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14話

 ポットを見ると、種から芽が出て来ている。しかし植えるのは根が張るまでもう少し待った方がいいな。

 畑の方は、少しずつ雑草を刈り、肥料を馴染ませて使える場所が広がっている。スペースもできたことだし、新しい種を買おうか。ヒュークの店へ向かった。雨上がりで、道の端は泥になっていた。


「おはよう、サウィン」

「ん…、おはよ…」

 道中で歩いているサウィンに会った。早足で後ろから追いつく。今の彼女の様子をあえて言うならば「受信中」、探索中のようなキラキラした目ではなく、思考中のような籠っている様子でもない。景色も音も匂いもあらゆるものを捉えようという開いた状態のような雰囲気だ。

「……」

「……」

 無言で歩く。軽く話すか。

「曇ってるが、今日は降るかな?」

「えっ…。さあ…?」

 若干の苛立ちが声に現れていた。

「じゃ、ここで…」

 サウィンは下り階段横で立ち止まった。下には幾つかの屋根が見え、その先には森や街道が広がっている。灰色の雲の合間に、金色の光が僅かに見える。

「あ、ああ…。じゃあまた」

 そう言って歩き続けた。

「……」

 一度後ろを振り向くとサウィンは立ち止まって遠くを眺めていた。髪や袖、スカートが吹き上げる風に靡いていた。

 あれ?もしかして何か怒らせるようなことしたかな。俺から離れたいから会話をしないし、切り上げてこの何もない所で立ち止まったのか。いや、一人でいたかっただけで、嫌っているわけじゃないかもしれない。結局どうなんだろう。まあとにかく、一度置いておこう。


 そしてヒュークの店に来た。ヒュークはちょうど、店頭にいたので尋ねてみる。

「まだ畑に植えてないんだろ?一度体験してからの方がいいと思うが…。思いもしない問題があって進めないのに、次の作物の苗が控えていて困る、なんてことが起きる」

「しかし何だかもったいないな、使わないで置いておくの」

「気にするな。使わなきゃ0だ。マイナスになることはない」

「冬に備えなきゃいけないんだろ?備えが少ないのは通年で見て実質マイナスだろう」

「それを気にするなら栽培期間や収量も考えなくちゃな。もう少し待って収量の多い作物を植えれば大きくプラスだが、畑に空きが無くて使えない状況だとそうもいかなくなる」

「…何だか不安だが君の方が詳しい。それを信じよう」

「お前、大金を持ってても増やし続けていないと損してると感じるタイプじゃないか?それじゃ終わりがないぞ」

「生物はそういうものだろ。食べ続けないと生きていけない。生きているだけで消費し続けているのだから、プラスに持って行かないと」

「でも金は蓄えられるぜ。大金があればそれ以上は増やし続ける必要がない。まあ、人間の体だって脂肪や筋肉みたいに蓄えられるけど、金みたいに金庫に蓄えられまい」

「確かに…」

「俺は売り物作っているから、畑を長く空けておくわけにはいかないがな。地力が下がらないように何らかの植物を生やしておかないといけない」

「休ませなくていいのか?」

「いや、なるべく間隔は空けない方がいい。土の中には生物がいて、そいつらが作物の生長を助ける。逆に妨害してくる奴もいるが。助ける奴らの餌を供給し続けないといけないので、何かを常に植えておくのが理想。なにせ畑は自然状態から見たら過密状態だ。水槽で魚を育てたことあるか?」

「ある。だが、なぜ急に?」

「なら分かるはずだ。水槽は自然界からすれば過密状態。しかし手を加えてバランスをとっている。その環境を維持しなければ駄目になってしまう」

「なるほど、そういうことか。しかし、それを聞くと俺の畑も何か植えておかなければと思うんだが…」

「まだ最初だから関係ない。雑草たちがバランスを整えただろう」

「雑草が?どうして?」

「植物ごとに摂取する栄養は異なるし、共生する菌も異なる。同じものばかり育てると、残った栄養や増えた菌が偏る。雑草と一口に言っても種類があり、残った栄養を使う種類の雑草が生え、その共生菌も増えることで、偏りが解消されるわけだ。ただし、地下茎で頑丈に繋がっている奴が入り込むと駆除が困難だから気を付けないとな」

