17話
鈴をしまって村へと戻る。日は高く登り、もうすぐ昼時だろうか。
村に戻って来ると、気が抜けて息が漏れる。伸びをして息を吐く。
「えいっ」
後ろから左腕を何者かに抱き着かれる。柔らかな感触と甘い香り。もう見なくても分かる。
「ね、どこ行ってたの?何か面白いことあった?」
サウィンはぎゅっと腕を抱いて引っ張る。つられて体が傾き、頬にサウィンの髪が触れる。体を起こしてバランスを取り戻す。
「祠を修理して、竜神という者に会ってきた」
「は…?竜神様でしょ…?」
「あっ、竜神様!様!」
「冗談冗談。あの祠は昔問題があってね、知ってた?」
サウィンは腕を離して前へと出て尋ねる。
「…先に知っておきたかったな」
「今更もういい?」
「いや、一応聞いておく」
「昔々、ある祭りのこと。あの祠の前で剣の試合をしていた時のこと。お互いに牽制が続き、初動も捌きあい、中々決着がつかなかった。派手さこそないものの、見ごたえのある名勝負だったという。…途中までは。突然祠が光り、互いの防御力が上がったり、剣が強化されたり、麻痺したりして勝負が大荒れ。決着はついたものの、真剣勝負に水を差されて多くの人が冷めてしまったという。以降は勝負は無くなり、剣を用いた舞になった」
「廃止したのか?いいのか?」
「竜神様から変えていいと言われたらしいよ。竜神様は地味な勝負は嫌で、人間側は水を差されるのが嫌で、じゃあやめるかということに。でも、剣技は大事だから舞となって残った」
「舞か…誰ができるんだ?」
「理論的に言えば、この地に伝わる剣技を使える人は誰でもできる。特に上手い人がやるので、最近は大体がカウォジさんかな。病気で寝込んでた時はロアがやってたよ。あの親子はセンスがあるね。2人とも美しい動きだった。ヴィアはどうだろう?あんまり向いてない気がするけど…」
「ロアさんは剣も使えたのか」
「対人の剣だから普段使うことないけどね」
「ああ、そういう訳か」
剣…。俺には関係ない話だけど、何か心惹かれるものがあるな。
「私が掃除に行く時は竜神様に会えないのに、どうして会えたの?」
「鈴を鳴らして…そうだ、鈴を返さないと」
「そう急がなくてもいいじゃない?」
「話は返し終わってからしよう」
「んー、間が空くと冷めちゃいそう」
今まで見た感じ、この人は面白いものに惹かれてコロコロと興味が変わるからな。
「…会えない理由は多分、竜神様の性格だろう。呼ばれたり構われたりを好まない。あくまで俺の想像でだ。もしかしたら違う考えがあるかもしれない」
「なるほど。それが正しいとしたら、ぐいぐい行きすぎたわけか。押して駄目なら引いてみるって奴ね」
「何か違う気がする」
「一度見てみたいな。何人かは見たことあるって言うから、存在はするのは本当。後は会うだけ」
「見たら見たで満足して飽きないか?」
「さあ?その時にならないと分からない。飽きるにしたって、知った上で関連することへ興味が移るかもしれないのだから、……全くの無駄じゃない」
「仕事でもないし、楽しむ上で無駄かどうか考えなくていいだろ」
「そうだね。てっきり無駄だと言っているのかと」
「…こんな話がある。紐にある魔力を帯びさせると埃が散るという発見をした人がいる。その人は後の浮遊術まで考えていたわけじゃない。無駄かどうかは考えずに、ただ面白いから色々弄っていたら後の世で大活躍する浮遊術の要素の1つができてしまったわけだ。面白いから取り組む、それはいいことだと思う。それこそが真理の探究そのものかもしれない」
「そうだね、いいことを言う。大好き」
思わせぶりに聞こえるが、そういう考えが好きという意味だろう。人嫌いの時もあれば、くっついてくるような時もあって、本当に人を翻弄する。
「それじゃ、俺は返しに行ってくる」
「そうなの?私ももう仕事に戻るかな」
手を振って別れ、雑貨屋に向かった。
雑貨屋は閉店していた。この村の建物はみんな窓が小さくて中が見えないな。サッシも木製で、断熱優先のためだろうか。裏に回って呼び鈴を鳴らそう。
裏へと回ると鳴らす必要が無くなった。というのも、裏の縁側でロアとニケが座って休んでいた。足をプラプラさせている。2人ともこちらに気づいたようで、こっちを見る。
「あっ、ライドさん、どうでしたか?」
「割れていたので直して来ました。鈴、ありがとうございました」
近づいて鈴をロアに返す。
「直したと言うと元通りに?」
「元通りに。割れる前の状態に再生させた」
「竜神様には会えました?」
「会いました。何というか…上の存在ですね」
「その様子だと争いにならなかったようで何よりです」
「2人は何してたんですか?」
「そうですね…、もう終わったことだし…。金庫の部屋の扉が歪んで閉まらなくなっていたので取り換えて貰っていたんですよ」
「喋らなくても良かったのに」
「もう終わったのでいいんです。今は休憩中です。別件で後少しあります」
なるほど。これは取り換える前に喋るわけにはいかないな。取り換えた後すぐでも、問題があるかもしれないから、少し様子見てからの方がいいとも思うが。
あまり長話して邪魔してしまって悪いな。もう帰るとしよう。
「ではこれで。残りも頑張って」
「うん。」
一旦家に帰る。昼は簡単にソバの実と漬物やチーズを食べた。食後はぼーっと過ごし、頭に色々と考えが浮かんできたところで気力が満ち、動き出す。家を出て掲示板を見に行く。
村長の使う資料の整頓か…。ここで出るということは、万が一にでも見られても平気な奴かな。
「今日はよく会うね」
