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ファルネーゼ=アンリ・マンユ(2)

「そんな事をしたって過去は変えられないぜ」


 悪神が諌めるも、ファルネーゼの耳には入らなかった。

 彼女の母親の姿に扮したペオルが、大人しくなった赤子を布で包み直し、再び眠りにつく赤子を愛おしく抱きしめる様を見て、満たされていた。


 不愉快な顔付きの悪神が指を鳴らした。

 場面がいつの間にか切り替わっていた。

 母の面影は既になく、少し成長したファルネーゼが地下牢の床でうずくまっていた。

 みすぼらしい衣服からは壊死したかのような色合いの手足が隠せていなかった。またファルネーゼは自身の手足を動かせず、芋虫のように這うことで看守がエサとして投げよこした食べかけの硬いパンにありつくことができた。

 ぱさつくパンはファルネーゼの口内を苦しめたが、地下牢にはコップはおろか飲み水になるようなモノは無かった。なおもむせながら食べ続けていると、看守がやって来て、バケツの水を彼女に向けて引っかけた。

 清潔とは言い難い汚水を浴びるもとっさの行動に移れない弱者に対して、嘲笑と罵声まで浴びせる。

 数日前までの何気ない修道女見習いの生活からの劇変に、自身に起きたことを嘆いていただけの少女でも流石に堪忍袋の緒が切れた。とはいえ、怒るだけでままならない手足がすぐさま治るわけでもない。

 そんなやり場のない怒りをフツフツと溜めていると、幻聴が聴こえてきた。


(なぁ、お嬢ちゃん、あのクソ看守に復讐してみたくないか?)


 ファルネーゼが声のする方へと首を向くと、壁のシミから細長い両目がこちらを見据えていた。そして、シミだと思っていたそれは酷く醜い悪魔だった。

 普段のファルネーゼなら決して耳を傾けることはなかっただろう。だが、これまでのあまりな仕打ちから、彼女の心は復讐の炎に灼かれていた。

 返事の代わりに頷く彼女に対して、邪悪な微笑みで応じる悪魔は早速、取り憑いた。ファルネーゼの心と身体の自由はあっという間に奪われ、幽体として傍観するだけの存在となった。


(ククッ、バカな女だ。自分の中の神の力にも気付かずに、進んで悪神アンリ・マンユ様の生け贄になるんだからよぉ~。アハハハッ)


 このまま何事もなければ、事態はアンリ・マンユの思うがままだった。だが、そうはならなかった。ファルネーゼが手足のない赤子の頃に、その手足を授けた老人の作品が、ファルネーゼの異変に応じて手足の働きを放棄した。

 アンリ・マンユは当たり前のように立つことが出来ず、腕を伸ばして格子を掴むことも叶わず、汚い床に顔をぶつけた。


(かみさま?)


 突然の出来事をよそに、顔をぶつけたショックで一時的に我に返ったファルネーゼは、それまで欠かさなかったお祈りを思い出して、惨めな姿であることを謝罪したうえで一心不乱に祈りはじめた。そしてその効果は悪神が指摘した様に、ファルネーゼに宿る神の力が奇跡を生み出した。


(はあっ? まだ何もしていないうちから奇跡に目覚めるとか、クソチート発動すんなや、ゴルァ!)


 悪神の憤りも虚しく、ファルネーゼの内なる(神の)力は悪神を拘束し、無力化させ、再封印をファルネーゼの強く折れない心の中に施した。

 傍から見れば、みすぼらしい少女が倒れて起き上がれないだけの光景は、人知れずのうちに終息したのだった。

 ファルネーゼも祈りの中で、悪神の気配が弱まり、消えゆくのを実感したあとに、安堵から来る眠りの力に打ち勝てず、意識を手放した。


 ◆◇◆◇


 ファルネーゼは自分の過去を見せつける悪神に感謝していた。

 悪神の目論見は、嫉妬を自覚した自分にみじめだった頃を思い出させて、その原因を強調し、憎しみや悪意を植え付けて助長させて、彼の力を増やすことにある。

 あの頃へと時を戻らされたら、きっと悪神の願いは叶っただろう、とファルネーゼは思った。

 二千年の時をこえてようやく出会えたペオルと引き離されたのなら、自身の心は激しく掻き乱されたであろう。

 悪神は目覚めたばかりで、大半の力を失っていた。だからだろうか、彼女の記憶を掘り起こす形でしか過去に戻れず、その彼女を俯瞰させる形で体験させた。

 そのお陰で、乳幼児の時の朧気な記憶からペオルが関わっていたことを知れた。

 今回の件は、ペオルが造って着けてくれたこの手足が、悪神の目論見を打ち砕いた。

 あの時のファルネーゼには信望する神様がペオルではなかったけれど、それは仕方がなかった。知らなかったし、あの時のペオルも恩を売る様な感じを滲ませなかった。

 だから、ファルネーゼは悪神に感謝した。

 消え入りそうだった悪神の姿にくっきりとした輪郭が入り、存在感が増した。だが心を奪われているワケではないので力は戻って来ていない。


(何様のつもりだ? 娘)

(私の名はファルネーゼですわ、アンラ・マンユ様)

(アンリだ、娘。次は無いぞ)


 たかだか一文字の言い間違いに、悪神は過剰に反応した。

 ファルネーゼの固有スキル【心の目】が、いぶかしがる。

 ニンゲン相手なら容易く嘘が見抜けたスキルだが、神様相手だと分が悪いようだ。


(そういえば、ペオル様は【読心】ではなくて【読神】の力に目覚めることをお望みでしたわね)


 ファルネーゼは、あの時の膨れ上がる嫉妬で心と頭がぐちゃぐちゃになって、身を案じたアドバイスに疎ましさや小賢しさまで感じていた自分を恥じた。そして、嫉妬の力が自身の得意としていたスキルを容易く無効化する有り様に身震いした。


(そもそも私は、いつ、この力に目覚めたのでしょう?)


 いつの間にか備わっていて、この力があったからこそ他人の悪意が見抜けて、聖女認定を受けて、来るべき日の一員となれた。


(あれれ? 私は自分のことを存外知らないのですね)


 だからこそ悪神が過去の記憶を掘り起こし、現段階のファルネーゼが気付けていないことを露わにしている……とも受け取れた。


(まぁ、良いでしょう。アンリ様、次はどのような過去を見せつけるのですか?)


 今、気付けたこと・ままならないことに対して、ペオルは『ま、とりあえず』と仕切り直し、次に望むところがある。

 自分も同じことをしていることに可笑しみを覚えつつも、その気持ちを実感する不思議な高揚感とともに、ファルネーゼは次の記憶の出来事に臨むのであった。

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