第4話 先輩後輩
「ふぅ・・・こいつで最後かな?あの素早い奴が他にも居なくて助かった・・・」
俺は周囲を見渡し、倒していない奴がいないか確認し、バリケードに近づいた。
「すみませーん!終わったんでテーブルを退かして貰って良いですか?」
バリケードに開いた穴を塞いでいるテーブルをノックし中に話し掛けると、ゆっくりとテーブルが動いた。
「本当に終わったのか・・・?」
1人の男が恐る恐る外を覗く。
「終わってなかったら、こうやって話し掛けないでしょ?」
俺が身体を横にずらし男に確認させると、男は外の光景に絶句している。
「すみませんけど、誰か2〜3人手を貸して貰えます?外の死体の移動を頼みたいんですけど・・・」
「あ、あぁ・・・ちょっと待ってくれ。おーい、誰か来てくれ!外の死体を片付けるぞ!」
男は俺の言葉を聞いて我に返り、近くの人達を呼んだ。
「あ、気を付けてくださいね?頭を落としただけの奴はまだ動いてますから、ナイフか鈍器で頭を破壊してください。俺は通りの入り口に罠を仕掛けてくるんで、片付けが終わったら手伝って貰って良いですか?」
「わかった・・・こっちが終わったら行くよ・・・」
男は武器を携えて外に出て来て、俺に頷いた。
まだ俺の事を信用していないようだ。
(まぁ、ヘルメットで顔を隠した奴をすぐに信用出来るわけないか・・・)
俺は肩を竦めながら通りの入り口に向かった。
「えっと・・・櫻木さんに貰ったのは何処だったっけ?・・・おっ、あった!」
俺は背負っていたバックパックから釘打ち銃の様な物を取り出し、通りに面した壁に打ち込んだ。
その銃から発射された釘の先端は返しが付いていて、一度刺さると抜けなくなる。
反対側には丸い穴が開いている。
俺はその釘を、向かい側の壁にも打ち込み、穴にワイヤーの付いたカラビナを掛けた。
ワイヤーの高さは、ちょうど人間の首の位置だ。
「こっちは終わったが、あんたは何をしてるんだ?」
死体の移動作業を済ませた男が不思議そうに話し掛けてきた。
「あぁ、ありがとうございます!これは罠ですよ!向かってきた奴等がこのワイヤーに触れると、首が飛ぶんです!そりゃあもう面白い位にスパッとね!」
俺が首を切るジェスチャーをしながら言うと、男の表情が引きつる。
「物騒な物を持ってるんだな・・・ワイヤーはどのくらい耐えられるんだ?」
「こいつは最近開発された物らしいんですけど、2tの重さまでは耐えられるらしいので、奴等の集団が来てもそう簡単には切れませんよ!まぁ、壁の方が保つかが心配ですけど・・・」
「なら、しばらくは安全って事でいいのか?」
「えぇ、一先ずは安心して良いでしょう」
男は安堵の表情で笑った。
「すまなかったな、あんたには助けられたよ・・・良かったら、こっちから中に入ってくれ!あんたの身体じゃあバリケードの穴は通れないだろうしな!」
男はそう言うと、通りに面した民家の裏側に俺を連れて行き、裏口からバリケードの中に案内した。
「ここを抜けたらバリケードの中だ。中に入ったら皆んなを紹介するよ!」
男は笑顔で振り返った。
「ありがとう、助かるよ・・・。ん?何か泣き声が聞こえないか?」
最後の扉を開け集落内に入ると、女性の泣き声が聞こえ、俺達はそちらに急いで向かった。
「あなた!お願い・・・死なないで!!」
俺達がバリケードの内側に辿り着くと、男性が横たわり、隣には泣き叫ぶ女性の姿があった。
「さっきの襲撃の際、噛まれたんだ・・・バリケードを補強しようとした車に挟まれて動けないところを、あの素早い奴に襲われたんだ・・・」
俺を案内してくれた男は、俯きながら、震える声で説明した。
「おい、ちょっと待ってくれ!あんた何する気だ!?」
俺は男の制止を無視し、泣き叫ぶ女性に近寄った。
「その人は貴女のご主人か?」
「はい・・・!」
女性は俺に話し掛けられると、泣き腫らした目で見ながら答えた。
「あ・・・あんたはさっきの・・・助けてくれてありがとう・・・。あんたが来てくれなかったら、今頃ここは地獄になっていた・・・家族や仲間を助けてくれてありがとう・・・!」
噛まれた男性はまだ意識があるらしく、痛みと死への恐怖に、苦しそうに涙を浮かべている。
男性の腕は大きく抉れ、大量の血が地面に広がっている。
(これは・・・もう保たないな・・・)
俺はレッグポーチから柳刃包丁を抜く。
周りの人達は、それを見てどよめく。
その柳刃包丁は、夏帆と悠介の時に使ったものだ。
俺はそれ以降、仲間が噛まれる度にその包丁で始末をつけている。
もはや、それ専用と言っても過言では無い。
「ご主人・・・貴方は、家族や仲間に転化した自分を見られたいか?もしそれが嫌だと言うなら・・・俺が後始末をしてやる・・・」
俺が横にしゃがんで話し掛けると、男性は目を見開いて俺を見る。
「あぁ・・・申し訳ないがお願いしたい・・・。あんたには迷惑をかけちまうな・・・」
弱々しく笑った彼の頬を涙が伝う。
「いや、構わないよ・・・俺がもう少し早く来れていれば、貴方も助かったかもしれないのにな・・・すまない」
「謝らないでくれ・・・あんな事態を予測して早く来るなんて・・・そんな事は、人間には不可能だろう?だから・・・気にしないでくれ・・・。家族と仲間を頼みます・・・。紗栄子・・・一緒に居てやれなくてゴメンな・・・愛してるよ・・・」
