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The End of The World 〜one years later〜  作者: コロタン
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第27話 貴之と貴宏

  俺は今、玉置に怒られている。

  理由は解っている・・・俺が調子に乗ったのだ。

  真面目な話をした反動で羽目を外し過ぎた。

  いつの間にか貴宏は居なくなっている。

  時計の針は23時半を回っているので、流石に寝てしまったのだろう。


  「玉置、その位にしてあげてくれ・・・井沢さんも反省してると思うぞ。真面目な話をした後だし、少しくらい大目に見ても良いんじゃないか?元はと言えばお前が過去の話を聞きたいって言ったんだし、流石に可哀想だ・・・」


  俺が身体を竦めてお叱りを受けていると、見兼ねた櫻木が助け舟をだした。

  

  「わかりました・・・でも、今後は貴宏君の前では自重して下さいね!教育上よろしくないですから!」


  「わかりました!以後気をつけます!!」


  俺は許された。

  玉置はため息をついて俺を見る。

  俺は背筋を伸ばして挙手して答えた。


  「それより井沢、さっき握力160kgって言ってたが、流石に冗談だろ?」


  俺が痺れた足をマッサージしていると、貴之が隣に来て聞いてきた。

  彼は、俺のもう片方の足をマッサージし始める。


  「ありがとうございます先輩。握力160kgは本当ですよ」


  「うわぁ・・・俺もある方だと思ってたけど、ドン引きだわ・・・永野が可哀想になってきた」


  俺が事実であることを伝えると、櫻木が顔をしかめて呟いた。


  「何をやったらそんなに強くなるんですか・・・井沢さんの年齢なら、平均で50kgくらいですよね?」


  「鍛え方があるんだよ。実際、100kgまでなら簡単に上げられるよ?」


  呆れたように聞いてきた玉置に、俺は自分の荷物を漁りながら答えた。

  俺はバックパックの中から、銀色に輝く基本的な形のハンドグリップと、持ち手の短いハンドグリップ、それと太いゴムバンドを取り出して渡した。


  「普通のハンドグリップはわかりますけど、この持ち手の短いのとゴムバンドは何なんですか?」


  玉置が興味深げに手に取ると、櫻木と貴之もマジマジと見ている。


  「持ち手の短いのはIMタグって言って、それぞれの指を鍛えられるんだ・・・逆さまに持てば、薬指と小指も鍛えられる優れ物だよ。ゴムバンドの方はフィンガーバンドって言って、指を開く力を鍛える事が出来るんだ。不思議なことに、開く力を鍛えれば、握る力も強くなるんだよね・・・」


  俺は玉置の手からIMタグとフィンガーバンドを取り、実演した。

  

  「櫻木さん、そのハンドグリップ握ってみてくれない?」


  「了解です!見ててくださいよ・・・ぐぬぬ!!何だこれ!半分も行かないんですけど!?」


  櫻木は顔を真っ赤にしながらハンドグリップを握るが、最初の位置から殆ど動いていない。


  「まぁ、それを完全に握るには握力165kg必要だからね。普通に鍛えてるだけじゃ握れないんだよ」


  櫻木はそれを聞いて完全に諦めた。

  力み過ぎたのか、完全に息があがっている。

  すると、忌々しげにハンドグリップを見ていた櫻木が何かに気付き、恐る恐る俺を見る。


  「井沢さん・・・これが並大抵の力ではビクともしないのは解りました・・・。でもこのハンドグリップ、何でグリップエンドの内側が擦り切れてるんですか・・・?」


  「えっ・・・何でって、完全に握った後にグリグリと捻るからなんだけど・・・」


  俺は櫻木からハンドグリップを受け取って実演して見せた。

  櫻木は勿論のこと、玉置と貴之も絶句した。


  「俺は九州に帰ってから、毎日これを続けてるんだ。実際、右手が無くなったのはかなり不便だったし、九州がいつまで安全かわからない以上鍛えておかないといけなかった。少なくとも、関東脱出時よりも戦えるようになりたかったんだ・・・美希と結婚して子供も産まれたし、九州支局の仲間も増えた。皆んなを守るには力が必要だったんだ・・・だから手初めに、簡単に始められる握力強化に専念したんだよ」


