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あの日はメリーゴーランド

作者: 狐火祐貴

初投稿で文章も下手なので感想を書いていただけると嬉しいです。

私はうっすらした意識の中目を覚ました。ここはどこ?見渡すと壁の白い空間にベッドが数個ならんでいる。おそらく病院なのだろうがここに来なければいけない用事はないはずだ。思い出そうとするが頭が痛い。台に置いてあるお茶のペットボトルに手を伸ばす。お茶を飲むのに苦労はしなかった。確か最後の記憶では買い物するためにアパートの下にあるスーパーの帰路で坂道を上っていたはずだ。坂道を上るのはただでさえきついのに夏のこの時期は地獄の修行のようだと愚痴を零していた記憶がある。多分そこで貧血でも起こしたのだろう。コンコンとノックする音が聞こえ、母が入ってきた。「恭子、目が覚めたの?体は痛くない?大丈夫?ああ心配したんだから。」母は安堵の表情を浮かべ、目には涙を浮かべている。

「大丈夫よ、お母さん。まさか病院に入院する羽目になるなんて思ってもみなかったわ。」

「道端で倒れたって聞いて心配したのよ。あなた貧血で倒れて救急車で運ばれたのよ。」

「うーん、この頃忙しかったから体に負担がかかったのかも。」

「もう、大きな病気でなかったからいいものの仕事に励むのも程々にしないと本当に病気になって体壊すわよ。」

「わかってる。心配してくれてありがとう。」

「本当にわかってる?恭子はいつもそう言ってはおなじこと繰り返すんだから。あの時だって…」母の言葉を遮るようにまたドアをノックする音が病室に響く。看護士が入ってきた。

「診察の時間です。あ、園田さん目が覚めましたか。」

「はい。お陰で少し気分が楽になりました。」

「担当の先生が検査して異常がなければ数日で退院できますよ。」

「それを聞いて安心しました。」数日でも仕事を休んでしまう。上司に連絡を入れなければ、すぐさま電話を取り出して仕事先に事情を説明し、上司からは治療に専念しろと言われた。迷惑をかけてしまい申し訳ないと思いながら同僚や友達にも事のいきさつを話した。皆心配してくれたのはありがたかったし嬉しかった。一通り連絡を終えると母は立ち上がって言う。

「じゃあ、また明日来るわね。」

「うん。今日はありがとう。」

「しっかり休むのよ。」

母が部屋から出て行くと部屋はがらんとしていた。私の他はほとんど寝たきりで寂寥感で満ちている部屋には西日が差していた。昼ご飯を買うために11時に出たからもうかれこれ6,7時間たっているのではないだろうか。それにしても意外なものだ。私は体だけは丈夫で学校に行っていた頃も仕事でも休んだことはなかったのに入院など夢にも思わなかった。いや、私は一度入院したことがあった。小学校2年生の夏休みに町外れの遊園地に家族で出掛けたときにメリーゴーランドに乗っていた私は急に倒れたらしい。そのときも貧血だった。案外もろい体なのだなといわざるを得ない。初めての遊園地とても楽しかったのを今でも覚えている。コーヒーカップで目が回ったことクマの着ぐるみに風船を貰って青空に飛ばしたこと身長が足りなくて乗れなかったジェットコースター、自分の住む町が見えるほど高かった観覧車。全て覚えているのにメリーゴーランドに乗った記憶だけない。なぜだろう。あの頃の私が一番好きだった乗り物のはずなのにこんなにも記憶に残らないものなのか。私は疲れが抜けないのかそれとも血が足りないのか判然しないが白い布団に引き込まれるように寝てしまった。


 ここはどこだ?私は辺りを見渡す。重たい雲に覆われた空と人影のない遊園地らしき場所はどことなく不安をかき立てる。ここには見覚えがあるが印象と記憶が違うので最初はわからなかった。だが、この広場はまさしく小学校2年生の時に来た遊園地だ。広場に佇む私はおもむろに歩き出した。ここは確かにあの遊園地。でもさびれて悲しげな雰囲気が出ている。先程までここについて回顧していたから夢に出てきたのだろう。だが、その景観は記憶