その男性は最後、愛する妻に語りかけ、そのまま息を引き取った。
「あなた・・・あなた!?嫌よ・・・1人にしないで・・・!」
周りの人達は女性の泣き叫ぶ姿を見て、居た堪れないように俯いている。
「奥さん・・・このままだと、転化してしまう・・・貴女の旦那さんとの約束を果たさせてくれないか?」
俺が話し掛けると、女性は顔を上げ、ゆっくりと死んだ夫から離れる。
「ありがとう・・・旦那さんの名前を聞いても良いかな?」
「翔平です・・・主人をよろしくお願いします・・・」
涙を流しながら頭を下げた女性に、俺は頷き返して死んだ男性に向き直る。
「翔平さん・・・貴方は最期まで家族と仲間を思い遣る優しい人だ・・・俺の死んだ仲間達もそうだったよ・・・」
俺は彼に優しく語り掛け、顎の下から頭頂部に向かって包丁を突き刺した。
手には肉を切り裂く感覚が広がる。
奴等を倒す時には意識していないが、やはり何度やっても人間を指す感覚には慣れない。
「終わりました・・・彼の遺体を運んであげて下さい・・・」
俺はゆっくりと立ち上がり、周りの人達に後を頼んだ。
すると、1人の男性が俺に近づいて来る。
「貴方には何とお礼を言って良い・・・危ない所を救っていただいた上に、仲間の始末までしてくれた・・・」
その男性は、俺に向かって深々と頭を下げた。
「いえ・・・こう言った事は何度か経験しましたから・・・人の死に慣れてしまった自分が許せないですよ・・・」
「そうだな・・・だが、いつかは乗り越えなければいけない事だ・・・早く立ち直れるなら、それに越した事はない。いつまでも沈んでいては、周りが困るからな・・・」
「えぇ・・・。あ、すみません・・・何処かで会った事ありました?なんか貴方に見覚えがあるんですが・・・」
俺は頭を上げた男性を見て、会った事があるような不思議な感じがした。
「すまない、貴方の顔がわからないから何とも言えないな・・・」
彼は俺を見上げて苦笑している。
やはりその顔には見覚えがある。
「おっと、これは失礼!?外に出る時は必ずかぶってるんで身体の一部みたいな物で、よく忘れるんですよね・・・」
俺が慌ててヘルメットを脱ぐと、俺の顔を見た彼は口を開けて驚いていた。
「まさか・・・井沢か?井沢 誠治か!?」
「そうですけど、何処かで会った事ありましたっけ?俺も貴方に見覚えがあるんですが、思い出せなくて・・・」
俺がそう言うと、彼は呆れていた。
「杉田だよ!杉田 貴之!!大学のサークルで一緒だっただろ!?」
「えっ・・・えぇ!?杉田先輩ですか!?いや・・・確かに面影が・・・」
「ははは!俺もだいぶ老け込んだし、かなり痩せたからな!それにしても・・・まさか助けてくれたのがお前だとはな・・・見た目の割にインドアだった奴とは思えないな・・・」
貴之は懐かしそうに言い、俺を見て微笑んだ。
「ははは・・・俺も色々ありましたからね・・・」
俺は照れながら答えた。
「お父さん・・・その人お友達?」
俺と貴之が話をしていると、彼の後ろから1人の少年が顔を覗かせた。
さっき、俺に危険を報せてくれた子だ。
「あぁ、父さんの大学時代の後輩だ。井沢 誠治って言って、昔はデカイのにインドアでな・・・毎日本ばかり読んでた奴だよ!」
彼は息子に楽しそうに語っている。
「先輩・・・デカイのにインドアは余計じゃないですか?見た目で言ったら、昔の先輩はピザ体型だったじゃないですか!俺がわからないのも無理無いでしょ!?」
「井沢、それを息子の前で言わないでくれよ・・・」
困った顔で俺を見る彼は、自分の息子の頭を優しく撫でていた。
「こんにちは、さっきは助かったよ!お兄さんの名前は井沢 誠治だ!君の名前は?」
俺はしゃがんで、貴之の息子に挨拶をした。
「杉田 貴宏です・・・」
貴宏は恥ずかしそうに俯き、父親の後ろに隠れてしまった。
男の子の割に線が細く、見ようによっては、女の子にも見える可愛い顔立ちをしている。
本当に貴之の息子なのかと疑いたくなってしまう。
「あはは、緊張したかな?」
俺がしゃがんで貴宏に手を振っていると、上から視線を感じる。
「何ですか先輩?」
「お前、その歳でお兄さんは無いだろ?俺の一つ下だから35だろお前・・・」
貴之がジト目で見ている。
「何言ってるんですか!俺は井沢 誠治さん!じゅうご歳ですよ!まだ10代ですから!!」
「変な所で区切んな!なんと言うか、お前は性格変わったなぁ・・・昔はそんなくだらない冗談を言うような奴じゃなかっただろ?」
「まぁ、変わったって言われたらそうかも知れませんね・・・。この1年で色々ありましたからね・・・」
俺の言葉に、彼は俯いた。
彼にも色々あったのだろう。
「井沢、良かったら今夜はうちに来ないか?色々と話がしたいからな!」
「それはありがたいですが、俺が来た理由を皆さんに話した方が良いんじゃないですかね?」
「確かにそうだが、今日は皆んな疲れているからな・・・明日にしてあげて欲しい」
彼はいまだに残されている翔平の血溜まりを見ながら呟いた。
「わかりました・・・じゃあ、今日はお世話になります!貴宏君もよろしくな!」
俺は2人に頭を下げ、彼らの家に世話になる事になった。