11話 『彼女』の憂鬱
ジョブ体験も残すは魔法職のみ。
異世界! 冒険! ときたらやっぱり、魔法! ってなるもんね。僕も内心ワクワクが止まらないのです。
そして待ってましたとばかりに、ハルちゃんの手が挙がった!
「あの! 適性が無いとヒーラーは無理ですか!?」
「む? 魔法の習得自体は誰でも可能だ。だがヒーラーの役割を全うするにはある程度の魔力と応用力、何より知識が必要になるな」
とりあえず魔力球を作ってみろと言われたので、僕らは昨日覚えた魔力操作をやって見せた。
心臓で生み出された魔力を肩、腕、手へと伝え、その延長線上として、手のひらの上へと魔力を収束させていく。そして僕ら四人の手の中には昨日と同じく大小様々な魔力球が生成されていた。
昨日の無茶な魔力放出の影響なのか、僕の手の中には二〇センチ程の魔力球が浮いていた。あの時に比べたらだいぶ小さいけど、振り絞る必要のない状況ならこんな物かも。それでも初回の一〇センチからすれば倍の大きさだ。
僕らの魔力球を一通り見回すと、ハーシャさんは言い辛そうに「う~む」と唸っていた。
「今後の成長を否定はせんが、現時点でまともに魔法職が務まるのは銀髪の娘だけだな」
ガーンという効果音が目に見えそうな程、ハルちゃんがガックリと肩を落としている。よほどヒーラーをやりたかったんだろうなぁ……。
「だが、メインジョブでなくとも魔力操作は覚えておいて損は無いぞ。身体能力の底上げにも使えるからな」
ひょっとして、それを覚えれば僕でも近接戦闘ができるようになるって事!? 体重はどうにもならないけど、筋力をカバーできるならきっと……。
「ふむ。折角魔力を出したのだ、ソレを魔法に変えてみるか? なぁに、特別なことなど何も無い。ただその魔力球が燃える所をイメージするだけでいい」
――――燃えるイメージか……。燃えろ……、燃えろ~っ!
僕らの意思が伝わったのか、手の中の魔力球が徐々に赤みを帯び始めた。青白く綺麗な球形だった魔力は、ゆらゆらと波打ち始めると炎となって燃え上がった。
「熱ちちっ!?」
生み出された火球は、光と熱を発しながら手のひらをチリチリと焼いてくる。そして、その体積を急激に減らしていくと、あっという間に燃え尽きてしまった。
「魔力を媒介にしてイメージを実現する、これが魔法だ」
コレが魔法――――!
ふむふむ、魔法名を叫んだり、高らかに呪文を詠唱するような物ではないんだな。イメージするだけで良いのは楽かもしれない。そうなると発想次第で色々な事が出来るかも? つまり、異世界の知識で無双する事だって夢じゃない!?
「おめでとう、コレで君たちはキャスターだ! では次にヒーラーだが……」
は? えっ!? もう終わり!?
「キャスターの説明ってそれだけですか?」
「うむ、自爆する危険もあるからな。ここでは魔法系統は簡単なものの実演のみにしている。続きは養成所で…………、となっているのだが、不服そうだな?」
そりゃあ、まさか一言で片付いてしまうとは思ってもみなかったから。ってか、自爆云々を言うなら弓の胸打ちだって自爆じゃないか? アレだって悶えるほど痛かったんだからっ!
物足りなそうな僕らの気持ちが伝わったのか。ハーシャさんは「仕方ないなと」呟くと、左手に魔力球、右手に火球を作り出した。
「ならばすこし問答をしてやろう。魔力と魔法、この二つは何が違う?」
これまた、いきなりだな。僕達にとっては、魔法という概念自体が初めて触れる物だ。そんなこと聞かれたって分かるはずも無いのに……。
とりあえず、些細な事でも気づいたことを並べてみようか。
「燃えているか、燃えていないかの違い?」
「うむ! 他には?」
さすがにコレはあんまりか。いやいや、当たり前の事でも言葉に出してみることが大事なはず!
