16話
とりあえずすぐに召喚できるよう栞を挟んでおこう。駄目だったら栞を抜けばいい。
強者の視線を感じ取り、体が強張るのを感じる。上等…体はちょっと固くなったくらいが力が込めやすい。
ゆっくり息を吐き、一気に吸って息を止め、ぐっと体を強引に回して振り返る。否が応にも正面に視線の正体が分かる。
目をはっきり開けて見ると、祠の奥に穴が開き、その穴から巨大な目がこちらを見ている。
「……」
目の大きさだけで人間の子供くらいの大きさがある…!あの岩山の中が空洞で入っているのか?大きさを考えればありえなくはないが…。それとも、先代の召喚士たちが作った幻界のように、この巨大な何かが作り上げた異次元か…?似た仕組みなら、大きさは関係ないし、召喚さえあればどこでも呼び出せる仕組みだ。
「何か用か人間?」
全く種族の壁を感じない、完璧な人語だ。というか、喋ることができるのか。これが竜神なのか…?
「え、ええ…。落石で祠が壊れてしまったようで、直しに来たのです」
「そうか、それで?」
「それで…、召喚術と呪法を使いたいのですがよろしいですか?」
「召喚術…呪法…、……」
「……」
「…もっといい方法は無いか?」
「自分には他の方法で直せません。村に帰って、誰か技を持つ人に頼めばできるかと思います」
「そうか…、だがそれでは時間がかかりそうだな。まあいい、お前の方法でやっていい」
「分かりました。では…」
「待った、こちらへ来て目の前でやって見せろ」
「…どういうつもりです?」
「そう警戒することはない。召喚術なんて珍しいものが見られて嬉しいのだ。できれば近くで見たいではないか。私が外に出るより、お前がこちらへ入って来る方が楽だ」
「…ですが、その異空間では召喚できるか分かりません」
「なるほど。だがその心配は無用だ、少し調整を加えれば呼べる。大したことじゃない。人間で例えるなら…家の中で花を見るために植木鉢を用意する程度のことだ」
「その調整はどうしたら…」
「私がやる。これで何も問題はない」
「そうですね…。ではそちらに向かいます」
「よし、では横に穴を開けるからそこから入れ」
入口が開き、内部が照らされる。ここから見える範囲では白砂が広がっている。
破片を石の屋根に乗せて持ち上げ異空間へと足を踏み入れた。内部はただっ広い洞窟。風化した黒い岩が砂に埋もれており、とんでもなく高い天井には内部を照らす光る結晶がキラキラと輝いてる。どこからともなく乾いた風が吹いている。
奥に竜がいる。赤くひび割れながらも美しい鱗、鱗にしまわれた鋭い爪、奥には折りたたまれた巨大な翼を持つ。眉から後ろへの直線上を陶磁器のように輝く乳白色の角が2本、金色の目がこちらを向く。
近づき、顔を見上げて尋ねる。
「あなたが竜神ですか?」
「そう呼ばれている」
「本名は?」
「知らなくていい。私は呼ばれることを好まない。呼ばれるということは、私の持つ自分の時間は自分だけのものではなくなる。私は必要以上に分けるつもりはない」
「そうですか。失礼しました。こちらからは名乗ってもいいですか?」
「好きにしろ。名前を憶えられて、用があるから来い呼ばれることがあってもいいのなら」
「何かの縁です。名前はライドと言います。メーティラピア村在住」
「ではライド、早速だが召喚術と呪法で直すところを見せてくれ」
「分かりました」
魔導書を取り出し、栞を挟んでいたページを開く。
「来い、ロックスピリット」
地面に穴が開き、石とそこに宿った霊体が出現する。
「ほう、簡単に呼べるのだな」
「この栞で呼び出しを簡略化できます。万能の祭壇のようなものです」
「なるほど。他のページにも挿しているが、何を呼ぶのだ?」
「護衛です、道中の安全のために。ここでは使いません」
「そうか。…まあいい」
なんだ?この含みのあるまあいいは…。もしもの時に備えてこの竜に対抗できるように、何体かと装備品を呼べるようにしたが、それを分かっている、馬鹿なことはするなよと知らせているのか。とにかく、相手に敵意が無いのに余計なことをして命を危険にさらす意味はない。
「ロックスピリット、こっちへ移って貰えるか?その後、再生させる」
霊体は屋根の方へと移った。徐々に全体へと浸透していく様子が見える。
「どうして言うことを聞くんだ?」
「この精霊との契約内容が新しい宿主を探すこと。その途中でなら手伝ってくれるという契約でもあるからです」
「面倒なことだ。いや、精霊と人間の時間の差なら、そう頻度は多くないか」
「そうです」
