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10話

「依頼?見て来てくれたの?ありがとう。これ?続きは後でやるからいいよ」

 定休日の家具屋裏でニケに会う。ニケは縁側にあぐらを組んで座っており、籠を編んでいた手を止め、作業途中の所を針金とバネの付いた挟みで固定した。片手をついて立ち上がり、籠を家の中へとしまってまた出てきた。

「確認するけど、山中にある作業場への丸太の運搬で間違いない?」

「そのつもりで来た」

「分かった。準備するからちょっと待ってて」

 女性の準備ってちょっとと言いながら長いんだよな…。

「お待たせ」

 早っ。肩に鞄をかけて、手に持っているのは槍…、道中に獣が出るからな。

「じゃあ行こう。工房にも案内するよ」

 ニケについて行き、山に入った。人工林の間を通って目的地へと向かう。道が整備されているので歩きやすい。

「これから行く池には丸太を浮かべている。川の横に水路を引いて作られた池、落ちると丸太で蓋されてしまうから気を付けてね。小さい頃は危険だから立ち入り禁止だったっけ」

「それは怖いな、気を付けよう」


 獣たちを追い払い、体についたヒルや蚊は焼き払った。

「着いた、ここが木材置き場」

 大きな池に大量の丸太が浮かび、池から少し離れたところに隙間ができるように丸太が積まれている。

「どうして水に浮かべているんだ?」

「あれは乾かすため」

「水に浸けているのに?」

「水に浸すと蒸発しにくい成分が抜けて代わりに水が入る。その後で干せば乾くという訳」

「なるほど。魔術で乾かせないか?」

「できないこともないけど、エネルギーを多く使うからやらない。例え話があるね。部屋の中にいて明かりが欲しい時にどうするか?聞いたことある?」

「魔術を使わない方法は天窓の扉を開けること、魔術を使った方法は燭台に火を灯すこと」

 魔術の本質を説明するたとえ話の1つだ。太陽光を取り込むのなら、使うエネルギーは天窓の扉を開けるのみ。しかし、日が出ている時しかできない。燭台に火を灯すと、昼夜も天候も問わずにできるが、燃料の分の多くのエネルギーが必要となる。魔術を行使するための魔力はエネルギーを変換して作り出されるため、長時間や規模が大きい魔術を使うには大量のエネルギーを必要とする。

「そう。そういう訳だから乾かすのに基本的に魔術は使わない。急ぎなら仕方ないから使うけど。浮遊術は、短時間であればあまり魔力必要としないから使うよ」

「使えなかったらこの人数じゃ無理だな」

「そうだね。あの高台が作業場で、後で紹介する。あそこには薪もあるから、冬になる前に取りに行く」

「何で高い所にあるんだ?」

「大雨で浸水しないため。何年かに一度くらいの頻度で大雨が降るから、この池の近くだと工房の中の物がだめになってしまう。そういう訳で、ちょっと面倒だけど登る。さ、そろそろ取り掛かろう」

 池の方へと降りていく。池の周りには石が敷き詰められている。

「丸太を水中から取り出して、そこに積み上げていく。向きはあんな感じ、上から見て格子状に」

 ニケは積まれた丸太の隣にある空きを指さす。

「あとサイズ差が出て傾かないように気をつけよう」

 ニケは浮遊術を用いて丸太を水中から取り出す。その後、地面に置いて向きを整えた。

 浮遊術を使って取り出す。さっき置かれた丸太の横に置いていく。一段目が出来上がった。

「うーん、これはちょっと大きいな。これを外側にして、こっちを真ん中に…、でも上に曲がってるか…」

「何を悩んでいるんだ?」

「内側に大きいものを置くと、外側に傾いて崩れる可能性がある。そこで、外側を大きいものにしておく…のだけど、この小さいのが上向きにも曲がっていて内側に置いて積むと傾いてしまうかもしれない。重圧で真っ直ぐになるかもしれない。だから外側に置いても重圧で傾くかもしれない」

