第35話 家族写真
僕が目を覚ますと、父や誠治、櫻木達が何やら神妙な表情で話をしていた。
僕は気になり聞いてみたが、僕を不安にさせないようにはぐらかされてしまった。
父達は話し合いを切り上げ、永野の帰りを待って朝食を食べた。
今は朝食も終わり、食器を片付けて家の掃除をしている。
ここに来てからの1年間、この家にはお世話になった・・・本来住むべき人達が居なくなったこの家には家財道具一式が揃い、何不自由無い生活を送ってこれた。
父と2人だけの生活に不満は無かったが、やはり母が居ないのは寂しく思う日もあった。
この家で父に怒られたこともあったし、一緒に笑ったことも沢山あった・・・ここは、思い出の詰まった家だ。
誠治や櫻木達が来てからの数日、僕と父はこんな状況になって今までで一番笑顔の多い日々だった。
そんな楽しかった家とも今日でお別れだ・・・相変わらず外には危険が多いし、いつ迄この場所が安全であるか分からない以上仕方のない事だが、だからこそ最後に綺麗にして別れたかった。
「お父さん、これはどうする?」
「そうだな・・・もし他の人達がこの家を使う事があったとしても必要ではないだろうから、押入れに入れておいてくれ」
僕は部屋の中にある物を父に確認しながら片付けをしていく。
誠治や玉置達も、それぞれ他の部屋の掃除を手伝ってくれている。
櫻木は先程まで無線で連絡をしていたが、あまり良い話では無かったのか、肩を落としていた。
「もう11時か、そろそろ広場に行く用意をしないとな・・・井沢と櫻木さん達は先に行くんだろう?」
掃除を済ませてリビングに集まって来た誠治や櫻木達に父が聞く。
「そうですね。広場は昨夜片付けたのでヘリが着陸するのには問題無いですが、集会所から遺体を運ばないといけないですし、早めに出ようかと思ってます」
「やる事はやりましたし、後は待つだけです。まぁ、住民の方々より遅れる訳にはいきませんから今から行って来ますよ。貴之さんと貴宏君はもう少しゆっくりしててください。この家とも今日でお別れですし、最後は親子水入らずを楽しんでください」
誠治と櫻木達は父に答え、リビングを出る。
父はソファーに腰掛け、僕はその隣に座った。
「この家ともお別れか・・・改めてそう言われると、なんだか寂しくなるな・・・」
「そうだね・・・色々あったもんね」
「あぁ・・・お前には色々と心配も掛けたし、寂しい思いもさせてしまってすまなかったな」
父は僕の頭を抱き寄せ、優しい声で呟く。
「大丈夫だよ・・・お父さんが頑張ってくれたから、僕は今ここに居られるんだ・・・だから謝らないでよ・・・」
僕は、父の優しい言葉に涙を流した。
ここに来てからの1年間、父は本当に頑張ってくれた。
ここの人達と揉めた時にも、噛まれた僕の事をかばい、ずっと僕の味方でいてくれた。
今でこそ、他の住民達からの信頼を得られているが、最初の頃はかなり苦労してくれた。
それを思うと、僕のせいで苦労した父の謝罪に申し訳なく思い、涙が出た。
「九州に行ったら、前みたいにいっぱい遊ぼう。母さんは居ないが、あいつの為にも幸せにならないとな・・・。母さんはお前の事を本当に愛していた・・・お前が幸せになる事が、俺や母さんにとっての幸せだ」
父は優しく僕の頭を撫でる。
僕は涙を流し俯きながら頷き、僕達はしばらく2人だけで取り留めのない会話を楽しんだ。
「さて、そろそろ行くか?あと15分もすればヘリが来る時間だ」
「うん、じゃあ準備するね」
僕達は用意してあった荷物を持って家を出る。
外に出てもう一度家を振り返り、僕達は頭を下げて礼をした。
「井沢、気を遣わせてすまなかったな」
広場に着くと、すでに待機していた誠治を見つけ、父が話し掛ける。
「いえいえ、俺も関東を出るまでに過ごした家なんかには思い入れがありましたからね・・・先輩達みたいに1年間もお世話になったなら、尚更ですよ」
誠治は笑顔で答え、僕達を荷物置き場に案内する。
「貴重品以外は全てまとめておきます。自分達の荷物には、すぐに判るようにタグを付けておいて下さいね」
置き場には、結構な量の荷物が並んでいる。
「少なく用意してはきたんだが、流石に50人分となると多くないか?」
父が呆れて言うと、誠治は苦笑した。
「まぁ、この位なら大丈夫ですよ・・・」
誠治は自信なさげに呟いた。
僕達が話をしていると、遠くからヘリの音が聞こえてきた。
「時間通り、流石だな!」
誠治が腕時計を見て感嘆の声を上げる。
空の彼方に大型の貨物ヘリ2機と、先日見た攻撃ヘリが3機飛んでいるのが見える。
「では、皆さん並んで下さい!」
櫻木達が声を上げ、集まった住民に指示を出す。
皆んなは揉める事もなく、互いに譲り合いながら整列する。
あっと言う間に僕達の頭上に到着した貨物ヘリが、着陸態勢に入る。
凄まじい音と風が巻き起こり、僕は圧倒されてしまった。
貨物ヘリは、近くで見るとかなり巨大だった。
「では、まずは隊員が降りてきますので、指示があったら順番に載って下さい!」
櫻木がヘリの音に負けない大声で話す。
