13話 舐め合う二人
コン、コン、コン。
宿へ戻り、部屋をノックしたけど反応が無い。どうやら僕の帰りが一番早かったようだ。
部屋へ入ると女将さんに分けて貰った花を花瓶に活け、テーブルに置いた。別に女の子としてお花を愛でたくなった訳じゃないからね。コレはあくまでもヒーラー修業の一環なのだ。
僕は講義の内容を思い出し、魔力と意識を集中させて花と向き合った。花の輪郭は全体的に黄緑色に近い。それが根元に向かうにつれ少しずつ黄色く変色していき、断面は赤くなっていた。
【診察】状態を維持しながらの治療はまだ難しい。なので、なるべく併用しながらも治療をミスしない事を優先して回復魔法をかけていく。少し治療しては【診察】を行い、輪郭の色が緑色に近づく様に治癒を繰り返す。やがて青緑色になり始めたのでそこで治療をやめた。
ふぅ~、コレは本当に肩がこる……。僕は溜息を吐き、肩や首を回して緊張をほぐしていく。慣れない作業の上に、配分を誤れば害悪になるという緊張感が疲労を加速させてしまうようだ。
試しに庭先の花や草を手当たり次第に【診察】してみたのだけど、どの花も緑色だった。
おそらく僕の【診察】では緑色が一番健康な状態なのだと思う。それが赤に近づくにつれて状態が悪くなっているという事らしい。逆に過剰に回復した場合は青味が増していたように感じる。
スライムが弾けた時には赤くなっていた事を考えると、過剰回復した場合には青色方向に色相が変化していき、紫を経て赤に至るのではないかと思う。もう一度【診察】した活け花は青緑色から緑色に戻っていた。
そういえば自分自身はどうなんだろうか。試しに鏡越しに自分を【診察】をしてみたけど色は見えなかった。どうやら物体を直接見る必要があるらしい。
「何だコレ!?」
改めて直接診た自分の手足には緑色の光が見えたのだけど……。何というか凄くマダラだった。所々色が抜けて灰色っぽく見えたり、暗くなったり明るくなったり。まるでホログラムの様に常に色が揺らいでいるのだ。作り変えられた体がまだ馴染んでいない事が原因なのだろうか。
でも、特に不調は感じないし、一応は緑色をしているから健康ではあるのだと思うけど……。
「あっ……これが原因!?」
病院で妙に注目されたり、受診を進められた理由がやっと分かった。これまで僕が【診察】した対象はみんな単色、もしくはグラデーション。こんなマダラ模様でゆらゆらと変化している人なんて一人もいなかったのだ。
そりゃ、こんな奇妙な状態の人間が尋ねてきたら僕だって受診を勧めるよ。神様に体を作り変えられた事を知らなければ、僕自身もっと慌てていたと思う。
講義の復習をしていると、廊下の方から二人分の足音が聞こえてきた。扉がノックされたので返事を返すと、ハルちゃんとシロさんだった。
「二人ともお帰りっ」
二人は修練場で別れた後、剣士養成所を経由してレンジャー養成所へ向かった。ハルちゃんのジョブはとりあえず保留にして、特能を付ける為に剣士メダルを購入し、レンジャー技能を伸ばすという方向で落ち着いたのだ。
「「ただいま」」
良かった、修練場で見た時よりもハルちゃんの表情が明るい。
「最適ジョブじゃねぇくせに、ハルの奴レンジャー適性も高かったぜ。マジでフィジカルモンスターって感じだった」
「いいなぁ~、シロさんがそう言うって事はすっごく凄かったんだろうね。 ファイターとかレンジャーって、僕もやりたかったから羨ましいよ! ハルちゃんの練習風景僕も見たかったな~」
「あ、ありがとうユウ君……」
素直な気持ちではあるのだけど、ハルちゃんの気分を少しでも盛り上げようと、僕はテンション上げて話題に食いついた。だから仕草とか、声音とか、わざとらしくなってしまったのかもしれない。幼馴染みである『彼女』には僕の意図なんて見透かされていたようで、逆に表情を少し曇らせてしまった。余計なことをしちゃったかな……。
