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白銀の世界

美鶴はゆっくりと意識を取り戻していく。

目を開けると視界には見慣れた天井、それに真白と椎の心配そうな顔があった。


「起きたか」


「美鶴様?」


はっきりとしない意識で記憶を辿る。

美鶴は、社へ行きそこで何かを調べていたはずだ。

窓の外を見ると、もう暗くなっていて結構な時間が経っていた。

今いるのは自分の部屋で、帰ってきた記憶はない。

一体、どういうことだろうか。


「いきなり倒れて驚いた。どこか打ってないか?」


上体を起こそうとして真白に支えられる。

そしてその言葉を聞いてやっと思い出した。


「私、倒れたんだ……」


「鏡が今、水を取りにいっております。気分は如何ですか?優れないようなら、横になっていてください」


「大丈夫」


椎に向けて言うと、でもと引き下がる。

美鶴は椎に微笑みかけて、ありがとうと言うと、椎は口をつぐんでしまった。

静かに襖が開いて鏡が入ってくる。

その手に湯呑を持って、美鶴を見た途端安堵の笑みが零れた。


「よかった、お気づきになられたんですね」


美鶴の元に寄って来て、湯呑を差し出す。

中からは湯気があがっていた。


「暖かいものの方がよろしいかと。緑茶を淹れてみました」


緑茶を受け取って一口。

温かみが広がって、少し落ち着く。

そして自然に謝罪の言葉を紡ぐ。


「迷惑かけて、ごめんなさい。折角みんな調べようって言ってくれたのに……」


美鶴が呟くと、皆一様に気抜けた顔になる。

何か変なことを言っただろうかと美鶴は狼狽えた。


「確かに、心配はしましたよ」


椎が笑いながら言う。


「でも、あなた様が仰ったことについて謝る必要などありません。迷惑などと、思うわけないじゃないですか」


困ったような笑顔を見せながら鏡が言う。

椎と鏡、2人は顔を見合わせて笑った。


「でも、手間をとらせたんだから謝らなきゃ」


「いっぱい迷惑かけていいんです!そしてあたしたちをたーくさん頼ってください」


そう言って満面の笑みを見せる椎。

今度は美鶴が唖然とする。

いきなり後ろから、真白に肩を抱き寄せられて呟く。


「忘れないで。僕のことも頼りにしてほしい」


それは純粋な切なる願い。

美鶴は顔に熱が集まるのを止められなかった。


「真白?」


呼びかけると回された真白の腕が微かに震える。

そして一層強く抱きしめられる。

すがるように、美鶴を求める。

まるで真白は何かに怯えるようだった。

今日は、真白がおかしい。


「ねえ……」


美鶴がそう言うと真白は我にかえって素早く離れる。


「すまない」


目を合わせずに、真白は言った。


皆でお茶をすすりながら、やっと本題に入る。

社で調べたこと、美鶴も覚えている限りを話してみることにした。


「誰かに操られてるようだった」


そう言うと、皆一様に固まる。

詳しく話さなくては変に誤解されたままになるため、美鶴はゆっくりと話し始める。


「よく分からないけど、社に入って少しした時から頭痛がひどかったの。そこからは、あまり覚えてない……でもある本に触れた途端に、私の記憶の中、血に宿ってるっていうのかな。それが私に語りかけてきて、操っていた。本にはね、契約がなんとかって……」


あやふやな記憶がとても憎かった。

悔しいけど、それしか覚えていないのだ。


「ごめん、何か大切な部分を忘れてるっていうのは分かる。でも思い出せないよ」


「それは、少なからずお前の先祖に関係しているかもしれない」


小さく真白が呟く。

その言葉を聞いた3人は、一斉に真白を見やる。


「確証はない。でも、僕にはそう思えて仕方がないんだ」


「それって要するに、美鶴様にはご先祖様の記憶があるってことですか?」


椎の言葉に真白は曖昧に頷く。

2人共混乱しているようだった。


「少し、その話は置いておきましょう。私からも報告したいことが」


混乱を解消するように、鏡が遠慮がちに口を開く。

考え込んでいた真白と椎はその言葉を聞いて鏡の話に耳を傾ける。


「雪神の他に、四季神がおられるのは知っておりますね?その四季神と花嫁は、定期的に集まって情報交換をしているのです。邪神やその他についてなど、情報はとても大切ですから」


