第6話 無線
「あっ、すみません・・・ちょっとだけ席を外しますね!」
誠治はそう言うと、持って来ていたバックパックを漁り始めた。
「どうしたんだ?」
「いやぁ、ここに着いたら連絡することになってたんですが、すっかり忘れてましたよ!」
「お前なぁ・・・それはダメだろう・・・」
「まさか先輩と会うなんて思って無かったので、驚き過ぎて忘れてたんですよ・・・!」
呆れている父に、彼は取り繕う様に慌てて弁明した。
父はそれを見て肩を落としてため息をついた。
「早く連絡してこい!終わったら夕飯にしよう!」
「了解です!じゃあちょっと待ってて下さいね!」
彼は無線機を取り出し、部屋から出て行った。
「お父さんの後輩なんだよね?なんか不思議な人だね・・・」
僕が父に問い掛けると、父は腕を組んで頷いた。
「昔はあんなに喋る男じゃ無かったんだがな・・・。さっきも言ったが、どちらかと言うと1人を好む男だったんだ。自分に面倒ごとが回って来ないように、事前にそれとなくフォローをするように立ち回ってたよ・・・それが今では自分から面倒ごとに首を突っ込んでるんだからな・・・変われば変わるものだよ」
父は懐かしむように語ってくれた。
『おい!応答しろ!どうした!?』
廊下から、誠治の焦った様な怒鳴り声が聞こえてきた。
父はそれに気付き席を立つ。
「井沢・・・何かあったのか?」
父は廊下に居る誠治に不安気な表情で話しかける。
「先輩・・・問題が起きました・・・」
彼は、先程とは打って変わり、真面目な表情で呟いた。
緊張感を放つその顔は、別人の様に見える。
「どうかしたのか?」
父も、彼の緊張の面持ちに異変を感じ、深刻な表情で聞き返した。
「俺をこの街に送ってくれた自衛官との連絡が取れなくなりました・・・俺を送った後は、無線の届く範囲の建物を拠点にして待機しているはずなんですが・・・」
「見捨てたなんて事は無いよな・・・」
「それは絶対にありません!私を送ってくれた自衛官達は、俺がこの仕事をする様になってから毎回一緒に行動していましたから、気心も知れてるし、信頼出来る人達です!」
父の言葉を聞いた誠治は声を荒げた。
「すまない・・・無神経な発言だった・・・」
「いえ、俺の方こそすみません・・・。もしかすると、彼等もあの素早い個体に出くわしたのかも知れません・・・。俺はここに来るまで、あんな奴は見た事がありません。それに、本部にも情報はありませんでした・・・彼等も新しい個体の情報を知らないとすると、いきなり遭遇したら対処出来ないでしょう・・・」
彼は自衛官の事を心配し、項垂れている。
「お前はすぐに対処してたじゃないか?自衛官なら銃もあるだろうし大丈夫じゃないのか?」
「僕もそう思います・・・銃があるなら、誠治さんみたいに刃物で戦うより有利なんじゃないですか?」
僕と父は彼を見て、同じ事を思った。
銃なら、奴等が近づく前に倒せる。
わざわざ危険を冒してまで接近戦をする必要は無いと思った。
「俺は運が良かったんだよ・・・貴宏君が事前に報せてくれたから、素早く違う個体に気付けたからね・・・もし知らなかったら、奴に組みつかれて、今頃は外で獲物を求めて彷徨っていたと思うよ。それと、彼等には基本的に銃を使わない様に言っていたんだ・・・銃を使えば音が出る。いくら消音器を使っていても、近くでは結構音が聞こえるんだ・・・それだと、奴等に気付かれてしまう。銃は点でしか攻撃出来ないから、動く的に当てるには狙わないといけない。自動小銃なら連射も出来るけど、反動で銃身がブレるから弾をばら撒いてしまう。銃の扱いに慣れている自衛官でも、それは変わらない・・・いくら素早く狙って当てられても、狙っている間は無防備になるし、弾が切れたら再装填しないといけませんから・・・」
彼は僕達がわかりやすい様にゆっくりと説明してくれた。
「俺が刃物と鈍器しか使わないのは使い慣れているのもあるけど、まとめて攻撃出来るのが一番の理由なんだ。さっき言ったけど、銃は点での攻撃だけど、刃物や鈍器は点と線で攻撃出来る・・・突いても良いし、払っても良い。俺がやってたみたいに倒した奴を蹴り飛ばせば、後ろの奴等はそれに巻き込まれて倒れるか、足が止まる。あとは自分の攻撃出来る距離を把握して立ち回れば、そうそう危険な状況にはならないんだ。奴等は足が遅いし、防御もしないからね・・・だけど、今回みたいに素早い個体がいるとなると、接近戦も危なくなる。正直あれの集団に囲まれたら、遠近どちらの攻撃方法も打つ手なしだよ・・・」
「あの個体は今迄お前が行った地域にはいなかったのか?」
「はい・・・今回が初めてですね。関東は、一番最初に奴等が現れました・・・1年と言う時間の中で、奴等の保有するウイルスに何かしら異変が生じた可能性は高いです。俺も自衛隊も今迄は九州・四国・北海道に近い地域から、関東に向けて進んでいました。少なくとも、向こうにはあんな奴等はいなかったですよ・・・」
誠治は項垂れて答えた。
彼はここにいる人達よりも戦い慣れている。
そんな彼がここまで言うのだ。
あの個体の存在はかなり危険なのだろう。
「仲間の自衛官に連絡が取れないと言う事は、我々の救出もお前の帰還も絶望的なのか?」
父は彼を見つめながら問い掛ける。
彼のことを心配しているようだ。
僕達のために、家族を残してまでここに来たのに、帰れなくなってしまったのではあまりにも申し訳ない。
「いえ・・・3日連絡が無い場合はヘリで状況確認に来る予定です。ただ、もしヘリがここに来てしまうと奴等を呼び寄せる危険性が高いです・・・なんとしてもそれは避けたい。普通の奴だけなら良いけど、特にあの素早い個体が寄って来るのは避けたいです。なので、何としても洋上の護衛艦に連絡しなければいけません・・・」
彼はそう言って思案している。
「自衛官達の様子を見に行くか?」
「えぇ、それが良いでしょう・・・彼等は護衛艦との連絡用に長距離無線を持っていました。明後日までにそれを入手して、護衛艦に連絡を取りましょう!素早い個体についても報せないといけませんから・・・」
父と彼は頷きあった。
「今から行くか?なんなら俺もついて行くぞ?」
「いえ、明日にしましょう。ここの人達への説明もしないといけませんし、何よりもう直ぐ暗くなります。暗闇で奴等に囲まれるのは死んだも同然ですからね・・・。先輩、明日の朝皆んなを集めて貰えますか?」
「わかった。俺も彼等の説得に力を貸そう・・・貴宏を無事に安全な場所に連れて行ってやりたいからな!後輩のお前にばかり負担を掛ける訳にはいかない!」
「ははっ!心強い味方が出来て嬉しいですよ!では、明日は宜しくお願いします!」
父と誠治は固く握手をした。
僕はそれを見て、嬉しい反面不安になった。
2人に無事に帰って来て欲しい。
僕は、この状況になって初めて神様に祈った。