第31話 別れ
父達が出てから2時間が経過した。
時間的には、そろそろ帰ってきても良い頃だ。
ただ、何事も無ければの場合だけど・・・。
「貴宏君、心配しなくても井沢さんや櫻木一尉も一緒だから大丈夫よ。彼等なら、何があってもお父さんを守ってくれるわ」
僕が集落の入り口付近で父達の帰りを待っていると、見回りをしていた玉置がやって来た。
永野は朝食の後すぐに寝たので、今は永野と交代した玉置と、ここの住民で周囲の警戒をしている。
「わかってはいるんですけど、何だか落ち着かなくて・・・」
「まぁ、仕方ないよね・・・貴宏君にとっては、お父さんが唯一の肉親だしね。昨夜貴宏君が寝た後、お父さんから何があったのか聞いたよ・・・よく今まで頑張ったね!」
玉置は僕達親子が今まで何を経験してきたのか父から聞いたらしい。
恐らく、僕が転化した母に噛まれた事も知っているのだろう。
彼女は優しい笑顔を浮かべながら、僕の頭を撫でる。
「僕は何もしてないですよ・・・頑張ってくれたのはお父さんです」
「それは違うよ・・・貴宏君が頑張っていたからお父さんも頑張れたんじゃないかな?私の父さんもそうだったしね!」
僕の言葉を否定し、玉置は笑顔で自身の父の事を語った。
「玉置さんのお父さんは無事なんですか?」
「どうだろ・・・私の実家は中越の方で、この騒動が起きてから連絡がつかないから、両親が無事かどうかはわからないんだ・・・。まぁ、あの2人が簡単に死ぬなんて考えられないけどね!私に武術を仕込んだのは両親で、私は今まで一度も2人には勝った事が無いし、心配しなくても無事に生きてると思うな・・・もし2人が死んでいたとしても、どっちも正義感が強いから、その時は誰かを守って死ぬと思うよ」
「すみません・・・」
「気にしないで!私は2人を信じてるし、私が自衛官になりたいって言った時に勘当同然で家を追い出されたから、元々最近帰ってなかったの。ただ、やっぱり肉親だからちょっと心配だけどね・・・私に心配されてるって知られたら、あの2人は絶対に怒りそうだわ」
「なんで自衛官になる事を反対されたんですか?」
僕が聞き返すと、玉置は僕の隣に座った。
「自衛官になりたいって言った時、2人からすれば私はまだまだ未熟だったからね・・・精神も肉体も未熟な私が自衛官になって何が出来るのかって言われたわ・・・。それに、私は道場の一人娘だったし、跡を継いで貰いたいって気持ちもあったんだと思う。まぁ、さっきは勘当同然って言ったけど、家を出る時に両親が、やるからには結果を出すまで帰って来るなって言って見送ってくれたわ・・・誰かを守るために働きたいって気持ちは立派な事だけど、言うだけなら誰にでも出来る・・・心身共に強くなって、本当に自分の力で他者を守れるように成長したら、その時は顔を見せに来いってさ・・・。自分勝手な言い分だったけど、応援して貰えてる事がわかって嬉しかったな・・・結局防大の学費とかも負担してくれたし、2人には頭が上がらないわ。ただ、あの日私は国民を見捨ててしまった・・・例え命令とは言え、国を守る自衛官として許されない事をしたのよ・・・正直、2人に合わせる顔がないわね・・・」
玉置はそう言うと、自嘲気味に苦笑している。
「玉置さんは立派です!女性なのに凄かったってお父さんが言ってました!」
「ありがとう、貴宏君は優しいね・・・。でも、まだまだ足りないの・・・あの日、守るべき人達を見捨ててしまった償いには程遠いわ・・・だから、私はもっと頑張らないと!そうじゃないと、両親に胸を張って会えないもの!その為にも、まずはここの人達を無事に救助しないとね!」
玉置は拳を握って意気込む。
身長があまり高くない彼女の手は小さいが、女性にしては傷だらけだ。
だが、それは彼女が頑張っている証だ・・・男の僕から見ても、カッコいい手だ。
「門を開ける準備をしろ!杉田さん達が帰って来たぞ!」
僕と玉置が話をしていると、入り口近くの民家の二階で見張りをしていた男性が、下に向かって叫んだ。
「良かったね、お父さん達帰って来たってさ!迎えに行きましょう!」
「はい!」
玉置は立ち上がると、僕に手を差し伸べた。
僕は彼女の手をしっかりと握り、一緒に門の前まで歩いて行った。
僕達が入り口の近くに行くと、丁度門が開き始めた。
門を通過する車の中には、父と誠治が前、櫻木が後ろに座っているのが見えた。
誠治と櫻木は、僕と玉置に気付いて手を振っている。
「3人共無事だったね・・・貴宏君には偉そうに言ったけど、正直私も心配してたんだよね・・・」
玉置は照れたように舌を出して笑った。
普段厳しい彼女がこう言う仕草を見せるのは可愛らしく思った。
「お父さん達の所に行きましょう!」
僕達は手を繋いだまま車に駆け寄った。
「貴宏君と玉置さん、2人揃ってお迎えありがとうね!何とか何事もなく帰って来れたよ!」
僕達が駆け寄ると、車から降りた誠治が僕に目線を合わせ、頭を撫でてきた。
