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ひとつになろう

 アジ・ダハーカ……面倒くさいのでダハーカ龍と呼ぶ。

 略奪、蹂躙、殲滅、抹殺といった大規模殺害をことのほか好み、被害に遭ったニンゲンがこのドラゴンに抱く、死への恐怖や将来への不安といった負の感情もご馳走にしてしまう。

 確か、彼らの創造主ですらも討伐に匙を投げるくらいにしぶとく、せいぜい人気のない領域で厳重に封印するぐらいしか手立てがなかったようだ。

 後世になって、ダハーカ龍のその生命力に目をつけた信望者が封印に干渉したものの、創造主側の監視者の妨害に遭って……まぁ、よくある光と闇の抗争が幾度となく繰り返されていたそうだ。

 で、現状は、創造主側の勝ち? なのだろう。結界の様子を見るに。

 まぁ、ところどころ綻びはあるが。

 とりあえず、結界は未だ健在で、エキドナはともかくムチリンダやアナンタといった別の神話の創造神の乗り物が、見ようによってはこの空間ではとても住めないニンゲンの代わりにダハーカ龍の監視を行っているとしか思えない。


「いや、それは違うな、客人。彼等は妾を警護しているのだよ」


 ここでダハーカ龍が俺の視線を読んで、アドバイスをしてくる。


「警護? ダハーカ龍に警護の必要が?」

「ふむ。どうやら客人は、ニンゲンの姿に馴れすぎて、我々の領域の時間軸をご存知ないようだ」

「俺は信仰を失って相当の年季が入っている。神話の“その後”のことなど知らん」

「なるほど。通常、信者を失った神は遠からず消滅する定め。しかし、客人は存在する」

「悪魔としての別の顔でかろうじて存在しているんだよ」

「ふむ。今を支配する神に尊厳を売り払ったか」

「笑いたけりゃあ、笑えばいいさ。俺には生きる理由があったからな」


 自嘲を交えて、相手の油断を誘ってみる。


「興味がある。良ければ教えてほしい」


 おっと。意外な反応だ。ちょっと煽ってみよう。


「却下だ。俺の仲魔になれば話は別だが」

「ほぅ、存在すら忘れられた神の軍門に下れと? 客人、妾を誰だと思っておる」

「俺の真似をした二番煎じ。あと、クッソ身体の大きなヘビ」


 威厳を保ち、優雅な姿勢で洒落た椅子に腰掛けていた、妖艶な女の姿のダハーカ龍はこめかみに幾つかの青筋を浮かべた。しかし、何かを思い出したようで、怒りがスッと引いていく。


「そういえば客人、ヘビ退治に自信があるようじゃの」

「ああ、俺が今、世話になっている国にはヘビ退治に用いた剣に事欠かないからな」

「なるほど。自身の根拠はソレか。客人、妾が誰だか、もう忘れたのか?」

「お前を倒すには……まぁ、難しいな。お前さんところの善神が匙を投げたんだっけ?」

「客人、よく知っているではないか!」


 知っている情報を引き出しただけで、ゴマすりの意図はないが、ダハーカ龍は出会ったばかりよりは機嫌を良くした。


 ◇◆◇◆


 俺の真似をして女の姿をしているダハーカ龍だが、真の姿はドラゴンの怪獣である。

 体長100メートルは優に超える。とにかく大きい。

 常に悪意をまとうオーラを発し、オーラに触れた善神を信仰する者は個人差こそあるものの何らかの精神異常にかかる。逆にダハーカ龍信望者は精神が高揚し、普段以上の能力が開花することもある。

 ダハーカ龍の眼は危険である。目と目が合った者は高確率で死に至る。これには善神側&信望者側も関係ない。死の恐怖に囚われ、逃れられなかった者から順に死んでいく。

 そこに居るだけでも死が撒かれていくというのに、彼女は暴れるのが好きだ。

 あの巨体が少し動くだけで、小さくて弱いニンゲンが羽虫のように潰れていく。善神のお気に入りの人形がバラバラに壊れていくのが、ダハーカ龍は好きだった。

 討伐?

 ニンゲンの武器では傷がつかず、神々の武器でさえ生半可な殺傷力では、返り血を浴びただけで斬った本人がダハーカ龍の毒の血で即死する。

 対処法としてはヒドラ殺しのように、燃える剣のような斬るのと焼くのを同時に行える武器で脳ミソと心臓を一撃ですべて仕留めればいい。

 すべて、である。

 善神が匙を投げたのは、これだ。

 ダハーカ龍はわかっているだけで3つの頭、6つの心臓を持つ。

 善神は渾身の一撃で瞬時に頭と心臓を一斉に破壊したが、彼女の生命力を止めるには至らなかった。ということは、まだまだ知られていない能力があり、善神には探る時間的猶予がなかった。

 お気に入りの人形の生存数が目に見えてわかるぐらい減っていたからだ。

 善神は彼らを護りたい一存で、彼女を封印した。

 洞窟の奥に存在した主の居ない宮殿に彼女を押し込めると、ここまでに至る恨みとまでにグルグル巻きのような結界を施した。そして、出入口に用いていた洞窟の穴を封じ、巨大な山の中にダハーカ龍を封印したのだ。


 まるで見てきたかのような言い方だと?

