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使徒の儀式

 事後。

 顔立ちの整ったニンゲンの女としての姉さんには、怪獣の頃の体力がなかった。どうやら男と女の交わりは未知の領域だったようで、消化不足の相手を差し置いて、失神してしまう。

 悪神とはいえ、神ともあろう者が情けない。


「んあ? 妾は……」


 一瞬、記憶が飛んだかと危惧したが、姉さんの顔全体が徐々に朱に染まる反応から思い出した模様。


「妾は愛を得たのか?」

「違う。愛は重ねて始めて得られる」

「重ねるだと! ふざけるなっ、オイ、やめろっ!!」


 ああ、姉さん、その言葉は良くない。気持ちが昂ぶるから。

 思いつく限りの罵詈雑言も、そういうプレイだと思えばむしろご馳走。

 まぁ、アレだ。相手が悪かったな。


 ◆◇◆◇


 そこそこの時間が経過した。

 姉さんの魔力を吸収して復旧を急いでいた宮殿はほぼ全盛期の姿を取り戻していた。

 アシェラトとの楽しい記憶を頼りに、気力がすり減って自信を失っている姉さんをお姫様抱っこして、目的地へと足を運んだ。

 そこは、露天風呂。

 現実世界に存在する石けんやシャンプーが完備してあるのはご愛嬌ということにして、それらを用いて、姉さんを洗うことにする。

 そこで気付いたことが一つ。

 姉さんの身体が縮んでいた。

 妖艶な姿をしていた姉さんの面影はなく、何処かで見たことのある少女に。

 だが、記憶をたどるよりも早く正体が判明した。


「善神さま! いくら善神さまでもこんな場所での立ち入りは聖女ファルネーゼが許しません!」

「いや、待て。俺は……」


 釈明するよりも早い少女の回し蹴りにより、俺はズササッと音を立てて地面を滑り、出入り口にまで戻された。チンタラしていたら無数の手桶が飛んできそうな気配を感じたので、素直に退散した。

 ダメージは大したことはないんだが、後片付けが面倒くさいんだよ。


 ◆◇◆◇


 脱衣場の扇風機で涼みつつ、コーヒー牛乳を飲む。

 湯上がりならではの至福の瞬間である。

 視線を感じた。

 それも、物欲しそうな。

 俺は立ち上がると、無人の売店の冷蔵庫を開け、中からフルーツ牛乳を取りだし、蓋を開けてから彼女に手渡した。

 冷たいガラスの容器におっかなびっくりの彼女だったが、お構いなしにコーヒー牛乳を飲む俺の姿に好奇心が恐怖をはねのけ、口につける。

 至福のオーラが俺のところにも伝わった。


 ◆◇◆◇


聖女ファルネーゼ、善神さまからのお許しを得たことを嬉しく思います。加護は失いましたが、今後とも変わらぬ信仰と愛を捧げます」


 蛇の毒気が奥に引っ込み、素の少女があどけない笑顔でそう答えた。

 今も昔も女に年齢を聞くのはタブーなので、彼女の見た目から推定するに、小学校高学年あたりか。

 俺や姉さんを含む神々の時代では愛に垣根はなかったが、今の時代、何かとうるさい。

 信仰心は嬉しいが、俺に向けられたものではないので、その辺はハッキリさせておこう。


「目覚めさせて早々申し訳ないが、俺は善神ではない」

「善神さまったらお忘れですか? 私の心の目は嘘を見抜けるのですよ」


 善神をえらい信用しているからか、とんでもないことをサラリと言う少女。

 と同時に、心の目とか言ってきたので、少女の目を見てみると、光を失っていた。

 無償の信仰心のおかげで多少の奇跡ちからを得られたので、少女の眼に手をかざし、目に光を与える。

 実物の胡散臭い中年オッサンの姿を見せつけたら、さすがに幻滅するだろう。

 論より証拠、というやつだ。


 少女は周囲を見渡した。

 心ではなく、身体の目から飛び込んできた情報にさまざまな反応を見せる。

 その仕種に、初めて舶来品を手にしたあまちゃんを思い出した。


 視線を感じ、思い出を振り払い、少女と目を合わせた。

 少女は涙を浮かべつつ、先程と同じように祈りを捧げ始めた。


 考えてみる。

 よくよく思い出してみれば、我々のいた神々の時代、主神を名乗る者はオッサンだったことを。

 ゼウスなんかがそうだ。

 今の時代の好みに照らし合わせると、ヒゲもじゃの脂肪肝の好色男なんて好かれる要素は何ひとつないが、当時は少しばかり腹に脂が乗ったオッサンでも、まぁ、可能性があった。

