1話 僕たち異世界転移します!
手渡された紙を覗き込み、幼馴染みの少女が青ざめている。
くじ引きの結果、僕が引き当てた冒険内容は――――
『TS迷宮踏破』
景気よくハンドベルを鳴らしながら、神様が愉快に笑っている。
TSって何? 性転換? ちょっと待ってよ、それじゃ僕と彼女の関係が根底から崩れるじゃ無いか!
抗議を口にする僕の事など意にも介さず、事態は進行していく。
目の前に唐突に現れた石の門。ここをくぐれば異世界だ……。
どうしてこうなった!? どうしてっ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
この世界には『神様』がいる。
だからといって、人類を災厄から守ったり、高みへと導いたり、願いを叶えたりなんてことはしてくれない。
そう、神様はただの『超越者』なのだ。
神様は気まぐれに振る舞い、愉快に遊び、僕らを振り回す。
そんな神様がたった一つだけこの世界で決めた事がある。
それは、年頃になった男女をペアで、冒険の旅に出すという風習。
何故そんな風習を作ったのか、神様本人に聞いた人が居た。
神曰く――――――
「ドキッ! 胸キュン吊り橋効果で、思春期リビドー大解放! 産めよ増やせよの人類カンブリア大爆発!」
と宣ったそうだ。
人口を爆発させたいのか、それとも多様性を爆発させたいのか……。人知を越えた存在の考える事なんて、僕らに分かるはずもない。
――――だから、ここからは僕の話をしよう。
この風習の猶予は三年だ。適齢期を迎えてから三年以内に自主的にパートナーを組めなかった場合、独身の異性からランダムに選出されることになる。
過去には少年と七〇代の未亡人というカップリングも有ったそうだ。
分かるだろ? 年頃の男女がいかに相方捜しで必死になるか。
今年に入って冒険適齢期となった僕もその一人。だけど悲しい事に異性と口を利くなんて無理ゲーなのだ。
必要に迫られた話題なら何とか話せるけど、日常会話なんて全く頭に浮かんでこない。僕に出来るのはせいぜい空気を読んで相槌を打つことだけ。
そんな僕にも、たった一人だけまともに話せる女の子がいる。物心ついた頃から一緒に育ってきた幼馴染みの子だ。
髪は肩に触れる程度の黒髪で、化粧っ気も薄くアクセサリーにも無頓着。顔を直接見られるのが恥ずかしいと言う理由で、度の入っていない太縁眼鏡を掛けるような内気な子だ。
そんな地味な印象の女の子だけど、素朴で物静かな雰囲気というのは、意外と男心をくすぐるものだ。
まぁ、つまり……。何人もの男子からパートナーになって欲しいと誘いを受けていたのを僕は知っている。だから、僕の相方捜しは絶望的な状況だったわけだ。
三年後にシステマティックにあてがわれた相手と冒険に出る事を覚悟して、せめて幼馴染みの旅立ちを笑顔で見送ろうと、僕は全てを諦めていた。
……のだけど。どうやら彼女の方にも色々と問題があったらしい。
ある日の帰り道、いつまでも相手を決めない彼女に、僕は冗談めかしてパートナーの申し込みをしてみたのだ。
そこで予想外にも貰えたOKの返事、同時に彼女が口にしたその理由……。
僕達は内気という点でとてもよく似ていた。どちらかというと彼女の方が、人の輪に入るのが苦手だっただろうか。だから、告白される度に彼女はパニックになっていたのだそうだ。
そこで彼女の出した結論は、既知の仲でなければ無理と消去法で選択肢を処理した結果、最後に残ったのが僕だったという事。それは僕への好意なんて関係なく、ただ楽だからという理由だった。正直悲しくもあったし、悔しくもあった。
だけど……、僕は彼女に惚れていたのだ。
子供の頃から一緒だと異性として感じないって言う人もいるけど、僕はそうはならなかった。切っ掛けが何だったかと聞かれても、そんなものは無い。一緒に居て安心出来る相手だと、ごく自然に感じる様になっていたのだ。だから、将来はこの人と結婚するんだろうなと、漠然とした想いで胸を焦がし続けていた。
だけど、想いを伝えられずに積み重ねた日々が、僕の中でどんどん重しになっていった。それは二人の関係を変える勇気を、僕の中から容赦なく奪っていく。気がつけば幼馴染という関係に胡座をかく日々から抜け出せなくなっていたという訳だ。
だから僕はこの突拍子も無い風習に最後の望みを掛けたのだ。
それなのに、僕は他の男子が告白するのを見て行動をためらい、最後の最後も自分が傷つかないように冗談を装った……。
そんな僕だから、たとえお情けだとしてもこの幸運に飛びつくしかなかった。
僕の事情はそんな感じだけど、冒険に臨む全ての人が恋の成就を願っているわけではない。
冒険を乗り越えて戻ってきた人には幸福な将来が約束されている。もしも偉業を成し遂げたなら、神の末席に迎えられる事すらあるのだ。だから打算的なカップリングで冒険に出る人も意外と多い。
――――そして今日。
桜の花咲き乱れるこの日に、今年も冒険先抽選会が始まった。
人生の一大イベントにもかかわらず、その会場となったのは近所の公園。組み立て式のテントを紅白の垂れ幕で飾っただけという、商店街の抽選会場レベルの物だった。そこに今、一〇〇人を越える若者達が列を作って並んでいる。
「うぉー! 異世界転生チート勇者キター!」
「底辺労働者の迷宮ゴミ拾い……ってなにそれ、冒険なの!?」
「蟻転生、蟻地獄脱出物? 人間ですらねぇ!」
僕らがいるのは列の中程。前方からは様々な歓声や怒号が聞こえてくる。
隣に並ぶ幼馴染みの様子を伺うと、不安そうに表情をこわばらせて僕の手を握ってくる。僕も緊張で心臓が張り裂けそうだ。だけど、心の動揺などお構いなしに抽選待ちの列は短くなってゆく……。
そして、とうとう僕らの順番が回ってきた!
