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穴の中では

 いつもの、姐さんの邸宅の裏庭へと足を運ぶ。

 正面から入って、姐さんのメイドたちの接客を受けるのもオツだが、どうもこの日は、裏庭が剣呑ならぬ雰囲気を漂わしており、その原因は例の穴にあった。

 真っ黒なドライアイスの煙のようなモノが地表に溢れており、それは触れた物を腐食させるようで、辺り一面が茶褐色の荒廃ぶりを示していた。

 まぁ、当然ながら、第三者の存在を確認できない。

 普段なら、ガードマンとドーベルマンのツーマンセルによる警備が行われている裏庭だが、危険な煙を前に皆、キレイさっぱりと立ち去っている。

 おそらくは、姐さんのカリスマで職務に携わる者達を退去させたに違いない。


 ◇◆◇◆


 目的の穴に到着した。

 他人の気配を察知してか煙の量が増えたような気がするが、問題ない。

 俺は穴の中へと飛び降りたからだ。


 濃密な量の煙が俺を殺そうと押し寄せてきたが、むしろ俺は積極的に深呼吸をすることで毒の主にメッセージを送った。

 メッセージ内容はこうだ。

 “俺に毒は効かねーンだよ、ヴァーカ!”


 メッセージはしっかりと伝わったようで、次に空間内が急に湿り気を帯びたかと思うと、酸の嵐が俺の身体の隅々を酸で満たそうとばかりに、夥しい量の酸を降り注いできた。

 ついさっき、水魔法で似たような経験をして、同じことをあまちゃんのスーツがやってのける。

 尋常ではない熱量に酸の嵐が霧散し、穴の中が激しく揺れた。


(ん? この穴、ひょっとして生き物の身体の内部とかか?)


 その疑問を晴らすべく、俺は手袋を刀の形状に変化させると、適当にかっさばいた。

 刀が布を引き裂くようにそれはビリビリッと音を立てて破れ、ラッキーなことに向こう側の空間が見えたので、迷わず外に出た。

 外に出て、俺は振り向いた。

 ニンゲンの顔を持つ蛇が、俺が飛び込んだ穴におのれの口を咥えており、ぶら下がっていた。だが、俺が外に出たことを知ると、咥えていた口を緩め、手負いの傷をそのままに地面に着地するととぐろを巻いて威嚇し始めた。

 俺は用意していたハンドガンを取り出すと、最接近してきたニンゲンの額を撃ち抜いた。

 後頭部がグチャッと音を立てて、脳の一部をはみ出しながらヘビは崩れ落ちた。


(ん? コイツ、どっかで見覚えがあるなぁ)


 ヘビの末路を眺めていると、遠い昔の記憶が湧き上がりそうになった。

 なった、だけで、そうならなかったのは、そのヘビを瞬く間に呑み込んだ別のヘビが現れたからだ。

 それは先程のヘビよりも一回り大きく、太かった。

 頭はニンゲンではなく、正真正銘のヘビだった。


(エキドナを容易く片付けるとは。お主、何者だ)


 その声は直接俺の頭の中に響いてきた。アレだ、念話というヤツだ。

 コレは良い。なぜなら、タバコを吸いながら会話が続けられる。


(ヒトに名乗らせる前に、まず、己が名乗るべきだろうな)


 何処かで見聞きしたような台詞を吐いてみる。嫌み混じりに煙を吐き出しながら。

 大蛇はウヌヌと葛藤するようにその眼差しを閉じていた。

 その姿は隙だらけで、思わず銃口を向けたくなる。

 そうしなかったのは、大蛇の名前を知りたかったからだ。

 もし、相手がただの大蛇なら討伐は容易いが、名前持ちだと別の討伐方法が必要になる。

 ましてや、俺がいままで生きてきた中で知り得た神話やおとぎ話に出てくるヘビともなると、面倒極まりない。

 エキドナ? アレも確かに神話で出てくるヘビだが、撲殺されている。つまり、撲殺で退治できるなら、ハンドガンのダメージを撲殺できる威力に高めてやればイイのだ。


(ムチリンダだ。私は名乗ったぞ、ニンゲン)

(ベルフェゴールだ。ちなみにニンゲンではない)

(つまり、ニンゲンの住む世界に紛れるために変装した者か)

(そうだ。そして、オマエは俺が何者か解りかねているな?)