「あれ?栄養減ってないか?」

「そうだよ。少しは外から流れ込んでくるけど畑にしては少ない。だから肥料を足した」

「ああ、あれか」

「その肥料を植物の利用できる形に変え、植物に渡す菌が増えるのにも時間がかかる。そのままでは植物の根を痛める。だから馴染むように空いている間に土に馴染ませてもらった」

「そういうことか。とにかく、焦らず待つことにする」

「そうしてくれ。…と、言ったもののこれでは売り上げが増えない。どうだ、新しい農具を買わないか?」

「まだいいや、ありがと」

「そうか…、またよろしくな」

 予定が無くなった。店を出て掲示板へ向かう。何かあるかもしれない。

 空は相変わらず曇っているが、降り出すか微妙なところだ。眩しくないのはいいが、何だか陰気だ。所々に群生している鮮やかな花も、くすんだような色に見えて面白味にかける。無意識に感性の網が捉える喜びではなく、網の隙間から抜けていっている物足りなさを感じる。もしかしてサウィンは網目を細く、感度を上げていたのか。美を受け入れるにはより内なる世界、不安定な状態へと踏み入らなければならない。人の気配や人の声は邪魔だったか。…どうだろう。そんな芸術性のあるタイプだろうか、あるタイプな気もする。まあ、ゆっくりと知って行けばいい。とにかく今は一人でいたいのだから、関わられると嫌だろう。…何だか少しだけ猫みたいだな。


「すみません、ちょっといいですか?」

 途中で大きな荷物を持った男に話しかけられた。その男の後ろに2人いて、全員大荷物だ。

「はい、どうしました?」

「私たちは旅の途中なのですが、連れの靴が壊れてしまって…。修理できる場所を知りませんか?それか靴を売っている場所を」

 靴を見ると、布でぐるぐる巻きにしている。

「靴ですか…、確か雑貨屋で皮や糊が売ってます。できあいの靴はあったかな…?雑貨屋の場所は分かります?」

「分かりません。教えて貰っていいですか?」

 掲示板に行こうと思ったけど、後でいいか。雑貨屋に顔を出そう。

「これから行くので、ついてきてください」

「ありがとうございます」

「やったな、何とかなりそうだぞ」

 後ろの1人がそう言うと、もう1人はコクリと頷いた。

 雑貨屋に向けて歩き出すと、後ろで旅人たちが話しているのが聞こえる。

「いやあ、モンスターから逃げる時はもってくれて良かった。あの前に壊れてたら危なかった」

「この辺りの何か強くないか?攻撃がまともに通らなかった」

「でも持久力では人間の方がまだ上だったので助かった。普段から走っていて良かったな」

「でも練習でとりあえず走るのはどうかと思うぜ。それに逆らったり口答えしたら何周だとか、監督が楽したいだけだろ。あれじゃ上達できない」

「これから行くところは逆に積極的に主張しないとやる気ないと思われるらしいぞ」

「反対するにしても対案を考えないとな…」

「向こうじゃ違うかもよ」

「何も新しいものばかりが対案じゃない。現状維持も対案の一つだ」

「それもそうだな」

「折角だし、ここで少し休んでいくか?」

「いや、急ごう。天気が崩れないうちに北側の麓まで行かないと」

「仕方ないな。天気が良ければよかったのに」

 その後は、道中でのヘマや身内ネタのような話をしていた。

 雑貨屋に着く。店番はロアがやっていた。


「おはようございますロアさん」

「おはようございます。その方たちは?」

「北に向かう旅人です。靴を壊したので、その修理に必要なものを買おうと」

「お邪魔します」

「…不思議ですね」

「え…?」

「どうしてそんなに汚れがないのですか?夜の間に降って泥がまだ乾いていないというのに…」

 言われてみれば。どういうことだ…?麓の町からこの村への道の多くは土や砂利で出来ている。泥がついていないのは変だ。何者なんだ、一体どうなっている?

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