「向きは変えられないか?」

「横向きにも上向きにも曲がっているからどっちに向けても同じ。勿体ないけど薪用にしようかな?」

「一番上に乗せればいいんじゃないか?」

「あっ」

 悩みが消えたようだ。顔を赤らめてうずくまってしまった。

 熱中すると狭い範囲、この場合は二次元でどう解決すべきか考えてしまうが、三次元で考えれば解ける。

「…そうする」

 ニケは丸太の方を向いたままポツリといい、曲がったものを横へとどけた。

 プライドの高いお嬢さんだ。自分の方が手慣れているのに初心者の方が先に思いついたのが恥ずかしかったようだ。そんな些細な事で気にすることないのに、とここで余計なフォローは無粋だな。俺様に敵う訳ないから当然、と馬鹿馬鹿しく思えるように言えばいいかもしれないが、俺はそういうキャラではない。気に留めてないことを態度で示すのがベターだろう。

「そういえば、この木は何に使うんだ?」

「え?ああ…基本的に家具作りに使う。皮は菌と一緒に寝かせて土にして、端材は薪にしたりキノコの餌にする。全部が全部そうじゃないけど。植物を枯らしてしまうので農業用の土にできないのもあるし、煤ばかり出るのもあるから。この辺りに浮いていて、今回積んでもらっているのは家具用の木、紙にするのもある」

「へえ、紙も作るのか…。窓の下にもそれらしいのがあったな」

「目隠しと採光を両立するのに紙がいいから」

「なるほど」

 2段目を積み終え、ニケが傾きが無いか確認し、少し並べ替えて3段目を積みにかかる。

 4段、5段と積んだところで、ニケが終了を宣言した。最後に曲がっていたものを乗せる。

「お疲れ。これで今回は終わり。少し休憩しよう」

 ニケは池の横にある石造りの台に座り、その横をパンパンと軽く叩く。叩かれた所に座る。

 池に浮かんだ丸太は減って池の底が良く見えるようになっていた。黒っぽい小さな魚が見える。流れてきた丸太が視界を遮る。丸太が風に揺れ、水面に波紋が無数に広がっては消えて行っていた。

 ニケは鞄から水筒と袋が出した。

「お茶、飲む?」

「飲む。ありがとう」

「クッキーもあるから。適当につまんで」

 紙を敷いてその上に袋からクッキーを出す。表面は固いが噛むとホロホロと崩れ、甘い香りとナッツの香りが立ち上がる。甘い後味をやや渋みのあるお茶を飲むことで、すっきりとする。

「美味いな…、ニケが作ったのか?」

「この前、ヴィアと一緒に」

「へえ、作り方を教えてあげたのか」

「逆。私が教えて貰った。買い物をした後で雑談してたら作り方を教えます、という話になって。あの子、お菓子は私よりも詳しい」

「そうなのか。今度色々聞いてみよう」

 静寂の間、穏やかな春の陽気、波紋の織り成す文様に、移ろう波が光を受けてきらきらと輝いている。湿り気のある冷気が風に乗ってやってくる。

「いいところだ」

「…そう、それは良かった」

 ぼーっと眺める。色々なことを忘れて。最初は安らぎが、時間が経つと退屈に変わる。そして気力を生み出す。面白さを、刺激を、喜びを求めて動かずにはいられなくなる。


「よし、これから工房に行こう」

 ニケは両手を絡めて腕を上に伸ばして息を吐く。その後、手を下ろして脇を締め、拳をぎゅっと握り、息を吐き切る。息を吸って両手をついて立ち上がった。

「分かった」

 立ち上がって体を捻り、深呼吸をして目を開ける。また、ニケについて行って移動する。

 3分も経たないうちに着いた。大きな扉の付いた四角い石作りの建物だ。家具を運び出せるように大きくしてあるのだろう。扉は開いて、紙でできた戸が見える。屋根の下に何か草を吊り下げて干している。すぐ横には屋根つきの薪置き場がある。大きさの割には入っている割合が少ない。冬の間に消費して減っているのだろうか。

「扉が開いているってことは、父さんがいるかな?父さん?いる?」

 ニケは引き戸を開けて入って行く。後について建物に入った。

「……」

「ニケ、どうした?」

 立ち止まってしまったニケに歩み寄り、向こうを見る。

「これは…!」

 壁の側で横たわりピクリとも動かない男の姿があった。横には何かを食べた形跡のある皿、飲みかけのカップが地面に置かれている。そこには倒れたアスモの姿があった。

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