闇夜に一筋の光
不思議な夢を見た。
雪が降っている中、美鶴はただ立ち尽くしている。
見覚えがある景色、懐かしいとさえ感じる場所だ。
気づくと自分は涙を流していた。
泣いているけど美鶴じゃない、誰かが泣いている。
自分ではない誰かの記憶の中にいる感覚。
どうやら本当に誰かの記憶のようだ。
「あなたに泣かれると、私はどうしていいのか分からない」
そう声をかけられ指で涙を拭われる。
目の前に誰かいるのは確かなのに、肝心なその姿はぼやけて見えない。
「ごめんなさい」
口はそう言った。
美鶴の意思に添わず次々と謝罪の言葉を紡ぐ。
本当に見ていることしかできない。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」
泣きじゃくることしかできない。
目の前にいる人は美鶴の腕をとり、優しく抱きしめて耳元で何かを呟いた。
「──つる、……──み……──み……つる」
ゆさゆさと揺らされている自分の体。ぼんやりと真白の声が聞こえて、ゆっくりと目を開ける。
目を開けて、視界に真白が映った瞬間に美鶴は夢の内容を忘れていった。
「美鶴、こんなとこで寝たら風邪をひく」
真白が心配そうに美鶴を見ている。
また真白に探させてしまった。
顔を傾け、時計を見る。
もう午後の11時になっていた。
こたつで本を読んでいたら寝てしまったようだ。
立ち上がろうと、体を起こす。
途端に美鶴の脳裏に何かがちらついた。
何かは、分からないが。
「美鶴?」
真白の声で我に返る。
心配そうに見つめてくる真白に笑みを返して、部屋に戻るように促した。
その夜美鶴はなかなか寝付けなかった。
先ほどまで寝ていたからというのもある。
美鶴は自分の頭の中にある微かな違和感が気になって仕方なかった。
外は随分冷え込んでいて、余計に目が覚めてしまう。
いっそこの環境を活かして考え事をしようと美鶴は庭へ出たのだ。
「また、真白置いてきた……」
気がつけばいつも真白を置いてきている。
でも寝ているだろうから、起こすわけにもいかなかった。
というわけで今回は仕方ない。
美鶴はきれいに整えられた庭を見て思う。
明かりひとつない場所。
家からの明かりを頼りにすれば、歩けないこともないはずだ。
そしてここならば落ち着いて考え事ができるだろう。
美鶴は目を閉じて一回深呼吸をする。
静寂が自分を満たしていくのを感じ取る。
考える、血のことと先刻のこと。
自分に流れている血。
薄いがその中にあるという雪神を守る退魔の力。
四季神の心臓を狙う者、守る者。
正直言って、疑問が全て消えたわけではない。
納得いかないことや分からないことだらけというのが今の本音。
何より、自分の存在自体が最も曖昧だと美鶴は思う。
「調べてみようか」
美鶴は目を開き、また考える。
そうだ、調べればいい。
なぜ今まで思いつかなかったんだろう。
「美鶴……?」
眠そうな声が聞こえて振り返る。案の定、そこにはふらふらと歩いている真白がいた。
「真白」
真白のもとに駆け寄る。
安堵の笑みを見せる真白を見て美鶴は後悔した。
また心配させてしまったんだ。
ひんやりとした手が美鶴の頬に添えられ、手が触れた瞬間、切なさがこみ上げてきた。
「ごめん、なさい」
顔を見ることができなくて俯く。
自然に自分の手を真白の手に重ねていた。
「何故あやまる?僕が勝手に追いかけてきたんだ。一緒に散歩したいから」
優しい声だった。
本当に、真白は優しい。
顔を上げて真白を見る。
マフラーに厚い羽織を着ていて、寒さ対策はきっちりしているのに手はとても冷たい。
しかもマフラーは今朝と同じものだった。
本当に一体どこから見つけたのだろう。
「ねぇ、そのマフラーって……」
「これ?美鶴の部屋の押入れにあった」
やっぱり。
どこか見覚えがあると思っていた薄いピンクのマフラー。
美鶴が中学の初めの頃使っていたマフラーだ。
とゆうか問題はそこじゃない、何で勝手に人の部屋の押入れを開けているのだ。
と言ってやろうとも思ったが誇らしそうに嬉々として話す真白を見ていると言う気がなくなった。
「…はぁ」
ため息を吐いた美鶴を見て真白は、急に真剣な面持ちになる。
「何を考えていた?」
見透かされてるようだ。
真白に聞いてみようと思い美鶴は口を開く。
「調べてみようって考えてた。雪村の家のことや、なぜこの家は花嫁を捧げるようになったのかとか。私はあまりにも知らなさ過ぎるから」
述べた内容については真白も知らないようで、少し驚いている。
その様子から察するに、調べる方法を真白は知らないのだろう。
真白から視線を外し、星のない空を見上げた。
「……何か文献とか残ってないのかなあ」
独り言のように呟く。
するとその言葉に真白が意外な返答をしてきた。
「書物の場所なら知っている」
真白の言葉を聞いた美鶴はすぐに真白を見る。
「それ、どこにあるの?」
「美鶴が昨日訪れた森の最奥に、古い社があるんだ。確かそこに書物があったはず」
「それだ」
美鶴は小さく、しかし力強く言った。
不意に頭上から僅かな光が差す。
雲に隠されていた月が姿を現し、またすぐ雲に覆われる。
その光に美鶴は何故か希望を見出していた。
翌日、当然ながら平日の今日、美鶴は学校に行かなければいけない。
真白が寝ている間に朝食を済ませて家を出ようと思っていた、が。
「あ、美鶴。おはよう」
朝食を摂った後、着替えようと自室に戻ると真白が布団を畳んでいた。
失敗だ。その姿を見た直後に美鶴は悟る。
「今日も早いんだね、早速調べに行く?」
真白にこれからの事を教えなければいけないと思うと気が重くなる。
小さくため息をついて話はじめた。
「あのね真白」
「ん?」
どこか楽しそうに返事をして布団を押入れにしまう。
そんな後姿を見ているとますます気が重くなった。
布団をしまい終わった真白は、正座をする美鶴と向かい合う。
「私ね、これから学校いかなきゃいけないの」
「……そっか……」
真白の元気がなくなったのが目に見えて分かる。
悪いことは何もしていないのに美鶴に罪悪感が芽生えていた。
俯いて何も言わなくなった真白があまりにも可哀想に見えて美鶴は慌てて話す。
「な、なるべく早く帰ってくるから!その後、一緒に探しにいこう?ね?」
必死になって語りかけると真白は静かに頷いた。
少し心配はあるが美鶴には時間がない。
急いで着替えて家を出た。