「えっと、火の玉にしたら手が熱かったです」
「うむ! 魔法は自分のイメージを形にする物だが、発現した時点でこの世界の現象となる。だから自分の魔法であっても自分に影響が返ってくる。 他には?」
当たり前の指摘その二、ハルちゃんの答えがハーシャさんの用意した模範解答に少し掠ったらしい。
なるほど、自分の魔法だから自分には無害、なんていう都合の良い物ではないという訳だね。使い方次第では確かに自爆してしまうかもしれない。
「う~ん、魔力球はずっと残ってた、火の玉はすぐ消えた」
「うむ! 魔力は純然たるエネルギー、言ってみれば薪みたいな物だな。鞄から取り出しても薪は薪だ、変わらずそこに有り続ける。だが、魔法はその薪に火をつける行為だ。いずれ薪は燃え尽き火も消える」
続いてカナさん。これが魔力と魔法の違いかな? 魔力は薪。イメージはなんとなく分かるけど、火球が瞬時に燃え尽きたことを考えるなら、可燃性のガスの方がイメージ的にはしっくりくるかもしれない。
「あれ? でもその火の玉は消え無いっすね」
「うむっ! 今は魔力を供給し続けているからな。 他にも何かあるか?」
「う~ん……」
ごめんなさい、もうネタ切れです。
僕らが降参すると、ハーシャさんは遠くにある射的用の的に向き直り、右手の火球を拳サイズまで膨らませた。
「一つ、初心者が思い描く魔法を使ってやろう」
彼女は的に狙いを定め、突き出した右手から火の玉を解き放った。火球は炎の軌跡を描き、真っ直ぐ的へと向かっていく。だけど、描き出された炎の線は、的に届くことなく燃え尽きてしまった。
「どうだ?」
振り返った彼女の顔は、失敗した事を誇るように満足げだった。
「え? えっと、届きませんでした」
「うむっ! 別段コレはコレで間違いでは無いのだがな。お前達の期待した結果とは違ったのではないか?」
それはもちろん、的が燃えるとか爆散するとか、そういうのを想像したけど。
「だが実に残念だ……。ここで教えるのは『触り』だけなのだよ。その問題をどう解決すれば良いか、自分で考えてみると良いだろう。発想を育てるのも修練だ」
「「「「えーっ!?」」」」
ハーシャさんは悪戯っぽく笑うと、右手にもう一度火の玉を作り出した。ソレは先ほどとは何かが違う気がしたけど、よく分からなかった。
再び火球を解き放つと、赤い軌跡を描きながら的に向けて一直線に飛んでいく。そして今度は消えること無く的に命中すると、爆発するように炎が上がった。
目を丸くして驚く僕らの様子に、ハーシャさんは実に満足げだった、が……。
「燃えた備品はハーシャの給料から引いておくからね」
「なっ!? それは無体な! そう言いつつ実は経費で落ちるのだろう!?」
容赦のないエルさんの突っ込みに、慌てて弁解を始めていた。彼らの遣り取りに少し笑ってしまったけど、心の中では未知への好奇心が溢れ出して止まらなかった。悪戯好きなハーシャさんだったけど、僕らはまんまと彼女の術中にはまり魔法に魅了されていたのだ。
「くっ! 貴奴の本当のジョブは詭弁家の類いでは無いのか!?」
結局言い負けたらしく、にこやかに去るエルさんとは対照的に、ハーシャさんは地団駄を踏んでいた。端正な容姿と硬い言葉遣いなのに、行動が酷く子供っぽいところがあってギャップが凄い。
ひとしきり毒づいてスッキリしたのか、元通りキリッとした表情で戻って来ると、最後のヒーラー指導が始まった。
「予め注意しておくぞ! ヒーラーの魔法は養成所で学ぶまでは絶対に使うな! コレは必ず守れ!」
ハーシャさんは僕ら全員の返事が返ってくるまで、説明も実演も始めようとはしなかった。回復魔法は人に掛ける魔法である以上、細心の注意を払わねばならない。興味本位で使って取り返しの付かないことになってしまったら、後悔しても仕切れないということだろう。
そして、彼女はおもむろに足下の草を一本摘み取ると、僕らに見えるように半分に引き千切った。
「ヒーラーも基本はキャスターと変わらない。大切なのはイメージだ。対象に魔力を流し込み元の姿に戻してやろうとすると……」
