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鬼退治

「にーちゃーん、会いたかったぜ!」


 ようやく一段落したと思ったら、スサノオが飛び込んできた。

 少年スサノオの肩が、俺の腹を遠慮なくえぐる。

 そして、うれしさを示す猛烈なハグで、俺の腰がギシギシとイヤな音を立てる。

 殺意があれば反撃するが、純粋に再会を喜んでいるため、為すがまま。

 と、ここでスサノオ、何かに気付き、鼻をスンスンさせて特定に出る。


「にーちゃんのメガネからつくねーちゃんのニオイがする!」

「そりゃあ、さっき、プレゼントしてもらったからな」

「弟よ、私はスーツをプレゼントするぞ!」


 つくちゃんが何かに対しての優位に立ったことが気にくわなかったのだろう。

 あまちゃんが弟への先制とつくちゃんへの牽制に、わざわざ宣言してきた。


「何だよ、それ。ズルいよ。なぁ、にーちゃん、他に何か欲しい物ないのかよ」


 おやっ、スサノオからまさかのお申し出があった。

 ここは素直に貰っておこう。


「それじゃあ、手袋と靴が欲しいな」

「それだけ?」

「そうだなぁ、手袋はどんなにベタベタした物でも握れるヤツが良いな。靴は針の山やマグマの上でも歩けるような面白いヤツを希望しよう」

「ハハハッ、相変わらずにーちゃんの欲しい物っておもしれー! 良いぜ、用意してやるよ」

「あ、出来るなら今日の夜の9時までに出来ていたら、嬉しいな」

「ハードル爆上がりかよ。でも、俺も神様の自覚はある。出来ない事なんてないぜ!」


 と、スサノオ、俺相手に親指を上げてサインをすると、ダダダッと明日の方へと駆けだした。

 結構急いでいたから、かなり難しい注文をしてしまったようだ。

 でもまぁ、スサノオなら出来る! だろう。


 ◆◇◆◇


 スサノオの嵐のような退場を余所に、俺にはしなくてはならないことがある。

 ちょっと前に仕事先で用いたスナイパーライフルのスコープ越しに見えた、薄幸少女たちの救出だ。

 冷静になって考えると、俺に拾われても更なる不幸でしかないだろうが、まぁ、ヤーさんたちの元へと預かられた少女の向かう末路よりはマシになれば良いだろう。


 と、納得したところで、辺りを見回す。

 少女たちの姿がなかった。

 救出は間に合わず、すでに蛸入道の胃袋の中に入った後だったのだろうか。


「ベルフェゴール、ここに隣の部屋に続くドアがあるぞ」

「部屋の中は不自然なほどに闇の気配が満ちています。サングラスが早速役に立ちますね」


 ドアの存在を真っ先に教えてくれた、あまちゃん。

 さらにドアの向こう側の様子をざっくり教えてくれた、つくちゃん。


「オモイカネさん、彼女たち、優秀ですね」

「当然ですわ。でも、残念なことを一つあげるなら、どうして貴方ごときに恋する乙女の表情を示すのでしょうか」

「そこは無駄に長く生きたオッサン特有のアロマが少女にストライクするとか?」

「何がアロマですか、この加齢臭!」

「オモイカネさん、良い嗅覚をお持ちのようだ。確かにカレーを食べました」

「ちーがーう! 加齢であってカレーではありません。どこをどう聞いたら」


 と、オモイカネさんの激昂が急におさまる。

 視線を感じて彼女と一緒に振り向くと、激おこの少女二人が無視されたことに対して、剣呑ならぬ雰囲気で心境を伝えてくる。

 俺はとっさにダッシュでドアへと近付くと、二人を褒め、頭を撫でておいた。

 雰囲気が一転してデレデレになったタイミングを見計らって、俺はドアを開けるのだった。


 ◆◇◆◇


 魔界の夜を思わせる闇の密度に、ベッドの上で横並びに寝ている少女二人の正体がわかってしまった。

 良くも悪くも伊達に長く生きてはいない。

 少女たちの正体は吸血鬼。問題は、以前からそうだったのか、蛸入道のように改造されてそうなったのかの違い。

 前者なら、伝承に残っている吸血鬼退治の方法で彼女たちを救えるが、改造という、いじった本人にしか弱点がわからないような後者だと、少々厄介。

 とりあえず、俺の本能はこの闇の密度からして、前者だと告げている。

 ならば、まずは部屋に設置されてある遮光カーテンを開けて、少女二人の身動きを制限し簀巻きにする。

 次に、オモイカネさんの力で吸血鬼という呪いを解いてもらう。

 まぁ、これが一番無難か。

 というわけで、少女二人の身動きを封じるべく、そのための用意をしながら移動していたら、彼女たちに動きがあった。というか、俺は何も出来ずに彼女たちから首筋の吸血行為を受け入れざるを得なかった。


