ファルネーゼ=アンリ・マンユ(1)
この話はファルネーゼが生まれる頃から遡る。
彼女を取り上げた産婆は思わず彼女を取りこぼしそうになった。
彼女は生まれながらにして手足が無かったからだ。だが、彼女を産んだ母親は小国ではあるが王族の出で、そのことを知っている産婆は醜悪な見た目の赤子をぞんざいに扱うことなく、産まれるのを待ちわびていた両親に見せた。
見た目に囚われる事なく赤子に接する王妃と対照的に、この国の王であまりにも良くない噂ばかり聞こえる父親は娘の姿を快く思わなかった。
父親はその場を離れると、まっすぐに祭壇へと足を運び、仕える神に手足を生やして貰えるよう必死に祈った。
三日三晩飲まず食わずの祈りは信仰する神に届き、彼は夢を見た。
火山の近くにある切り立った崖をくり抜いて生活する人々が居て、そのなかで一番の年長者と思われる白い髭を長く伸ばした老人が、手や足を失った者に対して治療を施して『普通の見た目』にしているのが視えた。
王は信仰する神にお礼の言葉をかけた。休息を入れたあと、すぐさま家臣たちを呼び寄せ、火山と切り立った崖のある場所を特定すべく意見交換を行った。
そしてその日の昼過ぎには偵察隊が、現場へと足を運んだ。
夢のお告げは正しく、切り立った崖の中に居住する者達はいた。
報告を受けた父親は特使を遣わせ、返事を待った。
待望の返事は『施設の機材の持ち込みが難しいので、治したいのならその赤子を連れてくるように』とのことだった。
ロクでもない噂ばかりの王とはいえ、生まれたばかりの赤子を、火山のマグマが流れるような環境へと連れて行くことの厳しさを知っている上での返答に悪意を覚えた。そこで居住地の人口を把握した上で、その十倍となる軍勢を率い、改めて老人の即刻引き渡しを要求した。
老人はおびただしい軍勢に対して、徹底抗戦を取ることもなく降伏した。ただし、老人は引き渡しに応じる代わりに条件を付けた。
彼の技術を支える機材の荷運びを担当するカラクリを埋め込んだ少年少女たちを除き、他の少年少女たちが火山口へと旅立つのを邪魔しないことだった。
王は未知の技術による体現者たちがマグマの中に消えていくことを惜しんだが、老人若しくは彼の技術を継承しているであろう若者たちを懐柔して国力のさらなる増強を図る方策を思いつき、老人の条件に応じた。
年端のいかぬ少年少女たちが老人との別れのあと、次から次へとマグマの中へと吸い込まれていった。
事情を知らない兵士たちは、俯いて顔を上げない老人と涙を拭うことなく黙々と機材を運ぶ少年少女たちに同情した。
彼らはこの国の王が、欲しい物はどんな手段を辞さず手に入れる性格であることを知っていた。
一方で事情を知り得る上層部の者達は、王の人となりを把握した上での老人の狡猾さに舌打ちするのみだった。
機嫌よく振る舞う王と一切の感情を示さない老人と少年少女たちが、宮殿にてその赤子と面会した。
老人が赤子の状態を確認するために触れた。
ここで、今まで笑顔で赤子に接していた王妃が突然発狂し、赤子を取り返さんとばかりに老人に詰め寄るが、近衛隊の壁に阻まれ、主治医の処方する薬で眠らされた。
王妃は薬が切れ始めるや勢いよく起き出した。当然のように赤子は居なかった。
最も信頼出来る者を引き連れて、老人達に割り当てられた部屋へと赴いた。
王妃が訪れたまさにその時、老人は赤子を両手で押さえ何かを行う所だった。
王妃が我が子を護らんと半狂乱の顔立ちで走り出すのと同時に、何処からともなく現れた兵士たちに取り押さえられた。
集中して周りの様子が分からなくなっていた老人は、両手から発した力で赤子の手足を創り出した。