千切れた草は触れ合った所からゆっくりと結合し始め、元通りに戻ってしまった。
「ざっとこんな感じだ」
「おおー!」
彼女は今しがた結合した草を軽く引っ張り、繋がっている事を証明して見せた。切断された肉体が結合できてしまう程の効果が得られるなら、これほど心強い魔法はない。攻略を目指す僕らにとってパーティに一人は必須だろう。
「ヒーラーの方も実演してやることしかできんが、こんな事が出来ると分かって貰えたかな?」
そして彼女はもう一度魔法を使い、摘み取った草を元の場所へと根付かせていた。根は優しい人なんだよな。悪戯好きを何とかすれば良い人なのに。
「キャスターなら何も考えずに大火力をぶっ放すだけでも通用するが、ヒーラーがそんな真似をすれば患者が死ぬ。最適な手順や魔力配分、なにより人体に対する知識が必要になる。繰り返すが、キチンと学ぶまで使うなよ!」
「「「「はいっ!」」」」
ひとしきり説明し終えると、厳しかった彼女の表情が微かに軟化した。
「以上で、私からの指導は仕舞いだ。頑張りたまえよ若人諸君!」
彼女は高らかに笑いながら燃え尽きた的の方へと歩いて行った。
そして、少し肩を落としてイソイソと燃えカスとなった的を片付けている。エルさんに言いつけられたのだろうか。彼女の背中に哀愁を感じてしまった……。
僕らはハーシャさんに礼を言うと、指導完了の報告をしに事務所へ戻った。
「おや、実技指導の方は終わったようだね」
エルさんがこちらに気づいて手招きをしている。招かれたテーブルを囲んでみると、そこには四色に色分けされたメダルが何枚も並べられていた。
このメダルには見覚えがある。昨日、ウサ耳少女の件でうやむやになってしまった物だ。
「これはジョブメダルといって、先人達の研鑽の結晶とも言えるアイテムだ。これを冒険証に組み込む事でジョブ補正が適用されるよ。相性が良いと極希に特殊能力が発現する事もあるんだ」
メダルにはクラスを表す色と、ジョブを端的に表す文字が記載されている。例えば『剣』と書かれたメダルは青色、『治』と書かれたメダルは緑色という具合だ。
僕らの前に差し出されたエルさんの左腕には、青色の冒険証に『弓』と書かれた黄色のメダルがはまっていた。なるほど、そこにはめ込むのか。
改めて自分の冒険証を見てみると、そこには銀色のメダルがはまっていた。これはダミーメダルなのだそうだ。
「ジョブを決める上で重要になるのが、昨日調べた資質上の適正。そして今日は実際に武器や動きを体験し、体との相性を調べてもらった。そして最後にもう一つ別の適正がある。それが特能だ」
特能――――、一つはギフトという形で先天的に持つ才能や、神の恩寵。二つ目に自身の鍛錬により後天的に獲得した才能や異能。最後にジョブとの相性により発露する特殊能力。これら数値とは別の才を総称して特能と呼んでいるのだそうだ。
「特能が発現すればステータス画面で確認することが出来る。それを確認した上でジョブを選ぶのも一つの方法だよ」
僕達は元々付いていたダミーメダルを取り外し、並べられたメダルをはめ込んで特能の発現を確認していった。
メダルをはめては取り外す。なんだか内職でもしている気分になってくる。だけど、特能なんて一向に発現する気配は無い……。
「ねぇ、みんなは何か特能出た?」
「いや、俺はまだ何も……」
「アタシも……」
「……」
僕らが渋い顔をしていると、エルさんが確率は一%未満だと教えてくれた。
なにそれ、レアガチャ過ぎる!
「そうそう。今みんなで使い回している様に、メダルは人の物を使っても基本的には問題が無い。途中で別のジョブに乗り換えても大丈夫だからね。ただ、同じメダルを使い続けていくと、個人の特質に影響されて馴染んでいくから、なるべく一つのメダルを使い続けるのが望ましいかな」
結局、最後の一枚まで試したけど僕には特能が発現しなかった。僕がテーブルに顎を乗せてふて腐れていると「それが普通だよ」とエルさんが慰めてくれた。
でもさ、やっぱチート系勇者とか憧れちゃう訳で。神様に弄られたこの体ならきっと何かしらの凄い才能が眠っていると期待していた訳でっ。ほんと、残念すぎる結果だよっ!