にある陽気な雰囲気と対極して物寂しげで廃墟と言ったほうがしっくりくるほどでジェットコースターのレールは錆び、観覧車の方からは耳障りの悪い不快な機械音がする。園内全体がまとう雰囲気は徐々に恐怖に変わっていく。

しばらく歩き続けるとメリーゴーランドが見える。そこに白のワンピースに麦わら帽子を被った背の高い黒髪の女性が背を向けてメリーゴーランドの前に立っている。誰もいなくて不安だった私は女の人に向かって歩みを進める。足取りが重い。彼女に近づくのを避けようとするように足に重りがあり、前に薄い膜が張ってあるように前に進むことを体が拒む。しかし、進む。彼女が何者なのかという好奇心と一刻もこの恐怖から逃れたい、誰でもいいから人に会いたかった気持ちが私を彼女に近づける。拒む自分と進む自分の混沌に汗は止まらない。2メートルの距離。「あのそこで何してるんですか。」好奇心が打ち勝った私を止めるものはない。彼女からの返事はなく。その場から微動だにしない。もしかしたら人形なのかしらと思いさらに近づく。得体のしれない恐怖が全身を包み込んでゆく。「あの。」彼女に手を掛け、話し掛ける。すると彼女はゆっくり私の方へ振り返る。私たちの周りの時間が遅く流れているような錯覚に陥る。汗はとどまることを知らない。横顔が見え端正な顔立ちがよりこの世界と矛盾を生じさせる。彼女と目が合う…


翌朝目を覚ますと白い天井が視界に入る。起き上がろうとすると体が重い。昨日見た白い空間が広がる。やはり夢だった。あの景色、あの女の人は一体何なんだ。嫌にリアルで恐怖が体にまとわり付いて重い。手に違和感を覚える。奇妙に思って手を見る。「キャー。」私の手は所々黒く染まっていた。否,髪だ。それも女の。手で払うが取れない。ベッドから立ち上がり、洗面台の蛇口を捻る。手に付いたものを取り払おうとするが取れない。黒い髪はまとわり付いて取れない。「何なのよ。この黒髪、全然取れない。」必死で洗っても取れない。漆黒と言って良いほどの長い髪は私は躍起になって洗い流そうとするがむしろ段々絡みつく。腕が段々黒くなっている。さらには首もとまで髪は伸びてくる。「取れない。取れない。取れない。」助けを呼ぼうとするが声が出ない。最初の悲鳴が聞こえたのか病室に看護士が入る。

「園田さんどうしたんですか。落ち着いてください。」

「助けて。取れないの髪が助けて。」私は手を看護士に差し出す。「何もついていませんよ。園田さんとにかく落ち着いて。」

「そんなわけないわ。もっとよく見てよ。首にも付いていたのよ。」自分の手には何もついていなかった。掌を裏返しても、腕の細部まで眺めても何も付いていない。

「どうしてさっきまで付いていたのよ。ここに。」

「落ち着いてください。何も付いていませんよ。大丈夫です。ほら、深呼吸してください。」

「私はいたって冷静よ。深呼吸なんかしてる場合はないの。」私は病室を飛び出した。理解できない。何が起こっているの。あの人は一体誰なの。私は走りつづけた。朝とはいえパジャマ姿の私は目立つ。どこに行くとも決めておらず、ただ走った。自分のアパートには帰りたくなかった。実家まで帰って来た。築25年の目新しさも古臭さもない極普通の二階建ての一軒家。ドアの横に付いているインターフォンを鳴らす。しばらくして、母の声が聞こえる。