その一部始終を半狂乱の思わぬ力で兵士たちを押しのけた王妃は目撃した。
奇跡の光ではなく、老人の影に山羊の角と悪魔のしっぽが露わになっていたのを。
(あぁ、あの姿は堕ちた神。ならば娘に施されたのは奇跡ではなくて呪い)
王妃は納得して正気を取り戻すが、激昂した兵士のひとりの剣が王妃の首を刎ねた。
もう一人の兵士が馬鹿なことをした相方の行動に怯えた。だが、相方は老人を脅して王妃殺しの罪を押し付けようと、血まみれの剣を老人に向けるも、老人が連れてきた少年少女によって音もなく一人ずつ殺された。
老人は王妃の行動を理解すべく、死んだばかりの彼女の首を拾うとお互いのおでこを合わせて記憶を吸収した。
王妃の辿った人生に納得すると、老人はパチリと指を鳴らした。
その場に居るものにしか聴こえないはずの小さな音だったが、宮殿内の生きとし生けるニンゲンだけが瀕死の状態で一斉に倒れた。
見た目がニンゲンに見える少年少女は老人の意を汲んで、宮殿の左右に散った。
かがり火を燃えやすい場所に放り投げる。
宮殿の支柱に、時代にそぐわない高性能爆弾を仕掛ける。
老人の鳴らした指の効果が薄い者を仕留める。
人が多く倒れている所に念の為に毒を噴き出す手榴弾を投げ入れる。
程なくして、極悪非道で知られた王の豪勢な宮殿は爆発音とアチラコチラからあがる火の手と毒の霧で、一切の生命反応を喪失した。
仕事を終えた少年少女は打ち合わせの場所を目指し、闇に消えた。
老人は赤子を抱きながら、一足先に宮殿を離れていた。
不審に思う者が前に立てば、誰であれ銃撃を浴びせた。
地に伏した者へは念の為、脳幹に2発与えておいた。
例えそれが熱心な信仰故に老人の特殊能力の効果が薄かった王であっても。
王が今際の際に呼び掛け、応じた戦の神であっても。
ここで回想が停まり、アンリ・マンユが話しかけた。
「クククッ、極悪非道で知られたお前の王を羽虫を潰すかの様に仕留めたアイツも大概にクソだぜ。そう思わないかい? お嬢さん」
「明確な記憶は無いけど、私は宮殿ではない場所でお母さんに会ったわ」
父親の事を一切触れず、ファルネーゼは心のモヤモヤを晴らすように発言した。
アンリ・マンユがそのことに驚くもニヤリ唇を歪めた。そして、時が再び流れる。
月明かりのもと、老人は目的地へと急いでいた。
突如として、赤子が泣いた。
老人は口の聞けない少年少女と交流する時間が長かったので、赤子が空腹を訴えている事が読み取れた。
老人は月明かりの光を浴びると体格を変化させた。白髪がストレートな黒髪に置き換わり、身体全体……特に胸元がふっくらと膨らみ、シワだらけの顔付きが柔和な顔立ちへとまるで若かりし頃の様な変貌を遂げた。
若い女は胸を露わにすると授乳をはじめた。
赤子が貪るように飲み始めるのも意に介さず、赤子が母乳をのどに詰まらせると背中を優しくさすり、ゲップを促した。そして時を見はかるように歌いだした。
優しいメロディに、空腹が満たされた赤子はたちまち眠りに落ちた。
若い女は目的地である街の出入口を目指して、歌いながら歩みを進めるのだった。
「クハハハ、お前の思い出はとんでもないネタバレになっちまったな! なけなしの記憶のお母ちゃんはアイツがなりすましてたんだよ〜~、可哀想過ぎてかける言葉もないぜ。ヒャハ!」
ファルネーゼは黙して語らなかった。ただただ若い女の歌に集中していた。
女はもう一度、同じ歌を歌った。
ファルネーゼも歌いだした。
赤子を愛しく優しく抱きしめる若い女の側に寄り添うように。
柔らかな月明かりと静かな真夜中での一幕だった。




