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再会

 元の世界へと戻る前にファルネーゼに挨拶をした。


「じゃ、ちょっと出掛けてくる。夕方には戻る」

「はい、いってらっしゃいませ」


 と、ファルネーゼ、懐から火打ち石を取り出すやカチカチと鳴らした。

 まさか厄除けの儀式を行って貰えるとは思っておらず、胸に熱い血潮が駆け巡った。

 今日は良い日になるに違いない。


 ◇◆◇◆


 飛び降りた穴までの距離が少しあったので、アナンタをタクシー代わりにして帰ろうと思ったが、ついさっきオモイカネさんの授業に参加したばかりだからアゴで使うことは出来なかった。あの教育者、小言がマシンガンだからなぁ。大人しく諦めることにした。

 あまちゃんとつくちゃんにどうやって来たのかを訊ねると、つくちゃんの創ったワープポータルにみんなが乗り込んできた模様。そのポータルで戻ると高天原のあまちゃんの邸宅へと転送されるから、穴までのあいだに瘴気が残っているかどうかの確認は出来ないので、これは使えない。

 どうやら、歩いて確認するしか手立てが無さそうだ。

 うわぁ、面倒くせぇ。


「何を面倒くさがることがあるんじゃ? ワシと散歩をすれば良いのじゃ」


 あまちゃんから誘われて『行きが独りだからと帰りも独り』と勝手に決め付けていたことに気付かされた。

 あまちゃんの手をとって、話しかけるタイミングを見失いモジモジしているつくちゃんに手を伸ばす。つくちゃんの笑顔が見られ、三人で散歩を楽しんだ。


 ◇◆◇◆


 穴が塞がっていた。予想通りだった。

 タイミングはあまちゃんが俺の名を言わなくなった辺りだろう。

 俺の知らない処で何かが進行した結果、俺の存在感が更に希釈された。だから、穴の上の人間たちは穴が空いていた理由も考えられず、埋めたのだろう。ちなみに瘴気はきっちりと霧散していた。


「ワシの力ならこんな土塊(つちくれ)、楽に吹き飛ばせるぞ!」

「あまちゃんの申し出は有難いが、穴の上の住人が俺の存在を忘れた今、ノコノコと現れても揉め事の原因にしかならない」

「何か心当たりがあるのですか?」

「依頼主と同年代と思しき目つきの鋭い青年と、どうにもソリが合わない。あの青年、いつも私服姿だから確証はないが法の執行人っぽい雰囲気を感じる。だから俺の存在が希釈された現段階で出くわすと最悪、逮捕されて異世界行きどころではなくなるから依頼主に会うのは止めておく」

「ふむ。故意では無いにしろ依頼主は丸儲けじゃのう」

「後ろ暗い稼業はこういう時、不利な立場を実感するよ」


 姐さんからの特別ボーナスを思わぬ形で貰い損ねた。しかしながら、俺の存在感が希釈されるイベントなんて、もう数える程しかないはずだが……。

 俺が死ぬか、俺の数少ない知り合いが俺のことを忘れるか。

 あぁ、脳裏に浮かんだ関係者の誰かが死んだ場合もあるか。


「心当たりがあるのか?」

「山岳地帯に太古から存在する霊石を代々守護していた民族の生き残りが、独り」


 あまちゃんが俺の心を読んで問いかけるので、最も可能性の高い人物を思い出した。


「俺の、銃の師匠なんですよ」


 あまちゃんは「ああ…」と頷いて、俺に遠慮した。

 一方でつくちゃんが「まだ諦めるのは早いです!」と反論してきた。

 なので俺が「どういうこと?」と尋ねようとして、急に光に包まれた。いや、何処かに飛ばされた。


 ◇◆◇◆


 つくちゃんのワープの終着点は、自宅のあるマンションの出入口だった。

 マンションの名は「万魔殿(バンデモニウム)