「はい。どなた?」

「私よ。恭子。開けてお母さん。」数秒して母が出てきた。

「どうしたの恭子。まだ入院してなくちゃだめでしょ。」

「私、怖くてどうしたらいいのかわからなくて。」

「とりあえず、上がりなさい。」家に上がるとさっきまでの恐怖は微かに和らいでいた。居間に通され母が麦茶の入ったグラスを持ってきた。

「どうしたのさっきは怯えていたわよ。何かあったんでしょ。話してちょうだい。」

「何かってほどでもないの。でも私自分がおかしくなってしまったみたいで不安で、ただ、お母さんに会いたかっただけなの。」「おかしくなったって何がおかしいのよ。」

「幻覚を見てるみたいなの。怖い夢を見たり、手が黒く汚れてそれが取れなかったり、私、変になったのかもしれない。」

「大丈夫よ。あなたは変わってなんかいない。恭子のままよ。」

「でも、」

「大丈夫。何かあったらまた私を頼ればいいでしょ。」

「うん。わかってる。」私はまだ冷えてい麦茶を飲み干した。

「それにしてもこんなに怯えた恭子を見るのは小学生の時以来ね。あの時はもっと酷かったけどね。」小学生の時。今日の夢に出た遊園地に訪れたのも小学生の時。入院したのも小学生の時。「それって小学校2年生の頃の話?」

「そうよ。昨日話した恭子が入院した話も小学校の時だったわ。2年生だったわね。体が震えていて何かに怯えているように見えたわ。あの時恭子、『女の人が来る。私に向かって笑って来るの。逃げても逃げても追いかけてくるの。笑ってるけど笑ってないの。』って喚いて何も食べてくれなかったのよ。おまけに少しでも離れたら大泣きしてたわ。」

「女の人がどうとか言ってなかった?」

「そう言えばそんなこと言ってたわ。混乱して深夜に起きて来ては私に女の人がまた追いかけてくるってすごく怖がってたから冗談ではないとは思ったけど、私にはどうすることもできなかったわ。」

「どれくらい期間言ってた?」

「さあ、退院してから言わなくなってたから一時的なものだったわ。覚えてないの?」

「うん。全く。あの日遊園地での記憶も観覧車に乗ってたことは覚えてるけどメリーゴーランドに乗った後の記憶はないの。」「あなたそのメリーゴーランドに乗ってる途中に気絶したのよ。観覧車で最後ねって言ったのにメリーゴーランドにも乗りたいと我がまま言ってだだこねるから乗ったら気絶しちゃうもんだから私も気絶しちゃうくらい驚嘆したわよ。お父さんも混乱して狼狽えてたもの。」

「そうだったんだ。やっぱりメリーゴーランドで何かあったのかな。」「さあ、医者には貧血って診断されたわよ。」あの女とメリーゴーランド何か関係しているのかもしれない。

「落ち着いた?」

「少しね。ありがとう。」

「いいのよ。ほら早く病院戻らないと病院の人たちに迷惑になるからもう帰りなさい。」

「わかった。」



 私は母に見送られながら実家を出た。もう日が真上に達していた。太陽は容赦なく地上を照りつけアスファルトの道路の上には陽炎が立ちこめる。上下からの熱気に私はまた貧血を起こすのではないかと危惧したが幸い病院に着くまでに起こることはなかった。看護士に叱られ、少し凹んだが医者からは明日には退院できると診断されひとます安心した。病室は変えてもらった。先程の光景が浮かぶと寝ることもできないからだ。病室が直接関係なくてもあの光景が脳裏に浮かんでくる。黒く長い髪。巻き付いて離れない。本当は病院にも戻りたくなかった。でも、母に迷惑をかけてしまうと思ったから戻った。母はあんな嘘のような話でも私の表情を見て察してくる。そして、優しく接してくれるだろう。母が好きだからこそ言えなかった。言ってしまいたかったけど今自分で顧みても奇妙な話で信憑性などない。母には絶対言わないと誓い、私は特別に個室を用意してもらった明日で退院だが。

夜8時一通りの作業を終えるとどっと疲労が溜まって眠くなる。『寝たくない。またあの夢を見るかもしれないから。』という彼女への恐怖と『彼女は一体何者なのか。』夢で確認したいという好奇心とは少し違うが疑問を解決しなければ私に快眠は訪れなくなる。だから、義務感のようなものさえ芽生えてきた。心の中での葛藤の末の結論は疲れて寝てしまったことによる。好奇心と義務感の勝利によって夢の世界に誘われた。