  俺が握力強化をした理由を話すと、皆は無言で頷き納得した。


  「まぁ、お前の言いたい事は解ったよ。俺もこんな状況になってから再度鍛え直したからな・・・俺も、もう二度と大事なものを失いたくはない。井沢、そう言えば櫻木さん達には貴宏の事は話したのか?」


  「いえ、俺から言っていい話だとは思ってなかったので、まだ伝えていません・・・」


  俺が貴之に答えると、櫻木と玉置は首を傾げている。


  「そうか、気を遣わせてすまないな・・・。お前の話を聞いたんだし、貴宏の事も含め、俺も少し話をしよう・・・」


  貴之はそう言うとソファに座り直した。

  俺や櫻木達は床に座ったまま貴之を見て、彼が話し始めるのを待った。


  「俺はあの日、会社で会議に出席していたんだ・・・閉鎖的な空間で、携帯の電源も切っていたので外の状況は分からなかった。会議が終わり、携帯の電源を入れると、妻から10件以上も着信があり、留守電が入っていたんだ。俺は留守電を聞いて絶句したよ・・・妻と貴宏が不審者に襲われ、貴宏を守った妻が怪我をしたと知ったんだ・・・。会議に出席していた他の人達も異変に気付き、騒然としていたよ。俺は妻と貴宏が心配になり、すぐに会社を出た・・・すると、街中では奴等が人を襲い、貪り食っていたんだ。俺は車を飛ばしたよ・・・今まで安全運転を心掛けていたが、家に帰るまでに何体か奴等を轢き殺し、それでも止まる事なく家に急いだ・・・。俺が家に帰り着きリビングに入ると、妻がソファに横たわり、隣で貴宏が泣いていた・・・俺は泣いている貴宏を慰めて妻に近づき確認すると、妻の腕には痛々しい噛み傷があり、既に死んでいたんだ・・・。あんなに泣いたのは何年振りだろう・・・俺は貴宏を落ち着かせ、何があったのか聞いたんだ。妻は、貴宏と夕飯の買い物に出掛けた帰り、血塗れの男に襲われ、貴宏を庇った際に噛まれたらしい。妻はそいつを何とか押し退け、貴宏を連れて家に帰り着いた・・・最初のうちは噛まれた腕の痛みくらいで他に異常は無かったが、徐々に具合いが悪くなっていったらしい。そして、俺が帰り着く10分程前に息を引き取ったと言われたよ・・・あと少し早く気づいていれば、妻を看取れたはずだったのにな・・・。俺は自分が情けなくなってもう一度泣いたよ・・・すると、外から叫び声が聞こえて我に返ったんだ。このまま家に居たら危ないと思った俺は、貴宏をリビングに残して必要な物を準備する為に家中を走り回った・・・それがいけなかった・・・。俺が2階で着替えなどを準備していると、1階のリビングから貴宏の叫び声が聞こえたんだ・・・俺はすぐに1階に降り、リビングに入って目を疑った・・・。死んでいたはずの妻が立ち上がり、貴宏に襲い掛かっていたんだ・・・。俺は貴宏を助ける為に妻を止めようとしたが、妻は貴宏の腕に噛み付いた・・・」