「カナの奴はまだ帰ってないみたいだな」
「ん、呼んだ?」
シロさんは状況確認をしただけなのだけど、不意に聞こえた自分の名前に反応して入り口からカナさんが返事をしてきた。宿のエントランスは吹き抜けになっている為、二階の縁から入り口が見えるのだ。
「おう、おかえりカナ。飯行くか?」
「んっ! 了解!」
本日のメニューは鮭のボイル焼きにソーセージとポテトフライ、そしていつものバゲットだ。
お酒が進むメニューなのか、今日の食堂は赤い顔をした客達でとても賑やかだった。そんな喧騒の中、僕らもそれぞれの状況を報告し合った。
「私の方は修練場と同じで武器に慣れることが中心だったの」
「ふっふっふ! そして俺は必殺を習得したぜ!?」
「必殺!? なにそれ、技名叫んだりするの!?」
「それやったら、レンジャーが目立つなって怒られたぞ」
あぁ~、なんか目に浮かぶ。同じ想像をしたのか、みんなで笑ってしまった。
「まっ、レンジャーに限ったスキルじゃ無いけどな、魔力の物理転用ってヤツ。武器に魔力を込める練習だ」
「アタシもソレやった。付呪士はその上に属性とか追加するらしい。今日は魔力だけ乗っけてた」
「いいなぁ、聞いてるだけで僕もウズウズしてくる」
やっぱりこういう話は自分の中の『男の子』が刺激されてしまう。無心になって体を動かす気持ちよさを求めてるのかもしれない。
「ユウ、お前の方はどうだったんだ?」
「【診察】と自己治癒力の促進、すごく気をつかって肩がこる練習だったよ」
「お医者さんみたいだね、聴診器当てたりしたの?」
「ううん、【診察】も魔法なんだ。僕の場合、相手の健康状態が色で分かるみたい。そうだ、みんなを【診察】してみても良いかな?」
そう訪ねると、カナタさんが照れたよう科を作って口元に手を当てた。
「ここで脱ぐの? ユウえっち……」
「違っ……魔法だから! 服を着たままで大丈夫だからっ!」
「クフフ、アタシは別に脱いでも良かったよ?」
むぅ~! やはりカナさんの方が一枚も二枚も上手だ。僕は相変わらずチョロく転がされてしまう。
まぁ、みんな嫌がる素振りも無いし診せてもらっちゃおう。そして、やはりと言うべきか【診察】の結果は僕と同じだった。
「やっぱり、みんなも僕と同じだね、他の人と違って色がマダラになってる」
「マダラだと何かマズイのか?」
「多分シロさんが言ってた様に変化した体が馴染んでいない状態なんだと思う」
「つまり、ソレが落ち着くまで濡れも勃ちもしない訳か?」
「ブフォッ!」
思わず咽せてしまった。相変わらずソコに持って行くのかこの人はっ! というか、可愛い顔でそんなこと言わないで下さい! 『今度レズプレイしてみようぜ』と耳元で囁かれたのを思い出し、顔が紅潮してしまった。
「た、多分そうだと思う……」
「ま、実害が無いならアタシは気にしない」
「基調は健康な緑色だから大丈夫だと思うよ」
ヤバそうなら僕を見た時にミーシェル先生が何か言ってるだろうし。もし何か問題が起きたら相談に行ってみよう。
食事を取りながらの報告会も一段落したところで、僕らのパーティ編成を確認しておくと。
前衛が近接火力のカナさん。付呪士メダルで『魔纏』の特能を付与した格闘家だ。中衛はシロさん。レンジャークラスの中でも索敵に特化した斥候のジョブを選択した、戦闘スタイルは双剣と投擲武器を考えているらしい。
そして、後衛がハルちゃんとヒーラーの僕だ。ハルちゃんは剣士メダルで『神盾』の特能を付与しているが、弓をメインにして戦う事になった。タンク役が居ないので足を止めての正面戦闘は避け、遊撃的に戦場を動き回る編成だ。上手く機能するかは実際に試してみるしかないだろう。