 物寂しい風が頬を掠める。昨日見た景色と全く同じ光景が視界を埋め尽くす。「結局また来てしまったみたいね。」相変わらずどこからか寂れた機械音が園内に響いている。私は歩き出した。勿論謎めいたメリーゴーランドに向かって歩みを進める。昨日よりも細部まで園内の風景を観察することができた。アトラクションは観覧車以外はどうやら動いていないようだ。大通りのような場所にはパレードに使うピカピカする車やその上に人形のように置かれいる着ぐるみたちがいる。彼らを取り巻く環境に昼間に見る活気はなく殺風景だ。左隣のフリーフォールは電柱のように佇み、右隣のゴーカートの走路には雑草が生い茂っていてアスファルトが見えない。この景色にも見覚えがあったが昨日は通った覚えがない。おかしい。急に足を止める。何か引っかかる。パレード車も大通りには置いてなかった。明らかに昨日と変わっている。不気味だ。この死んでしまった遊園地は確かに生きている。背筋が凍りつき、鳥肌が立つどころではない。圧倒的な恐怖が私を包み込むように追い込んでくる。四面楚歌の状態で身動きがとれない。私は安堵したかったがこの世界にそのようなものはない。一つあるとすればあの黒髪の長い女だ。また歩みを進める。この恐怖への疑問を解消するために。


 不快な音を立てる観覧車は微妙ではあるが動いている。ゆっくりゆっくり動いている。時間がゆっくり流れているような錯覚が生まれる。下で眺めるのと実際乗ってみるのではまるで違う。もう、一時間近く乗ったままだ。いまだ最高点にはついていない。あまりにも長い。それはただ恐怖が充満して時間を遅く感じるのか観覧車の回る速度が遅いのか。多分両方だろう。心臓が明らかに不調だ。さっきから落ち着いてくれない。なぜ観覧車に乗っているのだろう。観覧車を過ぎればメリーゴーランドだったが、私は急に怖くなった。恐ろしいのだ。あそこへ近づけば彼女に会う。彼女に会えばもう元の世界に戻れないような母に二度と会えないような気がして、彼女と対峙すると考えると頭が真っ白になる。だから、ひとまず落ち着こうとして観覧車に乗った。彼女に会いたくなかった。それを考慮するかのように観覧車はゆっくりと回り続ける。外の景色を楽しむことのできない観覧車ほど興ざめするようなものはないだろう。でも、どうしても外を見れない。もし車窓から景色を見ようとして下を見ると彼女がメリーゴーランドの前で立っているのを目の当たりにしてずっと観覧車から出ることができなくなる。ただ、彼女がメリーゴーランドの前で立っているそれだけで私の決心は揺らいでしまう。見ることができなかった。ここで好奇心がまたやってくる。何しに来た。私は見たくない。見たくないの。気づくと私は窓際に立っていた。そして下を見る。「あっ。」




 私は観覧車を降りた。物寂しい風は変わらず私の頬に吹きつける。私は歩き始めた。無論メリーゴーランドの方へ靴を砂にこすりつけながら進む。赤と白の縦じまのテントが見える。遂にメリーゴーランドまでたどり着いた。思わず止まる。二回目だ。そこには黒髪の長い女。白のワンピースに麦わら帽子を被った女。背は高く肌は色白、私に背を向けメリーゴーランドの入場口の隣に佇む女。女はこの殺風景な雰囲気に同化するが如くただ佇んでいる。何の言動もなく佇んでいる。私は女に歩み寄る。少しずつ少しずつ近づくが女は無反応だ。気づいていのだろうか。否そんなはずない。私を誘うための無反応だろう。私はそれに便乗することにした。2メートルの位置。「あの、そこで何をしているんですか。」女から返事はない。仕方ないので少し近づき女に手をかけようとすると「あなたはどこから来たの?」女はそう私に問い掛けた。虚を突かれて思わず手を引っ込めて黙りしてしまった。しばらくして沈黙を破るように答える。

