第8話 偵察
誠治視点になります。
「先輩、このままゆっくりと進んでください・・・俺が先を歩いて交差点の先に奴等がいないか確認しますんで、合図を出すまで停まっててください。角を曲がって奴等に出くわし、その中に素早い奴がいたら、この車だと耐えられない可能性が非常に高いですから・・・」
「確かにお前の言う通りだとは思うが・・・大丈夫なのか?外に出ればお前が危険に曝される・・・お前が戦い慣れているのは十分過ぎるくらい理解しているが・・・」
俺の提案に、貴之の表情が曇る。
「仕方ないですよ・・・流石に俺もあの素早い奴には出くわしたくないですし、出来る事ならやりたくはないですけど・・・このまま進んで、もし素早い奴等に囲まれたら、この車の窓じゃ保ちませんからね・・・奴は今までの個体と違って叩くのでは無く、振りかぶって殴って来ます。奴等は痛みを感じません・・・人間は無意識に脳がリミッターを掛けて力を抑えていますが、奴等にはそれがありませんからね・・・」
「車の窓は強化ガラスなんだろ?大丈夫じゃないのか?」
「フロントは安全性を高めるために合わせガラスですが、それ以外は強化ガラスですね・・・車の強化ガラスは、ガラスを熱した後に空気を使って急速冷却をし、圧縮応力層を形成させせる事によって同じ厚さのガラスに比べて3〜5倍の強度がありますが、それは風耐力と言うもので、面に対する強度が高いと言うだけなんですよ・・・普通に殴ったくらいじゃなかなか割れませんが、奴等は痛みを感じませんから、力は常人の3倍程と考えられます。そんな力で殴られたら保ちません・・・それに、車の窓は三次曲面ですから、もし斜め方向から殴られたら、それだけでも割れる危険性があります。あとは指輪をはめていた場合も、力が一点に集中するので割れますね・・・」
俺が説明すると、彼は肩を竦めた。
「まさか強化ガラスにそんな弱点があったなんてな・・・初めて知ったよ。井沢・・・すまないが、確認はよろしく頼む・・・」
「了解です!先輩はゆっくり付いて来てくれれば大丈夫ですよ!では、行って来ます!」
俺は不安そうにしている彼に笑顔で答え、右腕に武器を装備して車を降りた。
「奥に2体いるな・・・どうするべきか・・・」
俺は車から降り、最初の交差点の角から先を見渡した。
交差点を右に曲がった先に2体いるのを確認し、左手に持っている空き缶を投げるかどうかで悩んだ。
もし2体とも素早い奴だった場合、同時に相手をするのは骨が折れるからだ。
俺はまだ一度しか見ていないので、外見上の違いなどはわからない。
貴之達曰く、素早い個体はそこまで数が多くはないとの事だった。
「ここで迷ってても日が暮れるな・・・仕方ない、投げるか」
俺は意を決して、持っていた空き缶を投げた。
甲高い音が鳴り響き、コロコロと転がっていく。
奴等はその音に気が付き、こちらを振り向き俺を見た。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
手間にいた奴が大きく叫び、俺に向かって走り出す。
奥の奴はノロノロとフラつきながら歩いて来ている。
「まさかいきなり新個体に出くわすなんてな・・・まぁ、1体だけだったから良しとするか!」
俺は走って来る1体目との距離を確認し、道端に放置されている車の後ろに移動した。
丁度奴との間に挟むように陣取り、武器を構えた。
奴はこちらに向かい一直線に走って来る。
そのまま車を意に介さずボンネットに跳び乗った奴は、俺に向かって牙を剥き襲い掛かる。
「残念・・・跳んだら避けられないだろ?身体能力だけじゃなく、知能も進化させるべきだったな・・・」
俺は車の上から襲い掛かる奴を、横に躱しつつ首を刎ねた。
地に足が着いている状態では避けられ、反撃を受ける危険性がある。
だが、逆に跳ばしてしまえば避けようがない。
本来なら、タイミングを掴むのに苦労をするが、そこは高校時代にやっていたバレーの経験が活きた。