「今戻った・・・貴宏、急に行く事になってすまなかったな。心配をかけてしまったな・・・」
「心配だったけど、玉置さんが一緒に居てくれたから大丈夫だったよ!」
運転席から降りてきた父は、僕はを抱き上げて謝ったが、僕の言葉を聞いて驚いた表情をし、玉置に頭を下げた。
玉置はそれを見て、笑顔で頷いている。
「少し時間が掛かってしまった・・・何も問題は無かったか?」
「外に異常はありませんでしたが、先程酒井二佐から連絡がありました・・・」
「酒井さんはなんて言ってたんだ?」
隣で話を聞いていた誠治が玉置に問い掛ける。
「それが・・・今朝の定時連絡で貴宏君の事を伝えたんですが、先程の通信で、救助を明日行う事になったそうです・・・。運動公園に集まっている奴等への攻撃を行っている間に救助を行いたいとのことです」
「ここの人達の準備はどうだ?」
「一応その事を伝えて回りましたが、まだ5割ってところでしょうか・・・。一尉の指示を待たずに勝手な事をしてしまい、申し訳ありません・・・」
玉置は櫻木に報告し、頭を下げた。
「いや、助かった。俺達がいつ帰るかわからない状況では、皆への指示が遅れてしまう・・・それでは満足に準備をする時間が無くなってしまうからな。取り敢えず、住民の皆さんには一度集会所へ集まって貰おう。明日の救助に向けて色々と話しをしておきたい」
「了解しました。永野二尉はどうしましょう・・・起こしてきましょうか?」
「可哀想だが、仕方ないだろう・・・。俺達の方も遺体の回収は出来たし、彼等を狭い車内から移してやりたいからな・・・」
「お疲れ様でした・・・。では、私は永野二尉を起こしてきますね・・・」
玉置は複雑な表情で車を眺めたあと、そのまま僕の家の方に走って行った。
「じゃあ俺達は集会所に行きましょうか?」
「あぁ、そうしてくれ。俺は皆んなを集めて来る。貴宏は先に集会所に行って準備を手伝ってくれ」
「ありがとうございます。では、私と井沢さんは貴宏君と集会所の準備をしておきます」
父は歩いて皆を呼びに行き、残された僕や誠治達は車に乗り込んだ。
櫻木が運転席に座り、僕は助手席だ。
誠治は後部座席に座って前に顔を出す。
後ろを見ると、狭い後部には毛布に包まった何かが3つ積み重なっている・・・恐らく、亡くなった隊員達だろう。
「どうよ貴宏君、LAVに乗るなんてそうそう無い経験だよ?」
「不謹慎ですけど、ちょっとワクワクしてます・・・」
僕が遠慮がちに答えると、誠治と櫻木は苦笑した。
「貴宏君が気にする事じゃないよ・・・君が喜んでくれたら、彼等も嬉しいだろう・・・。さて、少しゆっくりと行こうか?皆んなが集まるまでまだ時間があるしね!」
櫻木はそう言うと、ゆっくと車を走らせた。
僕達が集会所に着いてすぐに玉置と永野がやって来た。
2人共走って来たが、永野はまだ眠そうだ。
「休んでいるところにすまなかったな・・・お前にも手伝って貰いたい」
「いえ、構いませんよ。それで、後ろに彼等が・・・?」
永野は頬を両手で軽く叩いて目を覚ますと、車の後ろに立った。
櫻木と玉置、誠治も一緒だ。
「あぁ・・・何とか連れて帰ってこれたよ」
櫻木はゆっくりと車の後部のハッチを開く。
玉置と永野は、車内に積み重なっている3人の遺体を見て目を伏せる。
「ろくな準備もして来なかったから、こんな状態で申し訳ないけどな・・・」
櫻木は部下達の遺体を見ながら力なく項垂れる。
すると、玉置が遺体の1つに手を伸ばした。
だが、確認しようと毛布を摘んだその手が急に止まった。
櫻木に止められたのだ。
玉置は腕を掴まれ一瞬身体を強張らせ、悲しげな表情で櫻木を見る。
櫻木は目を伏せ、無言で首を横に振る。
「玉置さん、今は貴宏君もいるし・・・」
誠治は黙っている櫻木の代わりに玉置を諭す。
「そんなに酷いんですか・・・」
「あぁ、彼が一番損傷が酷くてね・・・永野さんと玉置さんには悪いけど、出来れば艦に戻るまで確認は待っててあげてくれないかな?彼等だって、今の自分達の姿を救助すべき人達に見られたくはないだろうしね・・・」
項垂れる玉置の代わりに永野が聞くと、誠治はゆっくりと答えた。
玉置と永野は無言で頷くが、仲間の遺体を見るその目には涙が浮かんでいる。
「こいつらとは、任務が終わったら飲みに行く約束してたんですけどね・・・全く、先に逝くなら言っててくれよ・・・。俺がそっちに行くまで待っててくれ・・・」
永野は苦笑して呟いたが、彼の頬を涙が伝う。
「皆んな私より若いのに先に逝くなんて酷いですよね・・・」
玉置は滂沱の涙を流し、毛布の上から仲間の遺体を撫でる。
「あぁ、皆んな元気で明るい奴等だったからな・・・これから寂しくなる・・・」
2人に話す櫻木の目にも、涙が浮かぶ。
誠治はそんな櫻木達を気遣い、少し離れている。
僕は言葉が出せず、ただ亡くなった隊員達をみて泣く事しか出来なかった。
彼等にお礼を言いたくても言葉が出ない・・・だが、何より今は櫻木達と仲間達との別れを邪魔するべきではないと思った。




