第2話 新個体VS黒づくめの男
「咲!そろそろお昼の時間だし帰りましょう?」
僕と咲がままごとをしていると、咲の母親が時計を見て言ってきた。
「もう少しお兄ちゃんと遊びたい!」
「咲ちゃん、また一緒に遊ぼう!僕もお昼を食べに帰るから、明日また遊ぼうね!」
駄々をこねている彼女の頭を撫でてそう言うと、渋々と頷いた。
母親はそれを見て苦笑している。
「貴宏君、今日もありがとうね!良かったらうちで一緒に食べる?」
咲の母親は僕にお礼を言い、昼食に誘ってくれた。
「いえ、僕もお父さんと一緒に食べる事になってますから、またお願いします・・・」
「そう・・・なら、今度お父さんと一緒にうちに来て!日頃のお礼も兼ねて、皆んなで夕飯を食べましょう?」
「ありがとうございます!お父さんにも伝えておきます!じゃあ、咲ちゃんまたね!」
僕は2人に頭を下げ、手を振る咲の頭をもう一度撫でて家に帰った。
「あれ、お父さん居ないや・・・また外かな?せっかくだし探してみようかな・・・」
家に帰って中に入ると、父は留守にしていた。
僕はもう一度外に出て、父を探し始めた。
集落内をくまなく見て回り、一番大きなバリケードの所で父を見つけた。
父は他の大人達とバリケードを見ながら会話をしている。
「お父さん、どうしたの?」
「あぁ、貴宏か・・・バリケードの近くは危ないから来たら駄目だって言っただろ?」
僕が近づき話し掛けると、父は困った様な顔で言ってきた。
「ごめんなさい・・・お父さんが家に居なかったから心配になって・・・」
「そうか、心配を掛けてすまなかったな・・・もう少ししたら終わるから帰ってなさい」
父は僕に目線を合わせて謝り、頭を撫でた。
「まぁ良いんじゃないですか?貴宏君はしっかりした子ですし、せっかくだし待ってて貰って、一緒に帰ったら良いじゃないですか」
1人の男性が父に話し掛けた。
この集落では一番の年長者の男性だ。
「ですが・・・!はぁ・・・わかりました。貴宏、大人しく待っててくれ。車を使ってバリケードを補強したら終わりだから、そしたら一緒に帰ろう」
父はため息まじりに了承してくれた。
周りの人達は、僕に「良かったな」と声を掛けてくれた。
「お父さん、見張りの部屋に行って良い?あそこなら邪魔にならないし、外を見てみたいんだ・・・」
「あぁ、行ってきなさい。だが、見てもあまり楽しい物では無いだろう?」
「そうだけど・・・ここの外がどうなってるか見てみたいんだ!」
「わかった・・・終わったら呼ぶから、それまで行ってきなさい」
父の許可を得て、僕はバリケードの近くに有る二階建ての家に入った。
その家の二階は見晴らしが良く、通りが良く見える。
夜の見張りはこの家からする事になっている。
「やっぱり奴等が多いな・・・本当に世界は変わっちゃったんだな・・・」
僕は部屋に有った見張り用の双眼鏡を使って集落の外を見た。
ここに来てからは殆ど見た事が無かった町並みを見て現実を思い知らされた。
「日本中がこんなになっちゃったのかな・・・」
僕が不安に駆られていると、家の外から声が聞こえてくる。
車を移動するため、場所を指示しているようだ。
昨夜、奴等の集団がバリケードを破ろうとしたため、少し被害が出ているらしい。
そこを補強するため、空き家にあった車を使うのだ。
「オーライ!オーライ!オーライ!ストップ!・・・おい!止まれ!!止まれって!うわっ!!」
叫び声が聞こえて下を見ると、誘導をしていた男性が車に挟まれていた。
その人は、バリケードと車に挟まれ、身動きが取れなくなり泣き叫んでいる。
車が打つかった衝撃でバリケードが崩れ、車の警報装置が作動し、耳を覆いたくなるよう音が鳴り響いている。
「おい!何をしてる!!何故止まらなかった!?」
「すまない!ブレーキが効かなかったんだ!」
下では大人達が急いで警報装置を止めて車を動かし、挟まれた男性を助けようとしている。
僕は慌てて通りを見て驚愕した。
「お父さん!奴等が来てるよ!急いで穴を塞いで!!」
「どの位来てる!?」
「まだ距離はあるけど・・・今見えてるだけで10体くらいだよ!でも、まだ増えそうだよ!」
僕は急いで父に報告した。
「急いで穴を塞ごう!」
父は周りの人達と協力し、バリケードの崩れた部分の修繕を始めた。
挟まれている男性の救出も並行しているので、なかなか作業が進んでいない。
「お父さん、急いで!どんどん増えてるよ!しかも、動きが素早い奴も来てる!!」
最近、奴等の中に動きの素早い個体が現れ始めた。
今迄の奴等と違い、生きた人間と変わらぬ早さで動き、襲い掛かるのだ。
話には聞いていたが、実際に目にすると脅威以外の何物でも無い。
ただでさえ力が強く、頭を狙わなければ倒せないと言うのに、素早く動かれては狙う事は容易ではない。
「そいつはあとどの位の距離だ!?」
「もうすぐそこまで・・・!!」
僕が報告する間も無く、そいつはバリケードの隙間に飛び付いた。
「うわぁっ!入って来やがった!?」
下から悲鳴が聞こえる。