そんな訳で、週末にみんなでパーティ用のクエストを受ける事に決まった。それまでは養成所で実習クエストを受けながら各自のジョブを伸ばしていく。
「んじゃ、ジョブも決まったし、明日は装備の買い出しだな」
「ハル、ユウ、また明日」
「「うん、また明日」」
シロさん達に続いて僕らも部屋へと戻った。
食堂でのやり取りが賑やかだっただけに、部屋へ戻った後の静けさが一層際だって感じてしまう。残念ながらこの世界にはネットどころか、テレビもラジオも無い。僕はそういった物に依存していた訳では無いけど、今この時ばかりはそんな物に頼ってしまいたかった。
話しかけようにも、思考が頭の中で堂々巡りするばかりでちっともまとまらない。二人の間で聞こえるのは、座ったベッドが時々きしむ音だけ。話術スキルを教えてくれるジョブ養成所でもあればいいのに……。
「ごめんね、ユウ君。私、みんなみたいに切り替えられなくて……」
「そんなこと無いよ! ハルちゃんがこの世界に来てから頑張ってる事、僕分かってるから!」
ハルちゃんにとっては適正や特能と、性格との不一致に振り回された一日になってしまった。でも『彼女』はわがままであんな事を言った訳じゃないんだ。
少し地味で内気な女の子、それが元のハルちゃんだ。穏やかで物静かな彼女に想いを寄せる男子が何人も居た事を僕は知っている。だけど、彼女は僕以上に人の輪に入る事が苦手だった。そのせいで男子どころか、女子の友達さえまともに作ることができなかったのだ。
それなのに、初対面のシロさんやカナさんと密に付き合う生活が始まってしまった。それは『彼女』にとって膨大な気力と覚悟が必要だったと思う。それでも、ここへ来てからの『彼女』はまるで仮面でも被るかのように、それまでの自分を塗り替えようと頑張って言葉を交わしていた。
その上で戦闘の事まで全部解決しろだなんて言えるはずもない。異世界に転移して肉体が変わったといっても、心は元のままなのだ。いずれ心まで強く成長していくのだとしても、今は『彼女』のペースに任せるべきだと僕は思う。
「何で僕が男じゃないんだろう……。冒険に出たらそれまでの自分をリセットして、ハルちゃんを守れるようになりたかった。せめてもっと大きな体だったら、ハルちゃんの悩みも解決できたのに。情け無くて悔しいよ……」
「そんなことない、ユウ君は格好いいよ? 昔も……今も……」
自分の不甲斐なさを吐露する僕を、ハルちゃんは微笑んで否定してくれた。それはただの慰めだったのかもしれない、でも出来る事なら本心だと信じたかった。
お互いに相手を思いやる気持ちは確かにあった。だけどそれは聞き心地のよい言葉を並べるだけのごまかしで、僕らただ、お互いのもろい部分についてしまった傷を舐め合っていただけなのかもしれない。
「ハルちゃんのこと、僕が守るから!」
「うん、私もユウ君のこと守れるように頑張るね」
それから僕らは逃避する様に過去の思い出に浸り、言葉を交わした……。
良いじゃないか、別に逃避したって。ほんの少しでも『彼女』の心を落ち着かせてあげられるのならそれで……。
「――――で授業中に、アニメの女の子の声鳴らしちゃったよね」
「違っ、あれはアイツが勝手にアプリダウンロードしたんだって! 壁紙も勝手に変えてたし!」
「『お兄ちゃ~ん、着信だよ~』だったっけ?」
「あぁ~~~! もう僕の黒歴史、忘れかけてたのにっ!」
「フフフ、私にとっては楽しい思い出だからね」
「ハルちゃん、ちょっと意地悪になったねっ!」
舌を出して抗議したが、笑われてしまった。
「男の子になったからかな、だからユウ君に少し悪戯したくなるのかも」
