第3話 経緯
前作の主人公兼今作のもう1人の主人公:誠治の話です。
「さて、頑張って稼ぎますかね!」
俺は危険を報せてくれた少年に礼を言い、襲い掛かろうとしてくる奴等に向かって走り出した。
数はざっと見て30体程、概ね普段通りの数だ。
毎回同じ数を相手にしていると、慣れが生じてかえって危険だ。
俺は気を引き締め、最初の1体にドロップキックを食らわせた。
元々知能が低く重心が不安定な奴等は、避けることも出来ずに盛大に吹き飛んだ。
「おっ、これは良い走り出しだな!結構吹っ飛んだ!」
吹き飛んだ奴に巻き込まれ、後ろにいた奴等が巻き添えを食い10体程倒れた。
俺はその隙に、左右から来ている2体を右腕に装備している大型のマチェットで斬り倒す。
俺の右腕には手首から先が無い。
以前、知り合った自衛官を守るため、奴等に噛まれたのだ。
すぐに手首を斬り落として一命を取り留めたが、数日間昏睡状態になってしまった。
今は、右手の代わりにフックとマチェットを装備している。
戦闘をする時には必ず装備するようにしている。
マチェットは市販の物よりも長く、分厚く、幅広で、重量も3倍近くあるが、斬れ味も良く使いやすい。
「相変わらずの斬れ味だな・・・間違って自分を斬りそうで怖いな・・・」
俺は奴等と距離を取りつつ、右腕のマチェットをまじまじと見て呟いた。
「それにしても、さっきの奴は何なんだ?今迄あんなのいなかったぞ・・・?これはかなり面倒な任務になりそうだなっと!!マジで受けなきゃよかった!!」
左から来ていた奴の頭を、常に愛用しているタイヤレバーで叩き潰しながら、今回の任務に就いた経緯を思い出す。
それは4日前に遡る。
「あの・・・美希さん?今は誰も家にいませんが、どうでしょうか?」
俺は久しぶりの平日休みの昼間、両親のやっている農業の手伝いを休んでくれた妻の美希に、遠慮がちに問い掛けた。
「えっと・・・私も久しぶりにどうかなって思ってましたし、良いですよ・・・?」
彼女は頬を染め、上目遣いで呟いた。
「おぉ・・・マジで?俺、本気にしちゃうよ?」
「子供は沢山欲しいですし、言ってくれたらいつでも良いですよ!」
彼女は照れながら笑顔になった。
美希は今年で21歳、俺とは14歳離れている。
若く美しい妻にこんな顔をされたら、いかな35歳のおっさんでも、股間はエレクチオンだ。
「じゃあ、よろしくお願いします・・・」
「いきなり畏まらないでくださいよ・・・」
俺は苦笑して頷く彼女を抱き寄せ、寝室へと向かう。
すると、いざ行為に至ろうとしたその時、インターホンが鳴った。
「マジかぁ、間が悪いなぁ・・・」
「誠治さん、早く行きましょう?」
「了解・・・お客さんが帰ってから続きして良い?」
「ふふっ、わかりました!また後で・・・」
彼女は俺にキスをして玄関に向かった。
俺はその後ろを付いていく。
「お待たせしてすみません!」
急いで玄関の扉を開けると、そこには見慣れた人物が2人立っていた。
「やぁ、久しぶりだね誠治君と美希さん!」
「お久しぶりです!お元気でしたか?」
来客は海自の酒井と陸自の櫻木だった。
「またのお越しをお待ちしております・・・」
俺は2人を見るなり扉を閉めて鍵をかけた。
「ちょっと誠治さん!ダメでしょ!?」
美希が慌てて玄関を開ける。
「ははは!相変わらずだね誠治君!」
酒井と櫻木は笑っている。
俺は2人を見ながらため息をついた。
「お2人が来たって事は、厄介ごとを持って来たって事で良いんですよね?」
俺がジト目で睨むと、彼等は引きつった顔をした。
図星だったようだ。
「まぁ、ここじゃなんですから、中に入ってくださいよ。久しぶりに話しもしたいし、お茶でも飲みながら内容は聞きますよ!」
「いつもすまないね・・・君には本当に感謝してるよ・・・」
俺が笑顔で彼等を招くと、酒井が申し訳無さそうに頭を下げた。
「井沢さん、もしかしてお楽しみの最中でした?」
櫻木がニヤけた表情で聞いてきた。
美希はそれを聞いて顔を真っ赤にしている。
「櫻木さん・・・久しぶりの休みに、可愛い妻との情事を邪魔された俺の気持ちわかります?今すぐにでも塩をぶっ掛けたい気分ですよ・・・」
俺は櫻木を睨んだ。
彼は苦笑して肩を竦めている。
「櫻木一尉、そういった事を聞くのは感心しないな・・・我々は彼等に大きな恩義がある。それを忘れてはいけない」
「はっ!失礼しました!!」
酒井が注意すると、櫻木は慌てて謝った。
「もう良いですよ・・・それより、櫻木さん一尉になったんですね!昇進おめでとうございます!」
彼は俺の言葉に照れている。
俺は彼等を客間に案内し、ソファーに腰掛けた。
「さっきはすみません・・・。四国での出来事以降、色々と走り回ってましたからね・・・あと先日、Sの推薦も受けましたよ!」
「おぉ、マジですか!?櫻木さんは空挺レンジャーも持ってたんですね!!でも、大丈夫なんですか?Sってさらにヤバいんでしょ・・・てか、言って良いんですか?もし本当にSになったら、守秘義務違反になりませんか?」
酒井を見ると苦笑して頷いている。