飛び付いた奴は、バリケードの隙間に身体をねじ込み中に入って来た。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
奴は奇声を発して周囲の人間を威嚇し、獲物を物色している。
「ひいっ!早く助けてくれ!?頼む!!」
挟まれている男性が、逃げる事が出来ずに叫んでしまった。
奴はそれに気付き、その男性に襲い掛かる。
「ぎゃっ!痛いっ・・・!助けて!」
男性は為すすべなく腕の肉を喰い千切られている。
僕は、その光景に恐怖し顔を背け、通りに目を向けた。
「お父さん!もう1体来てる!!」
通りの奥から素早い個体がもう1体走って来るのが目に入り、急いで父に報告した。
通常の個体はまだ距離があるが、そいつはあっと言う間に距離を詰めて来る。
急がなければ取り返しが付かなくなってしまう。
「くそっ!貴宏はそこでしっかり見て報告してくれ!」
父は僕に指示すると、武器を構えて男性に喰らい付いている奴の背後に近づいていく。
音を立てない様に注意し、奴の背後から鉈を振り下ろした。
食事に夢中になっていた奴は、父の振るった鉈により頭を割られ、中身を飛散させながらその場に崩れる。
「貴宏!奴はどうだ!?」
「あと少し!50mも無いよ!!」
「そこのテーブルを持って来てくれ!一先ずそれでここを塞ぐ!!」
父の指示に周りの人達が動き、テーブルを抱えてバリケードの穴を塞いだ。
それとほぼ同時に奴が飛び掛かり、テーブルに阻まれ地面に落ちる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
奴は叫びながらテーブルを殴り、中に入ろうとしている。
「杉田さん!あんたは貴宏君を連れて逃げてくれ!!ここは俺達で何とかする!!」
テーブルを押さえ付けている人が父に叫ぶ。
「駄目だ!そんな事をしては君達が!!」
「貴宏君は死なせちゃ駄目だ!あの子は無事に逃さなければ駄目だ!!あんたもわかってるだろ!?」
彼は父に怒鳴った。
僕は抗体を持っている可能性がある。
その事は集落の大人達は皆んな知っている。
だからこそ、皆んなは僕を特別視してくれているのだ。
「あの子が生きていれば、この状況が変わるかも知れない・・・!だから、あんたは貴宏君を連れて逃げてくれ!!」
「だが・・・!ならば、貴宏だけ逃せば!!」
「子供には親が必要だろう!?あんたが死んじまったら貴宏君はどうなる!!」
父はそれを聞いて狼狽える。
「頼むよ・・・あんたは貴宏君を連れて逃げてくれよ・・・!そして、皆んなに報せてくれ!!」
「わかった・・・皆んな、すまない!!」
父は皆んなに頭を下げ、僕のいる部屋に駆け込んで来た。
「貴宏!急いでここを出るぞ!!ここを守ってくれている皆んなの為にも、他の人達に報せに行く!!」
父は声を荒げて部屋に入って来た。
「ちょっと待ってお父さん!あそこに人が居る!!」
通りを見ていた僕は、奥に1体の人影を見つけ、怒鳴る父に慌てて報告した。
「見間違いじゃないのか!?」
父は部屋に有ったもう一つの双眼鏡を取り、僕の指差した方を見て驚愕した。
「何をしているんだあいつは!!死ぬ気なのか!?」
その人影は、群がる奴等を意に介さず、まるで虫でも払う様にいとも容易く倒している。
人影はゆっくりと、だが着実にこちらに向かって来ている。
近づくにつれ、その人はフルフェイスのヘルメットを被り、全身黒づくめで、かなり大柄な男性である事がわかった。
「何なんだあの男は!?」
その男性は、バリケードのある通りまで来ると立ち止まり、左手に持っていたラッパの様な物を顔の前に構えた。
あれは拡声器だ。
『あー、あー、テステス!皆さんこんにちは・・・元気ですかー!!?』
男性はふざけた口調で叫んだ。
僕と父はその男性の叫びを聞いて呆気にとられた。
通りにいた奴等は彼の叫びを聞いて振り返る。
『えー、私は敵ではありません!貴方達に話があって伺いました。取り敢えず、そこの奴等を片付けるので、攻撃しないでくれたら有難いです!俺もまだ死にたくないんで、よろしくお願いします!!』
彼は持っていた拡声器を丁寧に地面に置き、屈伸運動を始めた。
奴等は彼に向かって歩きだし、襲い掛かろうとしている。
「本当に何なんだあの男は!死ぬ気なのか!?」
父は頭を抱えている。
下を見ると、さっきまで暴れていた素早い個体も彼に向かって走り出している。
「危ない!逃げて!!」
僕は気がつくと、黒づくめの男性に叫んでいた。
「うおっ!何だあいつ!!滅茶苦茶早いな!?」
彼は素早い個体を初めて見たのか、たじろいだ。
僕はそれを見て、彼は死んだと思ってしまった。
僕の叫びは意味が無かったのだと。
「くっそ!こんなのが居るって聞いて無えぞ!?本部の奴等仕事しろよ!!」
彼はそう言うと、飛び掛かかって来た奴の頭を左手で無造作に掴み、地面に叩きつけた。
地面にはトマトを潰したように奴の頭が飛び散っている。
「少年、教えてくれてありがとう!今からそっちに行くから待っててな!」
彼は僕に手を振り明るい声で言い、残りの奴等に向かって走り出した。