「ハッ、バカなニンゲン。オレたちに触りたい理由で改造を受け入れても、オレたちからすれば餌の一つにしか過ぎねーんだよ」

「キモハゲのオジサンに触られるとか、お断りなのですぅ。だから、せめてもの情けで接近を許しますからぁ、血を全部吸われちゃってくださぁい」


 どういう経緯で蛸入道がこの吸血鬼少女たちと出会ったのかはともかく、おっさんってなだけで、俺は全然無関係なのだが、少女たちは血を飲むのに忙しく、心の余裕がない。

 そういえば、虐待と飢餓状態だったけ。

 なら、しょうがない。


「うああっ」

「身体が痛いですぅ。あなた、私たちに何をしたのですかぁ」


 俺の血をゴクゴク飲み込んだ吸血鬼少女たちは、体内に吸収された俺の血の反撃に遭い、身体の身動きを封じられた。

 本来ならば、俺の血を少量混入した特殊シリンダー弾で身動きを封じる作戦だったが、手間が省けたと云うところだろうか。

 ただし、少量でも苦痛を与える俺の血を、ゴクゴク飲み干さんばかりに摂取したので、現在、少女たちの身体の中では細胞単位で苦痛の連鎖が拡がっていることだろう。

 程なくして、吸血鬼少女たちの身体が壊死し始め、まず手足の先から反応が見られた。

 大抵の重傷を瞬く間に治癒させる吸血鬼の特性が、俺の血を飲んだことにより無効化され、逆に腐食してゆくのだ。


「イヤだ、イヤだ、まだ死にたくない!」


 本能でわかるのだろう。確かに、俺の血を飲んだ者達はやがてすべての部位が腐り、死ぬ。


「助かる方法はあるぞ」


 涙を流し、赦しを請う銀髪の少女に対し、俺はささやく。


「方法とは、何ですかぁ」


 甘ったるい声の金髪の少女が、銀髪の代わりに聞いてきた。

 銀髪の怯え様を見る限り、金髪の方が心に余裕がある。

 飲んだ血が毒だったとしても、とりあえず飢えは解消されたようだ。

 だったら、交渉をしても大丈夫そうだ。


「従属とか隷属という契約なんだがね」

「あなたのモノになればイイのですかぁ」

「そうだね」

「な、何かイヤな予感がするぞ!」


 銀髪が吠えた。まだ、何も言っていないというのに。


「契約にはあかしが必要でね」

「勿体ぶらずにさっさと言ってくださぁい」

「このオッサンとキスをすることさ。簡単だけど、キミ達には出来ないことだろう?」

「イヤだ、イヤだ、オッサンとキスとか死んだ方がマシだ」

「だろうね」


 ここで一旦、俺は会話を切った。

 年頃の娘の姿をした吸血鬼少女たちだったが、実は数百年生きています! というのがザラな吸血鬼の世界において、銀髪の反応が余りにも初心うぶだったので、ちょっと驚いたからだ。


「うああっ!」


 銀髪の悲鳴が一層悲哀を帯びる。

 両腕の腐食が上腕二頭筋にまで、両足が膝上へと順調に侵蝕している。

 だが、まだ命乞いはしてこない。

 年頃の少女なりの矜持というヤツだろうか。立派である。

 侵蝕が肺に達したあたりがタイムリミットなので、それまでは待つことにする。

 肺に達したら?

 念話といった特殊能力を持たない限り、肺が腐食し始めたら会話が成り立たなくなるからだ。だから、決断にまごついている時間はあと僅かである。

 金髪はその辺を理解しているのだろう。

 銀髪に対して、積極的に説得を試みている。だが、銀髪は金髪よりも多く血を飲んでいたのだろう、腐食の速度が金髪よりも速かった。そして、身体中を駆け巡る苦痛も半端ないはずだ。


「お願いがあります」


 金髪から提案があった。

 俺は頷いた。


「私は契約を大人しく受け入れるですぅ。だから、クーちゃんも助けて下さい」


 俺は金髪の提案に対し、返答をする前に銀髪のおでこにキスをしておいた。

 契約が果たされ、腐食が止まる。しかし、肉体の再生は行われない。それもそうだ。種族が急に無理矢理変化したからだ。だから、オモイカネさんを呼んだ。

 そして矢継ぎ早に金髪の唇を奪う。

 突然のことで心の余裕もないタイミングだった。

 金髪が驚く余り、唇がこわばり、吸血鬼の牙で威嚇してくるも、フッと身体中の力が抜け、気を失った。


 次は、彼女たちを包むように覆っていた闇が襲いかかってきた。

 不思議なことに闇に紛れたその者の姿が見えたので、初撃を難なく回避した。

 ここで初めて、サングラスの効果を実感した。

 人間の目では真っ暗闇にしか見えなくて手探り状態だったのが、このサングラスのおかげで日の当たるところと同じ感覚でモノが見えるというのは純粋にスゴい。

 そのスゴさにシビれているあいだにも、その者が初撃を外した怒りからか自身の鋭く長い爪を武器にして再度襲いかかって来た。幸いなことに、相手の襲撃の仕方が下手というか、腕を大きく振りかぶっての振り下ろしだったので、タイミングを合わせて爪を避けると、爪をたたき割る勢いで踏み抜いて、その者の武器ツメを折った。

