第3話 モフモフタイムからネムネムタイムへ
場所は村から外れた森の広場。フェンリルとチェコは広場の内側にいた。
「それで? チェコ。これからなにをするんだ?」
「モフモフ。好き。ムニャムニャ」
チェコはフェンリルの背中の上でうたた寝をしていた。その時に寝ながら言っていた。
「っておい! 寝るなよ! うん? なんだ? この音は?」
フェンリルはなんかの銃が発砲したような音を聞き取った。
「こっちか!」
フェンリルは異変のする方へ向かった。
「ひひ。さぁ。大人しく従魔獣を渡しな」
謎の男の声がした。この感じからして略奪者のようだ。だけどそれだけではなかった。なんと略奪者は従魔獣と一緒だった。
「ひぃ。だ、駄目だ。こいつは僕の大事な仲間だ」
腰を抜かして仰向けに倒れこんでいる男が一人いた。その他に従魔獣も静かに蹲っていた。どうやら略奪者の従魔獣に負けたようだ。
「うるせぇ! お前はちゃちゃっと渡せばいいんだよ!」
略奪者は言いながらも上空目掛けて威嚇射撃をした。微弱な音と振動が森の木々に止まる鳥達を羽ばたかせた。
「うるひゃい」
それとほぼ同時にチェコが起きた。
「お? 起きたか。おい。どうやらお前の同業者が襲われてるぞ。助けなくていいのか」
「うん? 助ける?」
「お? 助けたら後で更にモフモフしてもいいからよ」
「ほんと? なら助ける?」
「当ったり前じゃねぇか。大体な。俺はあんな悪い奴が大! 嫌いなんだ。モフモフと呼ばれることは癪だが助けたらいつでもモフモフしてもいいぜ」
「助ける! 任せろ!」
どうやらチェコの眠気が吹き飛んだようだ。余りの大声に略奪者にも聞こえそうだった。
「うん? おい! だれだ! 出てこい!」
略奪者がチェコに銃を向けた。だがチェコとフェンリルは体勢を低くして茂みに隠れていた。
「ちぃ! ばれたぞ! だからここは突っ走るぞ! いいな! チェコ!」
「分かった」
「走るぞ! しっかりしがみ付いとけ!」
「うん」
チェコが返事をした途端にフェンリルが走り始めた。そのあとに茂みを跳び越えた。
「な!? なんだ!?」
略奪者が驚いた。銃で追うがフェンリルの動きに付いてこれてない。しかも略奪者の従魔獣も反応が出来なかった。
「うお!?」
略奪者が仰け反るほどになった。その時にフェンリルは銃を銜えて奪っていた。そして反対側の茂み近くにいくと銜えていた銃をどこかに飛ぶように吐いた。
「く、くそ! でかい犬め! これでも喰らえ!」
フェンリルが慌てて振り返ると略奪者が懐から拳銃を取り出した。さっきの銃よりは一回りも二回りも小さかった。略奪者はフェンリルが走る前から撃ってきた。
「ま、まずい!?」
フェンリルがそう言うと急にチェコが両手を離した。そしてなにやら無詠唱でなにかを発動するようだ。そうこうしている内に無数の弾が飛んできた。
「な! 馬鹿な!」
略奪者が驚くのも無理はない。なんとチェコは結界魔法を発動した。この結界魔法は全方位からの攻撃をカバーできる。ただし地中からの攻撃は想定していない。
「ナイスだ! チェコ!」
フェンリルが褒めた。するとすかさずフェンリルが略奪者目掛けて走り始めた。
「おい! 大蛇よ! 地中から攻撃しろ!」
略奪者が自身の従魔獣に指示を出した。どうやら略奪者の従魔獣は大蛇のようだ。地中から攻撃が出来るようでフェンリルとチェコは警戒することになった。
「くそ。姿を消しやがった。これは罠だ。しかし!」
フェンリルは走りながらも言った。突っ込んでも罠が発動する。だけど突っ込まなくても攻撃される。ならばどうすればいいのだろうか。
「任せろ」
チェコが言った。するとチェコはすかさず両手を会わせ始めた。これまたなにかの無詠唱魔法をするようだ。ほんのちょっと経つとチェコは両手をフェンリルの背中に当てた。
「な、なんだ? 力が漲るぞ」
実はチェコはフェンリルに身体強化魔法を掛けた。このお陰でフェンリルは想定以上に跳べる筈だ。
「今だ! 大蛇よ!」
略奪者が大声で言った。
「今。モフモフ」
チェコも負けじと言った。
「喰らい付け!」「跳べ!」
その瞬間だ。軽い地響きが起きると地中から大蛇が現れた。それと同時にフェンリルは跳んだ。大蛇は地中から恐ろしい勢いで跳んでいるフェンリルに襲い掛かった。しかし。
「な、なんだと!?」
惜しくも大蛇は噛み付けずにいた。それを見て略奪者は驚いていた。
「く、くそ! こうなったら!」
略奪者はやけくそになった。だから跳び越したフェンリルが着地する瞬間を狙って拳銃を撃ち続けた。しかしこの攻撃も空しくチェコの結界に阻まれてしまう。撃ち続けた拳銃は空になった。
「ひぃ!? ひぃいいい!?」
拳銃の弾が効かないと分かると略奪者は従魔獣をおいて逃げ始めた。
「うにゅ。逃がさない」
「ああ。そのつもりだ」
身体強化魔法のお陰もあってフェンリルはいつも以上に速く走れた。必死になって略奪者は逃げ惑うが足が遅い上に縺れて倒れた。略奪者は必死に体勢を整えようとしたが足が思うように動かなかった。
「ひぃ!? ひぃい!?」
略奪者は振り返ることがなかった。一方のフェンリルは跳んだ。そのまま略奪者の上で着地すると後ろ首の襟を銜え始めた。銜えたまま略奪者を持ち上げると観念した。
「ひぃいい!? お、俺を喰っても美味しくないぞ!」
略奪者が言った。観念はしたようだが口は今も動いていた。にしてもチェコがフェンリルから下りた。着地するとチェコは略奪者の元にいき始めた。
「た、頼むから! 許してくれぇえい!」
なんとも口が黙らない略奪者だ。そんな略奪者にチェコは近付いてなにを言うのだろうか。チェコは略奪者の元に辿り着いた。
「あ、あんたがこの犬っころの主人か」
略奪者はフェンリルのことを犬だと思っているらしかった。だからフェンリルはどいつもこいつも俺様を犬呼ばわりしやがってと唸り声をあげながら口を左右に振った。振り終えるとなんだかスッキリした。
「ひぃ!? た、頼むから! 助けてくれ!」
略奪者はもう自分のことしか考えていなかった。どこまでも自己中心なんだろうか。
「駄目。逃がさない」
この時のチェコは真顔だった。
「そうだ。このまま村に連れていくべきだ」
フェンリルが銜えながら言った。
「そ、それだけは勘弁を」
略奪者は村にいけばきっと召喚魔法師を剥奪されると思ったらしい。しかもそれで終わればいいが下手をすると島流しをされそうだった。
「いこ。モフモフ」
「ああ。いこう。チェコ」
こうしてフェンリルは略奪者を銜えたまま村に帰ることにした。残った大蛇は後で元の場所に帰すつもりだった。ちなみに契約を切るにはご主人様以外の血でもいいらしい。ただ一滴を魔法陣に垂らすだけで帰せるようだった。