聞かなかった事にしてくれるらしい。
「誠治さん、さっきから言ってるSってなんですか?」
お茶を用意し、配り終えた美希が俺の隣に座って聞いてきた。
「Sって言うのは、陸上自衛隊中央即応集団隷下部隊の特殊作戦軍の事だよ。特戦軍、特戦、特作とも言われてる部隊なんだけど、約15万人いる陸自隊員の内、300人しか居ない精鋭部隊だよ!空挺・レンジャー資格者のうち、知力、体力、精神力をチェックする過酷な選考を通過した隊員を、さらに1年掛けて訓練してふるいにかけるんだ!特殊作戦軍の隊員の格好がまた良いんだよね・・・皆んな目出し帽で顔を隠して、いかにも特殊部隊って感じでさ!」
俺はテンションが高くなり、美希に長々と説明をした。
「誠治君、その位にしてあげないと、美希さんが混乱してるよ・・・」
酒井が俺を止めて美希を指差す。
美希は首を捻り、全く理解していない表情をしていた。
「本当に君は好きな事になると周りが見えなくなるね・・・」
酒井は呆れたように苦笑している。
「面目無い・・・それじゃあ、話を変えましょう・・・。酒井さん、今回はどんな任務ですか?お2人が揃って直接来たって事は、何かありましたか?」
俺が真面目な顔で彼等を見ると、酒井がゆっくりと口を開く。
「誠治君、今迄君には反攻作戦などで色々とお世話になった・・・君の提案のおかげで、奴等を一網打尽にする事が可能になり、こちらの被害が激減した。上も君には感謝していたよ・・・」
俺は九州に帰還してから、何度か自衛隊と共に反攻作戦に参加した。
迫り来る奴等に、何人もの自衛官が襲われ、命を落としていった。
それを見かねた俺が、酒井達に会う前に滞在していた街でとった作戦を流用し、一ヶ所に誘き寄せた奴等を、爆薬で一気に殲滅する作戦を提案した。
その作戦は功を奏し、自衛隊や俺達民間組織の被害が抑えられる様になった。
「それで、今回は別の任務に就いて貰いたいんだが・・・」
酒井が言い澱む。
「反攻作戦の後って言うなら、救出ですか?」
「そうだよ・・・相変わらず君は察しが良いね・・・」
彼は肩を竦めて頷く。
「誠治君・・・頼みと言うのは、救助者への説明と説得なんだ・・・。我々自衛隊は一度彼等を見捨て、さらには1年以上も救助活動を出来なかった・・・そんな我々が直接行っては、揉める可能性があるんだ・・・」
「と言う事は・・・俺はその人達のいる場所まで自衛隊の助けは得られないって事ですかね?」
「すまないが、そうなってしまう・・・。彼等が我々を見て冷静でいられるかがわからない以上、一緒に行動が出来ない・・・。もちろん近くまでは送るし、何かあった時は必ずフォローはする!君には頼ってばかりになってしまうが、少ない人員で多数の奴等と戦える民間人は、現状では君だけなんだ・・・上も君の戦闘報告を受けて、是非君にと言っていた・・・」
酒井はそこまで言って俯いたまま黙ってしまった。
櫻木も唇を噛み締め、悔しそうにしている。
「わかりました・・・救出作戦はいつからですか?」
長い沈黙を破り俺が了承すると、隣で俯いていた美希の身体が強張った。
「美希、ごめんな・・・でも、助けを待っている人達を見捨てたくないんだ・・・。その人達の中には、悠介や美希達みたいに仲の良い兄妹がいるかもしれない・・・もしくは、千枝みたいに両親を亡くした子がいるかもしれない・・・」
俺は優しく美希に話し掛ける。
「わかりました・・・見捨てちゃったら、兄さん達に怒られそうですからね!誠治さん・・・必ず帰ってきてくださいね・・・!」
「あぁ・・・帰ってくるよ!俺は今迄君との約束を破った事無かっただろ?」
彼女は瞳に涙を浮かべ、作り笑いをしている。
俺はその笑顔を見て、胸が締め付けられる思いがした。
「美希さん・・・貴女や千枝さんにも本当に申し訳無く思う・・・。誠治君は我々が必ず無事に送り届けると誓う!」
酒井と櫻木は涙ぐむ美希を見て頭を下げた。
「酒井さん、場所はどこですか?」
「関東だ・・・奴等が最も多い地域になる・・・。先日、我々の無人偵察機が生存者を多数発見した。彼等は住宅地にバリケードを造って生活しているようだ。君には彼等と接触し、可能であれば救助まで守って貰いたい・・・。出発は明後日・・・準備は全て我々でさせて貰うから、それまで美希さん達と一緒に居てあげて欲しい」
「わかりました。では、明後日からよろしくお願いします・・・。必ず助けましょう!」
俺は2人と握手をし、外まで見送った。
酒井達が訪れた2日後、俺は自衛隊と共に関東に戻ってきた。
俺や夏帆、悠介や美希達が住んで居た街は遠く離れているが、それでも懐かしい感じがする。
「酒井さん達とも約束したしな!最後まで頑張りましょうかね!!」
俺は今、救助すべき人達が見守る中、奴等と戦っている。
バリケードの近くの家の2階には、千枝と同い年位の子供も居た。
俺はタイヤレバーを握る左手に力を込め、近づく奴を叩き伏せる。
残っているのは後5体。
彼等の為にも一刻も早く奴等を排除し、安心させてあげたいと思い、さらに己を奮い立たせ、奴等に向かった。




