて謝ろうとした僕の胸を、ベティさんが両手でキャッチした。
「それなら、これでお相子ですわ! 私が引き下がる理由は無くなりましたわね! あら、私と同じ位? いえ僅かだけど私の勝ちのようね!」
僕は手から逃れようと後ろに下がったが、壁際まで追い詰められてしまった。僕は手を添えただけだったのに、彼女はワシワシと揉みしだいていくる。
「ベティさんストップ、ストーップ!」
「なりませんわ! まだ銀貨二枚分揉んでいませんもの!」
「ちょ、やめっ、あぁ~~~っ」
僕らの嬌声に当てられて、受付に居た少年術士が顔を赤くして前屈みになっている。場所をわきまえず卑猥なことを始めてしまった僕らは、受付職員さんにお叱りを受けてしまった。いや、今回は僕、被害者だよね?
結局、一向に受け取ろうとしない僕に業を煮やし、ベティさんは現金で銀貨二枚を僕の手にねじ込んで帰って行った。
「次は負けませんわよ!」という捨て台詞を忘れなかったのはさすがだ。僕だって「次は負けないから!」と決意を込めて彼女の後ろ姿を見送る。
互いに次の勝利を誓う言葉だが、その勝負の内容は明らかに異なっている気がした。




