第2話 従魔獣のモフモフ
チェコとフェンリルは祭壇から離れてチェコの生まれ育った村にやってきていた。ここは召喚魔法師のみが住んでいる村だ。
チェコとフェンリルは村の中にすでにいた。今はチェコが先導し従魔獣登録所に向かっていた。なぜなら召喚された従魔獣を登録せずにいると犯罪になるからだ。
「たっくよ! んで? なんだ? 俺が召喚された理由は?」
「モフモフしたい」
「おいおい。そんな理由で呼んだのかよ」
「モフモフ。好き」
まるでチェコの目色は綿菓子でも見つめているようだ。
「たっくよ。それで? 今はどこに向かってるんだよ?」
「くれば分かる」
「変なところじゃないだろうな? いざとなったら俺は帰るぜ」
「そんなこと言う?」
「う! なんだか逃げたら逃げたで嫌な予感がするぜ。たっくよ」
どうやらフェンリルはチェコが地獄まで追いかけてきそうなことに身を震わした。
「にしてもなんとも寂れた村だな。もっと活気があってもいいんじゃねぇの?」
「皆。怖い」
「うん? なにがだ?」
「殺されるから」
「殺されるってだれに?」
「悪魔に」
「悪魔って譬えだよな? もっと分かりやすく言ってくれよ」
「人間。怖い」
「なるほど。いわゆる魔女狩りの類か。どおりでこの有り様な訳だ」
「黒従魔。暴れる」
「うん? 黒従魔ってなんだよ?」
「主人。いない」
「うん。なんとなくだが分かってきたぞ。その黒従魔が帰らずに暴れ回ってるってことだな?」
「うん」
「なら俺が手伝ってやるよ。どうせお前も暇なんだろう?」
「心配。いらない」
「うん? どうしてだ? ま、まさか」
「そのまさか」
フェンリルとチェコの考えが一致していた。なにが一致したのか。それはお互いに人間への恐怖を覚えた瞬間だった。
「これまた人間が黒従魔を倒しているって言いたのかよ」
「うん」
「信じらんねぇ。あの人間にそこまでの力があるなんてよう。ちょっとこない間に様変わりし過ぎだろうよう」
「だから。モフモフ。いい」
「だぁ! 俺は断じてモフモフじゃねぇ! 俺には。ってうお!?」
フェンリルが最後まで言おうとしたらチェコが急に立ち止まった。その拍子にフェンリルはチェコにぶつかりそうになった。
「ついた」
「どこに?」
「入れ。モフモフ」
「だぁかぁらぁ! 俺はモフモフじゃねぇ! そんな簡単には」
「モフモフ。入れ」
「う!」
フェンリルの体は正直だった。チェコが開けた扉の中にこれまた綺麗に入った。
「よしよし。いいこ。いいこ」
チェコは無事に入ったフェンリルを褒めた。その間にチェコも入った。扉の閉まる音がした。
「くっそぉう。前代未聞だぜ。この俺様を犬扱いする奴なんて」
実にフェンリルは悔しそうだった。
「おや? その声はチェコちゃんだよね? 久しぶりだね!」
カウンター越しに立っている女の人がいた。女の人はチェコの声を聞いただけで分かった。
「うん。久しぶり」
チェコはそう言うとカウンターまで歩き始めた。
「あ! おい! ちょっと待てよ!」
フェンリルは言いながらも後を付けた。
「うわぁ! でっかい犬だね!」
カウンター越しの女の人が言った。
「ちがぁあう! 俺は泣く子も黙るフェ」
「モフモフ。シッ!」
「う!」
これまた綺麗にフェンリルは黙り込んだ。
「え? どう考えても犬だよね? って! 犬が喋った!?」
「違うんだよう。俺の名はフェンリルなんだよう」
「うにゃ。モフモフ。決定」
「え? と言うことは! チェコちゃん! もしかして祭壇にいったの!?」
「うん。いった」
「そ、そう。と言うことはこの犬は紛れもなく」
「モフモフ」
「ってちがぁあう! 俺の名はフェンリルだぁ!」
鋭い爪の突っ込みが入った。
「噂には訊いてたけど本当だったのね」
カウンター越しの女の人はチェコがなにやら召喚するために家に篭っていると聴いていた。
「うん。成功した。モフモフ。召喚した」
「はぁ~。モフモフは許せねぇ」
「そ、それじゃあ今日は登録にきたんだね。チェコちゃん」
カウンター越しの女の人が言った。
「うん。登録したい」
チェコは両目をキラキラ輝かせていた。
「それじゃあまずは従魔獣の種類を教えてね」
「犬」
「だぁ! 俺は犬じゃねぇ!」
「うん。犬。決定ね」
「え? 犬なんですか。俺」
「それで? あとは犬の名前だけね。なんて名前なの?」
「フェンリル」「モフモフ」
フェンリルとチェコの言い分が重なった。
「だぁ! 俺のことは俺で決める!」
「じゃあモフモフね」
「え? なんでそうなるんだよ」
「残念だけどご主人に決定権があるの。ほら。喋れない従魔獣もいるから」
「くっそう! 断固としてここに犬権を大事にしよう団体を発足する!」
「さてとこれで登録は完了ね。あとは思う存分遊んでらっしゃい」
「うん。遊んでくる」
「って! 無視するなよ! と言うか! 俺は遊ぶほどに暇じゃねぇ! たく」
「うう。モフモフの馬鹿」
今にもチェコが泣きそうだ。しかもさりげなくフェンリルを馬鹿にした。
「だぁ! 泣くな! 泣くな! それに俺は馬鹿じゃねぇ! 泣く子も黙る天才犬だぁ!」
「はは。それってもう自分で犬だってことを認めてるも一緒なんじゃあ」
「モフモフ。嫌い」
「だふぅ。分かったよ。今日だけだからな。モフモフは」
「やった。モフモフ。好き」
すぐに手の平を返せるのは凄いとしか言いようがなかった。チェコはフェンリルに抱き付いた。
「たっくよ。まだまだ餓鬼だな。てめぇはよう。んじゃいくぞ。今度はどこへいくんだ?」
「遊びたい。モフモフしたい」
「おい! どっちかにしろよ!」
「んじゃあモフモフする」
「っておい! 余りさわんなよ! く、くすぐったいじゃないか」
「モフモフ。好き」
「おい! それよりもこれからどうするんだよ!」
「案内する。いこ」
チェコはフェンリルの背中にしがみ付いていた。もうモフモフから離れられないようだ。
「分かった。んじゃあここは一旦出るとするか。んじゃあな。そこのお姉さん」
「そうね。私の名前はシルヴィアって言うの。これからも宜しくね。フェンリルちゃん」
「そうか。んじゃあシルヴィアさん。俺達は今からどこかにいってくる」
「そうね。遅くなる前に帰ってくるのよ。分かった? 貴方達」
「ああ。分かったぜ。日が暮れる前に帰ってくるぜ」
「うん。分かった」
「んじゃ今度こそいくとするか。なぁ? チェコ」
「うん。いこ。モフモフ」
「んじゃ走るぞぉ!」
フェンリルはそう言い終わると室内を走り始めた。そして扉に近付くとドアノブを器用に口で銜えて扉を開けた。その瞬間にフェンリルはチェコを連れて外に出たのだった。




