あまちゃん
神社というのは、大きいところ以外は正月と受験シーズンぐらいしか賑わいがない。
俺が訪れたトコロも人の気配がほとんどしなかった。だが、逆に人以外の存在は感知できるので、とりあえず、近場にいた狐のお面を付けた着物幼女に声をかける。
「あまちゃんを呼んでくれるかな?」
「おじさんは、誰ですか?」
「俺の名は、ベルフェゴール」
「わかりました。少しお待ち下さい」
着物幼女は声をかけられたことで少し緊張していたが、俺の名前を聞いて、何かしら心当たりがあるらしく、キャッキャッキャッと連れている霊魂とほのぼのとしたコンタクトし終えると、奥の社の方へと向かっていった。
呼んだからといって、すぐ来るほど神様というのはヒマではないらしいので、タバコでも吸うことにする。どうせなら、灰皿とベンチがセットになった場所が良い。少しばかり風当たりが強い気がしたが、煙草の煙が嫌いな人のことを考えて、辛抱しよう。しかし、人気のない神社とはいえ、喫煙所が設けられているとは。
神社に家族連れできた疲れた形相のお父さん方に、少ない癒やしの時間を提供する控えめな配慮にホロリとくるモノがあった。
その後も、ヒマなので神社の限られたスペースをいろいろと見てまわった。
神木を見て、お稲荷さんを触って、賽銭箱の中身を凝視していたら、後頭部に熱い衝撃が。
振り向くと、跳び蹴りでもしたあとなのか、空中をクルクルと回転しながら、器用に着地する少女が現れた。
「この、バチ当たりが!」
「来てたなら、普通に声をかけるだけで良くないかなぁ」
「あと、私の名前はアマテラスだ。気安くちゃん付けするな!」
文明開化をする前の民族衣装に扮した少女が、顔に小さな筋を浮かべて叱るのがかわいかった。だから、つい、「わかったわかった」と言いながら、彼女の頭をポンポンと撫でてしまった。
「あ!」
撫でたあとに思い出した。そういえば彼女、男に対する免疫がなかったんだっけ。
今、彼女の顔に熱が急速に集中し、気温が上昇している。
あ、こらアカンと思った直後、ピカッと閃光が発散した。
あまちゃん必殺の『アマテラス・フラッシュ』が発動した。
ただただあまちゃんが光るだけの小技だが、ゲームやアニメやマンガで何かと最強神とよく持ち上げられる太陽神だけに、威力は別格だ。
俺の身体は瞬く間に、焼け焦げ、灰となって崩れ落ちた。
◇◆◇◆
日本の最高神が一人で悪魔に会いに来るなどなく、そばにはしっかりと幹部が付き従っており、オモイカネさんのマジックアイテムのお蔭で生き返った。何故か服までセットで復元されていて、助かった。
裸一貫だと、今晩最後の依頼に支障がーーというより、警察と追いかけっこをして来られなくなるからね。
「いやー、いつもありがとうございます」
あまちゃんの加護を得られたときにさんざん教えられたお辞儀で、あまちゃんの教育係の女官さんにお礼を言っておく。女官さんはコクリと頷き返してくれた。
いつもなら、少しばかり会話があるのだが、今回はあまちゃんがそばでムスッとした表情で俺を睨んでいた。
「ベルフェゴール、お主、彼女が心配ではないのか!」
「おや!? これからお話ししようと思っていましたが、どこでそんな情報を」
「妹のツクヨミから報告を受けておる」
「なるほど。それならば、話が早い。あまちゃんの魔力探知で異世界の座標を教えてほしい。それと、俺が住んでいる場所からそう離れていない場所に隠れている不幸な女の子を明らかにしてもらえるだろうか」
「お前は最高神を何だと思っておるのだ!」
「何か不満が?」
「あるに決まっておる。そうじゃ、わしがお主の望みを叶えてやったら、お主もわしの望みを叶えさせぇい」
「いいでしょう」
「即答じゃな。その余裕、ムカつくのぅ」
とか言いつつも、あまちゃんはおのれの身体に光を収束させると、一斉に解き放った。
最高神ともなると、人間のように魔法の詠唱を必要とせず、自分の得意としているモノで用件を済ませるきらいがある。あまちゃんの場合は、光だ。