「私はどこから来たのかわかりません。ここがどこだかわからないのですから答えることができません。ここが何処なのか教えていただけませんか。」

女との間に数秒の沈黙を設ける。

「ここはあなたの夢の中、つまりは意識の中です。さっきの質問はそれを理解しているかの。確認です。」女と普通に会話することができている。人間であることに安堵した。この世界で唯一の住人のとでもいうのだろうか。「あの、私の夢の世界ということはあなたは私にとってどういう存在なのですか。」

「それに答えることはできません。あなたの記憶をたどればすぐにでも答えは解ります。」

「記憶?やっぱりあなたとはこの遊園地でお会いしているのですね。」

「そうですね。会ったことはあります。あの日だけですが。」

あの日?どういうことなんだ。私はあの女に会ったことがあると女は言う。この場所で私のメリーゴーランドの記憶がないのと関係しているのだろうか。

「もし知っているのなら教えてください。あの時私に何があったのか。」

「いいですよ。気になるのでしょうからお教えします。」

彼女は話始めた。


ー「これはあなたが小学校二年生の8歳の夏。この遊園地で起きた出来事です。ちょうど今から十六年前のことです。あなたは家族で町外れにあるこの遊園地に来た。この遊園地にあなたは夏休みに一番行きたがっていた所だった。そうですね。」

「はい。その通りです。夏休みに入る前からずっと遊園地に行きたいと両親にだだをこねていたのを今でも覚えています。特に私はメリーゴーランドが好きで絶対乗ろうと決めていました。いざメリーゴーランドに乗ったのはいいけど、そこで気絶したと母から聞きました。」

「ええ、そうですね。そこに私は居たのだから覚えていますよ。楽しそうに両親に手を振っていました。笑顔が可愛い女の子でした。」

「あなたはなぜあそこに居たのですか?」

「それは…」

彼女は少しの間沈黙した。私の心臓はさらに速く動く。額からは雫が垂れ、手汗でさらに不快感は増す。

「それはあなたを連れ去りたかったからです。」

「連れ去りたい…?どうことです。私を連れ去るためだけにあそこに居たんですか?」

「そうよ。たまたま遊園地に来てみたら、可愛い子がいたから連れて行こうと思ったの。だから、隙を窺ってたの。でも、お母さんずっとあなたと一緒に居たから実行できなかった。ちょうどメリーゴーランドにいたときにあなたは私の隣にいたあなたのお母さんに笑顔で手を振っていたの。それで思わず私が含み笑いしたら、あなた凄く怖がっていたわ。その顔もとっても可愛いからあなたを連れ去ろうとしたの。」

「連れ去ろうとしたって私はメリーゴーランドで倒れたと聞きましたし、あなたのことは聞きませんでした。」私は早口でそう言った。有り得ない。そんなこと、なら何故その記憶がないのだろう。

「何故覚えいないのか?って思ってる?そりゃそうよ。意識の世界での話だから。でも、あなたのお母さんに邪魔されたから連れ去れなかたけど。」

「お母さん?」

「そうよ。あなたの中でお母さんの存在はあまりに大きくて入り込めなかった。あなたの意識を連れ去れなかったの。お母さんのおかげね。」

お母さんのおかげ?私が女に連れ去られなかったのは母がいたからというのか。

「本当に残念だったわ。気に入ったものが手元にないのは辛かったわ。でも、もう大丈夫そうね。」

「え?どういうこと?」

「だってあなたの心の中、つまりは意識の中に母は薄れているもの。私も心置きなく連れ去れる。でも、残念ね。もう手元に置いておきたいほど可愛くないわ。だから、別の所になっちゃうけど仕方ないよね。母はあなたにとってどうでもいいみたいだし。許してちょうだい。」