「資料の整理の依頼を見て来た」
村長宅の廊下に来て、鞄を持ったサウィンに会う。
「条件がある。ここで見たことは他言無用。公開しているものも混じっている。しかし、その区別は容易ではない。だからここで見たことは外で言っては駄目、いい?」
「分かった。黙っている」
「ならオッケー。ちゃんと守れば高い給料、破れば罰金、名誉も失う。あ、だからといって逃げたらだめ。もし破った時、逃げたらもっときつい罰だから」
「分かっているよ。築き上げている信頼を無に帰すことなんてしない」
「そうね。こっち、ついてきて」
サウィンは鍵を開けて扉を開き、レバーを引いて天窓を開く。曇り空で明るさが足りないため、天井から吊られた蛍光魔石に魔力を渡し、部屋を照らす。部屋の左右にレールに乗った本棚が並ぶ。本棚をスライドさせて寄せ、できた隙間に入って目当てのものを使うようだ。中央に大きな机があり、そこに書類が積んである。
「この机の上にあるのを分類してファイルに足していく。ま、とりあえず分けるだけでいいよ。棚のどこにどのファイルあるかまだ知らないでしょ」
「地味だな、君のような感性豊かなタイプには耐えられないだろう」
「つまらないけど、耐えられないほどではないかな。さすがにずっとやってたら耐えられないだろうけど、飽きたら外に出て気分変えるから。それよりも前例至上主義がつまらない。新しいことはリスクがあるのは分かるけど、時勢というものがあるでしょうに。さっさと終わらせよう」
机の前に立って書類を手に持ち、机の上に並べていく。
「これはどこだ?計画書のような、帳簿のような…」
「ああ、道路ね。それは予算系でだからここ」
「ん」
机の上の分類に合わせて黙々と置いていく。
あ、身長や体重、胸囲も…。毎年の記録か、ほほう…。不思議なものだ。ただの数字だというのに、想像力が掻き立てられる。
「そこ!じっくり見ない!」
「すみません…」
再び黙々と作業を行う。しかし量が多いな。何か音楽でもあればいいのだが。
「そうだ、聞いておきたかったんだけど、ライドは牽制ばかりの試合をどう思う?」
音楽ではないが、緩い会話はちょうどいい。…まあ、緩いか。
「俺は牽制で勝負から降りまくる塩試合も好きだな。緊迫感があるし、勝負手では一気に動くから緩急が心地よい。でも、詳しくないと面白くないかもな。どういう読み合いをしていたのか分からないと無駄に地味なことしてるだけに思えるだろうから」
「なるほど、そういう視点か…」
サウィンは伸ばした手がピタリと止まり、紙を手放す。ずれて乗ったため、伸ばした手で整える。
「試合以外にも役立てそうね。戦術が分からない人でも見て何だか面白そうと思えるものと、戦略や戦術を理解した人が見て楽しめるものの2つ用意するといいのか…。前者はランダム性が強くてロマン重視、後者はランダム性が低くて頭脳対決、同じ土台でもルールを変えて」
「何かするのか?」
「イベントをして村をより元気にしようと思っているところ。急ぎじゃなくて、いいのが思いついたらって感じだけど」
「期限を決めないと、まだまだ良くできると考えて終わりが無くなるぞ。締め切りが近い方がなぜかアイディア出るしな」
「確かに、考えておく」
サウィンは嬉しそうに微笑んだ。
「強い戦略とは何だろう?」
「俺が思うに強い戦略とは相手に対して相性のいい戦略。奇策になるか愚策になるかは相性次第」
「相性…。まあ、そうだろうけど…」
「結局のところ、相手の得意分野や狙いを潰したり封じたりでき、自分の得意分野を活かせるような相性のいい戦略が強い。そのために情報を集めたり、鍛えて得意分野を増やしたり、柔軟な頭と組織で戦略幅を増やしたりする」
「真新しさのない当たり前のことね。でも、その質次第というわけか。やっぱり特効薬はなくて、地道な積み重ねか…」
「サウィンは強い戦略とは何だと思う?」
「私?私も似た感じ。相手の狙いを潰して、選択肢を封じて…と支配力で優位に立てるもの。ちょっと違うけど、相性がいいの言い換えみたいなものかな」
「確かに似てるな」
「ただ、遊びによっては面白くないかもね。お互いに使える駒や札が同じ条件なら支配力を争っても面白いけど、人によって全く異なる構築で勝負に臨むのなら戦術はほぼ固定でしょ?それを潰してしまったら詰んで面白くない」
「詰まないように耐えられる奴が使われるだろう。だがそうすると選択肢のないものになってしまう。じっくりと育てていくようなゲームでは、それを無にする侵略や除去というのは本質的に相手の戦術の妨害だから強くてはいけないが、手出しが出来なければ先に盤面を作り上げた者が有利過ぎる」
「じゃあどうすればいいんだろう?」
「それを納得できるかどうかだと思う。お見事と称賛されるような芸術的な挙動や、まあわざわざそれを投入したのだから仕方ないと思うようなものであれば俺は納得する。こればかりは気分の問題だな」
「結局はそこだね。なんとも可視化の難しい…。あ、終わった」
全ての書類を並び終えた。
「後は並べてファイルに綴じる。取って来るからそれぞれ日付順に並べておいて」
「分かった」
サウィンは本棚を移動させて中から何冊か抜き取って台に置いては、本棚を移動して中身を取り出す。
「色々聞けて良かった。面白いイベントを考えるよ。他の人からもまだまだ聞かないとね」
「きっと上手くいく、勘だけど」
「楽しみにしてね」
ファイルを台に置き、並べ直したものを綴じていく作業が始まった。
次の投稿もまたちょっと間が空きそうです。