 大蛇は沈黙した。

 ちなみにムチリンダであるが、平たく言えば龍王りゅうおうという種族のヘビだ。

 ただのヘビが気の遠くなるような長い時間をかけて知恵を得て、力を宿すようになるとこの種族入りする。そして、コイツは案の定、名前を持っていた。

 名前を持つほどに知られていて、力のある存在と云うことになる。

 ほぼ忘れられた存在になりつつある俺とは違う。羨ましい限りだ。


(お前がこの穴の主か?)

(いや、違う。私はエキドナを容易く屠る者が何者かを知りたくて現れただけだ)

(では、この穴の主は誰だ)

(私では格が違う。安易にその名を告げられぬ)


 ふむ。結構な大物がこの穴の何処かにいるのか。

 ヘビの大物にして仇敵を俺は知っているが、アレがこの穴の中にいるのは考えられない。

 アレは自分のことを神に成り代わる者だと自認しているところがあり、他者と馴染まない。つまり、他の神話のヘビとつるむ可能性は限りなく低い。

 となると、ヒエラルキーこそあるようだが、よそのヘビたちと共にいて、大物である。

 うむ。わからん。


(では、お前の主のところへ案内してくれ)

(断れば?)

(お前が次のエキドナのような姿になって別のヘビの餌になるだけだろうな)


 俺は新しいタバコに火をつけて、面倒くさそうにそう言ってのけた。

 かなり懐疑的な眼差しをされた。

 名前を持つ人間ではない者が、サラッとヘビ退治を宣言しているのだ。

 プライドを刺激しただろうなぁ。余り、手間になるようなことはしたくないのだが。


(待たれよ。私の眼に止まった以上、無闇な殺生はやめていただこう)


 ムチリンダの云う“格”を示す圧迫感が俺たちに向けられた。

 ムチリンダが条件反射のように畏まり、闇の奥からムチリンダ以上に大きくて青白いヘビが現れた。


(我が名はアナンタ。龍神である)

(では、アンタがry)

(違う。だが、お主のヘビ退治宣言に我が主が興味を持たれた。ついてこい)


 と、アナンタ蛇が移動する。ちょっとした怪獣くらいの規模があるので、人間の姿ではとてもとても追いつけるものではない。なので、蛇の背中に跳び乗った。

 アナンタが心底イヤそうな顔を向けてきた。

 ああ、アレですかい。気に入った相手にしか背中に乗せたくない反応。しかし、アナンタ蛇にしか聞こえない声が彼を説得し、お咎めなしとされた。

 しばし、移動する。

 ヒマなので、タバコをふかしながらこの不思議空間を見まわす。

 何時の間にか、穴の中は土の中のような見た目から人工的な建物へと移り変わっていた。しかし、建物は長い年月をかけた風化でいまにも朽ちてしまいそうなボロさがあった。


(かなりボロいが人の手が入っていると云うことは、その昔、信者がいたのか)


 アナンタ蛇は俺の呟きに近い質問には答えず、幾重にも結界が厳重に張られた宮殿へと近付いた。


(この結界を抜けた奥に、今の我が主が居る)

(かなり厳重そうな結界があるんだが?)

(今の我が主曰く、会いたければどうにかするがいい、との言伝だ)

(しょうがねぇな)


 ヤレヤレ。

 力を持った存在というのは、蛇でもニンゲンでも上から目線で困る。

 よほどこの結界に自信があると見える。

 つくづく俺が、怠惰を司っていて良かったと思えた。

 俺は結界をジッと眺めていた。結界の怠惰な部分を探るためだ。

 どんなに厳重な結界といえども、ニンゲン以外が施していようとも、完璧はない。

 その綻びを探していると、幾つか見つけた。ただし、高所に点在している。

 今回はワイヤーロープを用いて何処かの怪盗みたくピョンピョンと移動せねばならないが、まぁ、出来ないことはないので早速行動に移す。

 綻びは標準的な体格のニンゲンなら素通りできそうだったので、そうする。すると、綻んでいても結界というか、微弱な電流がわずかながら抵抗してきた。まぁ、これは綻びを通過しようとしているから弱い電流で済んでいるだけで、結界の頑強な部分に触れたら黒焦げは間違いない。やらないけど。


 幾つかのアクロバティックな所作のあと、フワサと音の立ちそうな華麗な着地をキメる。


「ようこそ、客人。ワシの名はアジ・ダハーカじゃ」


 闇の奥からは中華ドレスが似合いそうな妖艶な女が、獲物を捕らえるような眼差しで挨拶してきた。

 アジ・ダハーカ。

 記憶が確かなら、確かに古い時代に存在していたヘビだ。

 それも悪神として。

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