女は私に手を伸ばしてきた。身を引いて避ける。

「どうしたの?いきましょうよ。きっと楽しいわよ。辛いことなんて無い世界なんだから。」

「いや!嫌よ!いきたくない私はお母さんが好きなの。まだ、生きていたいの。」女は目を見開き驚いた様子を見せ、次に目を閉じて呆れたという体を見せる。

「まあ、そうなの。仕事が辛い。死にたい。お母さんなんて死んでしまえばいいって言ってたじゃない。わざわざ迎えにきてあげたのに失礼ね。恭子。あなたは何も望んでないはずよ。死ぬことを望み、自分を産んでくれた母を愚弄するほど愚かな子、いや、女になったのだから。望むものなんて無いのよ。言っておくけどあなたに断る権利はないわ。」

女は恭子に近づき、腕を掴む。

「痛い。離して。嫌よ。まだ、生きていたい。いきたくない。」

 


 舗装された道路の端の植樹から聞こえる蝉の音はたまに不快な気分にさせる。「しねしねしね。」そう聞こえる。あの子が居なくなってから私に幻聴のように聞こえるようになった。最後にあったのは一週間前。酷く怯えていたのを覚えている。高校を卒業してからは一度も会うことはなかった。恭子が入院したと聞いて病院に急いで行くと恭子は眠っていた。入院だなんて恭子が小学生の時に一回だけだった。あの時あの子は悪夢でも見ているかのようにうなされていた。どうすることもできない私はよく落ち込んでいた。あの頃の恭子は可愛らしい顔をしていた。でも、今は可愛らしいと思わない。顔だけではない。全てが無に思った。いつからだろうか。反抗期にクソババアと言われた時?夫が死んだ時?高校を卒業して一度も帰ってこなくなった時?久しぶりに会った恭子を他人が他人のように見えた。どれも当てはまっていたからだろう。一番の原因は娘からの「死んでしまえ。」だろう。だからなのか。あの子が死んだという事実を冷静に受け止めることができたのも、涙が一滴も出なかったのも、その後すぐ夕食の献立を考えていたのも、心にざわめきがないことも納得できるような気がする。自分は薄情なんだと気がついた。悲しくない。

 

 「こんにちは。」家の前で急に声を掛けられたらので見上げるとそこには白のワンピースに麦わら帽子の黒髪の長く背の高い女の人が立っていた。隣の城島さんだ。ちょうど娘が小学校二年生の時に引っ越して来た、たまに近所付き合いがある人だ。別の世界の住人と思ってしまう程の美人さんだ。恭子も、もしかしたらこんな風にと思ったが無理だった。

「こんにちは。今日も暑いですね。気温35度ですって冷房付けたいけど電気代がかかるから付けれないのよ。」私は世間話を始めた。

「本当に暑いですね。今年も扇風機だけで乗り切れるか心配です。そう言えばもうすぐお盆ですけど、娘さん、今年はは帰ってくるんですか。」

「いいえ、娘は一週間前に亡くなりました。」

「そうなんですか。失礼しました。お悔やみ申し上げます。あの、園田さん自身は大丈夫ですか。」

「ええ、大丈夫よ。でも、しばらく会ってなかったからあんまり実感沸かないの。一回でもいいから娘とまた一緒に過ごしたかったわ。」本当にそうなのだろうか。やはり、どうとも思わない。

「大丈夫ですよ。そのうち会えますよ。」


 16年くらい前女児が謎の失踪、死亡をする事件が多発していたが、結局事件は未解決のまま終わった。一連の事件に関連性はないと判断された。噂では可愛いと評判の4歳~10歳までの女の子が失踪対象だと言われている。死亡した女児は何度かの失踪または入院を繰り返していたそうだ。この事件は少なくはなったものの度々起きることがあり、被害者は女に追いかけられる夢を見るのだそうだ。


 思えば女にはあの坂ですでに再会していたのだろう。現実で女に会うと私は貧血を起こして気絶してしまうらしい。女が目の前で佇んでいたので不思議に思って声を掛けたことを思い出した。でも、知ったからといっても、もうどうにもならない。私はただ暗く底の知れない黒い空間へと引き込まれていくだけなのだから。また、誰か女に連れ去れるのだろう。呪いは続く。

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