 表向きはごく普通の超高層マンション(タワーマンション、タワマン)であるが、何かのついでに寄ることがある魔界の超VIPの静養場所のひとつ、とされている。

 であるからか、超VIPの存在を考えずにマンションを利用できる層からの、万全なセキュリティー体制に対する信頼性は並々ならぬものがあった。

 まぁ、今回の襲撃で損なわれてしまったが。


 まずは何よりも襲撃者の手口を明らかにすべきだろう。

 生前は上手く警備員の姿をしていたが、今は元の姿が露わになったコスプレ悪魔のもとに近付き、死因となった弾痕を見分することに。

 フム、一撃必殺か。ガワはニンゲンでも中身は悪魔だった……つまり、ニンゲンよりも遥かに頑丈で反射神経が抜群だった悪魔を一撃必殺である。

 こうなると何を撃ち込んだのやら。俄然気になったので傷口に指を突っ込んで弾を探すが、ツルツルしていた。血でヌメヌメ……ではなくて、ツルツルである。

 どういうこっちゃ! と指を傷口から引き抜いて確認。

 指先に血は付着していない。むしろ、指先が冷たい。氷でも触ったかのような感覚だ。

 瞬間、何かしらの創作物で読んだ『氷の弾丸』のことを思い出した。


『そういえば、ばーちゃん、氷の霊石だったよな』

『アリラト様』

『あぁ、そうそうそんな名前。で、師匠、守護者特権で氷の特殊能力が使えましたよね。氷で弾丸作れたら、実弾が底をついたときに代用出来ますね。それに……』

『それに?』

『氷の弾丸の真骨頂は、殺しの証拠が残らない』


 ドヤ顔でそんな事を言って、師匠に無言で唐竹割りを延々と食らった記憶もセットで思い出した。

 師匠は守護者側だから暗殺者側の考えが気に入らなかったンだろうなぁ。

 今となっては、俺しか憶えていない懐かしい記憶だ。

 と。

 悪魔だったヤツの身体が霧散し始めた。体内に残っていたエネルギー源が空になり、実体を維持出来なくなったからだ。

 コロン! っと、死因となった氷の弾丸が床に転がった。弾丸は傷の中で破裂して、出血を抑えるように冷気を放出していたのだろう中身の空洞化が見られた。

 俺の直感が、この弾丸の持ち主を師匠だと訴えてくる。と同時に、ばーちゃんの事が気になった。

 ばーちゃんことアリラト神は、まだ地球の表面がマグマでドロドロだった頃に宇宙からやってきた氷の隕石で、本人が云うには地表に衝突した際に地中深く埋まり、また流れ込んできたマグマが接着剤のようにばーちゃんを固めて身動きを封じた。以来、ばーちゃんは遥か昔の師匠の先祖と何かしらの契約を交わし、過酷な山岳地帯に実りを与える霊石として長らく君臨した。

 だから師匠は本来ならば、ばーちゃんの守護者としてかの地に留まらねばならず、日本に足を運ぶ理由がないのだ。

 それが何故、ドンピシャタイミングで俺の自宅のあるマンションを襲撃することになるのだろうか?


「あ!」


 『師匠が死んでいる』という考えを前提として思いついた単純な発想が、あった。

 死霊術である。

 確か生前の身体の素質が優れているほど、死者の身体の状態も良く、生前の記憶もある程度保持している。

 優秀なネクロマンサーともなると、アンデッド化した対象者の生前の記憶を垣間見て、都合よく改竄することもお手の物である。この場合、ネクロマンサーは師匠と俺の立場(守護者と暗殺者)の部分を強調して敵愾心を煽れば良い。そうすれば師匠が生前の任務を放棄してでも、日本に来る可能性が高まるのだから。

 そしてこんな事を嬉々としてヤれる優秀なネクロマンサーと言えば……堕天使しか思いつかなかった。それも弟のベリアルとセットで知られる堕天使を。


 ◇◆◇◆


 エレベーターの前に警備室を通る都合上、念の為、警備室に入る。

 室内に入る前にいくつかの警備服が横たわる様に散乱していた。そして、氷の破片。

 調査せずに足を運んでいたら、死屍累々の惨状が広がっていたことだろう。

 室内にはパイプ椅子の上に警備服と氷の破片、あとパイプ椅子の背もたれと足元にロープがだらしなく存在していた。

 拷問を受けていたであろうと推測した。となると、エレベーター前で師匠が銃を構えて待機しているのが想像できた。正直なところ、俺よりも命中率が高いので、ほぼ確実に殺られる未来しかない。

 よって、階段を昇ることにした。

 幸いなことに、俺の自宅は11階にある。

 蛇足だが他の奴等(6人)は、50階以上の階層の何処かに静養地があるらしい。

 だから……まぁ、それと比べれば頑張れる。

 本当のところは頑張りたくない。ぐうたらしたい。


 11階に到達した。

 荒ぶる吐息を落ち着かせ、震えるひざを軽く揉んだ。

 昇る途中、2〜10階層の居住者(悪魔たち)に出会った。誰も玄関先のことを知らないようだったので、外出しないか、今日一日だけマンションを離れておくことをオススメしておいた。


