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雪村の家系

翌日21日、美鶴は朝から母に呼び出されていた。

学校は休み、普段は離れに住んでいる祖母も朝から母家の居間に集まっていた。

仕事のある父は、さすがにいなかったが。


「おはよう、美鶴」


「おはようございます」


祖母と挨拶を交わした後、母と祖母が座っているのとは反対に、向き合うように座る。

それにしても、何故祖母までわざわざ出向く必要があるのだろう。


「…さて」


お茶を一口飲んで母は話しだした。



「昨日も言ったけど、あなたには雪村家の事を知ってもらうわ」


少し空気が重くなった。

そんな母に押されて、美鶴は黙って頷く事しかできない。


「まず、美鶴は雪神様を知ってる?」


「…とりあえず、一通りは知ってます」



雪神、別名は冬神。

四季の神として冬を守る神。主に雪を降らせる事を仕事とする。

古来よりこの地を守る神でもある。


「その雪神が、何か?」


雪神が何故関係している?

美鶴がそう尋ねると母はゆっくりと頷いた。



「雪村の家は2代に1度、娘を雪神に花嫁として捧げているの」


「はな、嫁?…ですか?」


話しが飛躍しすぎている。

美鶴は自分が呟いたその言葉の意味を理解できなかった。

神様と、結婚?


「あなたは今日、17歳になった。何か特別な力を感じないかしら」


掌を開いて見つめてみる。

目に見えたのはいつもと変わらない自分の手。


「……全然」


そう呟いていた。

特別な力など別に何も感じない。

美鶴のその言葉を聞いた母は小さくため息をついた。


「雪村の娘には雪神の血が流れているの。もちろん私やお祖母様や、美鶴、あなたにも流れているわ」


そんな話初耳だ。

今まで普通の人間として生きてきた。

自分の体に神の血が流れている、いきなりそう聞かされてそうなんですか、なんて信じれるわけがない。


「それは本当に?」


どうしても、美鶴は信じる事ができなかった。



「本当よ」



当然、と言うような母のその口調からも真実だと分かった。


突然、母は瞳を伏せる。

見たことのないような悲しみの母の表情だった。



「でも、全く力を感じないというのは少し困るわね」


はじめ、美鶴には意味が分からなかった。


「神の血をひいている私達は幼い頃から力があった。でも…血が薄れているからか、血と相性が悪いのか…あなたは…」


「力が、出なかった…ですね」


美鶴がそう呟くと母は悲しそうに頷いた。


「力が現れなければ、雪神の花嫁にはなれないわ。古来より、血を絶やす事は最大の禁忌とされていた」


どくん

心臓が波打つ。

母の言葉に呼応するように波打つ。

自分は、何かを知っているんだ。


身体が震える。

緊張か、恐怖か。




慌ただしく廊下を走る音が聞こえる。

瞬間、勢いよく居間の襖が開いた。


「美鶴っ!!」


襖の近くに白髪で、金の瞳を持つ男がいた。

よほど急いでいたのか息を切らしている。こんな知り合いはいないはず。


「よかった、美鶴」


柔らかく笑って、美鶴をぎゅっと抱き締める。

急すぎて、声すら出ない。


「ちょ、ちょっと…!」


やっと状況を理解して美鶴は男を離そうと体を押す。

だけど美鶴の力では動かなくて、更にきつく抱きしめられる。



「起きたらいなくなってたから、心配した」


男は言う。

てゆうか本当に誰なんだ。


目線の先では、母と祖母が微笑ましそうに美鶴を見ていた。





「あなた…誰?」


美鶴は声を振り絞った。

バッと体が離れて肩を掴まれる。

目の前にはひどく驚いたような顔があった。



「真白」


「えっ?」


美鶴がそう聞き返すと、またふわっと笑う。


「真白。美鶴がくれた、名前」


嬉々とした表情。

よく通る声で嬉しそうに話す。


「ま、真白!?」


驚いて思わず声が大きくなる。

男は嬉しそうに頷いた。


「え、ちょっと待って!真白ってちっちゃくて真っ白な猫…」


だったはず。

目の前にいる男、もとい真白をじっと見つめる。

白いふわふわの髪はどこか懐かしく、猫の真白を思わせる。

金色の瞳、そういえば真白の瞳も金だった。

かなりの美形、浮世離れした美形。

顔立ちは青年のようでもその表情には幼さが見える。


「猫は、雪神の仮の姿」


真白は言う。

雪神、

確かに真白はそう言った。

「そこからは私めが説明致します」


母が真白を見据えて言う。

その瞳はとても落ち着いていた。


「白猫は雪神様の仮の姿。美鶴、あなたが昨日連れてきた白猫はあなたが嫁入りをする方なの」


唖然とした。開いた口が塞がらない。

真白が神様で結婚相手?