「やぁ! リビドーに任せて励んでるかい? おやおや? 二人ともまだ未使用の香りがプンプンするね! 神様、背中押しちゃうよ!? 神プッシュだよ!?」
頭が痛くなってくるが、胡座をかいた格好でフワフワと浮かんでいるコレが、この世界の神様だ。
緩やかに波打つブロンドの髪に赤と碧のオッドアイ。無駄に大きな胸と尻を、純白のキトンでゆったりと覆っている。外見は女性に見えるが、神様は男女両方のモノをお持ちなのだそうだ。
「さぁ、男の子くん! この抽選器の立派なレバーを握っておくれよ。そしてグルン、グルンして玉を出しちゃいなYo!」
僕が回していいの? と幼馴染の顔を見ると、彼女はコクンと頷いた。緊張でにじみ出た唾をゴクリと飲み込むと、意を決して運命の抽選器を回す……。
コトン――――――……
トレーに転がり落ちた玉には、六九と書かれていた。
「Yeah! イイネ! 体位なら尚良い数字ダネ! 君達が引き当てた運命はコレダ!」
神様は六九と書かれた封筒を威勢良く手渡してきた。中に仕舞われた二つ折りの紙を開くと、僕らは二人で覗き込む。
紙にはこう書かれていた――――
『TS迷宮踏破』
「やったねっ! アブノーマルな世界へようこそ! テヘペロっ」
神様は目元にピースサインをかざしてウインクすると、ペロリと舌を出した。何がおかしいのか、神様は手にしたハンドベルを掻き鳴らし、愉快に笑い転げている。
引き当てた冒険内容に戸惑っていると、幼馴染の顔が心なしか青ざめた様な気がした。
「迷宮踏破は分かるけど、TSって何?」
「トランス・セクシャル。性転換の事さベイベー!」
――――性……転換? いやいや、ちょっと待ってよ!
冒険を始める前からなんで特大の試練があるのさ! というか、困る! 僕達の関係が根底から崩れるじゃないか!
「……チェンジ!」
「Oh、まさかの彼女さんリストラ宣言だヨ!?」
神様は額に手を当て、大仰なポーズで嘆いた。
「彼女じゃなくて、冒険の方です!」
「くじを引いたら変更も泣き言も聞かねーぞデス」
「大体、性別代わったら『産めよ増やせよ』な展開になんてならないでしょ!」
「大~丈夫! 最初は抵抗を感じても『嫌、嫌、でも感じちゃう!』になるYo! 神様、TS物も大好物だゼ!」
いやいや、あんたの好みとか関係ないからっ!
ってか、まだ僕は一度も使った事が無いんだぞ。そんな僕だっていつかは女の子とそういう関係になれる事を夢見ていたのに、無くなるなんて冗談じゃない!
「なぁ~んだ、そういう事? 神様優しいから五分ぐらいなら待ってあげちゃうYo? そこの木陰で性器のバトルして、どうぞ!」
「心を読まないでください!」
というか、五分で何が出来るっていうんだ。
「君ぐらいの歳なら、開戦前暴発だって余裕じゃないか! HaHaHa!」
「そんな事になったら立ち直れないです! って、その前の雰囲気作りの話ですよっ!」
僕の抗議に神様もいい加減うんざりしてきたらしい。
「もう、面倒くさいなぁ。神様の名器、いや神器でチョチョイっと、その小筆を下ろしちゃう?」
「結構ですっ、僕は普通に恋愛して彼女としたいです!」
今の『彼女』という単語が幼馴染みの少女を指していた訳ではないのだけど、彼女は驚いて僕を見てきた。
「おや、意外とまんざらでもない様子だネ! グフフ~♪」
神様は口元に手を当て、いやらしい目つきを向けてくる。
「ま、でもそろそろ時間切れダ。後ろもつっかえてるからサ!」
振り返ると、後ろに並ぶ二人が「さっさと行け! 神さんの機嫌を損ねるな!」と迷惑そうにしている。だけど分かってくれ! 君達だってこの冒険に色々と期待しただろう? そんなに簡単に割り切れる物じゃないさ!
「あんまりグダグダする様なら、もぐよ?」
痺れを切らした神様は、人差し指と中指でナニかを切る動作をしてみせる。
「ひっ!」
思わず股間を押さえて後ずさってしまった。あの真顔、マジ切れ寸前だ。
「行こう、このままだと神罰を落とされちゃうよ?」
項垂れる僕の腕を、幼馴染がそっと手に取り列から離れた。
「二名様ご案内~♪」
ガランガランと、神様の手で景気よくハンドベルが鳴らされる。すると、音もなく目の前に大理石の扉が現れた。ゆっくりと開いて行く門扉の向こうは、眩い光に満ち溢れていた。
いっそ今この場で彼女を連れて逃げ出したらどうだろうか……。
そんな事が頭をよぎった瞬間、僕の脚が勝手に歩き始めた。慌てて振り返ったその先で神様がニヤニヤと笑っている。畜生……。
僕らは諦めの境地で、光の中へと溶けていった。そんな僕らの背後から、神様の声が聞こえてくる。
「は~い! 君たちも六九番ネ♪ 一緒に入っちゃえGO! GO!」




