第32話 最後の話し合い
「井沢、皆んなを集めて来たぞ・・・」
櫻木達が亡くなった隊員達の遺体を前に涙を流していると、父が皆んなを集めて集会所へやってきた。
「あぁ、すみません先輩・・・まだ何も準備してませんでした・・・」
「いや、構わない・・・大丈夫か?」
誠治が謝ると、父は櫻木達を見ながら小さな声で聞く。
「えぇ・・・まぁ、あと少しだけ待っててあげてください。その間に中の準備をしましょう」
「わかった。皆んなにも手伝って貰おう」
父と誠治は櫻木達を残し、集まってくれた人達に事情を説明して準備を始めた。
「杉田さん、井沢さん・・・亡くなった隊員の方々の遺体なんですが、話が終わったらここに出してあげたらどうでしょう?流石に狭い車内じゃ申し訳ないです・・・彼等は私達を助けるためにこの町に来て亡くなったんですし、手向けの花は無理でも、線香くらいはあげたいと思うんですが・・・」
父と誠治が椅子を並べていると、咲の父が他の大人達数人と共にやって来て提案した。
「そうだな・・・話が終わればここはもう使わないだろうし、それが良いかもしれないな」
「ありがとうございます。彼等も喜びますよ」
父が承諾すると、誠治が皆んなに頭を下げた。
「準備を任せてしまって申し訳ありません・・・気を遣わせてしまったみたいですね」
父達が話をしていると、櫻木達が集会所に入って来て準備の手伝いを始めた。
玉置と永野も落ち着いたのか、皆んなに謝っている。
「櫻木さん、話が終わったら彼等の遺体をここに安置してあげたらどうかって皆さんが言ってくれましたよ。線香くらいはあげたいって・・・」
「本当ですか?それはありがたいです・・・彼等もきっと喜ぶでしょう。本当に何から何まで助かります」
誠治の言葉を聞き、櫻木が深々と頭を下げる。
玉置達も周りの人達にお礼を言っている。
「さて、あらかた準備も出来たし始めましょうか?」
誠治が椅子の数を確認して言い、最後の話し合いが始まった。
「皆さん、お忙しい中集まっていただいたのに、準備を任せてしまい申し訳ありませんでした。それと、我々の仲間達の遺体をここに安置させていただけるとのことで、彼等に代わってお礼を言わせていただきます。本当にありがとうございます・・・」
櫻木達が改めて頭を下げると、皆んなは優しく声を掛けた。
仲間や家族を失う悲しみは、ここの皆んなが経験している。
自衛官だって同じ人間だ・・・仲間を失えば悲しむことに変わりはない。
「ありがとうございます・・・では、皆さん玉置から聞いてらっしゃると思いますが、明日の救助に向けて最後の報告をさせていただきます。救助開始は明日の正午、先日お伝えしたように自衛隊の貨物ヘリで行います。随伴する戦闘ヘリは3機・・・1機は皆さんの護衛のために残り、2機はそのまま丘の上の運動公園に向かい集まっている奴等への攻撃を行います。最初の貨物ヘリに乗って来る隊員達と入れ替わりで皆さんには乗っていただき、ここを離れてもらう事になります。我々自衛隊は、空で待機しているもう1機の貨物ヘリに乗り、ここを離れる予定です。あまり時間が無くて申し訳ありませんが、明日の正午までには準備を済ませていただいてよろしいでしょうか?」
櫻木の話しを皆んなは真剣に聞いている。
だが、浮き足立っているのだろうか、その場の空気がやけに軽く感じる。
「すみません、一つよろしいですか?」
「どうぞ」
1人の男性が挙手をし、櫻木がそね男性を見て頷いた。
「運動公園に集まっている奴等への攻撃をする必要があるんでしょうか?」
「我々自衛隊の最終目標は、この国を再び安心して暮らせるようにする事です。ですが、奴等がいてはそれもままなりません・・・特に新個体は厄介ですから、少しでも減らしておかなければいけません。そう遠くない未来、我々自衛隊は本格的に本州奪還のために戦う事になるでしょう・・・その時のため、今から奴等の数を減らしておきたいのです」
櫻木が答えると、また別の男性が挙手をした。
「護衛艦に着いたあとはどうするんでしょう?」
「皆さんを救助した後は、一先ず四国へ向かいます。そこで四国に残るか、または北海道か九州に行くかを選んでいただく事になります。いきなりどうするか選ぶのは難しいですので、避難所に仮設住宅もありますから、ゆっくりと考えていただいても構いません。すぐに九州に行かれる場合は、そのまま護衛艦で送らせていただきます」
「無事に行けたとして、職はあるんでしょうか?生活の為にも何かしないといけませんし・・・」
「この様な状況になって以来、食料確保のため各地で農業が盛んになっております。他には工業系の求人も多くなっていますし、井沢さんの様に我々自衛隊や警察の補助や、街の治安維持をする職もあります・・・まぁ、井沢さんの様に危険な仕事をさせられる様な事は滅多にないので、そこは安心していただいて構いません。彼は身体の造りが他の人と違いますからね!」
櫻木が冗談めかして言うと、皆んなは少し安心したのか笑顔になった。
助かっても、生活出来なければ意味が無い。
その為には働かなければならない。
その不安が解消されたのも皆んなが笑顔になった理由だろう。
「あんたに言われたくないよ・・・」
ネタにされた誠治は、小さな声で櫻木に対して不満を口にしたが、櫻木は聞こえていないフリをした。
「他に質問はございませんか?」
櫻木が皆んなを見渡すが、他に質問をする人はいないようだ。
「ここでの生活も残すところ後1日、明日の今頃は護衛艦の上です。準備が終わりましたら、明日に備えて今日はゆっくりと休んでいただき、皆んなで無事に四国に行きましょう!では、お忙しい中集まっていただき、本当にありがとうございました!」
櫻木達が頭を下げると、集まった人達が拍手をしている。
だが、話し合いが終わったのに誰一人として帰ろうとはしなかった。
「櫻木さん、亡くなった隊員の方々の遺体をここに移しましょう。皆んなも彼等にお礼を言いたいと残ってくれています」
父が櫻木に話しかけると、櫻木は泣きそうな顔で皆んなを見た。
皆んなは優しい表情で櫻木達に頷き、亡くなった隊員達の遺体を載せる台の準備をする。
櫻木達が遺体を台に載せるが、毛布はそのままだ。
皆んなはそれが何を意味するのか知っているかの様に何も言わない。
事前に持って来ていた線香をあげ、口々にお礼と別れを告げ、家路につく。
「俺達は本当に恵まれているな・・・ここに来る前は責められる覚悟をしていたのに、実際来てみると、快く迎えられ、亡くなった隊員達の為に一緒に悲しんで貰えた・・・こんなに嬉しい事はない・・・」
「そうですね・・・昼の見回りの時にも、皆さんには良くしていただきました」
「昨夜一緒に見張りをした人達も、滅茶苦茶フレンドリーで拍子抜けでしたよ・・・こいつらにも会わせてやりたかったですね・・・」
皆んなが帰った後、櫻木達は仲間の遺体を囲んでいる。
3人共優しい表情だ。
「じゃあ、何が何でも皆んなを無事に救助しないとね!」
誠治が笑顔で話しかけると、櫻木達はしっかりと頷き、仲間の遺体にしばしの別れを告げる。
隊員達の遺体は、僕達と同じヘリで移送する事になった。
少しでも早く仲間の所に帰らせてあげたいと皆んなが提案したのだ。
父が集会所の扉に鍵をかけ、皆んなで家路についた。




