第37話 父の想い
貴宏に戻ります。
奴等の内、1体が僕に近づいて来る。
目を瞑っていてもそれが解る。
だが、僕は恐怖と絶望で身動きがとれなかった。
父が必死に抵抗する声と、奴等の呻き声だけが聞こえてくる。
呻き声が徐々に近づき、すぐそこまで来た時、目の前で何かが潰れる音がした。
恐る恐る目を開けると、そこには奴等の代わりに黒尽くめの大男が立っていた。
間一髪のところで誠治が現れたのだ。
僕に襲い掛かろうとしていた奴は、僕から離れた場所で倒れ、痙攣している。
「貴宏君無事か!?先輩は・・・!!?」
誠治は僕の身を心配しながら周囲を見渡し、襲われている父を見て動きが止まった。
そして、僕の耳をつん裂くような叫びが周囲に轟いた。
獣の咆哮にも思える様な、怒りと悲しみに満ちた叫びだ。
誠治の叫びに奴等が気付き、標的を誠治に切り替え襲い掛かる。
誠治も同時に駆け出し、襲い掛かる奴等を力任せに斬り捨てる。
襲い来る奴等を物ともせず、近づく奴の頭を左手で掴んで壁に叩き付けて潰し、後続の奴等に死体を投げ付けて距離を稼ぐ。
怒りで我を忘れているように見えたが、今までの戦いを身体が覚えているのか、危なげなく奴等を葬る。
「玉置は貴宏君を!俺は杉田さんを避難させる!永野は井沢さんのフォローを頼む!!」
僕が誠治の戦う姿に呆気にとられていると、遅れて来た櫻木が玉置達に指示を出し、父を連れて来てくれた。
必死に抵抗していた父の身体には、無数の傷痕があり、腕や足の肉は大きく抉れ、おびただしい量の血を流している。
「お父さん!お父さん!」
僕が父の身体を揺さぶると、父はゆっくりと目を開けて僕を見た。
「貴宏・・・怪我はないか・・・?」
父は僕の身体を見渡し、優しい目をして僕の身を案じた。
「僕は大丈夫だよ・・・でも、お父さんは・・・!!」
「そうか・・・お前が無事で良かった・・・」
父は嬉しそうに笑い、自分の血で汚れた手を伸ばし、僕の頭を撫でた。
「全然良くない!僕を1人にしないでよ!九州に着いたら、前みたいに遊んでくれるって約束したじゃん・・・!」
僕の言葉に、父が困ったような表情をする。
本当はありがとうと言いたかった・・・だけど心とは裏腹に、僕の口からは父を非難する言葉しか出てこなかった。
僕が父に縋り付き泣いていると、永野の物とは違う銃声が響いた。
僕や櫻木達は、その銃声を聞いて振り返った。
「井沢さん、大丈夫ですか!?」
「心配ない・・・かすり傷だ・・・」
僕が振り返ると、誠治が腕を押さえていた。
その奥には、片腕の無い男が拳銃を構えているのが見える。
「仲間の仇だ!お前等だけ生かして帰すわけが無いだろうが!!?」
男は拳銃を構え直し、誠治を狙う。
「・・・のせいか・・・!お前のせいか!?」
腕を押さえていた誠治は、その男を見るなり叫びながら走り出した。
すると、誠治が走り出すと同時に永野が男を撃った。
腹部を撃たれた男は呻き声を上げてその場に崩れる。
「邪魔をするな!!」
永野に撃たれて蹲る男を見て、誠治が永野に掴み掛かる。
凄まじい剣幕だが、永野は誠治の目を見て睨み返す。
「冷静になってください井沢さん!早く戻らないと間に合わなくなります!!あの男が奴等に襲われてる間に早く戻りましょう!!」
撃たれて蹲る男に、奴等が殺到し始めている。
男は断末魔の叫びを上げながら奴等に全身を引き千切られていく。
「・・・すまない。急いで戻ろう・・・」
誠治は苦虫を噛み潰したような表情で男を見ると、永野に謝ってこちらに戻って来た。
「皆んなすまない・・・。玉置さんは貴宏君を、先輩は俺が連れて行きます。櫻木さんと永野さんは援護を頼みます・・・」
「わかりました」
3人が返事をすると、誠治は父を肩に担いだ。
「井沢・・・俺は足手まといになる・・・置いて行け・・・」
誠治に担がれた父が目を開けて弱々しく呟く。
「聞こえねぇよ!誰を置いて行けって!?」
父の言葉を聞いて誠治が怒鳴る。
「皆んなまで危険になってしまう・・・俺は良いから、貴宏を・・・」
「ふざけんな!あんた言ってただろう!?奥さんを残してきた事が心残りだって!!そんな思いを息子にもさせるつもりか!!?息子の事を思うなら、今は大人しくヘリに乗るんだよ!解ったか!?」
誠治に怒鳴られた父は一瞬驚いた表情をし、薄く笑った。