「……知らなかった」


「だと思いました。主も千鶴様も、必要なことしかお話しませんからね」


真白を見るとばつの悪そうに、美鶴と目をあわそうとはしなかった。


「それ、いつ頃あるの?」


「次にあるのは新年があけてすぐ、元旦の日です」


「今年はこの地でやるようですよ。雪村の家に、皆様お迎えするようです」


考えるだけでなんだか気が重くなってきた。

元々人付き合いが得意ではない美鶴にとっては、大勢の人が集まるような行事は苦手なのだ。

重くため息をつく美鶴を見て、真白は必死に話しかけてくる。


「す、すまなかった。もっと前に言っておけばよかった」


「ち、違うよ。大丈夫。急でちょっと驚いただけ」


「……怒っていないか?」


「怒らないよ、驚いただけだってば」


美鶴がそう言うと、真白は安堵の笑みを見せた。


一通り、話をしたが結果はあまり変わらなかった。

皆大したことは分からなかったようだ。

もっとも、十分に調べることはできなかったが。


「また後日、調べに行けばいい」


真白は優しくそう言ってくれる。

鏡と椎も同調して頷いてくれる。

美鶴はそれを嬉しく思うと同時に、申し訳ないとも思った。


「そういえば、外、雪積もってますよ」


椎が窓に張り付いて外を眺めている。

いつのまにか、雪が降ってきていたようで。

何気なく真白を見ると、特に表情はなかった。


「……?」


美鶴の視線に気がついたのか真白が目を合わせ、視線が絡む。

恥ずかしくなり、美鶴はすぐ目をそらしてしまった。

目をそらしてしまい余計に気まずくなるのは言うまでもない。

真白はますます頭に疑問符を浮かべ、美鶴から目を離す。


「いいでしょ鏡のばか!」


「いい加減にしろ!遊びたいのなら一人でいってくればいいだろう!」


「一人じゃつまらないから言ってるのにー!」


椎の不機嫌な声と鏡の発する半ば諦めともとれる怒声に気づいて、二人を見る。

拗ねて頬をふくらます椎と鏡は同時に他方を向く。

双子というだけあってシンクロしているようだ。


「見苦しいところを、すみません」


頭を垂れて謝る鏡。

美鶴は鏡に顔を上げてと頼み、事情を聞く。

何となく、この兄妹でも喧嘩をするのかと驚いた。


「雪ですよ!積もったから外行きたいって言ったのに鏡が」


「だから遊びたいのなら……」


「みんなで行ったほうが楽しいに決まってるよ!」


また、言い争いが始まってしまう。

不思議と止める気がなかったのは、真白が眠そうにしていたからかもしれない。


「構わない。行こうか」


その真白が呟いた。

瞬間に喧嘩がぴたりと収まる。

「美鶴も、いい?」


「私は別にいいけど……」


椎のほうを見ると目を潤ませ、真白を見ていた。

鏡は呆気にとられたような顔を一瞬見せて、真白と美鶴を見る。


「すみません……」


再び頭を下げる鏡と大喜びな椎。

そんな二人を見て、真白と美鶴は顔を見合わせ微苦笑した。


「薄暗い中での雪もきれいなのは知ってた」


言葉とともに白い息。

美鶴は誰に言うでもなくそう言う。

その言葉を聞いた真白が隣に並び、同調し首を縦に一回振る。

隣の温かい存在に気づき、斜め上を見上げる。

真白は子供を見守るような目で鏡と椎を見ていた。


(無邪気だなぁ……)


乗り気ではないと思われた鏡が意外にも楽しそうに、雪遊びに興じていた。

彼はまだまだ子供だからだろう。


「ん」


真白が何か思い立ったように声を発する。

そして美鶴の前に手を差し出す。


「手。美鶴は手袋をしてないから寒い」


擦って温めていた手が真白の手に包まれる。

相変わらず冷たいから、意味はない。

けれど何故か無性に嬉しかった。


「真白も手、冷たいね」


「……次からは、手袋をする」


決心したのか、真白は頷きながら言う。

雪に刻まれていく4つの足跡。

白銀色の雪は、微かに輝いているように見えた。



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