「天使や悪魔は呼べるか?」
「一応…何体か」
「ふーん…。まあ、人間が召喚術で呼ぶ分には精霊と変わらんか」
「そろそろいいですね。呪法・治寧再生」
再生の呪いをかけた。石の屋根はひとりでに元の姿へと戻っていく。パーツが足りない分は戻らない。
屋根は割れる前の姿に戻った。少し風化しているが、来た時もこんな感じだった。というか、元はわれてた部分が戻っている。
「直してもらってなんだが、そろそろ新品にしても良かったんじゃないか?」
「直してからいいますか…。この方が雰囲気が出ていいですよ」
「まあ、人間がそれと分かるようならいい。その色合いの方がいいならそれでもいい」
「お疲れ、もう戻っていいぞ」
石の精霊は姿を消し、幻界へと戻った。
「呪法…人ではないものの力を呼び出して行う技…。他に見せてくれないか?いっそ私にかけてくれ」
「いいのですか?」
「死ぬのは勘弁な。あ、でも幽体くらいなら。あるか?」
「あります。じゃあ、かけますよ」
「来い」
「呪法・流々斎霊」
竜神に幽体化の呪いをかけた。攻撃力も生命力も不安定なものとなる。装備品をつけてもそれごと幽体化するため強化されることはない。下限も上限も決まっており、その中で不安定に変化する。
「ほほう、これが…」
竜神は腕を振ったり、翼を伸ばしたりしてまじまじと見る。羽ばたいて空を飛び、あたりを周回して戻ってきた。砂が舞うので操風術で壁を作って防いだ。
「ふむ、大体分かった。魔術・解呪術」
竜神は実体化して姿がはっきりと現れた。
「楽しかったぞ。さて、それを持って帰るといい。念のために聞いておこう、私が怖いか?」
「少し…しかし普通に会話ができて、随分近い存在なんだと感じます」
「近い…か。フフフ…人間が犬や猫と話す時にどうする?」
「簡単な言葉で…、…じゃあつまり」
「そういうことだ。フフフ…」
まあ…そりゃそうだよな。相手は竜、人とは異なる生物。
「なぜそれほど知能が高いのですか?」
「知らん。生まれた時からそう決まっている。強いて言うならそうなる環境があったからだ」
「竜は人間を滅ぼしたりしようとはしないのですか?」
「どうしてそう思う?」
「知能の低い害獣程度の認識ではないかと思って」
「お前たちは、狼や猪が畑や家畜を襲わないように防御こそするが、滅ぼしに行くことはそうないだろう。なぜなら、奴らがいなくなればそれはそれで不利益が出るからだ。奴らが数を抑えていた者たちが増え、かつては数が限られ害がなかったものが有害となる。そういう不利益。寄生虫とその宿主は別で絶滅させることがあるがな。あれは不利益分を差っ引いても有益なことがある」
「つまり、滅ぼすつもりはない。竜神様の領域内で見逃せないような害を及ぼさなければ、危険もない、と」
「そうだ。言葉が通じるのだから、忠告も可能だ。本気にするかどうかはお前たち次第だがな」
「何か起こしたら滅ぼしにかからないでしょうか。疫病が広がらないようにとか」
「さあどうかな?私に言えることは面倒ごとを起こす気はない。しかし容易には信じられないものだ。現段階では、私が本当のことを言っている可能性と嘘を言っている可能性、両方に対応しなければならないだろう。だが、私は君たちにそのような大変なことを強いるつもりはない」
どうして気にかけるようなことを言うのだろう。言ったところで、見透かされていると警戒するか諦めるかくらいだろう。前者なら逆効果じゃないか。まあ、聞いてみるか。
「なぜ、気にかけるようなことを言うのですか?」
「責任は私にもある。そう思わせるのは、私が動いているからだ」
責任感を感じているのか。圧倒的な差があるのにどうして?よく分からないが、竜の性格だからかもしれない。
「私にとってもあの村や住民には愛着が湧いているのだ。私がいなければ土地の力は足らず、人間ではここに住めない。人間で例えるなら、家に住み始めたら天敵が人にはあまり近寄らないので小鳥がやってくるようになって可愛いなと思うようなものだ。鳥が嫌いならネズミを食いにきた蛇や明かりに集まる虫を食う家守、害虫を食う蜘蛛でもいい。とにかく、愛着が湧いて、できれば敵対したくはないし、邪魔でないのなら排除する気もない」
「大方分かりました」
「ふむ」
「では、これにて失礼します」
屋根を持って出口へ向かう。あと十数歩で、ここから出るのが惜しい気が今になってからした。湿気た風を肌で感じ、洞窟の終わりを感じた。
外に出ると穴は閉じた。そこには岩肌と、祠があるだけ。屋根を戻し、整え、礼をしてからその場を去った。