 どうも今の時代を長く生きすぎたせいで、昔のことをいろいろと失念していた。

 つまり、逆効果だった。


 ◆◇◆◇


 何はともあれ、少女が信仰を捧げる神と俺は違うので、その辺をハッキリさせるべく説得を試みた。

 少女は特に質問もせず、コクコクと頷き理解しているようだが、曲解の可能性が否定できない。

 試しにテストをしてみた。


「哀しいことですけれど、今いる時代では善神さまのことを知っているのは私だけなのですね」


 そうだ。誠に悲しいことだが。


「善神さまは現在、世を忍ぶように仮の名で生活していらっしゃる、と」


 ベルフェゴールと教えてやったのだが、どうにもその名を呼ぶ気配がない。

 揺るぎない信仰心の表れだろうか。

 何にせよ、理解はしているようだった。

 次の段階に入ろう。


「善神さまは私の身体の中に悪神を封じ込め、この地帯一帯を封鎖したのですね。そして、力を使い果たし、すっかり弱られた善神さまのお命を狙う不届き者から逃れるべく、遙か遠い東の地まで離れていった、と」


 俺が見た善神の最期? は、封印を施した安堵感からかひと息ついたあと、モヤのように霧散していった。その後、ジェノこと出奔した妻が翼をはためかせて意気揚々と出現し、俺はスタコラサッサと逃げた。

 少女には、俺の記憶と善神の記憶が都合の良いように融合して伝わっている。

 あと、俺がジェノのことを思い出した瞬間、少女の顔つきに強張りが見えた。

 元聖女といえども人間。嫉妬心はある。


「俺は、理由も告げずに居なくなった妻を見つけ出さなくてはならない」


 そう、言い切った途端、少女は泣き崩れた。


「善神さまは何故、私を目覚めさせたのですか。もう新たな試練など必要ない、と仰ったではないですか」


 全くの成り行きで、ダハーカ龍をどうこうする話が、善神の忘れ形見をどうするか? という問題にまで発展した俺の心の内のことはどうでも良いらしい。

 どうするかなぁ、と心底困っていたら、次元の狭間からアサルトライフルのファルが登場してきた。

 何だ、ファル繋がりか?

 とか何とか思っていたが、今度はショットガンのイサカが顔を出して、俺の記憶を揺さぶった。

 ああ、そうか。

 それがあった!


 ◆◇◆◇


「使徒の儀式?」


 平たく言うと、神が功績のあったニンゲンを神々の仲間入りさせる儀式のひとつだ。

 ひとつ、という言い方からして幾つかのステップがある。

 というのも、急に神の力をニンゲンが扱えることは稀で、力に馴れさせる一環として、使徒という役割を充てて、順応してもらう。


 神々の仲間入り、というくだりで少女がビックリしていた。

 どうして話がそういう方向に飛んでいったのかわからない感じだ。


「理由は幾つかある。第一に約二千年ものあいだ、悪神にして最悪の邪龍でもあるアジ・ダハーカを封じ込めていたこと。これにより、外の世界はニンゲンの文明が幾分か進歩した。キミの尊い犠牲があったからだ」


 これは本当に誇って良いことだ。俺が知る限り、似たことをやって結局堕落したタル何とかという坊主がせいぜい百年程度である。まぁ、神直々の厳重封印でコールドスリープと生きたまま悪魔の核を打ち込まれての苦難苦痛の炎による火だるまの刑とでは比較対象としては根拠が弱いとも云う声があるが、カット。

 どちらにせよ、悪はジワジワと侵蝕を果たしているので、他者に厳しい天使族だと残りの人生を人として終わらせるだろうが、俺個人の考えでは封印を解かれ、事情を察してもなお衰えを知らない信仰心を評価した。よって儀式の資格はアリだとみている。


 さて、儀式の内容であるが、これは神々の性格が出てくる。

 三日三晩、飲まず食わずのぶっ通しの儀式を行ってニンゲンの忠誠心を試すのもいれば、神の偉業を称えるパレードを行わせ、満足すれば実行に移るヤツとか。

 俺は、そういう面倒くさいのがイヤだから、質問は一つだ。


「ファルネーゼ、俺に付いてこれるか?」

「はい。何処までも」


 俺には勿体ないぐらいの眩しい笑顔で即答だった。

 その次の瞬間、ファルネーゼの手の甲にカラの王座が描かれた魔法陣が書き込まれ、霧散した。

 無事、儀式は終了した。

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