「嘘でしょ…」


いつのまにか猫になっている真白。美鶴のひざの上でごろごろと喉を鳴らしている。

ふと人間の姿になった真白が頭に浮かぶ。

普通の絵ならば、自分は男に膝枕をしているのではないか。

想像した美鶴は恥ずかしくなり、顔を伏せる。


「美鶴?」

「あ、ごめんなさい…」


母に声をかけられて顔を上げる。

心配そうな母。

どうやら美鶴が絶望して顔を伏せたと考えているらしい。

美鶴の返事を聞いて、母は話を続ける。


「ただ、さっきも言ったように力が現れなければ花嫁にはなれない。歴代の娘は17の誕生日までに力が現れないなら一生花嫁にはなれなかった。でも今はあなたしかいない。だから美鶴、あなたに賭ける事にしたの」



母の瞳は真剣だった。

美鶴に賭けると言った母、どれほど危機的なのか、今は全身で感じる。


「でも千鶴、問題はこちらにもある」


人型になった真白が美鶴に寄り掛かり、呟く。

真白の人型に免疫がない美鶴は真白を押し返し、離れた。


「真白にも問題が?」


真白の思わぬ一言に美鶴は聞き返していた。

自分だけでなく雪神側にも何かあるのだろうか。


美鶴の問いに真白は自嘲気味に笑い、頷いた。


「まず美鶴、君に力はないと千鶴は言うけど僕は違うと思う。操り方を知らないから力がないように見えるだけだ」


力が表面に現れないのだから、結局は同じだけど

と言って真白は柔らかい笑みを見せた。

安心して、と言うように。

ちらりと母を見てみる。

母は大して驚いていないようだった。

でもその表情には少し安堵が見える。


「僕も、美鶴と同じで、力を上手く操れない」


先刻とは一変し、悲しみが見える真白。


「雪神は代替りをしたら花嫁を迎え入れることができる。それは雪村の娘の誕生日と同調しているけど」


「私や真白は、まだどちらも未熟で、それができないって事?」


誰に言うでもなく、美鶴は自分の考えをまとめるように呟く。

美鶴の言葉に、真白や母は頷いた。


「僕は感情が高ぶったときにしか力が現れない。操ることができないから雪神としての役目を果たす事ができない」


「役目って、ちゃんと雪を降らせるってこと?」


真白は頷き、少しの間の後不意に距離を縮めてきて美鶴をじっと見つめる。


「美鶴…」


「…はい」


真白は戸惑い考えるように一度、目を逸らす。

美鶴は首を傾げて真白を見る。


「嫌じゃない?」


「え…?」


もう一度真白は美鶴を見て言った。

真白の目は不安で揺れているようだ。


正直、美鶴はどう答えていいのか分からない。



「別に、嫌じゃないよ」



美鶴は今の自分の素直な思いを告げていた。

不安げに揺れていた真白の瞳が丸くなる。


「だって、真白は私のこと助けてくれた」


母は驚きの表情で美鶴を見つめる。

真白は優しく美鶴を見ていた。


「小さい頃私真白に会った事あるよね。私泣いてた。真白は私に泣かないでって言って抱き締めてくれた」


懐かしさを感じたのは勘違いなんかじゃなかった。

10年前、美鶴は真白と出会っていたのだ。

優しかった。

抱き締めてくれた腕も、かけてくれた言葉を。


「真白がお母さんとお父さんに私の場所を教えてくれたんでしょう?」


美鶴がそう問うと真白は少し恥ずかしそうに頷いた。

それを見た美鶴は微笑みを真白に向ける。


「真白だもん。嫌じゃ、ないよ」




一通りを話し終わった。

美鶴を自室へと返し、居間には千鶴と祖母が残っている。


「美鶴は大丈夫なのでしょうか」


千鶴が祖母に言う。

心配そうに、瞳を伏せて。

祖母は千鶴を見て口を開いた。


「あの子は雪神に好かれている。きっと、大丈夫よ」


千鶴はその言葉を聞いて、泣きそうになった。




「ねえ」


自室に戻った後、美鶴は真白と向かい合っていた。

まだ完全に疑問が消えたわけではない。


「何?」


真白は嬉しそうに返事をする。何がそんなに嬉しいのだろう。


「真白は10年前にも私に会ったよね。でもその時と全然変わってないように見える。神様ってやっぱり長生きなの?」


少し間を置いて、真白は答える。


「人の一生なんて、神にとっては一瞬のよう」


真白の纏う雰囲気が変わった気がした。

口調が堅くなり、真白じゃないような気さえする。


「長い命の中血を絶やさないよう、雪神は何人もの花嫁を迎える。当然花嫁は先に死んでいってしまう。長すぎる命は酷なものだ」


「花嫁って、私だけがなるんじゃないんだ…」


聞こえないように呟く。

少し悲しかった。

考えればよく分かる事なのに。

何だか顔を見れなくてうつむいてしまう。

突然握りしめていた両手をとられ、真白の手が美鶴の手を包む。


「美鶴は僕の1番最初の花嫁。僕は美鶴が大好きだから」


美鶴に語りかける真白は真剣で、でもとても優しい顔をしていた。





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