カチャカチャと脱着を繰り返すだけの静寂……。それを破ったのはカナさんだった。
「あ……、出た。『魔纏』て読むのかな?」
「マジかよ! どのジョブ?」
「『付』って文字の赤いメダル」
「それは付呪士だね、キャスタークラスの一つで付与魔術を得意とするジョブだよ」
キャスタークラスと聞いてカナさんは戸惑っているようだ。
「えー、でもアタシ魔法適正無いよ?」
「ハーシャもメインはヒーラーなのに弓や攻撃魔法を使っていただろう?、ジョブ選択とは別の技能を伸ばしても良いんだ。特能を付ける為だけにメインとは違うメダルを着けたっていい。その辺りは柔軟にやってしまって大丈夫だよ」
僕らがカナさんの話題で盛り上がる中、一人静かにメダルを見つめていたハルちゃんが、スッと二枚のメダルを前に出した。
「あの、コレとコレで『神盾』って……」
メダルに書かれた文字は剣と槍、どちらも青色のファイタークラスだ。
「ソレはすごい! タンクの特能としては最上級だね。槍士でも出たと言うことは盾持ちの短槍使いという形かな?」
「わぉ、ハル凄い!」
「エルさん! 他にもメダルは無いっすか!? くそっ、なんで俺には出ねぇんだ!」
最上級の特能か。エルさんが興奮するぐらいだからよほど凄いものなのだろう。ハルちゃんを囲み、みんなが盛り上がっている――――のだけど、僕はそこには混ざる事が出来なかった。
「このメンバーなら、ハルノ君がタンク、カナタ君が近接アタッカー、シロウ君がレンジャー、ユウキ君がヒーラーというのがベストかな」
確かに、体格や能力的にはエルさんの言う通りだと思う。だけど、僕は長年見つめてきた幼馴染みの性格をよく知っている。『彼女』の性格は戦闘には全く向いていないのだ。それは『彼』となった今でも変わっていない訳で……。
「タンクって、先頭で攻撃を受ける人ですよね? 絶対に無理です……」
予想通り、ハルちゃんは青ざめた顔で辞退を申し出てしまった。
ハルちゃんの言葉が盛り上がっていた場の空気を冷やし、気まずい雰囲気を醸し出してしまう。
「ま、まぁ、冒険者は命がけの職業だからね、無理を押してやる必要は無いさ。適正や特能にだって縛られる必要は無い。自由に選択すれば良いんだよ」
「お、おう! そうだぞ! やりたいジョブをやるのが一番だ!」
コミュ力の低い僕ではハルちゃんと一緒に沈黙することしか出来なかった。気まずい空気が流れる中、それでもフォローに回れるエルさんや、シロさんは凄いと思う。
申し訳なさそうに恐縮するハルちゃんを見るのが悔しい。
どうして性別が入れ替わってしまったんだろう。そんな冒険を引き当ててしまった僕の運が恨めしい。男のままだったなら……。せめて体がこんなに小さくなければ、僕がタンクを選び、彼女に後衛を任せる事も出来たのに!
いや、適性から考えてハルちゃんは魔法職には向かないか。そうなると残るはレンジャーか、アタッカーとしての剣士か。
「最初から完璧を追い求める必要は無いさ。ゆっくりと自分達のやり方を見つければ良いんだよ。君たちはまだ冒険者としてスタートを切ったばかりなんだ。焦る必要なんてどこにも無いさ」
悩み込んでしまった僕らを案じ、エルさんが助言をくれた。
だけど、結局スッキリとしない空気のまま、僕らのジョブ体験会は終了を迎えてしまった。
『完璧』はとりあえず置いておくとしても、仮のジョブを決める必要はあるだろう。カナさんは格闘家で決まりと言っていた。シロさんはレンジャー系だろう。
ハルちゃんはどうするだろうか……。そして、僕自身は……
時刻はまだ二時を過ぎた辺り。この後は各々が選んだジョブ養成所で登録申請をすることに決まり、解散となった。




