亀と蛸の小競り合い
昏呀剣組。
組長の昏呀剣を中心に最近、名を上げた。
法を何とも思っていない暴力組織で、目を付けられたら最後。
個人だろうが、法人だろうが、食い散らかされ、何も残らないという。
「つい最近、この辺一帯のシマを仕切っていたタンキ組ってのが、彼等にやられました」
「そのタンキ組とやらも、そうなのか?」
「ええ。地域密着型の古い世代のあちらさんでした」
「でした? とは」
「噂では、クラーケン側から持ちかけられた頭同士の話し合いに出かけて、帰ってこなくなり、その後、タンキ組への予告なしの襲撃があり、壊滅したそうです」
あまちゃんが、ほっぺたを膨らませて押し黙った。
クラーケンのやり口に怒っているわけではなく、この出来事に対して、どう理解して消化しようかと悩ませている感じだ。
「お姉ちゃん、形あるものは崩れる、です。生まれたものはいずれ滅ぶ。この世のルールです。だから、悩む必要もないかと」
「あー、何か哲学的な部分があったかな。まぁ、それより、今から俺はタンキ組の生き残りという設定で組織を壊滅するから、お手伝いを願えるかなぁ」
俺はまだ思考の海に入ったままのあまちゃんにそう告げると、懐のホルスターから50口径の銃を二丁取り出した。
残りの天津神たちが見守るなか、押っ取り刀でのそりのそり歩き、ビルの玄関口で両脇を守る構成員に近付く。
不審者を見るような眼差しをされただけでそれ以上の反応がない。それならば、ということで片手で拳銃を持ち上げると、ヤツらの頭に向けて、同時に発砲。
構成員二人が、端に吹き飛ぶように呆気なく倒された。
発砲音を聞きつけて奥からやって来た構成員には、すかさず銃を向けて対処。
遅れてやって来たもう一人が、手前の構成員の体組織の一部を被って、恐怖に怯えるも、情けはかけない。
ここで、建物内部の警報装置が稼動する。
監視室にいる構成員がようやく事態のマズさに気付き、ボタンを押したのだろう。
玄関ホール奥のエレベーターから、上階で詰めていたと思われる構成員が次から次へとやってきた。
俺はすかさず弾倉が空になるまで両手撃ちを続け、そばのインフォメーション所まで走り抜ける。
インフォメーション所のカウンターを遮蔽物に、空になった二丁拳銃を懐に戻し、代わりに二丁サブマシンへと装備を変える。
そのあいだ、多少の空白があったので、構成員たちがここぞとばかりに反撃に出た。
遮蔽物の影から窺う限り、敵の主な武器はハンドガンとショットガン。
各々が、精度よりも威力を重視したラインナップなので、やかましいだけで脅威は少ない。
もちろん、ラッキーショットの可能性もあるので、油断はしない。
向こう側の嵐が過ぎ去った。
何か静かだな、と思ったので、そろりと状況を確認すると、信じられないことに弾の装填に手間取っている光景が見えたので、すかさず反撃に出た。
「オラァ、こっちのファイアレート舐めんなよ、チンタラしている間に死ぬぜ?」
サブマシンガンは短い秒数のあいだにありったけの銃弾を撃ち込む武器だ。
柱の陰に隠れているヤツはともかく、テーブルやプランターを盾に横一列に並んでいるヤツらなら、サブマシンガンの横薙ぎで一斉掃射のいい的である。
欠点は、弾切れを起こしやすいこと。しかし、弾の装填は馴れである。馴れてしまうほどに銃を握れば、移動しながらでも出来る。だが、今の俺は二丁持ちなので、臆面もなく遮蔽物に隠れる。
今の俺の状態だと、身体のどこに当たっても重症化してしまう。
この身体は、そろそろ限界なのだ。
手持ちの弾倉がなくなる頃には、柱の影に隠れているヤツ以外のほとんどを無力化できた。
(さぁて、残るは柱の裏にいるヤツらだが……)
と対策を練っていたら、奥のエレベーターから何処かで聞いたようなモーター音が響いてきたので慌てて腹這いに伏せた。
それは、遅れてドガガガガガ! とこっちのサブマシンガンの火力と射速を上回る威力の反撃で、インフォメーション所のカウンターが穴の空いたチーズの欠片のように変形し、使い物にならなくなった。
そして、重たい足取りで身長2メートルほどの筋肉ダルマが、ガトリングガンを構えて姿を現した。肝心の弾倉は背中に背負うタイプのヤツを用意しているので、長丁場になりそうだ。
と、その時である。
腹這いに伏せる俺の隣に、タヂカラオが上半身裸姿で現れた。
俺含め他の構成員が何事だと見守るなか、ダヂカラオは筋肉ダルマに指をさすと言った。
「そこの君、私と筋肉合戦をしようじゃないか」
バカバカしい提案に構成員たちから失笑が起きた。
筋肉ダルマは自分がバカにされていると勘違いし、怒声を上げながらガトリングガンをぶっ放す。
