第36話 尊敬する人
少しだけ前に戻り、誠治視点の話になります。
杉田親子が忘れ物を取りに戻り、チヌークには少しだけ待ってもらう事になった。
住民達は皆、杉田親子を待つ事を快く承諾してくれた。
数日間彼等と過ごして感じたのは、貴之は皆から信頼され、貴宏は可愛がられていると言うことだ。
貴宏が噛まれた事を知ってなお、皆は受け入れる事を決意した。
最初はギクシャクしていたと聞いていたが、貴之の努力の賜物か、今では無くてはならない存在になっている。
「まさか、あの杉田さんが忘れ物をするとは・・・予想外でしたよ」
俺の隣に櫻木がやってきて呟く。
「昨日まで俺達の手伝いやらで忙しくしてましたからね・・・」
「そうですね。艦に戻ったら、杉田さんには改めてお礼を言わないといけません」
俺や櫻木達は滞在する間、貴之ので過ごさせてもらったりと色々と世話になった。
自衛隊が他の住民達に受け入れて貰えたのも、彼が事前に説明をし、間を取り持ってくれたのも大きい。
もし彼が居なければ、俺だけではここまで住民をまとめられなかっただろう。
杉田 貴之は尊敬に値する人物だ。
息子の貴宏を見ていれば、貴之が父としてしっかりと子供を育ててきたことがわかる。
月の大半を留守にしている俺は、千枝や悠枝、夏菜枝達にとって良い父親であるとはお世辞にも言えない・・・美希にも苦労と心配を掛けてしまっている。
その分、任務が無い間はずっと一緒に居ようと心掛けているが、それでも申し訳なく思う。
俺の周りには、支えてくれる人達が大勢居る。
美希達はもちろんだが、元気や渚達もいつも俺を気に掛け、何かとフォローしてくれる。
皆頼もしく、尊敬出来る家族だ。
亡くなってしまった夏帆や悠介、慶次、夏帆の両親も、家族の大切さや愛情を教えてくれた。
彼等も俺にとって尊敬出来る人達だった。
俺は、もう二度とそんな人達を喪いたくは無い・・・だからこそ早く奴等を駆逐し、安心して暮らせる国に戻さなければならない。
「まぁ、向こうに着いたら先輩と一緒に飲もうよ。たぶん、それだけで喜ぶと思うよ?」
「そうですね!いやぁ、今から楽しみだ!!」
「そう言えば、コブラをこっちの護衛に残すように進言してくれてありがとね?」
「いえ、本当なら3機でと思ったんですが、まさか今朝になって1機エンジントラブルで使えなくなるとは・・・恥ずかしい限りですよ」
「何言ってんの・・・こんな状況になってから、酷使してるんだし仕方ないよ。護衛が2機になっただけでも感謝してるよ」
俺は申し訳なさそうな櫻木を励まし、広場の入り口を見るが、杉田親子の姿はまだ見えない。
「櫻木一尉、宜しいでしょうか!?」
俺と櫻木が杉田親子を待ちつつ話をしていると、1人の隊員が慌てて櫻木を呼びに来た。
「わかった。井沢さん、ちょっと行って来ます」
「あいよ!先輩達の出迎えは俺がするから、櫻木さんは仕事に戻って良いよ!」
俺が笑って答えると、櫻木は俺に頭を下げ、呼びに来た隊員と共に離れた。
「井沢さん!玉置!永野!こっちに来てくれ!!」
無線で連絡を取っていた櫻木は、血相を変えて慌てて俺と玉置達を呼ぶ。
「どうしたんだ、そんなに慌てて・・・何か問題が?」
「井沢さん、杉田さん達を迎えに行きましょう!」
俺が聞くと、櫻木は急いで装備を身に付けながら話を続ける。
「井沢さんが言っていたダンプらしき車と、3台の大型トラックがこちらに向かってすぐそこまで来ていると報告がありました!静止にも応じないそうです!攻撃の許可は出しましたが、4方向からなので、2機でカバー出来るか心配です!」
「くそっ!あと少しだってのに、何でいつもこうなんだ!!」
それを聞いた俺は悪態をつき、玉置、永野と急いで装備を身に付け、杉田親子を迎えに行くためすぐに広場を出た。
杉田親子も乗るはずだったチヌークはすぐに離陸し、入れ替わりで待機していたチヌークが着陸態勢に入る。
杉田親子は、俺達と一緒に帰る事になったのだ。
俺達が杉田宅に向かっている間、上空ではコブラが忙しなく飛び回り、ついには攻撃を開始した。
20mm機関砲の音が鳴り響き、遠くで衝突音がする。
1台仕留めたらしく、すぐさま他の不審車両に向かって飛んで行く。
別の方角からも発泡音と衝突音が聞こえ、残るはあと2台。
あと少しで杉田宅に着くというところで、杉田宅の先にあるバリケードの方角から衝突音が聞こえた。
発泡音がしなかったところからすると、間に合わなかったらしい・・・。
俺達はペースを上げ、杉田宅に急いだ。
「先輩!貴宏君!居たら返事をしてくれ!!」
俺は玄関を開けて中に呼び掛けたが、2人の返事は無い。
「もしかしたら、バリケードの確認に行ったんじゃ!?」
裏の確認に行っていた玉置は不安げな表情をする。
「向こうの見張りに隊員が2人居るはずですが、急いで向かいましょう!」
櫻木が提案し、俺は返事もそこそこに衝突音のしたバリケードの方に走り出した。
杉田宅を出て50m程先の角を曲がると、その先に人影があるのに気付いた。
目を凝らして確認すると、座り込んだ貴宏に奴等が襲い掛かろうとしているところだった。
貴之の姿が見えないが、彼が息子を見捨てる筈がない。
俺は心臓が破裂しそうになりながらも全力で距離を詰めた。
間に合ってくれと神に祈りながら、俺は走り続けて疲労の見え始めた身体に鞭を打って走り続けた。