「それって、気になる子には……ってやつ?」
「え~? どうかな~? クスクス」
心のタガが少しだけ緩んだ時間。それまで二人が隠していた想いが、ほんの少しだけ顔を覗かせてしまった。二人の距離が縮まったような感じがして、どうしようもなく胸がドキドキしてしまう。そんな空気に当てられて、僕は早々に白旗を揚げて退散してしまった。
「ぼ、僕お風呂入ってくるっ!」
脱衣所に乱雑に衣服を脱ぎ捨てると浴室に飛び込んだ。
指の先に魔力を集め、クルリと回してシャワーにタッチする。ノズルから噴き出した暖かい雨が体を洗い流していく。一連の無意識の動作、異世界生活にも少し馴染んできたのかな。
――――鼓動が収まらない。
今の『銀髪の少女』と『褐色の少年』という関係にではない。あの場で交わされたのは、以前のままの『男の僕』と『女の彼女』の会話だった。もしかしたら僕の気持ちはとっくに彼女に届いていたのかもしれない。
あの日、冒険の相手を消去法で決めたと言った彼女。でも本当は彼女も僕との冒険を望んでくれていたのかもしれない。それは僕の妄想でしかないけど、身勝手な心は期待してしまう。
活発な血流と共に頭の中が妄想と願望で渦巻く。僕はのぼせそうになる頭を冷やそうと、シャワーのコンソールを手探りで操作した。
「うひゃっ!? 冷たっ!」
うっかり冷水にまで水温を下げてしまい、急激な温度変化に体がびっくりして尻餅をついてしまった。なんだか自分の慌てっぷりに可笑しくなってしまって、笑いが止まらなかった。きっと外にいるハルちゃんにも丸聞こえだったに違いない。
膝を抱えながら目を閉じて、床を打つシャワーの音に耳を傾けていると、少しずつ気持ちが落ち着いてゆく。
この冒険を終えて元の世界に戻ったら、その時はきちんと告白しよう。
お湯の温度を戻し、昼間かいた汗を洗い流していく。尻餅ついたお尻もシャワーに晒して両手で擦り、少し硬めの胸を手のひらで持ち上げるように清めていく。
――――またやってしまった……。
この体になって色々と変わった所を自覚したけど、涙腺や粘膜だけじゃなく、感情を制御する力も弱くなったらしい。まだ女の子の体に慣れていないっていうのに、暴走してまたこんな状況を作ってしまった。これじゃ自分で仕掛けた罠を自分で踏み抜いている様な物だ。
冷静さを取り戻した頭では、自分の体ではなく、女の子の裸に触っているという意識の方が勝ってしまった。
一度気づいたらもうダメだった……。鼻の奥がツーンとする。床を流れるお湯に赤い雫が落ちるとパッと溶けて広がり、少し染まったお湯が排水溝へと流れ込んでいった。
血が上った頭、蒸気で満ちて湿度も室温も高い浴室。これは鼻血を止められそうに無いな……。
どうしよう、ハルちゃんにティッシュを取って貰おうか。また自分の裸で興奮して鼻血を出したと笑われちゃうだろうなぁ。この世界に来てからカッコ悪いところばっかり見られる気がする。
「って、僕ヒーラーになったんじゃないか!」
スライムの損傷を癒やしたあの魔法! 自己治癒力を促進させる初めて覚えた魔法! 僕は講義の内容を思い出し、ゆっくりと鼻に回復魔法を施してゆく。
ポタッ……ポタッ……ポタッ……
「あれ? 何で!?」
鼻血は収まるどころか出血が増し、鼻の奥への逆流まで許してしまった。
のぼせた頭に激しい動悸、それに加えて予想外の状況によるパニック。とうとう僕の頭は熱暴走を起こしてしまった。
ノイズが散るように目の前がチカチカとしながら暗くなっていく。僕は椅子や石けんをまき散らし、盛大な音を立てて倒れ込んでしまった。
「ユウ君!? 凄い音したけど大丈夫?」
ハルちゃんが心配する声が聞こえてきたけど、返事を返す間もなく僕は意識を手放してしまった。