ちなみに、つくちゃんの場合は、闇。オモイカネさんは文字。タヂカラオは、マッスルポーズ。
「終わったぞ。異世界への扉には光の道しるべを付けておいた。不幸な少女は二人おったぞ」
「ありがとう、あまちゃん。その不幸な少女たちはまだ生きていたかな?」
「持って、あと2~3日といったところじゃのぅ。虐待による怪我と飢餓によるところが大きいのぅ」
「じゃあ、あまちゃん、今から俺と一緒にデートしようか」
あまちゃんが願いを口にする前に、俺はあまちゃんの苦手とするような選択肢を提示する。
案の定、あまちゃんの顔は茹で蛸のように紅くなり、頭から煙を吹いている。
「ど、どこへ連れていくのじゃ?」
「そうだなぁ、近場を軽く歩いてまわるだけ」
あまちゃんがかなりガッカリした顔つきになった。
相手は最高神なので、不特定多数な場所に連れて行くといろいろ問題が起きる。故に、今までは神社の中を一周するだけにとどまり、モチベーションアップに手繋ぎで歩いてみるとか、肩車をやってあげるとかはサービスしておいた。
「でも、あまちゃん。今回は神社の外を出るんだよ。少し進歩したと思わなきゃ」
すかさず、フォローを入れて、あまちゃんのガッカリ加減を低減させておく。
あまちゃんも「そうじゃのぅ」と思い直し、社の方へと駆けていった。
◇◆◇◆
「デートの準備がありますので、しばらく、お待ち下さい」
オモイカネさんが、あまちゃんの不意な行動を推測して、そう説明する。
「それで、デートとは口実で、実際は不幸な少女たちの救出ですか?」
「ハハハ、オモイカネさんには筒抜けのようですね。そうです。認めます」
「アマテラスさまは聡明な方です。あなたの目論見は叶わないと思います」
「聡明だからこそ、力を貸してくれるのですよ。オモイカネさん、あまちゃんが教えてくれた少女たちの居場所、どこだか分かりますか?」
「いいえ、存じ上げません」
「非常に暴力的な組織の方々がたくさん入居しているビルです」
「まぁ!」
「そんなところにいる少女たちを無償で手に入れるとしたら、ドンパチ以外の選択肢がありません。そして、俺は少女たち以外の生存者を出すつもりもない」
「いけません。いけません」
「オモイカネさん、最高神の力が身内に向けられる前に適度なガス抜きは必要ですよ。ああ、参考までに俺があまちゃんだったら、その力は貴女に向けられるでしょう」
我ながらイヤな言い方だな、とは思っている。
ご機嫌斜め状態に入ったオモイカネさんだったが、社の奥からあまちゃんが姿を見せると機嫌を直した。
あまちゃんは、人間の女の子の姿をとらず、最高神としての装束で現れたからだ。
「私は信じておりました」
オモイカネさんは感激のあまり深々とひれ伏すが、あまちゃんは「違う」と一言。
「わしは神としてお主と外に出るのじゃ。そうすることでわしの威厳は保たれる」
「そっちの方が、俺としてはあまり格好つけずに立ち回れるから、気は楽かな」
この一言で、あまちゃんとオモイカネさんから「ダメダメですね、この人」みたいなニュアンスを含んだため息のリアクションがあった。
俺は今さら過ぎて気にならないが、音頭をとって、気を引き締めるとしよう。
「では、あまちゃん。少女たちの救出作戦、必ず成功させよう!」
「「「応ッ!」」」
ガッツポーズをとるあまちゃんに合わせて、つくちゃん、オモイカネさん、タヂカラオが同じポーズで返事をしてきた。
「何スか、付いてくるんですか」
俺が心底イヤそうな表情で接すると、
「お姉ちゃんだけ、ズルいです。私もお供します」
「怪我と飢餓で弱った少女たちをどうやって回復させるつもりですか? 私は得意ですよ」
「頑強なドアを破るなら吾輩の怪力に勝るモノはありますまい」
つくちゃんとオモイカネさんは、まぁ理解できるとして、タヂカラオは……出番があるといいな。しかし、暴力団員のビルに日本の最高神とその幹部がカチコミするとか、終わったな、この組織。