  「ちょっと待ってください!貴宏君は噛まれたんですか!?そんな・・・今も普通に生活してるじゃないですか!!?」


  話を聞いていた玉置が声を荒げて聞き返した。

  彼女の疑問は最もだ。


  「玉置さん、話は最後まで聞こう・・・。それに、大きい声を出したら貴宏君が起きちゃうよ?」


  俺が注意すると、玉置は慌てて座り直した。


  「玉置さん、すまないな・・・。話を続けよう・・・俺は貴宏に噛み付く妻を勢い良く引き剥がし、背後に突き飛ばした。妻はそのまま倒れ、テーブルで頭を打って動かなくなった・・・。俺は泣き叫ぶ貴宏の腕の傷の手当てをし、準備を途中で切り上げて家を出た。街は、俺が家に帰る時より悲惨な状況になっていた・・・俺は貴宏の身を案じながら車を走らせ、場所を転々としながら1週間程奴等から逃げ回り、この場所を見つけた・・・その時初めて、噛まれたら感染し、奴等の仲間になる事を知ったんだ・・・。俺はしばらくここの皆んなには黙っていた・・・貴宏は転化した妻に噛まれた・・・だが、1週間経っても転化していなかった。俺は信じたかった・・・貴宏が奴等みたいにはならないと信じたかったんだ・・・。だがそれも長くは続かず、ある日貴宏の腕の傷を見られてしまった・・・その時は当然大問題になったよ・・・。様子を見守ろうて言ってくれた人達と、殺そうと言う人達との間で争いが起き、俺と貴宏の為に人が死んでしまった・・・。これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないと思った俺は、貴宏を連れてここを去ろうとした・・・だが、その時のここのリーダーが引き止めてくれたんだ。1週間以上経っても転化していないと言う事は感染していないかもしれないし、もしかしたら貴宏が特別なのかもしれない・・・そう言って揉めている皆んなを説得し、俺達を迎え入れてくれた・・・その人は半年ほど前に亡くなってしまったが、その人のおかげで俺達はここの人達と打ち解ける事が出来た・・・。その人が亡くなった後、俺は皆んなから推され今ではここのまとめ役になっているが、1日たりとも皆んなへの恩を忘れた事は無い・・・必死に皆んなを励まし、協力しあって生きてきた。そして、井沢が来てくれた・・・久しぶりの再会と言うのもあったが、何より助けが来る事が嬉しかった・・・これで貴宏を安全な場所に連れて行ってやれる・・・皆んなと共に生きられる・・・。あなた方には本当に感謝しています。我々を見つけてくださってありがとうございます・・・」


  貴之は涙を浮かべて頭を下げた。

  櫻木と玉置は慌てて貴之に頭を上げさせている。


  「話をしていただいてありがとうございます・・・我々が不甲斐ないばかりに杉田さん達は辛い思いをされたのに、快く迎えていただいてありがたく思います・・・。杉田さん、貴之君の事ですが、上に報告しても構わないでしょうか?もし報告したとなると、検査などで色々とご協力いただく事になってしまいますが・・・」


  櫻木は杉田に頭を下げ、複雑な表情で聞いた。

  櫻木としては、杉田達にはゆっくりと安心して暮らして欲しいのだろう。

  玉置も似たような表情をしている。


  「はい、それは構いません。貴宏にも、そうなるかもしれないとは話をしていますし、納得していますので、喜んで協力させていただきます。そうする事で妻や他の方々の様な犠牲者が減る可能性があるのなら、少しでも力になりたいのです・・・」


  「杉田さん・・・あなた方は本当にお強いですね・・・。わかりました・・・あなた方の無理にならない様にこちらからも上に話をさせていただきますので、ご協力お願いいたします。玉置、明日の朝、定時連絡でこの件を報告してくれ。お前の方が上手く説明出来るだろうし、何より俺と井沢さんは、その時間は既に外に出ているだろうからな・・・携帯無線機は持っていくから、何かあったら連絡してくれ」


  「了解です・・・まぁ、櫻木一尉よりはマシだと思いますから、安心してください」


  玉置が得意げに答えると、櫻木は肩を竦めた。


  「悪かったな、お前より脳筋で・・・こう見えても幹部候補生学校ではボチボチの成績だったんだぞ?」


  「何がボチボチですか・・・体力以外は常にブービーだったじゃないですか!」


  2人は言い争いを始めるが、はたから見れば仲が良さそうに見える。


  「お2人さん、仲が良さそうなのは良いことだけどさ・・・明日早いんだしそろそろ寝ませんか?第2ラウンドは布団の中でお願いしたいんですが・・・」


  『しません!!』


  俺は2人から怒鳴られ、玉置のビンタを喰らった。

  美希程ではないが、スナップの効いた良いビンタだった。

  美希のビンタは肉体と精神に同時に多大なダメージを与えるが、玉置のは肉体に効く。

  俺はそのまま床に突っ伏して気を失った・・・。

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