W婚
うごおおおっっっ……。
意識を取り戻した師匠から、見えない唐竹割りを浴びた。
脈が安定したから、縫合を済ませ、後のことはヤラーナに任せていたのに。
これが意識を取り戻していない事を良きことと思って、劣情のなすままにおっぱいをサワサワしている途中で目を覚ますのなら分かる。それだけに解せぬ。
「ペオルの名のことをアリラト様から聞いた。水臭い」
あぁ、知ってしまったのか。と云うか、ばーちゃんが教えた方に三千点だな。
「結局、君たちの住んでいた村を守れなかった。済まない」
「いや、誰もコルネットの暴走を止められなかった。一枚岩が死守出来なくなった時点で村の命運は尽きた。何もかもがペオルのせいでは無い」
どうやらファルネーゼに続き、師匠も悪魔の名の方を呼ぶ気配はなさそうである。しかし、コルネット嬢ちゃんが死霊術使いかぁ。余程、師匠には負けたく無くて才能を開花させたか。
と、負の気配を感じたので、その方向を振り向くと暗黒面に落ちかかっている顔付きのファルネーゼと目が合った。おかしい、Nice boatフラグは回避したはずだったが。
「コルネットさんとは誰ですか? モナさんの次の人ですか?」
「彼女はニンゲンだ。それはありえないなぁ」
「うむ。ペオルを利用するだけに近付いただけだった」
「だ~か~ら~、私抜きで分かる話をしないで下さい! それと貴女! 善神さまに生命を救われておきながら、起きた瞬間、頭を打つとは無礼が過ぎます!」
師匠は言われて思い出したようで、まず謝罪を済ました。
「モナ・アリラトは大いなる感謝と、1つ、何でも叶える願いを受けよう。何を望む?」
「結婚して下さい」
「分かった。今、この瞬間から私はペオルの善きパートナーとして支えよう」
師匠がそう宣言した瞬間、俺と師匠の左手薬指に荒削りの氷塊を模した指輪が現れた。驚く俺に対して、師匠は「アリラト様……」と感極まっている。
ばーちゃんからのサプライズプレゼントの様だ。
参ったなぁ。
理由はあまちゃんの時と同じで、こんなに早く婚姻関係が結べるとは思わず、師匠が寝ている間に作成した婚約指輪が無駄になってしまった。
「ペオル、それは?」
「師匠の心臓に刺さっていた霊石を削り出して創った婚約指輪ですよ」
「貰う」
「ええっ、ばーちゃんからプレゼントされた立派な指輪があるじゃないですか」
「ペオルが私の為に作ってくれたのだ。貰わない理由にはならない」
とのことだったので、差し出された師匠の左手薬指に婚約指輪を近付けた瞬間、ばーちゃんの結婚指輪が光り始めたかと思えば、婚約指輪を取り込んで新しいカタチへと変化した。
具体的には、婚約指輪の異様に凍える冷気を取り込んだ結婚指輪の装飾が、氷塊から雪の結晶へと変貌し、見た目の価値観が上がった。
「ペオルとアリラト様が創ってくれた、私だけの一点物……」
慈愛の眼差しが指輪に向けられていた。大事にして欲しい。
◇◆◇◆
パチパチパチ……と乾いた拍手が贈られた。
「ニンゲンの堕した感情に誘われて目覚めてみれば、旧き神が新しき神を娶っていたのでな。ささやかだが、祝福を贈ろう」
感情を殺した顔付きのファルネーゼから、オッサンの声でそう語られた。
「誰だ、お前は」
「ふふっ、新しき神には私の存在は分からぬか。目覚めの気分も良いことだし、特別に教えてやろう」
「アンリ・マンユだろ」
俺が口上のタイミングを奪ってしまった為、口をパクパクするしかない暗黒神。
「どんなヤツ何だ?」
「誰かの心の教室の片隅で体育座りをしているイメージしか無いな」
「何だそりゃ」
「その程度の存在感」
と俺が断じると、師匠の暗黒神への関心が薄まった。
俺は俺で、アンリ・マンユではなくて、ファルネーゼに対して呼びかけた。
「ファルネーゼ、その苛烈な嫉妬心がアンリ・マンユを目覚めさせたことに対して後悔をしているのかな? だとしたら『違う』ぞ。翻して考えればそれは『強靭な一途さ』だ。君にしか持ち得ない大きな武器だ。その一途さでアンリ・マンユを読心いや読神してくれないか?」
「それをすることで善神さまに顔向けが出来るのですか?」
「君の身体に暗黒神が居た謎が解ける。アフラ・マズダが何故、俺のところに君を寄越した理由もわかるーーいや、君の生い立ちがわかる。君が何故、聖女となったのか? とかがハッキリするだろう」
ファルネーゼからは特に反応がない。彼女には暗黒神が取り憑いていても、もうどうでもいいのだろうか。
「じゃあ、言い方を変えよう。帰ってきてほしい。君の姿を借りたオッサン声をこれ以上聞きたくない。君の笑顔をもう一度見たい」
「一度だけですか?」
「何度も見たい。君が暗黒神の力を乗っ取れば、君と俺は同じ神格になり婚姻関係が結べる。君の笑顔を独占出来る」
今度もまた、ファルネーゼからは返答が無かった。だが、暗黒神は復活して早々と云うのもあってか大した力を振るう機会もなく、悶絶するような声を二、三あげただけで特有の存在感が霧散した。
次に残った大いなる力がファルネーゼに再吸収されて、彼女は目覚めた。
「ファルネーゼ・アンリ・マンユ、ただいま帰りました! ペオル様」
こうして暗黒の力を取り込んでもなお眩しい笑顔が帰ってきた。
早速、婚姻関係を結び、ブラックホールを模した結婚指輪を贈った。




