第29話 仲間の遺体
俺と櫻木は朝食を済ませ、すぐに外に出る準備を始めた。
持って行く物は必要最小限に抑える。
連絡用の無線機と武器以外では、遺体を収める袋が無いため毛布を数枚だけだ。
何かあった時、失う物資は少ない方が良い。
奴等を丘の上に誘き寄せているとはいえ、何があるかわからない。
付き合わせる櫻木には申し訳なく思う。
「井沢、櫻木さん、持って行く物はこれだけで良いのか?なんならもう少し集めるが・・・」
俺と櫻木が最終確認をしていると、準備を手伝ってくれていた貴之が、物資の少なさを気にして不安そうにしている。
「いえ、やる事自体は決まってますから、必要な物だけで充分ですよ。それに、3人の遺体を乗せるとなると結構場所を取るので、あまり多くは持っていけませんからね」
「ですね。まぁ、すぐに済ませて帰って来るつもりですから、これだけあれば充分です」
俺と櫻木が揃って言うと、貴之は何か言いたそうではあったが、大人しく引き下がった。
「櫻木さん、そろそろ行きましょうか?」
「了解です。そう言えば、井沢さんと2人だけで組むのって何気に初めてですよね?俺ついていけるか心配なんですけど・・・」
「何言ってんですか櫻木さん・・・俺の方が足を引っ張ってしまいそうで不安ですよ・・・」
「いやいや何を仰るのかこのサイボーグは・・・」
「それはこっちの台詞だよ櫻木さん・・・」
俺と櫻木が緊張感の無いやり取りをしていると、貴之が呆れたように見ていた。
「冗談はこの位にしてマジでそろそろ行きますか。では先輩、こっちはお願いします。こっちには玉置さんも居ますけど、彼女はここの人達とはまだ親しいわけでは無いので、先輩はフォローをお願いします」
「井沢、頼みがあるんだが良いか?」
俺達が居ない間の事を貴之に頼み、LAVに乗り込むと、彼が引き止めた。
「どうしました?」
俺が聞き返すと、貴之は少し迷っているような仕草を見せる。
櫻木は貴之を見て首を傾げる。
「その・・・出来れば俺も連れて行ってくれないか?」
貴之は唾を飲み、決心したようにゆっくりと口を開いた。
「いや、それは駄目ですよ先輩・・・外は何があるかわかりませんし、貴宏君の側に居てあげてくださいよ」
「そうですよ杉田さん!危ない事は我々に任せてください!まぁ、井沢さんだって立場上は一般人ですが、この人の場合は普通の人とは身体の造りが違うんで大丈夫なんですよ」
「邪魔にはならないつもりだ!それに、3人の遺体を収容するとなると、2人で車に載せなければならないだろう?その間車はどうする?放置していてはまた狙われるかもしれないぞ?」
俺が櫻木の脇腹を小突いていると、貴之が真剣な表情で俺を見て来た。
俺が櫻木を見ると、櫻木は仕方がないと言うように肩を竦めて頷いた。
「先輩、本当に何があるかわかりませんよ?それでも良いですか?もしかすると、貴宏君と会えなくなる可能性もあります・・・」
「それはお互い様だろう?お前だって家族が居るんだ・・・ただでさえお前には負担を掛けてるのに、これ以上負んぶに抱っこではな・・・」
貴之は苦笑しているが、意思は固いようだ。
「わかりました・・・では、先輩は櫻木さんの代わりに運転をお願いします。櫻木さん、出発する前に、玉置さんにこの事を伝えといてくれない?黙ってたら絶対に後から叱られるからさ・・・」
「もう済ませましたよ!絶対にそうなりそうですからね・・・」
櫻木は、俺と貴之が話をしている間に玉置に連絡してくれたらしい。
流石に気難しい玉置の性格をわかってらっしゃる。
「じゃあ先輩、安全運転でお願いします!急にハンドルを切られると、後部座席の俺は地獄ですからね!」
「心配するな。俺は免許を取ってから今まで無事故無違反だ。まぁ、1年前までの話だけどな・・・」
貴之はハンドルを握りしめ、LAVを走らせる。
入り口の門を開けてくれた住民に挨拶をし、俺達は亡くなった隊員達の待つ消防団の詰所へと向かった。
「不気味な程に静かだな・・・。今までは目に入る位置には必ず奴等がいたが、今日はまだ1体も見ていない。あの音楽は本当に効果があるんだな・・・」
貴之が運転をしながら周囲を見渡し、安堵の表情を浮かべる。
先日貴之と2人で外に出た時は、新個体も含めて結構な数の奴等と遭遇した。
その度に俺は車から降りて戦い、奴等の数を減らした。
だが、貴之の言う通り今日はまだ奴等と遭遇していない。