「そうだったな・・・それは駄目だよな・・・。すまない・・・最期まで世話を掛ける・・・」
「解ったらヘリまで保つようにしてください!」
僕は玉置の背中におぶられながら、父と誠治の会話を涙を流しながら黙って聞いていた。
「櫻木一尉、急いでください!反対側からも奴等が来ます!!」
僕達が広場に着くと、待機していた隊員達が広場に群がる奴等を抑えていた。
反対側のバリケードも破られたらしく、広場に繋がる通りから奴等が走って来ているのが見える。
「先輩、あと少しです!大丈夫ですか!?」
「あぁ・・・まだ何とか生きてるよ・・・」
「そりゃあ良かった!舌を噛まないようにしてくださいね!!」
僕達の背後には新個体が数体追って来ている。
だが、広場の隊員達が僕達を援護し、何とかギリギリで間に合う事が出来た。
「お父さん・・・!?」
すんでの所でヘリが離陸し、ヘリのあった場所に奴等が群がる。
僕は玉置の背中から降りると、床に横たえられた父に駆け寄った。
「貴宏・・・約束を守ってやれなくてすまない・・・。こんな情け無い父親でごめんな・・・」
父は僕の頭を撫でると、一雫の涙を流した。
「そんな事良いんだよ・・・僕はお父さんが一緒にいてくるたらそれだけで良かったのに・・・!」
止めどなく流れる涙で父の姿が歪む。
これが最期の父の姿になると言うのに、しっかりと見る事が出来ない・・・。
誠治や櫻木達は、少し離れた場所で僕と父を見守る。
他の隊員達もそれに倣い、邪魔をしないようにと気遣ってくれている。
「貴宏・・・俺はずっとお前に申し訳なく思ったいた・・・。あの日、母さんの死に目に間に合わなくて、お前を1人にさせてしまった事・・・そして何より、お前を母さんに襲わせてしまった事が申し訳なくてな・・・あの日の事が悔しくて、お前が寝付いた後に何度も涙を流したよ・・・。だが、あの日とは違って、最期はお前を守ってやれた・・・約束を守ってやれなかった事は心残りだが、お前が無事で本当に良かった・・・」
父は涙を流しながらも、笑いながら僕を見ている。
僕は父に話し掛けようにも言葉が出ない。
「貴宏・・・すまなかい・・・。また1人にさせてしまうが、強く幸せに生きてくれ・・・俺や母さんは、お前が笑顔でいてくれる事が何よりも嬉しいんだ・・・」
僕が父の言葉に何度も頷くと、父も嬉しそうに頷いた。
「井沢・・・そこに居るか・・・?」
僕の頭を撫でながら、父は虚ろな目で周囲を見渡し、誠治を探した。
「えぇ・・・ここに居ますよ」
父に呼ばれた誠治は、父に顔が見えるように近くにやって来た。
「お前に頼みがあるんだが・・・」
「俺に出来る範囲なら・・・」
誠治の答えに、父が薄く笑う。
「お前なら難しくないさ・・・。井沢、息子を・・・貴宏を頼む・・・。それと、お前の家族のついでで良いから、妻を迎えに行ってやってくれないか・・・?」
「はははっ・・・それは責任重大だ。わかりました・・・任せてください・・・」
誠治は父の手を握りしめ、力強く頷いた。
「何から何まですまないな・・・。櫻木さん、玉置さん、永野さん・・・他の隊員の方々もありがとうございました・・・。あなた方のおかげで、皆無事に避難出来ました・・・」
「杉田さん・・・お礼を言わなければならないのはこちらの方です・・・。常に我々を気遣い、手助けをしていただいてありがとうございました・・・」
櫻木が代表し、父に頭を下げる。
櫻木達の目には涙が浮かび、悲しんでくれている。
「貴宏・・・俺は居なくなってしまうが、母さんと一緒にずっと見守っている・・・これだけは約束する・・・」
「お父さん・・・嫌だよ!!」
「玉置さん・・・貴宏を頼みます・・・」
父は縋り付く僕を見つめ、玉置を呼んだ。
玉置は鼻をすすって頷くと、僕を抱き上げて父から引き離した。
「待ってよ玉置さん・・・!お父さんが・・・」
僕は抵抗して懇願したが、玉置は僕を離さなかった。
「井沢・・・すまないが・・・」
「わかってますよ先輩・・・後は任せてください。正直嫌になりますけど、こういう事は慣れてますから・・・」
誠治の言葉を聞いた父は、その後すぐに動かなくなった・・・。
玉置の肩越しに父の最期を目にした僕は泣き叫んだ・・・。
僕や父が1年間過ごした街はどんどん遠ざかり、護衛艦に向かう間、ヘリの中には僕が啜り泣く声だけが響いていた。