 まぁ、俺は長生きの自覚はある。それだけさ。


 ◇◆◇◆


「それで、客人はどうやって妾を倒すのじゃろうか?」


 俺が遠い昔の記憶を掘り起こしているところ、彼女が改めて聞いてきた。


「倒す前に、貴女のことを“姉さん”と呼んでもいいだろうか」

「客人に親戚ヅラされるほど我々は仲良うないぞい」

「とはいえ、お互いにニンゲンの信望者を失った者同士ではないか? 俺が力を失ってクヨクヨしている時期に貴女は天をも見渡す巨躯で大地を踏みしめていた。俺はそこに敬意を表して、貴女を姉さんと呼びたい」

「なんじゃい、客人は妾とアイツの喧嘩のときの傍観者じゃったのか。詳しいわけじゃ」


 傍観者。

 ニンゲンにとって世界が終わるような一大事でも、他国の神々や悪魔からすれば滅多にお目にかかれない見世物にしかならず、どちら側にもくみせず、最初から最期まで見届けたヒマじんのことをこう呼ぶ。


「ちょっと待て、客人。妾は神話の後のことは触れておらぬぞ。どうして信望者を失ったと断言する」

「俺の予測が正しければ、最近、俺の身の周りで起こる不都合は姉さんとも無関係でない気がしてね」

「どういう事じゃ?」


 ダハーカ龍が鎌首をもたげるような仕種で、警戒はしつつも俺との距離を詰めてきた。

 ああ、しぶとさが取り柄の大蛇も、信者を失ってはその存在が揺らぎ、やがて消滅する。それが怖くて怖くて、同じような長い時間を生きていながら、消滅もしていない俺の存在が気になる模様。

 ここで、俺の数日間の出来事を姉さんに伝えても、多分、彼女は聞いていないだろう。

 だから、先に姉さんには答えを教えてやろう。


「まず、姉さんは悪神という立場だ。嫌われ者がいつの間にか消えたとして、誰も悲しまない」


 ダハーカ龍の心臓に、グサッという効果音が鳴り響いたかのような気がした。


「まぁ、俺も信者を失ってクヨクヨしていた時期があって、いつも怯えていた。気持ちはわかる。あ、話が突然変わるが、俺には妹がいたんだ。俺には勿体ないほどの気立てのいい妹で、最期まで俺を見捨てなかった」

「ふん。妹がどうしたというのじゃ」

「妹は命をかけて勇気を示した。たった一人の信者となって、俺に尽くした。愛を教えてくれたんだ」

「あい?」


 姉さんの間抜け面を見て、かつての自分自身を重ねた。

 アシェラトは豊穣神としての地位を捨てて、空っぽになった俺の心を満たした。

 随分前に忘れていた楽しい思い出、苦しくとも満ち足りた思い出もろもろをその身で教えてくれた。

 女神という立場を捨てても女であったアシェラトだから、俺は与えられ、救われたのだろう。


 俺はパチリと指を鳴らした。

 天蓋つきのベッドがスーッと音を立てずに現れた。

 ベッドの出現に姉さんが驚いた。


「ああ、説明不足だったな。実は姉さんが封じられたどこの誰の者か不明なこの宮殿だが、元は俺のために建てられた建物だったんだ。名はファッキンガム」


 俺が建物の名前を告げると、宮殿は息を吹き返すかのように新築の頃の見た目に戻った。

 ここは寝室ということもあり、さりげない調度品が程良くまとまっている位だが、その他は現在、急ピッチで復旧作業中であろう。

 全く、姉さんの身体から染み出てくる魔力だけでこうも簡単に宮殿が元の姿に戻るとは。


「愛を知れば、姉さんは消滅を免れる」


 俺は答えを示した。姉さんの顔が一瞬、邪悪に染まった。


「ソレは客人が、ワシのために信者となって教えてくれるということじゃな」

「まぁ、そうとも言えるだろうな」

「ぬぅ。煮え切らぬ意見じゃのぅ」

「俺は全盛期、豊穣神で戦争神でもあったんだ。だから、俺はアシェラトのように与えることも出来ると同時に、奪うことも出来るんだ」

「貴様! この妾から力を奪うというのか!」


 姉さんの口もとが邪悪な蛇のように歪み始めた。


「悪神アジ・ダハーカの力を根こそぎ奪うのも魅力的だがね、俺はもう一つの提案をしたい」

「妾に何を求めるか!」

「愛し合おう。ひとつになろう」

「断る!」


 まぁ、善神すら手に余るほどの力を持てば、奪われることを警戒するのも当然だわな。

 しゃーない。

 力づくというのは、正直、やりたくなかったが、相手が相手である。

 またもパチリと俺が指を鳴らすと、姉さんは崩れ落ちた。

 息も絶え絶えで、立ち上がることすらも出来ないでいる。


「神の地位を捨て、故郷を捨て、異国の悪神に笑われようとも、無様に生きていたからこそ得られた力というのがそれなりにあってだね」


 こういう時に、タバコの煙を相手の顔に吹きつけるのは楽しい。

 息も絶え絶えの姉さんがタバコの煙ですごく苦しそうにむせている。

 ちょっと気分が良かった。

 対して、姉さんの眼が悪神の、蛇の形相でこちらを睨んでくる。


「今の俺の名はベルフェゴール。原罪:怠惰を司る、しがない悪魔でね。このように規格外の暴力を持つ蛇ですら、俺の力の前では死にかけのネズミのようだ」


 呼吸さえままならない姉さんを俺はベッドへと運んだ。ついでになけなしの衣服を剥ぎ取っておく。

 姉さんの顔が恐怖で歪んでいる。

 力のない裸の女をベッドに乗せて、服を脱ぎ捨てた男が近付いてくるのだ。

 男は与えてくれる代わりに奪うとも宣言している。

 ああ、そうだ。この場を和ますジョークでも言ってみるか。


「大丈夫だ。今夜は寝かさないぜ!」


 キメたつもりだったが、過去最大級の恐怖に引きつった表情を見せられた。

 まぁ、相手は悪神アジ・ダハーカ。

 多少、乱暴にしても罰は当たらんし、その辺は気軽だわな。

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