誰もが、急に現れたマッチョマンの無残な姿を想像した。だが、銃弾を受けたタヂカラオは、マッスルポーズを決めたまま、これに耐えた。
ガトリングガンの銃身がオーバーヒートで暫く使えなくなるまで回した筋肉ダルマは、無傷のタヂカラオに驚きの表情を隠せなかった。
そして、筋肉ダルマが怯えの表情を見せた。
無傷のタヂカラオが嬉々とした表情で彼に近付いて、何の変哲もないアッパーで彼の顎を捉えるや否や、天井を筋肉ダルマの頭でめり込ませた。
「称えよ、筋肉のなせる偉大な業を!」
別のマッスルポーズで高揚するタヂカラオ。一方、安全地帯で笑っていた構成員たちは規格外の出来事に心の余裕を失い、一斉に玄関口を目指し、群がった。
そこへあまちゃんのフラッシュ攻撃が炸裂し、構成員たちの姿が灰になって崩れ落ちた。
◇◆◇◆
あまちゃんが何故かご機嫌斜めだった。
「お主は今、こんなことをしている場合ではないぞ」
「というと?」
「お主は、闇に魅入られておる。ここ最近、何かおかしな事があったか心当たりがあるだろう」
あまちゃんは答えを知っているのに、言わず、俺を試してきた。
俺は記憶を遡らせる。明確な違いは昨日と今日だ。構成員たちの態度がその答えだ。
「人間たちが、俺を認識しづらくなっているな」
「そうじゃ。お主が玄関口に踏み込んだときのゴロツキどもの行動はわしらから見ても変じゃった。何せそこにいるのに、何がおるのかがさっぱり分かっておらん。そして、それは特殊能力によるものじゃ」
「昨日の晩、ベルフェゴールさんは穴のなかで何か視線を感じませんでしたか?」
闇を支配するツクヨミの言葉の前に嘘はつけない。
蛇足だが、つくちゃんの言っている『穴』とは依頼人の住む豪邸の裏庭に突如現れた底の見えない穴のことを指す。しかも、その穴、何の力もない人間が興味本位で覗き込むと底知れない恐怖を脳裏に刷り込まれる模様。一方、何らかの力を持つ者が見ると不快な気分になるぐらいで済むそうだ。
そこで依頼人は思いついた。知り合いにダークサイドの住人がいたことを。
それで呼ばれたのが俺で、期限付き報酬で数日間雇われ、穴に潜っては依頼人が喜ぶであろう珍しい物質を引き上げていた。
ハテ? それが原因で俺は深淵の主に目を付けられたのだろうか。
「穴の底に何かがいるのは分かるが、それが何かまでは特定できていない」
嘘ではない。世間ではダークサイドの住人とか吹聴しているが、根っからの闇の住人ではないせいか、混沌とした闇の深奥を覗き込むことは苦手である。出来ないことはないが、労力と成果が見合わない。
故に、穴のなかに何かがいるのは知っていたが、手出しされないのをいいことにあれやこれやと調子に乗っていたが、やっぱり許してはくれなかったようだ。
「そんな難しい顔をしているベルフェゴールさんに、ろっ朗報です!」
とつくちゃんが、俺にモジモジとした笑顔を向けながら、プレゼントを手渡してきた。
サングラスだった。
「どんな闇の中でも昼間と同じように見ることが出来るサングラスです」
うおお! 何かスゴい。
心が高揚した俺はつくちゃんの手を両手で包み「ありがとう」とお礼を言った。
つくちゃんの顔がみるみるうちに紅くなり、それを恥じたのかプイと後ろを向かれた。
しかし、サングラスを装着してハタと気付いたことが。
闇を支配するつくちゃんが贈り物をしたということは、つくちゃんでもどうにも出来ないような相手があの穴の中にいるのだろう。
うおお、勇気が、何かしらの勇気がほしい。
「あまちゃん。あまちゃんの太陽の色合いをスーツに再現できないかな?」
蛇足だが、俺は時代に合わせて服装をチェンジさせている。江戸時代なら着流し、近代の頃は軍服、戦後からはスーツといったように。知り合いはずっとパーカー、ずっとダークスーツ、ずっと派手なドレス姿と妙なこだわりがあるが、人間社会に溶け込むように生活するにはこだわりは命取りになることすらある。
咄嗟のひと言だったが、あまちゃんが凄く狼狽えた。
「それは、わしに作って欲しいという要望か?」
「あまちゃんの色を見て、君がそばにいることを感じたいから」
「うううむ。ででで出来んことはないぞ。ななななんせ、わわしは最高神じゃからな」
口調が妙に震えている。民族衣装の女の子に異文化のスーツを作れとか厚かましかっただろうか。
ハッ! 彼女、今、プライドを刺激されたのかもしれん。
「やらねば成らん用事も出来た事じゃし、こんなところ、サクッと片付けるぞい。者ども、後に続くのじゃ!」
何だか鼻息の荒いあまちゃんが先陣を切って、エレベーターへと乗り込んだ。
エレベーターの中で俺はつくちゃんとオモイカネさんから両手をつねられた。
タヂカラオは違うマッスルポーズで構え、笑顔を返してきた。