 その者はまさか武器を失うとは思っておらず、呆然とした瞳をこちらに向けた。


「あなた様は何者でしょうか?」

「ベルフェゴールだ。何者かの定義は難しい」

「難しい? ですか」

「俺を知っている者は侮り、俺を知らない者は闇雲に恐れる」


 その者ーー人の形をした闇は語るのを止めた。思考をまとめているのだろうか。

 まぁ、俺も疑問だらけなので、軽い質問ぐらいはしても大丈夫だろう。


「そもそもお前さんは何者なのだ?」

「私はかつてはこの子たちの母親でした。林風鈴。それが私の名でございます。銀髪が姉のクーフ、金髪が妹のタームです」

「ふむ。父親が異国の?」

「というよりは、異世界出身でした。私は彼等の世界で云うところの魅了の魔法にかかり、アレが娘たちを召喚の儀式の生け贄として捧げられる瞬間まで自我を封じられていました」

「アレかな、その父親が元の異世界に戻りたいから双子を生贄にして儀式をした! みたいな」

「左様でございます」

「で、失敗して、ヘンな者を呼び寄せて、吸血鬼になったと」

「左様でございます。失礼ですが、無関係の割には状況把握に詳しいのは何故ですか?」

「なろうファンタジー小説あるある……ってヤツかな」

「左様でございますか……」

「君の姿がこの状態なのもその儀式が関係するのかな?」

「恐らく……」

「自信がなさそうだね」

「私の最期は娘たちに向けられた悪意から守るために盾となって四散しましたので。そして、次に意識が戻った頃には吸血鬼化した娘たちによって光を遮る闇として生まれ変わったのでございます」


 なるほど。

 異世界人が元の世界へ帰りたくて行ったことが別次元の何者かを呼び寄せて、そこから相次いで不幸に巻き込まれる吸血鬼少女たちが形作られたのか。

 この辺の詳細は改めて少女たちから聞く必要があるな。


「風鈴さん、貴方はどうしますか?」

「どう? とは」

「成仏しますか? 別のルートもありますが」

「別のルートとは何ですか?」

「俺の闇の心の一部分となって吸収される」

「何故、成仏以外はそのルートしかないのですか?」

「あとは、貴女がアレと呼んでいる人物の元へと戻り、誰も救われなくなるルートはありますよ」

「あなた様の心の一部となるのは、あなた様にはどういうメリットがあるのでしょうか」

「ご存知かと思いますが、娘さんたちは俺と契約をしました。俺は今後、彼女たちを手足のように動かさなくてはならない。しかし、いちいち反発を受けては運用もままならない。そこで、貴女と娘の微笑ましい記憶などを利用したりして(俺の)意に沿った行動をとらせたりしたい」

「随分と正直にものを語られるのですね」

「良くも悪くも長く生きた俺の直感によると、あんたたちが毛嫌いしているアレはまだ生きているからな。ここでごまかしやおべっかであんたを騙して吸収しても、あんたの協力は得られないし、何時かやってくるであろうアレに少女たちがなびいて、せっかくの契約を反故にされても適わん」

「契約の為なのですね」


 人の形をした闇が、何故か寂しそうな表情を見せた。


「俗な言い方をすれば、彼女たちをヨメにしたいわけだ。出来ることなら相思相愛が望ましいが、そんなモンは夢物語さ。だったら、始めは印象最悪なおっさんだったけど、少しぐらいなら心を許せる間柄というような緩い距離感ぐらいは得たい。第一、俺は寝盗りは好きだが寝盗られは虫酸が走るほど嫌いなんだ」


 俺は適わないなー、とあきらめをつけて、正直な気持ちをぶちまげた。

 闇はどこに笑いのツボがあったのか不明だが、いきなり笑い始めた。


「寝盗りは好きだけど寝盗られは嫌い、だなんて、すごくワガママですわね。フフフ」


 あ、それか。しかし、そんなに可笑しいだろうか。

 風鈴さんはひとしきり笑い死にを繰り返した後、わだかまりのない笑顔を向けられた。


「わかりました。私はあなた様の心の一部となりましょう。よろしくお願いします」


 律儀にお礼をした後、闇は俺の胸の中へと飛び込んだ。

 俺の脳ミソの記憶帯に風鈴さんの情報が流し込まれた。


 途端、部屋に満ちていた暗闇が晴れて、ただの薄暗い部屋へと戻った。

 あまちゃんの安全確認が行われ、オモイカネさんが駆け付けた。

 虫の息の少女たちをオモイカネさんが救急ドクターのような面持ちで手当てをしているなか、俺は窓際へと移動し、カーテンと窓を開き、煙草を吸うことにした。


 高層ビルから下界を見下ろすのは格別の気持ちになる。

 空気がうまいような気がした。


 いやー、絶景かな。絶景かな。

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