俺は切り落とした奴の頭にとどめを刺し、遅れて来ていた通常の個体の頭を、腰から抜いたタイヤレバーで叩き潰し、車で待機していた貴之に合図を出した。
「お見事・・・障害物を巧く利用したな。あれなら避けられる心配も無いし、奴に対処出来そうだな」
「いえ、あれは1体だけの時限定ですよ・・・もし他にもいて、同時に跳びかかられてしまったら、避けるだけで精一杯です・・・。運良く1体倒せたとしても、避けて態勢の崩れた状況では、2体目への対処が遅れます。新個体に対しては、ほんの一瞬の油断が命取りになりそうです・・・」
俺は肩を竦めて苦笑した。
まだまだあんな奴が多数いると思うと、不安で涙が出そうだった。
「先輩、今までにあの新個体を何体くらい見ました?」
「そうだな・・・お前が昨日倒した奴は何度か見かけたが、それ以外なら6体だ。他の住人達が外で見たのも合わせれば、この近辺には10体以上はいるかもしれないな・・・」
「そうですか・・・取り敢えず、目に付いた奴等は片っ端から倒します。救助が来た時のためにも、奴等を減らしておきたいですから。それと、出来れば新個体を同時に2〜3体まとめて相手をしてみたいですね・・・本当なら、バラけてくれていた方が嬉しいんですが、今後の為にも立ち回りを覚えたいですから・・・」
貴之は、俺の言葉を聞いて呆れたようにため息をついた。
「お前・・・早死にするぞ?今後の為に必要なのはわかるが、別に今じゃなくても良いだろう?なんなら、今度また自衛隊と任務につく時でも良いんじゃないか?」
「いえ・・・現状、新個体の情報を持っているのは先輩達や俺だけです。ある程度の情報、立ち回りを伝えておかないと、いざ奴等と対峙した時に対処出来ません。俺は、自衛官の犠牲は出来るだけ減らしたいんです・・・彼等が少なくなれば、いずれは俺達民間人にしわ寄せが来ます。そうなってしまえば、家族や仲間に犠牲が出てしまいますからね・・・」
「そうだな・・・だが、あまり無茶はするなよ?お前に死なれたら、俺は1人で帰らなきゃならないし、何よりお前の家族に申し訳ないからな!」
「ははは、わかりました!ほどほどに頑張りますよ!!」
俺は笑顔で頷き、通りを歩き出した。
奥からは、5体ほど奴等が歩いて来ている。
見るからに通常の個体だ。
俺は武器を構え、迫る奴等を倒しながら街中を歩いた。
俺は3時間程掛けて街中を歩き、消息を絶った自衛官達の捜索と、奴等の排除を行なった。
結局あの後は新個体には出会わず、普通の個体だけだった。
「お前を送ってくれた自衛官達は車なんだよな?それらしいのは見当たらなかったな・・・」
「えぇ、先輩達の住んでる場所からだと、俺の持って来た中距離無線はこの辺りくらいまでが限界なんですが・・・」
俺は地図を見ながら位置を確認する。
くまなくとまでは言わないが、目に付いた安全そうな建物は確認した。
だが、どこにも彼等の姿はなかった。
もしかすると、距離を間違えている可能性を考え、一度無線で呼び掛けたが、相変わらず応答は無かった。
「もう少し先を探してみるか?何か心当たりのある建物とか無いか?」
「そうですね・・・先輩、この近辺には消防団の詰所ってありますか?」
「何ヶ所かあるぞ?そこに居そうなのか?」
俺の言葉に、貴之が不思議そうに聞き返した。
「えぇ、俺が九州に行く前、仲間と一緒に消防団の詰所に何度か滞在したんですよ。あそこは少人数で守るのに適してますし、車庫があるので車も隠せます。休憩室で寝る事も出来るので、数日滞在するには適した場所です。彼等には、俺が脱出する時の話をした事があるので、その時に詰所についても話してます!」
「それなら居る可能性があるな・・・よし!じゃあ1番近くの所から行ってみるか!」
俺は貴之が了承してくれたのを見て、車の助手席に乗り込み、消防団の詰所の確認に向かった。