改めて今行われている作戦の有用性を思い知った。
「何もないに越した事はないですよ。遅れてる奴等もいるでしょうから、まだ油断は出来ませんけどね」
「目的地まではあとどの位ですか?」
俺が貴之に釘をさすと、櫻木が腕時計を見ながら聞いてきた。
「あと5分位ですかね?」
「そうだな。まぁ、あと少しってところだな」
「了解です」
櫻木は短く返事をし、装備品の確認を始める。
櫻木は、普段俺と一緒に馬鹿を言ったりしているが、任務中は極端に口数が少なくなる。
仕事に対しては真面目な男で、実際かなり頼りになる。
彼は、俺にはいつも世話になっていると言っているが、実際はその逆だ。
俺は何度となく彼に助けられた。
基本1人で戦う事の多い俺の事を、毎回フォローしてくれるのは彼とその部下達だ。
「なぁ・・・櫻木さんはどうしたんだ?」
貴之は、櫻木の雰囲気が変わった事が気になり、後部座席に座っている俺に小声で話し掛けてきた。
「あぁ、櫻木さんは任務中はいつもこんな感じですよ?普段と殆ど変わらないのは俺くらいですよ・・・」
「そうなのか・・・俺が行きたいって言った事を怒っているのかと思って、心配になってしまった」
貴之は俺の言葉を聞いて安堵のため息を漏らす。
櫻木は目を瞑って黙っている。
何度も見てはいるが、呆れる程にギャップを感じる。
「あそこの角を曲がればすぐだ・・・」
「先輩、ここで止まってください・・・確認してきます」
俺は貴之に指示を出し、1人車から降りた。
角の塀から詰所の方を覗くが、奴等は見当たらない。
俺は安全である事をジェスチャーで伝え、そのまま通りに出た。
俺と貴之が奴等を倒す為に利用したダンプは無くなっている。
あの男達の車は放置してあるので、恐らく見逃した男が乗って行ったのかもしれない。
「ダンプが無くなっているな・・・」
「えぇ・・・見逃した男が乗って行ったのかもしれませんね・・・。何も企んでなければ良いんですが・・・」
貴之が俺の側まで車で来ると、窓を開けて呟く。
俺は不安を覚えながらも、ダンプのあった場所に歩く。
「櫻木さん、この死体の山の中に1人居ます・・・」
「わかりました・・・さっそく作業に掛かりましょう」
俺と櫻木は、貴之を車に残し、2人で手分けして死体を退けて行く。
10体程退けた辺りで迷彩服の裾が見え、急いで上に載っている他の死体を排除した。
「損傷が激しいな・・・」
櫻木は部下の遺体を見て小さく呟いた。
悔しさと怒りで、今にも泣きそうな表情だ。
最初遭遇した時には気付く余裕が無かったが、改めて見ると目を逸らしたくなるような状態だった。
頬の肉は喰い千切られ、左腕ら肘から下が無い。
腹部は大きく裂かれ、内臓が引きずり出されている。
「俺より5つも歳下で、部隊の中でも特に慕ってくれた良い後輩だったんですけどね・・・こんな死に方をするなら、俺が来ていれば・・・」
櫻木は唇を噛み締め、血が滲んでいる。
俺もこの隊員の事はよく知っている。
櫻木と会う時にはよくついてきていた礼儀正しい青年だった。
何度か一緒に酒を飲んだ事もあるし、護衛艦で移動する時、櫻木と俺に巻き込まれて馬鹿をやっては酒井に叱られていた。
俺は何も言わずに櫻木の肩に軽く手を置く。
櫻木は彼を弟のように可愛がっていた。
俺にとっての悠介や隆二のように・・・。
だからこそ櫻木の辛さが解るし、こう言う時の慰めは悲しみを助長するだけであると知っていた。
櫻木は亡くなってしまった弟分に手を合わせる。
貴之も運転席で手を合わせている。
俺は周囲を警戒し、櫻木と貴之が顔を上げてから短く黙祷をした。
「すみませんでした・・・早く他の隊員達も迎えに行きましょう・・・」
俺を待ってくれていた櫻木は、表情を引き締め俺に謝る。
「構わないよ・・・俺も彼の事は残念に思うよ・・・。また飲もうって約束してたんだけどな・・・」
「そうですね・・・寂しくなります・・・」
俺は櫻木に頷き、詰所の入り口に向かう。
櫻木は少しだけその場で俯いていたが、やがてゆっくりと顔を上げ、俺の後をついて来た。
死が身近になってしまった現在でも、近しい人の死はやはり堪える。
平静を保とうと思っても心が掻き乱される。
これがもし九州で待っている家族であったならば、俺は正気を保っていられるだろうか?
俺は不安に覆われた頭を無理矢理切り替え、詰所に入る。
早く済ませて家族に会いたい・・・俺はそう願いながら階段を上がった。