着陸したヘリの後部ハッチが開くと、中から武装した隊員が20人程降りて来て、櫻木達に敬礼する。
「では、センターシートを取り付けますので、終わりましたら乗り込んでいただきます」
隊員達は慣れた手付きで荷物を運び、センターシートを設置していく。
あっと言う間に乗り込める準備が整った。
住民達からは、その手際の良さに歓声があがる。
何人かの隊員は、それに照れたように手を振って答えている。
センターシートの設置を終えた隊員達は、5名だけその場に残り、他の隊員達は3人づつそれぞれ散らばって行く。
集落の入り口やバリケードの見張りをするためだ。
「お待たせしました!では、皆さん順番に中へどうぞ!」
櫻木の言葉を聞き、皆んなが順番に中に入って行く。
僕と父は最後だ。
「井沢、本当に世話になったな・・・向こうに着いたら酒でも飲もう」
「了解です!何事も無くて良かったですよ!では、また後で!!」
父と誠治は握手を交わす。
誠治は櫻木達と一緒に、この後のヘリでここを発つ予定だ。
「さて、そろそろだな・・・しまった!」
父は前を見ながらポケットに手を入れ、何かを探し、叫んだ。
「どうしたのお父さん?」
びっくりした僕が聞き返すと、父はバツの悪そうな表情になった。
「井沢、すまないが少し家に戻って良いか?」
「どうしました?あまり遅くならないなら構いませんよ?」
「すまない・・・大事な手帳をリビングのテーブルに置いて来てしまってな・・・。手帳の中には、家族3人で写ってる最後の写真が入ってるんだ・・・」
僕達は家を出る前、リビングのソファーで話をした。
その時、父がいつも大事にしている手帳から写真を出して見せてくれた。
それは、僕が生まれてすぐに撮った写真だった。
父と母が幸せそうに並び、母の腕にはまだ赤ちゃんだった僕が抱かれていた。
普段、父は肌身離さずその手帳を持っていたので、あの時取り出して忘れてしまったらしい。
「わかりました。急いで行って来てください!」
「最後の最後でうっかりしたよ・・・貴宏はここで待っててくれ」
「僕も行く!もう一度あの家にお別れを言っておきたいんだ!」
僕がそう言うと父は少し迷ったが、笑顔で頷き僕の手を取った。
「お父さん、手帳あった?」
僕は家の玄関から父に話し掛ける。
父は急いでリビングに向かい、手帳を探す。
「あぁ、すまない・・・見つけたよ。全く、俺も歳かな・・・まさかこんな大事な物を忘れるなんてな」
父が手帳を見せながら玄関に戻って来た。
「写真、見せてくれてありがとう・・・嬉しかったよ」
「この写真は俺の宝物だ。お前が生まれて来てくれた時は、本当に嬉しかったよ・・・お前は今も昔も変わらず俺の宝だ・・・それは母さんも同じだよ」
父は靴を履きながら優しい声で呟く。
父が靴を履き終わり玄関を出ようとした時、外から大きな衝突音が響いた。
耳を覆う程の大きな音だった。
「バリケードの方か!何かあったのか!?」
父は急いで外に出ると、バリケードの確認に向かう。
「お父さん待って!」
僕は必死に父の後を追い、バリケードの見える位置まで来て我が目を疑った。
大型のトラックがバリケードを破壊し、突っ込んでいたのだ・・・。
「ゆっくりと車から降りてこい!」
近くに居た隊員達は銃を構えて運転手に呼び掛ける。
すると、バックで突っ込んでいたトラックの荷台の扉がゆっくりと開き、中から奴等が溢れ出した。
その中には、新個体の姿も見える。
「ヤバい!貴宏、広場まで走るぞ!急いで井沢に報せるんだ!!」
荷台から出て来た奴等は、隊員達に襲い掛かる。
隊員達は銃を乱射して抵抗するが、それも虚しく新個体の餌食になった。
奴等は仕留めた獲物に食らい付き、隊員達の断末魔の叫びが聞こえる。
「くそっ!井沢の悪い予感が当たってしまった!!」
父は悪態をつきながら僕の手を引く。
「お父さん、痛いよ!僕そんなに早く走れないよ・・・!」
僕は必死に父と走ったが、父の速度について行けず躓いてしまった。
「貴宏、危ない!!」
僕を起こした父は、そう叫ぶと僕を自分の背後に投げ飛ばした。
「うぅっ・・・何するのお父さん・・・」
受け身を取れず頭を打つけた僕は、父を見て絶句した・・・父が奴等に襲われていたのだ。
父は僕を庇い、奴等から守る為に僕を投げ飛ばしたのだ。
「お父さん!!」
僕が叫ぶと、父に襲い掛かっていた1体が僕に気付き牙を剥く。
「俺はの事はいいから、お前は井沢の所に走ってくれ・・・!!」
父は身体の至る所を噛まれながらも、僕に向かわせまいと必死に奴等を引き留める。
だが、それも長くは保たず、1体が僕に襲い掛かる・・・僕は父が襲われたショックと悲しみ、奴等に対する恐怖で逃げ出す事が出来なかった・・・。
「貴宏・・・!!」
「お父さん、お母さん・・・ごめんなさい・・・」
僕は涙を流して呟き、目を閉じた。
目を閉じていても、自分の身体に影が差したのが判る。
奴が目の前に迫っているのだろう。
僕の脳裏に、父が見せてくれた家族写真が浮かぶ。
僕はただ懐かしく、幸せだった日々を思い出しながら死を待った。