 さて、到着して早々、飼い主は契約していた地獄の猟犬たちに襲われた。

 エレベーターの前に待機していたのか、その方向からガルムたちがダッシュして一斉にジャンピング噛み付き攻撃をしてきた。

 これに対し、俺は自分から近寄ってくる相手に最適なポンプアクション式のショットガンで処理する。

 近距離最強のショットガンに頭から突っ込んで来ることもあり、必然的に一撃必殺になった。

 ガルムたちの頭は(ショットガンの弾で)ミンチ化され、死霊術のくびきから解放された。しかし、安心するのは早かった。残弾数7に対して、八匹目のガルムの姿がなかったからだ。

 ワケアリのニオイがプンプンだったので、スサノオから貰った手袋に念じて、掌の中央に空白部分をつくり、伸ばした腕の内側から掃除機の吸込口の様なシロモノを出現させて、残った胴体を全部吸収した。

 彼らの血肉は吸収され次第、俺の傷んだ身体の修復に用いられる。それと、ガルムたちの記憶を共有し、彼等の言語を身につけるのだ。

 死霊術同様、死んだばかりの遺体の情報は何も損なうことなく吸収された。

 ガルムたちの記憶が教えてくれる。

 最後の一匹は死霊術の効き目が今ひとつで、玄関口で襲撃者たちと攻防していると。


 襲撃者たち?

 どんな奴等かと記憶を探ろうにも……あぁ、さっきショットガンで頭全体を粉砕したから眼からの情報は読み取れないか。今は。もう少し消化が進んで俺の血肉に吸収されれば記憶は蘇るが時間がかかる。

 それよりも俺が自宅に到着する方が早かった。


 襲撃者たちは元守護者たちだった。

 本来ならば師匠の仕事を補佐するべく村から厳選された5人の若者たちだった。

 トップのコルネットを除き、残る四人はアンデッドだった。

 激しく抵抗された上でのアンデッド化だったようで、ところどころグロい部分が隠れていないが、だからこそアンデッド化した場合、頼もしい兵士になる事を彼女は知っていた。


 ウォーン!


 俺を認識した最後のガルムが、再会を喜んだ。

 なるほど。右半身がアンデッド化しつつあるのを、開け放たれた玄関の奥にいる師匠から滲み出る冷気が阻害しているのか。

 敵対者の御託を聞いているヒマは無さそうなので、恒例の弱体化指パッチンで立つことすらままならない状態にして、ガルムの前に立った。

 まずは我が家の優秀な門番を存分に褒めた。次に褒美として、我が血肉を与えた。と言っても、さっき食べたばかりの血肉ではなくて、俺の体液が入っている注射器でアンデッド化した部分に注入しただけである。


 ウォーーウォンウォン!


 何事かと戸惑うガルムに覚えたての地獄犬語で命令を下した。

《我が血肉を受け入れよ。新しき姿となりて我を護れ!》

 目的の出来たガルムの行動は早く、新たな力を得るべくうずくまると自力を振り絞り、アンデッド化から元の身体を取り戻そうと努めていた。


 次に師匠の様子を伺った。どういう経緯(いきさつ)かは知らないが、ばーちゃんの霊石が心臓にグッサリと刺さっていた。呼びかけに応じようと微かに反応する姿に涙がこぼれた。

 可及的速やかな判断が求められた。

 目の前にあまちゃんの作ったポータルがあった。

 潜れば彼女が渡ったという異世界に移動するようだ。しかし、何処に飛ばされるかわからないデメリットもある。師匠の生命を救うのとこの場から離れるには申し分ないのだが……


 ウォン!


 ガルムは炎に包まれたドーベルマンの姿をやめて、闇に馴染むオオカミの姿へと変わっていた。

 その決意の宿る眼差しに、俺も覚悟を決める。


「潜るぞっ!」


 師匠にまず断りを入れてからお姫様抱っこをした。

 師匠の怪我の部分を必要以上に刺激させないで持ち運ぼうとしたら、この方法しかなかった。

 ガルムと俺がポータルを潜ったのを認識してか、入り口が閉じた。

 直後、まばゆい光が俺たちを包んだ。

 ガルムは大人しかった。未経験の出来事に理解が追いつかず、そのまま気絶した。

 経験者の俺は、異世界に存在する記憶媒体を呼び出した。

 鼻の長い老年の紳士が現れて、こちらの質問に対し、応じてくれた。

 やがてまばゆい光に和らぎを感じた頃、紳士は不思議なことを述べた。


「まずは貴方様の旅立ちのお手伝いをさせて下さい」


 どういう意味かと思えば、夕暮れの転移先にファルネーゼの宿があった。

 ファルネーゼが門の前で俺を待っていた。

 が、怪我人と気絶したオオカミの介抱が先でバタバタしてしまった。

 それでもファルネーゼが俺を見つけたときの笑顔は、いつまでも忘れられない良い思い出になった。

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